第11話 童話『薬草を探す男』後編
カイルは人里に戻してもらうと、休むことなくアリスの待つ街へと急いだ。
帰り道もカイルで一儲けを企む悪党やボロボロの姿を見て、同情しながらその手にある希少な薬を騙し取ろうとする者がいたが、それらをカイルは返り討ちにして、無事街まで帰還するのであった。
カイルは、文字通り満身創痍であった。
帰り道こそ、火竜の山や瘴気の谷、毒の沼地を飛び越えていたが、行きでの体の酷使は確実に彼の寿命を縮めていたからだ。
カイル自身はそんなことを気にせず、アリスの待つ家に戻った。
アリスは、カイルが家を出た時と変わらず、ひっそりと生活していたが、カイルが戻ったことで、久しぶりの笑顔を見せる。
「ああ、カイル! 帰ってきてくれたのね! でも、なんてこと……、あなたボロボロじゃない……。──大丈夫なの?」
「僕の事は大丈夫。それよりも、この薬を受け取ってくれ。君の火傷跡に効く薬だよ」
「本当に? 本当に手に入れてくれたのね……? ありがとう、カイル!」
アリスは火傷跡を隠す為に被っていたベールを取ってカイル抱きしめると笑顔で感謝した。
カイルは火傷をしてからずっと暗い表情しか見ていなかったので、アリスの面に久しぶりに笑顔を見れただけでとても満足である。
自分は彼女の力になれたのだと、それだけでこれまでの辛く厳しい冒険が報われた気がした。
そして、火傷跡用の治療薬が入った小瓶を鞄から取り出した。
「あら? 二つも飲むの?」
アリスは、首を傾げる。
「いや、一つで十分のはずだよ」
カイルはアリスの疑問に答えると、小瓶を差し出した。
アリスは、緊張した様子で小瓶を受け取ると、その蓋を開ける。
そして、匂いを嗅ぎ、その激臭に顔をしかめるのであったが、カイルに苦笑してから勇気を出してそれを口にした。
すると、アリスの体が内側から漏れ出す、まばゆい光に包まれる。
光っている部分は、火傷の箇所と思われた。
「い、痛い! 内側から身が焼かれるような痛みだわ! カイル助けて!」
アリスは悲鳴を上げると、苦しみだす。
「あ、アリス!?」
カイルは慌てて、苦しむアリスを抱きしめる。
それは、優しく包み込むように、それでいて振り解けない強さをもったものであったが、アリスはしばらくその腕の中で苦しみ続け、とうとう気を失うのであった。
カイルは、困惑するしかないのであったが、少なくともアリスの顔にあった火傷跡は無くなり、その美しい容姿が戻っていたので、薬の効果に嘘はないはずだと少し安堵する。
そして、アリスに優しく声をかけ続けた。
アリスは、その声にようやく目を覚ます。
そして、アリスは、カイルの腕に助けられながら立ち上がると、火傷で思うように動かなくなっていた体の動きを確認し、大丈夫そうだとわかると、カイルの腕から抜け出て、鏡を見に自分の部屋に走っていった。
「本当に火傷跡が無くなっているわ!」
アリスの歓喜に震える声が部屋の向こうから聞こえてくる。
そこでようやく、カイルも心の底から安堵した。
長く苦しい三か月もの旅が完全に報われた瞬間だったからだ。
アリスが、嬉し涙に顔をくしゃくしゃにしながら、カイルのもとに戻ってくると、二人は抱き合って喜びあうのであった。
こうして、二人は結婚して幸せになるはず……、であった。
だが、その幸せも続かない。
というより、最初から幸せな結婚自体がなかったのだ。
アリスは、火傷跡が綺麗に消えると、元婚約者である貴族の子息の元に戻ってしまったからである。
アリスはカイルが旅に出た後、貴族の子息に手紙を出し続けており、自分がどんなに子息のことを愛しているかを綴っていたらしい。
そして、幼馴染であるカイルが火傷跡を治す薬の元となる薬草を手に入れて戻ってくるはずだから、それまで待っていてほしいと嘆願していた。
貴族の子息も、あの麗しいアリスが戻ってくるなら、その時は婚約破棄を取り消してもいいという約束を交わしていたのである。
そこへカイルが薬を持って戻ってきた事で、本当に火傷跡は綺麗さっぱり消えてなくなった。
これで二人の間の障害は無くなったので、アリスは約束通り婚約破棄を取り消してもらい、元鞘に戻ったのである。
このことにカイルは当然ながら、深い悲しみに陥っていた。
いや、この体験をしているカイルの中身のヨハンが、というべきか?
カイルは当然、アリスを心から愛していたし、彼女が幸せになるなら相手が自分でなくてもよいと考えていた。
それに、自分の命はあとわずかであることも悟っていたから、自分より相応しい相手がいるならそれでいいとも考えていたのである。
しかし、まさか元婚約者の元に戻るとは思っていなかったので、それがショックだったのは確かであった。
カイルの中のヨハンは、普段冷静な男であったが、この体験はその冷静さも大きく揺さぶる。
だから、ヨハンはカイルの気持ちを感じつつも、怒りを感じずにはいられない。
しかし、アリスの幸せを考えると自分の怒りは、理不尽にも思える。
ヨハンは怒りを抑えて、カイルの気持ちを尊重し、アリスの幸せを願うことにするのであった。
アリスが、元婚約者の元に去って三か月が経った頃。
教会では貴族の子息とアリスの結婚が盛大に行われていた。
そこにカイルの姿はない。
カイルは、病の床に就いていたのだ。
やはり、毒の沼地や瘴気の谷、そして、火竜の山での無理は確実に体を痛め、弱らせていたのである。
カイルは寝台で、ようやくもう一つの火傷跡の治療薬のことを思い出した。
「……自分の命はあとわずかだと思って、火傷跡の治療薬は結局飲まなかったけど……、あれをこのまま残していくのも……、火竜王に対して失礼だったかもしれない……」
カイルは弱々しくつぶやくと、最後に飲んでしまおうかと枕元に置いていた小瓶を弱々しい手で掴むが力が入らず、そのまま、床に落とす。
そして、そのまま、カイルは命の火が消え、こと切れてしまうのであった。
そこに、扉がノックされる。
当然部屋の主は亡くなっているから返事はない。
すると静かに扉が開かれた。
そこには、燃えるような赤い髪の美女が立っていた。
「律儀な男だったが、飲む前に逝ってしまったか。その薬は、火傷はおろか病魔も治すことが出来たものを……」
そう、カイルの死の床に訪れたのは、火竜王であったのだ。
「そして、カイル。我はお前に『我が望まぬ悪用はしてくれるな』と言ったはず。あのような恩知らずの小娘に我の薬を使ったのは悪用以外の何物でもない。薬は返させてもらうぞ」
火竜王はカイルの遺骸にそう告げると、床に落ちた薬を回収し、さらにその場で手を高々と上げる。
すると、街の上空を黒い雲が見る見るうちに覆っていく。
そして、その雲から街の教会に向けて大きな雷が走った。
雷は、教会の屋根を貫き、婚姻式を行っていた最中のアリスの頭上に落ちる。
そして、アリスの体にあったはずの火傷の場所から火が燃え上がり、アリスを包み込む。
「きゃー! 熱い、熱い!! 誰かこの火を消して頂戴!!!」
アリスは絶叫し、新郎である貴族の令息はこの事態に呆然とする。
新婦側の席にいた数人が、そんなアリスを助けようとするが、炎の勢いは強く消すどころか巻き込まれ、火だるまになる者がさらに増えるだけとなった。
そして、ほんの数分で、アリスは肉体の内側と外から業火に焼かれ、消し炭になってしまうのであった。
こうして、幼馴染を助けようとしたカイルは病死し、そのカイルが助けたアリスも火竜王の怒りに触れたことで、焼死した。
「……あの世で、カイルに謝るがよい」
火竜王はそうつぶやくと、カイルの死体を回収し、火竜の山へと帰っていきましたとさ。
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