第10話 童話『薬草を探す男』前編
昔々、あるところに、それはそれは美しい娘がおりました。
その娘の美貌は街でとても有名で、彼女に求婚する者は後を絶ちませんでしたが、その娘のハートを射止めたのは、領主である貴族の子息でした。
男達はとても悔しがりましたが、相手が領主の子息となると誰も文句は言えません。
それに、領主の子息は地位や名誉もありましたし、何よりその姿も優れていたので誰もが相応しいと認め、うらやむところとなりました。
二人の交際は順調に進むと、領主の許可を得て婚約を交わし、あとは結婚を待つのみでしたが、ある日のこと、娘の家が大火事に見舞われたのです。
火が出たのは誰もが寝静まった深夜遅くのこと。
その為、娘は火事に気付くのが遅れて逃げる事が出来ず、部屋の片隅で怯えています。
「アリス!」
そこへ一人の男が燃え盛る家に飛び込み、火に包まれながらもその娘アリスの部屋まで辿り着くことが出来ました。
その名は、カイル。
そう俺の名はカイルだ。
ヨハンは、そこでようやく自分がまた、童話の中に飛び込んだことを思い出した。
そして、今は、幼馴染である美女のアリスを助けに、燃え盛る家の中に飛び込んでいる。
当然、服に火がついて肌が焼け、当然狂いそうなくらい熱い。
カイル(ヨハン)は、体を燃やすその火を叩いて消しながら、アリスのいる部屋の扉を蹴破った。
そこには、悲鳴を上げて火に包まれるアリスが。
「アリス!」
カイルは、悲鳴を上げながら炎に包まれる幼馴染を手にしていたシーツで包んで火を消す。
そして、そのまま、アリスを抱き上げると、燃える中を脱出し、家が崩れる間一髪のところでカイルは救い出すことに成功するのであった。
「……アリス大丈夫かい?」
カイルは、自身も火傷で大怪我を負っていたが、アリスのことが心配でそれどころではなかった。
アリスは、カイルの腕の中でぐったりしている。
彼女は、顔や体に火傷を負い、気を失っていた。
そこへ医者が駆け付け、その見事な治療のお陰で彼女は九死に一生を得ることになった。
それから一か月後。
カイルも重傷であったが、同じ医者のお陰で、日常に支障がないところまで回復する。
アリスも、カイルよりは軽傷だったので、先に退院した。
だが、アリスには不幸が待っていた。
それは、領主の子息との婚約が破棄されたのである。
領主の子息は、アリスの綺麗な顔や体が、火傷を負ってしまった事を理由の一つとした。
「僕は宝石のような美しい彼女に恋をしたのであって、今の彼女は、傷だらけでその価値を失っている。これは、僕の求めている彼女ではない」
というのが、当人が告げた婚約破棄の理由である。
これには、アリスもショックを受けた。
家は焼け、綺麗な顔と体は火傷跡だらけで見る影もない。
婚約も破棄されて、何もかも失ってしまったのだから当然だろう。
カイルはそんなアリスを自分の家に泊めて、毎日励ました。
だが、彼女の心は癒えそうにない。
カイルも、そんなアリスを見て心を痛めた。
だから、彼女の火傷を癒す方法がないかを懸命に調べ始めた。
旅の商人や冒険者、街の知恵者である魔法使いを尋ねるなどして、治療する方法を聞いて回ったのだ。
そして、
「そうじゃのう……。遥か南方にある火竜の山に、火傷跡にとても効果をもたらすという幻の薬草『火眼花』があるというから、それがあれば火傷跡を治せるかもしれない」
という情報を入手した。
カイルは決心すると、家をアリスに任せ、自らは旅支度を整える。
「カイル、無理をしないで。あなたまで失ったら私は生きていくことが出来ないわ……」
アリスは、幼馴染が今や唯一の支えであったから、カイルが街を出ることを心配した。
「待っていてくれ。必ず、『火眼花』を手に入れて、君の火傷跡を治してみせるから!」
カイルは彼女の為に、そう約束すると、街をあとにして遥か南方の火竜の山を目指すのであった。
火竜の山までの道のりは大変なものであった。
旅先では、魔物に襲われることも度々あったし、カイルの旅費を狙う詐欺師もいた。
それにその人の良さに付け込んで、カイルを金稼ぎに利用しようという悪党もいたのだ。
カイルはその度に失敗や苦い経験をしながら強く成長し、山を目指す。
毒の沼地を満身創痍で乗り越え、瘴気の谷を命からがら通り抜ける。
カイルは、そこで毒に犯され、瘴気によって寿命を縮めた。
それでも、引き返すという選択肢はなく、ひたすらアリスの為に! と進み続ける。
カイルは、気力とアリスへの思いだけで、火竜の山へと辿り着いた。
火竜の山は、一年中いたる所から炎が吹き上がり、地面は常に灼熱の地獄である。
その為、カイルはその高熱の為、全身をじりじりと焼かれながら進み、山の奥深くに向かう。
その先に、火の高原があり、そこに『火眼花』はそこに自生しているはずだからだ。
カイルは情報通り火の高原に辿り着いた。
そこは、一帯が地面から噴き出した炎によって陽炎のように揺れ、赤々と燃えていたが、その環境でもなお、火の耐性を持つ植物が複数生存していた。
カイルは、教えてもらった特徴を持つ『火眼花』を探すが、なかなか見つからない。
「こんなに植物があるのに、肝心の『火眼花』だけが見当たらないじゃないか!」
カイルは、火に体を焼かれながら、落胆する。
彼は旅の中、成長する事でとても強い肉体を得ていたが、それでもこの環境では命を縮めつつあった。
そんなカイルを、遠くから見つめている者がいた。
それが、火竜の山の主である火竜王である。
火竜王は、文字通り、火竜の王であり、その姿は小山ほどもある大きな赤い竜だ。
その火竜王は、山の頂から、この無謀で勇ましい侵入者を観察していたが、火の高原で泣き叫んでいる事に気づき、少し興味を持った。
「人の身でありながら、ここまで辿り着いた者を我は知らない。どれ、その目的を聞いてみようか」
火竜王は、そうつぶやくと、カイルのいる火の高原まで飛んで下りていく。
カイルはしばらく泣いていたが、目の前に大きな火竜が現れたので、命の終わりを悟った。
「火竜よ、あなたは私を食べに来たのですか?」
カイルは覚悟を決めて、火竜王の目的を問うた。
「はははっ! 我にそんな悪食の趣味はない。ところで人間。お前は何をそんなに嘆いている。ここまで辿り着いた褒美だ、特別にお前の話を聞いてやろう」
火竜王は、ただの興味本位であったが、褒美と称してカイルの目的を聞くのであった。
「──なるほど、お前の幼馴染の為か。それは、勇敢で見事な覚悟である。気に入ったぞ。そのアリスという娘の為に、我が必要なものを与えよう」
火竜王は、カイルの直向きな思いに感心すると、魔法収納という能力で異次元にある場所から異なる小瓶を二本出してみせた。
「これは、『火眼花』ではないですが……。一体、これは何ですか?」
カイルは、『火眼花』を求めていたから、がっかりした様子である。
「はははっ! そう残念がるな。この火の高原にはもう、『火眼花』は生息していないのだ。しかし、我が火傷跡に効く薬とそれを基にした魔法を作り出した。見たところお前は、魔力が少ないようだから、魔法を与えたところで今は使えまい。だから、この薬を二つ与える。一つはお前の幼馴染であるアリスという娘に、もう一つはお前自身が飲むがよい。だが、我が望まぬ悪用はしてくれるなよ?」
火竜王はそう忠告すると、その大きな爪の生えた指先で器用に摘まんでカイルへ薬の小瓶二つを手渡した。
「あ、ありがとうございます! これで彼女を救うことが出来ます!」
カイルは火竜王に何度も感謝する。
「よいよい。我はお前達の行く末を見守るとしよう。その身では帰るのも大変だろう、我が途中まで魔法で送ってやるとしようか」
火竜王は暇つぶしでできた友人にそう応じると、魔法で火竜の山、瘴気の谷、そして、毒の沼地を無傷で通り抜けさせ、人の世界まで送り届けるのであった。
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