第5話 童話『体力自慢と老人』後編

 ある日のこと。


 いつもの通り、ダンは、魔法使いであるおじいさんの仕事を手伝っていた。


「今日もありがとうな、ダン。──ところでお主。最近、元気がないようじゃが、大丈夫か?」


 魔法使いのおじいさんがダンを心配してか、お茶とお菓子を出しながら聞いた。


「体力が自慢の俺だぜ? 元気は元気だよ」


 ダンは確かに体力自慢だが、悩みでいっぱいの状態であったから、答える言葉に力はなかった。


「なんじゃ、相談くらいのってやるぞい? 儂がこの村の生き字引であることくらいお主もわかっておるじゃろ?」


 魔法使いのおじいさんはダンが子供の頃からすでにおじいさんだったから、村のことは知り尽くしているし、知識も豊富であった。


 だから、ダンは藁にも縋る思いで、魔法使いのおじいさんに相談することにする。


「……ふむ。なるほど、そういうことじゃったか。ダンの体力自慢が有名になり過ぎて貴族達が部下にしたがっていると。──それなら、依然頼んだ魔法の実験をやってみるかね?」


 魔法使いのおじいさんは、ダンの話を聞くと、急に実験の話をする。


「実験? 何で今、そんな話になるんだい? それはじいさんの体力をつける為の実験だろ? 俺が体力をつけてどうするんだい」


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。そうではない。お願いした魔法実験は、お主の無尽蔵の体力を儂に移動させるというものなんじゃ。もし、これが成功したら、体力を失ったお主に興味を示す貴族達はいなくなるじゃろ。そうなったら、しつこく誘われることもないぞ」


「本当か!? ……だが、体力が無くなったら俺はどうなる? 勧誘はなくなるが、体力を失ってはこの村のみんなの役に立てなくなる。それは困るぞ?」


「儂を誰だと思っておる。体力をお主から儂に移動させることに成功したら、その逆もできるようになるという事じゃ」


「……本当に、戻せるんだな?」


「しつこいのう。儂は今まで立てた目標は必ず成功させてきた男じゃぞ。任せるのじゃ!」


 魔法使いのおじいさんは、その細い腕で、ドンと自分の胸を叩く。


 ごほごほっ。


 咳き込む魔法使いのおじいさん。


「本当に大丈夫かよ……。でも、じいさんの案くらいしか勧誘を無くす方法はなさそうだ。──それじゃあ、頼むよ」


「よし、任された!」


 魔法使いのおじいさんは、元気よく応じると、すぐに準備に移った。


 床に魔法陣を描き、古代文字で書かれた魔法の契約書を用意する。


「これは?」


「この魔法は、本人承諾なしでは使えないものだからのう。これにサインしてもらうと契約書が魔法陣に接続されて発動する仕組みじゃ」


「複雑なんだな。──これでいいか?」


 ダンは、読み書きは基本出来ないが、自分の名前だけは、この魔法使いのおじいさんに子供の頃教えてもらって書けたから、その通りにサインしてみせた。


「よし、これで、魔法を発動するぞい」


 魔法使いのおじいさんはサインを確認すると、ダンを魔法陣の中心に立たせて、ぶつぶつと呪文を唱える。


 すると魔法陣が光りはじめた。


「おお! じいさんのところには、毎日のように来てたが、これは初めて見るぜ!」


 ダンは、初めて見る大掛かりな魔法に感動すら覚える。


 その魔法陣がさらに強く輝いたと思った瞬間であった。


 ダンの背中に悪寒が走り、体力が一瞬で抜けていくのがわかる。


「おわっ……!?」


 ダンは体力が抜けた次の瞬間には、その場に立っていられず、地面に倒れ込む。


「おっと、大丈夫か、ダン?」


 魔法使いのおじいさんの若々しい声が聞こえた。


 ダンは地面に突っ伏したまま、魔法使いのおじいさんを見ると、そこには背がピンと伸びて、肌艶のよいフードを被った男性が立っている。


「ほう、まさか、こんなに若々しくなるとはのう。さすが、無尽蔵の体力を持つと言われたダンじゃ。おっと、これからは、言葉遣いも気をつけないと、見た目との差で疑われそうじゃな。はははっ」


「……じ、……じいさん。本当にあとで……、体力は……、戻してもらえるん……だよな……」


 ダンは体力が完全に奪われた状態であったせいで、話すどころか息をするのも辛い状態になっていた。


 そして、魔法使いのおじいさんの挙動に一抹の不安を覚えて確認する。


「はははっ。もちろんだ。しっかり研究して、元に戻す方法も数十年くらいかければ見つかるだろう。それまでに、お主が生きていればの話だがな?」


 魔法使いのおじいさん、もとい年齢不詳の魔法使いの男性は、そこで初めて本性を見せた。


「……だ、……騙したな……」


 ダンは青色吐息でようやく魔法使いの男性の目的が、最初から自分の無尽蔵の体力であることを知った。


「人聞きが悪いな。この禁忌の魔法は、本人の意思が必要だから、ほとんど使えない代物だが、お主が納得したうえで魔法の契約書にサインしたのだから、騙してはおるまいて。それより、今は自分の心配をした方が良い。人間は心臓を動かすのにも体力がいる。その体力も失ったら、どうなるかわかるだろう?」


 魔法使いの男は、意味ありげにそう言うと、ダンは、最後の言葉も言えないまま、息を引き取るのであった。


 それから数日後。


 村には一つの噂が流れた。


 それは、ダンが貴族の勧誘を嫌がり、密かに村を出た、というものである。


 村人達はそのことを悲しんだが、本人が悩んでいたことも知っていたので、いつか戻ってくることを信じて、そのことには誰も触れないようにしたのであった。



 そして、ダンのいなくなった後の村には体力自慢の別の男が現れた。


 それは長い事この村に住んでいる魔法使いの老人であったが、見た目は若々しい為、誰もそれには気づかない。


「魔法使いのお兄さん。ちょっと、力仕事を手伝ってくれないか?」


「ええ、いいですよ。体力には自信があるので任せるのじゃ……任せてください」


 魔法使いの年齢不詳の男は、笑顔で応じる。


 彼は魔法使いのおじいさんの弟子を名乗ることで、ダンの後釜に納まり、村でいつまでもゆっくり過ごしましたとさ。

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