第4話 童話『体力自慢と老人』前編
どういうわけか、『異世界童話禁忌目次録』を開いたことで、ヨハンは童話の中に確かに存在していた。
夢でも幻でもない。
実際そこに物があるし、人もいる。当然、匂いもあるし、触ることも感じることもできるからだ。
そして、今のヨハンは体力自慢の男、ダンであった。
ヨハンもそのことを確信し、自分がダンである事を完全に理解する。
「俺はダン。村一番の体力自慢だ……」
確認するようにそうつぶやく。
「はははっ、何を言っているんだ、ダン。ほら、あの岩を端に移動してくれないか? 十人がかりでもピクリとも動かないんだ」
ダンに仕事をお願いしていた住人が、庭の真ん中に鎮座するとても大きな岩を指差した。
「おう! これは、村人全員で挑んでも難しいだろうな。だが、俺なら動かせるさ」
ダンは、その太い腕で自分の胸をドンと叩くと、岩に張り付く。
「ふんぬ!」
ダンが、顔を真っ赤にして力を体全体に込める。
すると、大岩がズズズッと少しずつ動くではないか。
ダンの言う通り、十人がかりでもピクリとも動かなかった大岩は、ダン一人の力で、動き出し、少しずつ庭の端に移動していく。
これには、頼んだ住人も、力が入るのか同じように顔を真っ赤にしてダンの頑張りを応援する。
「もう少しだ、ダン! あと少しで庭の端だ!」
応援される中、ダンは頼まれた通り、大岩を広い庭の端まで運ぶことに成功するのであった。
「ひゃー、疲れただろう? あれだけの岩を一人でこんな広い庭の端まで運んだんだ。さすがに疲れたんじゃないか? しばらくお茶でも飲んで休んでいってくれ。報酬はここに置いとくよ」
依頼主である住人は、そう言うと、お茶とお金を庭のテーブルの上に置く。
「はははっ! このくらいなんともないさ。俺は体力だけが自慢だからな。このくらいで疲れたりしないぜ」
ダンは、依頼主の心配を一笑すると、お茶を飲み干し、お金を懐に入れると立ち上がる。
「なんだ、もう、行くのか? ゆっくり休んでいけばいいだろうに」
ダンはこの村で人気者であったから、依頼主も自慢話の一つでも聞こうと思っていたのだ。
「次の仕事があるから、また今度な」
ダンはそう答えると、次の仕事に向かうのであった。
ダンは、この村にあって、頼りにされる存在である。
人が好いし、村の役に立つことを嫌がらない。
少年の頃は無償で手伝っていたが、大人になってからは村人達もそれではいけないと、報酬を支払うようになった。
ダンは、それも断っていたのだが、村人達はダンの生活が困ると、結果的に自分達も困るからと、報酬を受け取るように説得し、今に至っている。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。今日もすまないなぁ、ダン。お陰で今日も力仕事をせずに済んだよ」
フード付きのローブを纏ったおじいさんが、ダンにお礼を言って、お茶とお菓子を出した。
「良いってことよ。(もぐもぐ……)──じいさん、他に困ったことはないかい? 追加請求はしないから、今のうちに言っておいてくれ」
ダンは出されたお菓子を食べると笑顔で応じ、雑用もしてくれる勢いだ。
「そうじゃのう……。近いうちに実験をしたいから、その被験者になってくれんか?」
おじいさんは、ダンの言葉に甘えることにしたのか、妙なことをお願いする。
「実験? ……ああっ! ──確かじいさんの体力を上げる為の魔法だったか? 完成しそうなのかい?」
ダンはこのおじいさんを子供の頃からよく知っていて、家族のような付き合いであったから、普段何をしているかもよく知っていた。
最近は、おじいさんがダンの元気の良さを羨ましがって、自分も体力をつける為の魔法を考えていると聞いたことがあったのである。
「昔、却下にした魔法を修正することで、どうにか望みが見えてきてな。それが形になりそうなんじゃよ。これが成功したら儂の望みが叶うから、報酬は儂の全財産でもいいが、どうかのう?」
「はははっ! 魔法の実験台だろ? そのくらいなら、お安い御用さ。今日のように、報酬はいつものお茶とお菓子でいいぜ」
ダンは、魔法使いのおじいさんの実験体になることを快く了承すると、挨拶をして次の仕事へと向かうのであった。
ダンは、こういった感じで、毎日、村の誰かの役に立つ仕事をしていた。
村では、善良で体力自慢のダンは一番の人気者であり、近隣でもダンのことは有名であった。
その噂は、領主も知るところで、ある日、ダンの元に使者が訪れる。
「──ということで、ダン殿には、自分のもとで活躍してもらいたいとの仰せです」
使者は、ダンに口頭で領主の目的を伝えた。
それは、近隣の他の領主へ自慢する為、体力自慢で有名なダンに、部下になれというものである。
「お断りします」
ダンは、村のみんなの役に立てていることが誇りであったから、この誘いをあっけなく断った。
使者は、残念がったが、ダンが頑なな態度を取るので諦めて、帰っていく。
しかし、ダンへの誘いは、これで終わらない。
それどころか、近隣の領主達も、ダンを欲しがっていろいろな条件を付け、部下になれと誘うようになる始末。
ダンは、いろんな偉い貴族達の連日の使者に、辟易しつつあった。
中には恫喝に近い態度の使者もおり、ダンはこのままでは、自分だけでなく村のみんなにも迷惑がかかるのではないかと、心配するのであった。
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