第2話 異世界童話禁忌目次録

 フォルン老人の魔法によって、王宮管理省総務部の平職員ヨハンが熟睡すること五時間程が経過していた。


 そのヨハンが目を覚ますと、目の前の『開かずの間』、もとい『禁忌の部屋』の魔法の鎖百八本も外され、五十四の鍵も施錠、二十七の封印も解かれ、錆び付いた扉が千年ぶりに開いていた。


「夢? い、いや、夢じゃない……。あのおじいさんが、本当に開けてくれたのか……。──ところで、おじいさんは中かな?」


 ヨハンは、重々しい扉が大きく開いているので、好奇心と仕事上確認の為、覗き込んだ。


 室内は、不思議なことに塵一つなく、時間が止まっていたかのように、綺麗な状態であった。


 と言っても、室内は赤い壁紙一色の部屋で、その中央に石で出来た台座があるだけなのだが。


 その台座には、どうやら、何か置いてある。


 それがきっと、この部屋に関係する物らしい。


 そこまで確認してからヨハンは、台座の足元にフォルン老人が倒れていることに気づいた。


「おじいさん?」


 ヨハンは慌ててフォルン老人に駆け寄る。


 フォルン老人は、目を見開き、泡を吹いた状態ですでにこと切れていた。


「そ、そんな……!」


 ヨハンは、この部屋の鍵を開錠してくれたことに感謝しかない老人の死に衝撃を受ける。


 台座の上には、一冊の本が、置いてあった。


 魔導書の類であろうか?


 ヨハンは、熟睡したことで冷静になった頭で考える事ができたから、この状況をすぐに把握して、老人の死に色々な仮説を思い浮かべた。


 ①強力な魔法を駆使したことで、体がその力に耐えられず、死んでしまった事故説。


 ②この『禁忌の部屋』を開けたことで何かしらの呪い、もしくは罠で亡くなった説。


 ③台座に置かれている一冊の本が原因で死んだと思われる説。


 他には、自殺説などもあるが、この状況ではありえないので却下だ。


 ヨハンは、台座に置かれている本が何かを確認する為に、直接触らないよう手袋を付けた状態で、その本を手にする。


「題名は……、ダリル著『異世界童話禁忌目次録』? 童話??」


 ヨハンは、題名に拍子抜けしてしまった。


 千年前の童話の為に、この『開かずの間』もとい『禁忌の部屋』が千年もの間、封印され続けていたのかと思うと、呆れてしまう。


 いや、もしかしたら、歴史を塗り替えるような内容なのかもしれない。


 そう思いつつ、ヨハンは、その本を開いてみた。


 パラパラとページをめくると、飛び込んでくるのは題名通り、千年前の当時に存在したと思われる童話の題名が延々と目次として記されているだけである。


「え? これだけ……ですか?」


 ヨハンは拍子抜けしてしまう。


 フォルン老人が命を賭けて開錠したのに、あったのはこれだけなのか……。と思うと悲しくなってくる。


 そして、ハッと気づく。


「そ、そうだ。死人が出ているのでした……」


 ヨハンは、本を台座に戻すと、外に応援を呼びに行くのであった。



 建国祭は、その一か月に及ぶ催しが、全体的には大好評で終えることになった。


 一番の目玉であった『開かずの間』を開けた謎の老人が、死亡するが起きたことで、少し、悪い意味での注目の浴び方をすることになったのではあるが……。


 フォルン老人の死もあって、その室内の台座に置いてあった本、『異世界童話禁忌目次録』が強力な魔導書ではないかと、王都に招かれて魔法使い達も強い興味を惹かれた。


 だがそれも、王家御用達の鑑定士を急遽招集するまでは、である。


 死人が出た千年前の本なのだから、さぞや価値があるのだろう、とシュタール王家をはじめ貴族達、魔法使いなどがとても注目したのだが、


「この本の目次にある童話の題名は、私が知らないものばかりなので、この千年の間に失われた童話の題名である可能性はあると思います。そういう意味では資料的価値を見出したいところなのですが……、最初から最後まで存在も明らかでない題名だけが目次として羅列されているだけなので、千年に見合う価値を付けようがありません。そして何よりこれが一番の問題ですが、千年前の本にしては、紙質が新し過ぎるという疑惑が……。一級鑑定士としましては、これが千年前の本である可能性は限りなく『ゼロ』であろうと判断します」


 という鑑定結果になったのである。


 この鑑定士は、見たままを分析し膨大な知識、そして厳然たる事実をもとに鑑定結果を述べただけなのだが、王家にとってはこれが侮辱的であった。


 千年間開けたことがない『開かずの間』の財宝のはずだったからだ。


 それを最近の本の可能性があると言及されたことは、王家が話題作りに密かに用意したもの、と暗に指摘されたようなものであったから、怒らずにはいられない。


 この鑑定士は、もちろん、王家御用達から外されることになる。


 そして、そのことで、ある男にも矛先が向けられ、疑いがもたれることなった。


 それが、当時現場にいたヨハンである。


 職員の彼が、台座にあったお宝をどうでもいい本とすり替えたのではないかという疑惑を持たれたのだ。


 訴えたのは、国王から叱責を受けた一人である上司の総務部部長ブランであった。


 しっ責を受けたことでその矛先を部下に擦り付けた形であり、ヨハンは、警備隊に引き渡され連行。このあと一週間、みっちり尋問を受けることになる。


 住んでいた部屋にも警備隊が踏み込み、室内のものは全て没収され、人間関係も洗いざらい調べられたが、疑わしいものは全く出てこず、尋問も本人が強靭な精神力で頑なに否定し続け、証拠不十分という結果になって釈放された。


「一生懸命不眠不休で働いてきた私にこの仕打ちはないでしょう……。まあ、大変厳しい上司、終わりのない忙しい職場のお陰で忍耐力は誰にも負けないくらい鍛えられた気もするのでそれはそこは感謝しないといけなのかもしれませんが……」


 多少不満の残るヨハンであったが、その日のうちに上司から職場に復帰するよう命令されることになる。


(あなたのせいで一週間も尋問受けることになったのに、お詫び一つもないのですか?)


 と思うヨハンであったが、それを言うと仕事をクビになる可能性が高い。


 いつも上司は何かにつけて、クビをチラつかせていたからだ。


「いつも通り雑用をやっておけ! お前がこの一週間いないことで、迷惑した職員がいっぱいいるんだぞ!」


 上司ブランはそう言うと、ヨハンに建国祭仕様に装飾された王宮内の掃除からその後始末、備品、書類の整理や他所の部署への助っ人など、大きなものから細々としたものまでどんどん押し付けてくる。


 ヨハンは嫌がらせであることはわかっていても、この仕事を辞めるわけにはいかない。


 ヨハンはすでに三十七歳。


 これから再就職となると、大変なのは明らかだからだ。


 それに、安月給でこれまで働いていたから、貯金もあまりない。


 その状況で、新たな生き方は難しいというのが現実的な判断であった。


 とはいえ、ヨハンにも昔は、夢があった。


 その夢とは、自分の才能で人の役に立つことである。


 具体的なことは何も決まっていない青臭い夢であったから、今では夢とも呼べないものであり、ただ、人の役に立つことが出来れば、とは考えていた。


 まあ、田舎から王都に出てきてからは、才能に溢れる者が多い王宮において、自分が人の役に立てるほど、秀でた能力は無いと痛感するだけであったのだが……。


 ヨハンは、懐かしい儚い夢を思い出しながら、押し付けられた沢山の仕事をコツコツと行うのであった。

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