第2話 怯えるメイド

「えっと……リーゼ、だよな?」


「へ?」


 怯える少女に、俺はなるべく優しい声で問いかけてみる。


 すると、俺の質問の意味がわからなかったのか、ポカンとした表情で、俺を見つめ返しくる。


「あっ、は、はいっ!!」


 だが、それも一瞬のことで、すぐに怯えた表情に戻り、姿勢をピンと正すと、慌ただしく俺の質問に答える。


 おそらく、早く質問に答えなければ、何かされると思ったんだろう。

 ……こりゃ相当、やることやってんな、アルフレッド君こと俺。


「ああ、うん。そりゃそうだよな……変なこと聞いたな、悪い」


 俺は苦笑しながらリーゼに謝罪する。

 それにしても、この反応は予想以上だ。

 ブラック企業のパワハラ上司も真っ青のビビられっぷりじゃないか。


 まあ、考えてみれば当然か。

 目の前のメイド少女──リーゼは、アルフレッドの使用人の扱いを象徴するようなキャラだった。

 ゲームでは、しょっちゅうアルフレッドに怒鳴られたり、理不尽な命令をされたり、時には暴力まで振るわれていたっけ。


 それに、瞳が赤いということはについてはもう……いや、色々考えるのは後だ。

 今はとにかく情報収集をしなくては。


「なあ、リーゼ。君から見て俺はどんなやつだ?」

「っ……!」


 追加の質問に、リーゼはさらに怯えた様子を見せる。なんなら、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


 マジで泣きそうじゃん。

 ……やらかしたな、申し訳ない。怖がられているのは分かってたけど、ここまでとは。少し甘く見ていた。


 今後の立ち回りのため、使用人の意見として少しばかり、リーゼの意見を聞きたかったのだが仕方ない。

 まあ、彼女の表情を見ればどんなものか、大体は把握できるから良しとしよう。


「すまない。答えづらいことを聞いてしまった。忘れてくれ」


「あ、いえ! そんな……」 


 リーゼは、さらに恐縮した様子で頭を下げた。

 今にも泣き出しそうな顔をしている。

 そうか……謝罪は逆効果か。

 再びやらかした、自分のKYっぷりに呆れながら、俺は話題を変えるべく、慌てて口を開いた。


「あのさ、リーゼ。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」


「ひっ、な、なんでもおっしゃってください、アルフレッド様!」


 リーゼは、相変わらず怯えた様子で、肩を震わせながら答えた。


 気の毒なので、どうにか落ち着いてほしいが、今の俺に彼女を安心させる信頼はない。

 リーゼとの関係改善は長丁場になりそうだ。


「ちょっと、街に出てみたいんだよ。視察ってやつ? 一応貴族だからさ」


「ま、街へ、ですか?」


 リーゼは目を見開いて、驚きの声を上げた。


 その反応に、俺は内心「やっぱりな」と呟いた。

 原作ゲームでは、アルフレッドは滅多に領地内に出歩くことはなかった。

 稀に姿を見せたかと思えば、やりたい放題。視察のために領地を出歩くことなどなかった。


「ああ。問題あるか?」


 我ながら卑怯な言い方だが、俺はリーゼの様子を伺いながら、そう尋ねた。


「い、いえ、問題などございません。ただ、アルフレッド様は……」


 リーゼは言葉を濁し、俺の顔色を窺ううかがように視線をさまよわせる。


「ああ、そういうことか」


 俺は納得したように頷いた。

 やはり、このアルフレッド君の外出に好印象はないだろう。

 それも、ゲームの知識と合致する。

 領民のことなど、これっぽっちも考えていないクソ貴族だからな。


「まあ、言いたいことはわかる。今までの俺はそうだったのかもしれないが……俺はこれから変わるから。そのためには、この街の、この領地のことをもっと知らなくちゃならないから」


 俺は窓の外を眺めながら、そう言った。

 窓の外には、貧しい家々が立ち並ぶ街並みが見えた。

 原作ゲームでは、アルフレッドの悪政によって、領民たちは苦しい生活を強いられていた。


「……かしこまりました。そ、それでは、準備をさせていただきます」


 リーゼは疑った様子のまま、深々と頭を下げ、部屋を出て行った。

 俺は一人残された部屋で、改めて現状を整理することにした。


 まず、この世界をハッピーエンドに導くためには、情報収集が不可欠だ。ゲームでの情報と実際に見聞きする情報では話が違う。


 ゲームで描写された以外で、アルフレッドがどんな悪行を働いていたのか、領民の生活はどれほど困窮しているのか、そして、この世界における人間関係や勢力図はどうなっているのか。

 すべてを把握した上で、行動計画を立てなければならない。

 

「よしっと! それじゃあ準備に取り掛かるか」


 俺は立ち上がり、クローゼットを開けた。

中には、高価そうな衣服がずらりと並んでいた。

 だが、どれも装飾過多で実用性に欠けるものばかりだった。


「うへー……高いんだろうなぁ、どれもこれも。もっとマシなのはないのか?」


 俺はため息をつき、クローゼットの奥を探ってみた。

 すると、一番奥に、シンプルな黒色の服が数着、ハンガーにかけられていた。


「おお、いいのあるじゃん! これなら多少は動きやすそうだ」


 俺は黒色の服に着替え、さらにクローゼットの中を探ってみた。

 すると、小さな木箱を発見した。

 中を開けてみると、そこには短剣と、小さな革袋が入っていた。


「これは……ああ、そういえば」


 俺は原作ゲームの知識を思い出した。

 この短剣は、アルフレッドが密かに所有していた魔法の短剣で、革袋の中には、緊急脱出用の転移魔法陣が描かれた羊皮紙が入っていたはずだ。


「念の為だな。持っていくか」


 俺は短剣を懐にしまい、革袋をベルトポーチにしまった。

 そして、リーゼが戻ってくるのを待った。


 しばらくして、リーゼが部屋に戻ってきた。

 彼女は、俺の姿を見て、少し驚いた様子を見せる。

 まあ、こんな服は普段着てないんだろう。


「アルフレッド様、そのお召し物は……」


「ああ、これなら動きやすいだろうと思ってな。これはこれで似合うだろう?」

「は、はい」


 俺が軽く笑って答えるも、リーゼは戸惑った様子を見せながら、頷いた。

 とりあえず肯定したといった様子だろうか。


「そんじゃ、行くか」


 俺は、屋敷を出て街へと向かった。

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