3
『20時に近所の公園ね』
あの日指定された時間よりも少し早めに着いてしまった。19時47分、絶妙な時間だ。
ここ最近ずっと家にいて気づかなかったけど、一番最後に外出した日よりも風が冷たくなっている。夜だからというのもあるだろうけど、一段と冬に近づいた空気を感じた。
和馬と最後にやりとりをしたのはあの日だったが、それから今日まで本当に色々なことがあった。
あれからも、わたしの聴力は日に日に落ちていった。薬は毎日毎食前後飲んでいるはずなのに、焦りや不安のストレスからか体調も一向に改善しない状態が続いている。
次いで、和馬がクラスメイトの保護者とトラブルになったという噂を聞いた。けど、これは本当の話か定かではないから、噂話が嫌いな和馬には聞かないでおいた。……今日会ったら聞くつもりだけど。
そして、これが最後。
お母さんが倒れた。つい3日前のことだ。
道で倒れて病院に運ばれた、という連絡を受けて急いで病院へ行くと、病室では真っ青な顔のお母さんが死んだように眠っていた。手を握ると、温かいはずの体温が木枯らしに攫われてしまったかと思うほどにひやりと冷たかった。手首の脈拍を確かめて、ひとまず安心する。
その時その場にいた男性の医師に筆談で説明してもらったが、お母さんが倒れたのはどうやら心労――ストレスが原因らしかった。なにか思い当たることはないですか、と聞かれた時、心臓がドクンと嫌な音を立てた。手のひらと額に冷や汗が滲んだ。
――もしかして、わたしのせい?
思えば、お母さんはわたしが難聴と診断されてからずっと青白い顔をしていた。目元にはいつも隈があり、頬もこけて側から見ても体調が良いとは思えなかった。でも、まさかこんなにもわたしのことで思いつめていただなんて知らなかった。
難聴になったのは、お母さんのせいじゃないのに。
誰も悪くないはずなのに。
わたしのせいで、家族を不幸にしてしまった。
その罪悪感で、わたしは眠れない日々が続いている。
和馬が指定したのが夜で良かった。きっとわたしは今、寝不足やら体調不良やらでひどい顔をしているから。
ふわあぁ……とあくびをもらす。目の前に漂った息が白んでいるのを見て、もうすぐ冬が来ることを悟った。どうりで寒いわけだ。ウィンドブレーカーは羽織ってきたものの、マフラーもしていなければ手袋も持ってきていない。
さすがに寒くて、わたしは自販機で温かいミルクココアを買った。両手で握ると冷えた指先にじんわりと温かみが広がっていく。雪解けってこんな感覚なのかなぁなんて思いながら、わたしはキャップを捻った。その時、
「■■■?」
低い声が聞こえて振り向くと、わたしの真後ろに背の高い男性が立っていた。一瞬警戒したが、その人の正体がわかって軽くため息をついた。
「驚かせないでよ」
焦茶の短髪、高身長で端正な顔立ちだが、どこか幼さが残る少年。
ちなみにわたしの苗字は
「■■■■■」
「あ、ちょっと待って。わたし今低い声は聞き取れないから。高い声で喋るか、筆談にして」
「ワカッタ」
冗談で言ったのに、律儀に高い声で喋り出す和馬。逆に聞き取りづらい。
「……筆談にしない?」
「ワカッタ」
「それやめてよ」
ふはっと笑いが溢れた。ここ1週間ではじめて笑ったかもしれない。
それからわたしたちは、すぐそばにあった銀色の車止めに腰掛けてスマホで文字を打ち始めた。
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