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その言葉通り、次の日からわたしは学校に行かなくなった。
お母さんは病院にいた時と同じ青白い顔でわたしを見たけど、深く理由を聞くこともなくそっとしておいてくれた。
午前10時。仕事に出かけるお母さんを見送ってから、わたしは部屋に閉じこもった。
元々わたしとお母さんしかいない家だから、朝も昼も、夕飯時だっていつでも静かだ。いつもはなんだか寂しく感じる静けさにも、今日だけは安心感を覚えた。
わたしのお父さんは都会に単身赴任中で、小学6年生から中学2年生の今まで、お母さんはひとりでわたしを育ててくれた。
そんな、大切に大切に育てた一人娘がこんな状態になってしまったのだ。なんだか申し訳なくなってくる。楽観的だったわたしはどこへやら、一日で心がすっかり暗くネガティブになってしまった。
一旦全部忘れて、好きな音楽でも聴こう――気分転換のためにスマホを手に取ると、メッセージアプリの通知が鬼のように溜まっていた。慌ててアプリを開いてみると、その大半が和馬からだった。
……そうだ、昨日連絡してそのまま放置してた……
チャットを開くと、驚きと疑問の言葉が細切れに送られていて、その中には不在着信の履歴も点在していた。最後に送られていたメッセージは『早く既読つけろ』。うわぁ……と声が出るのを抑えられなかった。
そもそも、最初にメッセージを送ったのも難聴になったことを教えたのもわたしだし、説明不足かつレスポンスが遅いわたしに非があるのは明らかなんだけども。
そういえば、わたしは周囲の人間に難聴だと知られることを恐れている。正確には話したことによって誤解が生じたり、偏見を持たれることを恐れている。
だというのに、どうして和馬には言えたんだろう。その時のノリ? 気分?
いずれにせよ不思議だし不本意だ。
『昨日病院に行って診断されたの』
『今は家で療養中』
手短に打って返すと、なぜかすぐに既読がついて、『そっか』と返ってきた。
……今は平日の午前中で、今日は振替休日でもなければ祝日でもない。加えて、わたしたちの通う中学校はスマホ持ち込み禁止だ。どうして学校に行っているはずの和馬が、チャットを確認できているんだろう。
『ねぇ、和馬なにしてるの』
『なにってなに』
『今、家?』
『そうだけど』
『なんで? 寝坊?』
『違うけど、そんなところ』
『どっちよ』
はっきりしない発言を繰り返す和馬に少し呆れる。こいつは小学生の頃から言動がはっきりしなくて、でもやる時はちゃんとやる子どもだった。いつもどこか掴めない和馬を気味悪いと感じたことは正直何度もある。
今日も探りを入れたって、どうせまたはぐらかされるんだろうな――と、その浅い予想は裏切られた。
『俺1学期から昼過ぎに登校してたんだけど』
『恵蓮も知ってるよね?』
はっとした。そうだ、和馬はなぜか今年の春頃から、よく遅刻して学校に来るようになったのだ。最近はそもそも学校に来ないことも多くなっていたはず。
『なにかあったの?』
自分の耳のことで精一杯になっていたけれど、こっちもこっちで何かありそうだな、なんて思って、心配半分、興味半分で聞いてみた。
『あー』
『そのことも含めて話したいことがあるから』
『今度会えない?』
え、と突然の言葉に間抜けな声が出た。
――いや、別にいいんだけど。いいんだけどね?
相手は幼馴染とはいえ、中学に上がってから面と向かって話したことなんて片手で数えられる程度なのだ。なんだか変に緊張してしまう。
でも、和馬に何があったのか、話したいこととは何なのか純粋に知りたかったわたしは、
『わかった』
と即答した。
そのまま、幼馴染と再会する日が決まった。
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