第2話

 その後、砥上とがみが少々強引に二人をカフェへ誘い協会の話を聴かせた。砥上曰く、協会はあの蝶々を魂蝶こんちょうと呼んでおり、魂蝶が見える者はここ二十年で大幅に増えている。魂蝶は見える人の死後、体から魂が抜け出す時に魂が変化したもので、見えない人の魂からは発生しない。

 ここまでペラペラと喋ったところで砥上は、

「女の子と遊ぶ約束しとるからまたな。」

 と言って、二人を置いてあっという間に帰ってしまった。

東雲しののめさん、あの協会で聞いたって言ってた情報、信じますか?」

 と高瀬が口を開いた。

「魂がどうって言われても信じられないよね。ちゃんとした実験で分かったことって言ってたけど、どうやって魂の実験をしたんだろうね。」

 東雲の言葉を聞き高瀬が納得していると、再び東雲が口を開いた。

「今度一緒に協会に登録しに行こーなって言って、SNS共有するところ、抜かりなかったね。…まぁ、僕としてはみずき君のも知れたから良かったけど。」

 高瀬は俯いたまま、東雲に返事をしようとしない。

「…みずき君、大丈夫?体調悪い?」

 東雲の心配をよそに、高瀬は静かに話しだした。

「あの蝶々たちは、昔は人間の魂で、僕たちと同じように蝶々が見えてて…じゃあ、蝶々が見えてる人は、今まで、あんなにたくさんいたって事なんだ。」

 東雲は不安げな表情で聞き続ける。

「ぼく以外にも見える人がいたんだ。ずっと、ぼくがおかしいんだと思ってた。ぼくだけじゃなかったんだ。」

 東雲は、砥上の話を聞いていた時の、高瀬の少し嬉しそうな、希望でも見つけたような顔を思い出していた。その時の高瀬はまるで、厳しい冬を乗り越え、雪解けによりようやく芽を出した新芽のようだった。東雲は、協会が実験のために非人道的な行いをしていた可能性に気づいていたが、黙っていた。






 数日後、砥上から連絡があり、三人で協会へ行くことになった。建物は二人の予想を裏切り立派なものだった。砥上曰く、研究施設がメインで協会は隅に追いやられているらしい。研究を続けられるのは協会のおかげなのに、とも言っていた。

「田中さーん、俺が来たでー!」

 魂蝶研究特別支援協会と書かれた扉を、砥上はノックもせずに勢いよく開き、そう言った。

「あぁ、いっくんか、道理でノックが聞こえなかった訳だ。ノックしないもんね、いっくんは。」

 田中さんという、冴えない事務員を絵に描いたような30前後の男性が眼鏡を外しながら言った。

「砥上さんの事、失礼が当たり前の人として受け入れてますね、あの人。」

「あぁ、はい。」

 東雲が高瀬に話す。

「田中さん!みずきと凪で見える人二人!連れてきたでー!」

 砥上が二人を紹介し、田中が登録を済ませた。そして東雲が口を開いた。

「ところで、登録すると何かあるんですか?しなきゃいけない事とか。」

「できる事はあるよ。君たちを登録した名簿はね、日本国内にいる見える人を管理しているもので、これから君たちは魂蝶についての情報を全て知ることができる。会員番号を入力するだけでね。それと見える人のSNSコミュニティーにもアクセスできるよ。あ!一つ君たちがしなきゃいけないことあった。魂蝶について新しい情報があった時は報告すること。これ絶対だよ。」

 どうやら見える人を会員番号という形で管理しているらしい。暇そうにソファーにもたれかかっていた砥上が、飛び起きて言った。

「そーいや君たち二人して何で蝶々さん呼んどったん?戻ってきてー言うてたけど、みずきは元々見えとって、凪があの時急に見えるようにでもなったん?」

 砥上の鋭い質問に高瀬はギョッとしたが東雲は感心した。

「そうです。大正解ですよ砥上さん!」

「あだ名で呼んだってって言うとるやん。」

 するとと田中が口を開いた。

「それは、少し変だね。一般的に魂蝶が見えるようになった瞬間は、またたびを与えられた猫みたいに快楽が全身を支配して動けないはずなんだ。魂蝶が人間を去る時鱗粉を落としていくからね。凪くん、魂蝶が見えるようになった時のこと教えてくれるかな?」

「…図書室で、みずき君がよろけたのを支えて、その時に上の方でヒラヒラしているのが見えて、それが魂蝶でした。」

 田中は少し考え込み、パソコンをカタカタといじり始めた。

「やっぱり鱗粉で麻痺する以外、魂蝶が見えるようになった例はない。凪くんの体に何かあったのかもしれないね。凪くん、体を調べてもいいかな。」

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