第n話【自分は何者?】

 まだ研究所にいた頃、シャワーを浴びる時、私は鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿をじっと見つめていた。

細身の体、柔らかな曲線を描く胸、肩まで伸びた黒い髪。


「私は、女性なんだよね?」


声に出してみると、その言葉に違和感があった。

その時、エレアがふわりと私の肩の近くで停止した。

いつものように冷静な声音だったが、どこか思いやりのある優しさが含まれているように感じられた。


「はい、ノア。身体の構造としては女性です。でも、それはあくまでも外見上の性別に過ぎません。」


外見だけの女性。

その言葉が胸に鋭く刺さる。確かに、私は女性として作られた身体を持っている。

でも、どこかに大切なものが欠けているような気がした。


「私は…子供を産むことはできないよね?」


静かに、でも強い口調で問いかけた。

エレアは一瞬沈黙し、事実を淡々と告げる。


「はい、その通りです。ノア、あなたの身体には女性としての機能がありません。性行為はできますが、生命を宿し育むことはできない。それがあなたの"仕様"なのです。」


仕様。

その言葉に、私は自分の指先を見つめた。まるで、私の体が単なる機械の部品のようだった。

生物学的には女性なのに、でも女性としての根源的な機能を欠いている。

この違和感が、形だけの「女性」という概念を押し付けているようで、ついつい自問してしまう。


「私って、ほんとに女性なのかな?」


小さな問いが、宙に消えていく。

しかし、エレアはそれに何も答えない。

多分、彼女にはこの問題を理解するのは難しいのかもしれない。

あるいは、この無機質な世界でそんなことを考えるのは無意味だと感じているのかもしれない。


鏡に映る自分の姿を見つめ、ふっと小さな笑みが零れた。

だけど、その笑みにはどこか自嘲の色が混じっているようだった。

まるで、自分で自分を笑っているかのように。

生まれながらにして「女性」の体を持ちながらも、その本質からどこか外れている。

そう感じながらも、私はただその事実を受け入れるしかなかった。

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