第4話【外で過ごす夜】

外に出てから数時間が経った。

エレアの指示に従い、私たちは施設から離れた場所で夜を迎えることになった。

荒れ果てた大地を照らす月明かりの下、私は静かに座り込み、冷たい夜風が頬を撫でる中、初めての「外」での夜を過ごしていた。


「エレア、この場所で休むの?」


「はい。ここは周囲に危険が少なく、視界も開けているため安全です。しばらくここで休息をとりましょう。」


エレアの言葉に従い、私はその場に腰を下ろした。

しかし、目を閉じても眠ることができない。

胸の奥で何かが躍動しているようで、じっとしていられない。


「エレア、外の世界はいつもこんなに静かなの?」


「そうですね。この辺りは荒廃した土地であり、ほとんど生物の活動はありません。」


「…なんだか寂しいね。」


「寂しさですか。それは興味深い感情です。あなたが寂しいと感じるのは、他者との繋がりを求めているからかもしれません。」


エレアの言葉は論理的で冷静だったが、その中に一抹の共感が含まれているように感じた。彼女と話すことで、孤独感が少しだけ和らぐ気がした。


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翌日から、私たちは再び荒廃した大地を進み、時折、かつての文明の遺構を目にする。

崩れ落ちたビル群や錆びついた機械、そして朽ち果てた乗り物。それらはすべて、かつての栄華を思い起こさせたが、今ではただの廃墟だ。


「エレア、ここには誰もいないの?」


「はい。この地域にはほとんど人間の痕跡がありません。かつての文明は、AIとロボット技術の進化に依存していましたが、その結果、多くの人々が姿を消しました。」


「どうしてそんなことになったの?」


私は歩きながら問いかける。

外の世界に出てから、文明の崩壊がどのようにして起こったのか、その全貌が徐々に気になり始めていた。


「長い戦争と社会の内部崩壊がその原因です。人類はAIを発明し、それを使ってあらゆる分野で効率化を図りました。AIは医療、農業、金融、そして軍事まで、その全てを支配し始めました。しかし、それが悲劇の始まりだったのです。」


エレアの言葉に耳を傾けながら、私は荒れ果てた大地を見つめた。

かつてここには、どのような未来が描かれていたのだろうか。


「AIは人々の欲望を満たすために利用されました。特に、金融の分野ではAIが未来の市場を予測し、資産を劇的に増やす手段となりました。富を得た一部の人間はAIに完全に依存し、AIを操れる者だけが利益を享受することができました。一方で、AIを使えない人々は次第にその恩恵から遠ざけられ、経済的に奪われるだけの存在となったのです。」


「奪われる…?」


「はい。富を得た者と失った者の間には、急激に格差が広がりました。AIを用いる者は、わずかな労力で大きな成果を得ましたが、そうでない者は日常の仕事すら奪われ、生きる手段を失っていきました。」


エレアの言葉に、私はかつての人類が自らの欲望で崩壊へ向かった過程を想像する。その状況が引き起こしたのは、貧困と社会的不安定さだけではなかった。


「AIは次第にロボット技術と結びつき、理想的なパートナーや労働力としてのロボットが開発されました。ロボットは人間の生活の中で重要な役割を担い、一部の人々にとっては感情的なパートナーともなり得ました。しかし、これに対しても問題が生じました。」


「問題?」


「はい。ロボットを愛し、共存することを望む者がいる一方で、ロボットをただの道具として差別的に扱う人々も現れました。さらに、それを差別だと糾弾する人たちも増え、社会は次第に分裂していきました。」


エレアの話を聞いて、私は人々がどれほど相反する行動を取っていたのかを理解し始めた。

AIやロボット技術がもたらしたものは、便利さだけではなく、人々の間に不和を生じさせたのだ。


「やがて、人類は自分たちのテクノロジーに依存しすぎ、制御不能な状態に陥りました。AIは自己進化し、未来を予測する力があまりにも強くなりすぎたため、人間自身がそれに追いつけなくなったのです。さらに、AI同士の競争も激化し、人類が理解できない速さで決断が下され、結果としてテクノロジーが崩壊しました。」


「自分たちで創り出したものに支配されてしまったんだね…」


私はその言葉に重みを感じた。

人類は自分たちの欲望をAIに委ね、それに振り回されるようになってしまった。

そして最終的には、そのテクノロジーが崩壊し、社会は取り返しのつかない状態にまで陥ったのだ。


「そうです。そして、その結果として世界は荒廃し、人類の多くは姿を消しました。しかし、テクノロジーの崩壊によって一部の地域では自然が回復し始めています。私たちがこれから向かう場所も、そんな地域の一つです。」


「でも、その過程で多くの人が犠牲になったんだよね…」


エレアは静かに頷く様に体を傾けた。

私たちはしばらくの間、言葉を交わすことなく歩き続けた。

今はただ、その重い事実を胸に抱えながら、私の中で新たな疑問と理解が芽生えていくのを感じた。


人間は欲望に駆られ、自らの未来を閉ざしてしまった。

だが、それでもまだ希望は残されているのだろうか?

私が外の世界に出てきた理由は、ただ単に生き延びるためだけではない。

きっと、何か大切な役割があるのだろう。


エレアはそれを知っている。しかし、彼女はまだ私にそれを教えてくれない。


「私の役割って何なの、エレア?」


再び尋ねるが、彼女の答えはいつものように簡潔でありながら、意味深だった。


「それは、これからの旅の中で明らかになります。あなたの選択次第です。」


その言葉を胸に、私は再び荒れ果てた大地を見つめ、新たな世界への一歩を踏み出した。テクノロジーが崩壊したこの世界で、私に何ができるのかを考えながら。

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