第3話【はじめてのお外】

 夕方になると、エレアはいつものように私に休息を勧める。施設内の自室に戻り、軽い運動を終え、調理された食事を摂取する。すべてが規則的で、完璧に管理されていた。日々のリズムは途切れることなく続き、その完璧さにどこか息苦しさを感じている自分がいた。


「エレア、この生活をずっと続けていたら、私も昔の人たちのようになってしまうのかな?」


「この施設はあなたを守るためのものであり、今はその安全が最優先です。外界での危険を避けるためには、この場所での準備が不可欠です」


 エレアの冷静で論理的な言葉には、いつも通り説得力があった。

しかし、私の心は次第に、この「完璧な生活」への違和感を強く感じるようになっていた。

すべてが整っているはずなのに、何かが足りない。

それが何なのか、私はまだ掴めていなかったが、この場所での生活が永遠に続くとは思えなかった。


 ここでの生活は、確かに私を守っている。

けれど、どこかで何かを忘れている気がする。

そして、3ヶ月間のこの日々は、私の内なる何かをゆっくりと目覚めさせていた。

自由への欲求。

それは日増しに強くなり、施設内での単調な生活を物足りなく感じるようになっていた。


 時折、廊下に設置された「窓」——外界の景色をシミュレーションするディスプレイを見上げると、青空と木々、そして鳥が自由に飛び交う風景が映し出されていた。映像は美しく、私はそこに映る緑と空に、自然と強い憧れを抱かずにはいられなかった。

だが、それはただの映像。

現実の外の世界は、私の想像の外に広がっている。

私はそれを知りたいと思い始めていた。


 そして、ついにその日が訪れた。


「ノア、あなたの準備は整いました。外の世界に旅立つ時が来ました」


 エレアの言葉は、冷静で正確だったが、どこかしら決意を感じさせる。

 私は深呼吸をして、その言葉を飲み込んだ。


「外の世界…怖いけど、楽しみでもある」


「恐怖は自然な感情です。ですが、あなたなら大丈夫です」


 エレアは淡々と答えるが、その言葉には不思議と安心感があった。

 私は最後に施設内を見渡し、この場所での生活を心に刻みつけた。

 ここは、私が「目覚め」た場所であり、安全で管理された空間だったが、もうここでの生活に未練はなかった。

私が本当に求めているのは、外の世界。未知の冒険が待っている場所だ。


 エレアとともに、私は扉の前に立った。

扉が開かれると、外からは眩しい光が射し込み、目を閉じるほどの強い光が私を迎えた。


その瞬間、胸が高鳴り、これから始まる冒険に心が震えた。

しかし、その背後で突然、巨大な爆音が響き渡った。

振り返ると、施設が崩れ落ち、煙が立ち上るのが見えた。


「どういうこと?」

私は混乱し、エレアに尋ねた。


「この施設は、もう必要ありません。役目を終えた以上、痕跡を消さなければなりません。爆破します」


「爆破…」


 私は一瞬ためらったが、すぐにその言葉に納得した。

 ここは、もう誰も使わない場所であり、過去の遺物にすぎない。

 それよりも、これからの新しい世界が、私たちには待っているのだ。

私はもう、過去に縛られない。私は前を向くことを選んだ。


「行きましょう、ノア」

 エレアの冷静な声が、私の背中を押す。

 その声に、私は一歩を踏み出した。まだ見ぬ世界への旅路が、いよいよ始まる。何が待っているのか、期待と不安が入り混じる中、私は新たな希望を胸に抱いていた。


 扉の外に足を踏み出すと、空気は施設の中とは全く違っていた。

生き物の気配、風の音、そして大地の感触。

すべてが私にとって新鮮で、感覚が目覚めるようだった。

私は初めて、世界が広がっているという感覚をリアルに味わった。

ここは、自分の知らなかった「現実」の世界なのだ。


「エレア、外の世界って本当に荒廃しているの?」

 私は初めて目にする風景に少し戸惑いを覚えながら、エレアに質問した。


「外界には確かに危険も存在します。しかし、全てが荒廃しているわけではありません。文明の崩壊後も、生き残った人々は小さな町やコミュニティを形成し、独自の文化を育んできました。そこには、あなたが学び、感じるべきことがたくさんあります」


「町や文化がまだあるんだね…」


 エレアの説明に、私は少し驚きと安心感を覚えた。外の世界は単に廃墟となっているわけではない。

人々は新しい社会を築き、生き続けているのだ。

 その事実に、私は再び心を弾ませた。


「これから私たちが向かう先には、小さな集落がいくつかあります。その多くは、互いに独立して文化や価値観を形成しており、外の世界は多様です。あなたはそれらの人々と出会い、彼らの文化や生活に触れることができるでしょう」


「町や国がまだあるなんて…」

 私はその言葉に希望を見出した。

施設の中では考えもしなかったが、外の世界にもまだ生きる道があるのだ。

私はその世界を知りたい。

そこには、私が探していた答えがあるかもしれない。


「私たちはどこに向かうの?」


「最初に訪れるのは、『エイム村』です。この地域では比較的安全な場所であり、彼らは自然と共に暮らす術を磨いてきました。小さな農業共同体で、外界の過酷な環境に適応しながら、独自の技術を発展させています」


「農業…自然と共に生きるなんて、なんだかいいね」


 私の心は、次第に外の世界に馴染んでいくようだった。

新しい生活、新しい出会い。

これから始まる冒険は未知数だが、それが楽しみでならない。


 エレアとともに、私は未知の世界へと歩み出した。

背後には爆破された施設の煙が未だ残っていたが、私はもう振り返ることなく前を見据えていた。

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