11.行きたい場所
「お姉ちゃん、本当にいいの?」
「うん。一人で探すよりも、二人で探したほうが見つかりやすいって思うし。一人で探すのも心細いでしょ?」
「でも……」
「もう、そんな泣きそうな顔しないの。お母さんもミウちゃんが笑ってる方が喜ぶと思う。だから、お姉ちゃんと一緒に探そう?」
ミウの小さな頭をポンポンっと撫でる。
「ねぇ、梨沙ちゃん、本気で言ってるの……? お母さんなんて見つからないんだよ…? それに、わたしたちがこの世界に居られるのもいつまでかわからないのに…」
詩織が小声で耳打ちをした。困惑している表情だ。梨沙は一気に息を吐き出す。
「アンタさ、自分のことしか考えられないわけ? こんなに小さな子が苦しんでるんだよ? あたしと同じように、この子にとってここは理想郷じゃないんだ。ここでは好きなことをしていいって、アンタ言ってたよね? それならあたしはこの子のためにお母さんを探してあげたい。アンタは一人で理想郷を満喫してれば?」
詩織の目をしっかりと見て、伝える。詩織の両の目が左右に揺れた。伏せられた瞼に付いている長いまつ毛がだけが綺麗に上を向いている。
「……そう、だね。ちょっと無神経だったかな」
少しの間をおいて、詩織はミウに微笑みかけた。
「……ごめんね、ミウちゃん。わたしもこのお姉ちゃんと一緒に探すの手伝うよ」
「え、は? なんで?」
ミウの代わりに答えたのは梨沙だった。理想郷を全力で楽しもうとしていた詩織が、まさか人探しの手伝いをするなんて、言うと思ってなかったのだ。
「なんでって、わたしは梨沙ちゃんと一緒にいたいから。わたしは、梨沙ちゃんと一緒にいたいから、一緒に飛び降りたの。だから、手伝う。わたしにも、手伝わせて」
「は? 何言って……」
「お姉ちゃんたち、ミウのお母さん、探してくれるの?」
ミウの弾んだ声に、梨沙の不満の声はかき消された。視線をミウへと移す。ミウは少しだけ踵を上げて、期待の眼差しで梨沙と詩織を見つめている。
「うん。お姉ちゃんたちに任せて。わたしの名前は、詩織。こっちのショートカットがよく似合うカッコいいお姉さんは梨沙ちゃん、だよ」
「ちょ、なに勝手に自己紹介してんの。てか、人探しなんてやる気ないくせに」
「そんなことないよ。梨沙ちゃんがやりたいことがわたしのやりたいことなの」
「ねぇ、さっきからキモイこと言ってるのわかってる? あたしに執着しすぎじゃない?」
「それは、梨沙ちゃんに憧れてるからだよ」
「ふふっ、しおりお姉ちゃんと、りさお姉ちゃんは仲良しさんなんだね」
「そう、仲良しなの」
「仲良くないよ」
梨沙と詩織の声が重なり合う。梨沙は眉間に皺を寄せて、詩織を睨んだ。
「あはは、本当に仲良しさんなんだね」
ミウが梨沙と詩織を見て朗らかな声で笑った。先ほどの涙が嘘のようだ。
「よしっ、気を取り直してお母さんを探そう! ……といっても、ミウちゃんのお母さんが見つかる可能性はかなり低いと、詩織お姉ちゃんは思うのね。ということで、ミウちゃん。ミウちゃんが行ってみたい場所ってなぁい?」
詩織が少しだけかがんで、ミウに尋ねる。
「行ってみたい場所……?」
「そう。目的もなく闇雲に探しても、お母さんは見つからないと思うの。それなら、楽しみながらお母さんを見つけたほうがいいと思わない? 気楽に探す方が、意外にも探し物は見つかったりするんだよ」
ミウに笑いかける表情も声も、真っ白で柔らかな猫のようにふわふわで優しかった。詩織の姿を見ていると、人当たりがよくて親切で優しい少女だと錯覚してしまう。けれど、彼女の本質はわがままで自分勝手なわけのわからないポエムを言う変な女なのだ。今の姿は余所行きの姿。絶対に騙されるもんか。
「そう、なのかなぁ……」
ミウが声を絞り出す。
「うん。そうだよ。ねっ、ミウちゃん。行きたいところはある?」
「行きたいところ……。ミウ、そんなの一度も考えたことなかった……」
梨沙と詩織の顔を交互に見て、ミウは梨沙を指さした。
「梨沙お姉ちゃんの着てる服、可愛い」
「え、服? えっと、この服はあたしの通う高校の制服だよ」
梨沙の着ている制服は、街を歩けばどこでも見かけるようなブレザーとタータンチェックスカートのありふれた制服だ。今は夏服と冬服の移行期間で、梨沙はブレザーを着ていない。長袖のブラウスに夏服仕様の赤いクロスタイ、それに紺色の線とと青の線が交差しあっている翁格子柄のプリーツスカートを履いている。だから、特別可愛いかと言われると微妙で、どこにでもある普通の制服、としか言いようがなかった。
「高校……」
ミウは梨沙を差していた指を下ろすと、手をモジモジとさせる。
「ミウも、高校に行ってみたい」
「えっ、高校に? ……うーん、そっか。でも、この世界にも高校ってあんのかな……」
「多分……、あると思う。この世界は現実世界の模倣だから、学校みたいな施設も用意されてると思うの」
「ミウ、高校、行きたい。梨沙お姉ちゃんみたいな可愛い制服着て、高校に通いたい」
可愛いのかな。
梨沙は自分の身につけている服をもう一度念入りに見てみる。中学で着てた制服よりも野暮ったくはないし、ぼてっとしたセーラー服よりも可愛いかもしれない。だけど、何度見ても憧れるような代物ではないように思えてしまう。でも、もしかするとそれは、梨沙が制服が嫌いなせいなのかもしれない。制服に身を包むと、学校の所有物だと言われているようで、妙に重苦しい気持ちになる。だから、制服はあまり好きではなかった。
「あ、ごめんなさい……。お姉ちゃんたち、あんまり学校行きたくない……?」
考えていたことが表情に出ていたのか、ミウは顎を上げて、心配そうにこちらを見つめている。梨沙は慌てて言葉を続けた。
「あ、ううん。そんなことないよ。高校に行きたいんだよね? えーっと、どうやっていけばいいんだろう。……アンタも学校の場所、知らないんだよね?」
「うん、知らないかなぁ……。学校に行くっていう発想がなかったから……」
詩織は背筋を伸ばし、かぶりを振る。その様子を見ていたミウが高らかに手を挙げた。
「それなら、ミウに考えがあるよ! お姉ちゃんたち、見ててね? いでよ、くりきんとーーーん!」
わいわいと騒がしい道の真ん中で、人目も気にせずミウは両手を掲げ、声高らかに叫ぶ。誰もミウのことなど気にしていない。ミウをチラリと見る人すらいなかった。
くりきんとん……? おせちとかで出てくるあの甘い栗の料理のこと……?
「あっ! あれ!」
詩織が唐突に声を上げた。ミウの頭上を指差している。
「……おおきな、雲?」
梨沙も突如頭上に現れた雲に目を見張った。大人三人を軽々と包み込めそうなほど大きな雲がぷかぷかとすぐ近くに浮いているのだ。
「ミウ、すごいでしょ? くりきんとんだよ! 雲の乗り物なの!」
ミウは腰に手を当て、へへーん、とポーズをした。露骨なほど得意げな顔つきだった。
「あっ」
今度は梨沙が声を上げた。
「もしかして、
「きんと……? なにそれ?」
詩織が首を傾げる。
「なに? アンタ、知らないの? 西遊記の悟空が雲に乗って移動する時に使う仙術だよ」
「ごめん。西遊記、見たことなくって」
「え、本当に? ドラゴンボールも見たことない? 悟空が雲に乗ってるでしょ?」
「……ごめん。それもわからない、かも……」
「へぇ……。学年一の天才って言われるアンタでも知らないことあるんだね」
「お姉ちゃんたち、なに話してるの! ほら、早くくりきんとんに乗るよ! ほらほら!」
梨沙と詩織のやりとりに耳を傾けていたミウが二人の後ろへと周り、グイグイっと体を押した。目の前には大きな觔斗雲が今か今かと、三人が乗るのを待っている。雲の方から甘い香りが立ち昇る。砂糖菓子の匂いだ。梨沙と詩織はミウに押されるがまま、筋斗雲に乗り込んだ。その瞬間、觔斗雲は空高く舞い上がり、この不思議な黄泉の街の上空へと三人を連れて行ったのである。
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