「面倒なことにならなければよいが」

 ヤマトはため息交じりにそうつぶやき少年の背中を見送ると、再びスマホを握り直して小刻みにタップを繰り返したり、本体を振ったりした。

 すると、やがて声がした。


『何するのよ! いい? 女性の扱いがなってないわ。もっと優しくしてよね』


 先ほどの女性のムッとした声に、彼は思わず目を見張った。

 単なる音声ガイドではなく、会話アプリが起動しているらしい。


「いったい、これは?」

 その言葉に呼応して、短いため息が聞こえる。

『まるで初めましてみたいじゃないの。忘れたの?』

「忘れたも何も。オレは本当に君のことだけでなく自分のことさえも分からないんだ。教えてくれないか」

『何それ?』

 そう言ったきりアプリの声は、しばらく黙っていた。そばで波音がしている。

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