第3話②
正直、今この瞬間に降参の旨を声高々に宣言したい。
だが、その後のソフィアのお仕置きを想像し、なんとか踏みとどまる。
おぼつかない様子でなんとかリアムが立ち上がると、アルガストはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「そうだ。そうだった折角の決闘だと言うのに何も掛けていなかったね」
ここが劇場でアルガストが俳優ならば、今頃観客は彼の素晴らしい演技に拍手をしていただろう。
しかし、これは貴族同士の決闘であり現実。
舞台のように劇的な展開は用意されていない。
そのことを理解している観客達には飽きが見られた。
「決めたよ。君とあの平民にはこの学園を去ってもらうことにしよう」
ほとんどが貴族で構成される学園の生徒達は、アルガストの平民という単語に酷く反応した。
それはアルガストの思惑通りだった。
◇◇◇
「ねえ、大丈夫なのソフィ。あんなこと言ってるよ」
ハンナ・エンダースはちらりと隣の親友、ソフィアの顔色を伺う。
「何がかしら?」
「何がって止めないと弟君負けて学園退学することになるよ」
ハンナは、後ろでリアムを非難している生徒達を睨み黙らせた。
対してソフィアは、リアムの姉であるはずが心配すらしていないように見える。
ハンナは、学園のどの生徒よりもソフィアのことを知っていると自負しているが、時々今のように彼女のことが分からなくなる。
「ねえ、ハンナ。家の愚弟は貴女の目にはどう映る?」
突然、ソフィアに質問を投げかけられ、ハンナは心臓が止まる思いをした。
「え、ど、どうって……」
「正直な感想でいいわ」
困って目を逸らすハンナの様子にソフィアは、クスリと笑った。
ハンナが解答に困ると分かった上で質問しているのだろう。
「弟君にイナンダートの相手は手に余ると思う。最悪、死んじゃうかも」
ソフィアは、「そうね」と言って一度目を閉じた。
「エネルギー量、術の発動速度、エネルギーの
そこまで言うとソフィアは、何が面白いのかふふっと笑う。
ハンナは、普段笑わないソフィアが笑っていることが不気味に思え、尚且つ彼女が何に笑っているのか理解出来ず、顔が引き攣っていた。
「それなら尚更——」
「でもね、私はリアムが勝つと思うの」
親友であるハンナはよく知っている。ソフィア・ベスフェラは、嘘や根拠がないことを絶対に言わない、と。
「——あの子はベスフェラの血統術においては天才なの。それに私とお兄様、あの子に喧嘩で勝てたことないのよ」
次にソフィアが笑った時、ハンナは不気味さなど感じなかった。
その笑みが、今から始まる物語の主人公の逆転を待ち望む少女のものに見えたからだ。
◇◇◇
「それにしてもフルメグルやアケイシャの目も曇ったものだ」
この場の空気を思い通りにでき、気が大きくなったのか、アルガストはそんなことを口にした。
アルガストの言葉は、リアムの血を再び沸騰させる。
強く握り過ぎた拳からは、血がぽたぽたと滴り落ちる。
「お前……」
「リアムさん!!」
怒りに任せて動こうとしたリアムを止めたのは、エレノアだった。
エレノアの声に反射的に振り返ると、心配そうにリアムを見つめるエレノア、全身で落ち着けと言うギルベルト、陰の実力者ごっこを続けているアーロンがいた。
「止めないと!!」
「いや、大丈夫だ」
今にも決闘に割って入ってしまいそうなエレノアをギルベルトは静止した。
ギルベルトは、リアムと目が合ってもう大丈夫なのだと確信したのだ。
アーロンの伏せられた顔には、うっすらと笑みが浮かんでいる。
(……ああ、そうか。……勝たなきゃいけないのか)
リアムは、彼女らを見た途端、サーッと頭が冷めていった。
見るからに冷静さを取り戻したリアムが気に食わないのか、アルガストは挑発を再開する。
「どうしたんだい?ほら、今なら君でもここに届くかもしれないよ?」
アルガストは、自身の頬を指さして見せた。
「待ってろ。直ぐにぶん殴ってやるから」
「……減らず口を」
あっさり煽り返されたアルガストは、表情を歪ませ『深紺霊球』に攻撃の指示を出した。
本体から生え出た触手の数は六本。各々が槍や剣の形態を取り、リアムへ照準を合わせた。
それを見たリアムは、今までと違い、重心を低くする。
「何か、リアムさんの雰囲気が……」
「ああ、変わったな」
「二人共気づいたかい?」
リアムを後ろから見ていた三人が言及する通り、姿勢だけでなく、雰囲気までもガラリと変わったのだ。
——例えるなら、獣。
観客席のソフィアは、ほくそ笑む。
「やれ!!」
アルガストの号令に合わせ、槍と剣がリアムを取り囲むように攻撃を始める。
だが、リアムには当たらなかった。
初撃を跳ぶことで躱し、空中で無防備になったリアムへ先程と同じように二撃、三撃目と次々に触手が彼へ襲い掛かる。
しかし、リアムは攻撃動作が終わり停止した触手を足場にするという離れ業で全て回避して見せた。
これには観客席の生徒達も歓声を上げた。
リアムが着地するとほぼ同時に触手が『深紺霊球』本体へ戻っていく。
リアムは、その隙を見逃さず、詠唱する。
その術は、基本術でも色の術でもない。
「——来てくれ」
ベスフェラ家血統術『霊獣召喚』。
召喚への同意を得ることが出来た霊獣を呼び出す術だ。
リアムの右肩辺りに幾つもの不確かな像が出現する。
「召喚術とはなかなかのレアだな」
ギルベルトは、何が出てくるのかと期待の眼差しを向けた。
像は次第に重なり合い、その霊獣はリアムの右肩に姿を現した。
紫黒色のふわふわの毛並み。感情を感じない金色の瞳。
短い足と太い尻尾。
ずんぐりむっくりとした不思議な生物、そう何を隠そうたぬさんだ。
「……」
たぬさんの出現にギルベルトは何も言えなかった。
心做しか後ろのアーロンの視線が痛く感じる。
「何をしたかと思えば、またその畜生か」
アルガストの言葉に感情を乱されることはもうない。
リアムは、足元に転がっている石を一つ拾い上げ、後ろを見た。
「アーロン、ギルベルト!!何でもいい、こっち側から身を守れ!!」
リアムは、それだけ言うと地面を強く蹴り、人間では有り得ない高さまで跳躍した。
「え、ちょっ」
突然のリアムからの指示に動揺するギルベルトとは対称的に、アーロンはどこまで冷静だ。
しかし、どちらも術士としては一流。
「「『防御障壁』!!」」
二人は、息を合わせ分厚い『防御障壁』を展開してみせた。
それを確認したリアムは、力を溜めるように上半身と下半身を捻り、解放するように拾った石を地面に叩きつける。
振った腕が見えない程の速度で放たれた石は、地面に当たるや否や、凄まじい音と衝撃、広範囲に渡る土煙を起こした。
リアムの投石により周囲に散った石礫が、アーロンとギルベルトが張った『防御障壁』にぶつかり重い音を立てる。
「あいつ……本当に人間か?」
「強化系の術を使わずにこれか」
流石のアーロンも唖然とせずにはいられなかった。
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