第3話

 そこは実技場の入り口の手前。

 これから始まる決闘を今か今かと待つ生徒達の熱気がよく伝わってくる。


「準備はいいか?」


「おう……ってなんでお前らがいるんだよ?!」


 ごく自然な様子で待機所にいるアーロン、ギルベルト、エレノア。


「いや、アルガストの情報を教えてやろうと思って」


 とは、ギルベルトの談。なんて良い奴なんだとリアムは感動した。


「元はと言えばわたしのせいなので……一番近くで見守りたくて」


 とエレノアが上目遣いで言った。ダメとはとても言えない。


 最後にアーロンは、腕を組み壁にもたれ掛かる姿勢を維持したまま伏せていた顔をリアムに向けた。

 これまでふざけた所ばかりに目がいったが、アーロンの実力が本物であることをリアムは知っている。

 アーロンが真面目な顔をしているということは、何か重大な情報を教えてくれるはずだ、と期待し、リアムは生唾を飲む。


「——陰で暗躍する実力者ごっこをしに」


「帰れ」


 やけに決め顔なことに腹が立ち、リアムは間髪入れずに突っ込んだ。


 だが、腹立たしいがおかげで緊張が解れた。

 心の準備ができたリアムがギルベルトを見ると、彼はアルガストの情報を語り始める。


「まず、お前の姉が言う通りアルガストは強い。その強さは生命エネルギーの色の純粋さからきている」


 術士が術を発動する際に必要となるのが生命エネルギーである。


 エネルギーは、基本的に赤、青、緑、黄、空、紫の六色に分類され、術はその色に沿った現象を引き起こす。赤なら炎という風に。


 そして、ほとんどの術士のエネルギーは、六色が複雑に混ざりあった色をしており、個人差がある。

 この個人差があるからこそ、色の得意不得意があるのだ。


 だが、稀に他の色があまり混ざっておらず、純粋な一色に近い、もしくは純粋な一色のエネルギーを持つ術士が存在する。その術士が扱うその色の術はとても強大だ。


「あいつの髪の色を見たら分かると思うが、主に使うのは青の術だ。ただし、純粋な一色って訳でもないから他の色の術も警戒が必要だ」


(……青ということは水か)


 リアムが得意とするのは黄、つまり土の術だ。相性はかなり悪い。

 その上、リアムは術の才能は平凡以下ときた。


「これかなり詰んでね」


「加えて——」


「まだあんの?!」


「イナンダート家の血統術は、攻防一体で隙はほとんどない。その上、エネルギー量も多い」


 つまり、消耗戦にすら持ち込めない。

 だが、リアムの目はまだ死んでいなかった。

 ギルベルトのことだ。何か秘策を用意しているはず。

 リアムがそう期待の眼差しを向けると、ギルベルトは不敵な笑みを浮かべた。

 そして、アーロンの対面の壁に腕を組んでもたれ掛かる。そして、顔を伏せれば——、


「って陰で暗躍する実力者ごっこはもういいって!!……え、対策ないってマジ?」


「マジだ」


 ギルベルトは、やけに決め顔だった。


「リアムさん、その、大丈夫ですか?」


 リアムが項垂れていると、エレノアが心配そうに尋ねた。


 リアムも年頃の男子だ。彼のエレノアへの答えは既に決まっている。


「勿論、大丈夫だ。最悪、父さん達相手に鍛えた土下座が炸裂するさ」


 リアムがエレノアを安心させる為にニカッと笑った所で丁度入場の合図がかかる。


 入場すると闘技場のような広い円形の空間が広がっていた。

 上を見ると観客席があり、多くの生徒や大人がリアムを見ている。


 あまり見ていると緊張が蘇りそうなので、反対側の入り口に目を向けると、丁度アルガストが入ってきた。


 アルガストを一目見てリアムは即座に振り返り、待機所のアーロン達に目で訴える。


(あれ、反則じゃね?)


 アルガストは、何やら術が掛けられていそうな高そうな青いローブに身を包んでおり、その下からは術士用の装備らしいものが幾つもチラついている。


 対するリアムは、学園から支給された気休め程度の防御術が掛けられた運動服に身を包んでいる。


 ギルベルトは待機所からアルガストを観察した後、「あっ」と言わんばかりに口を開くとまた陰で暗躍する実力者ごっこに戻った。


(絶対何か忘れてたよな?!)


 リアムの推測通りギルベルトは大切なことを忘れていた。

 ロンレイン伯爵は、例え子供の喧嘩だろうと敗北を許さない。アルガストが負けないよう装備などで介入してくるのだ。


「さて、リアム・ベスフェラ。正々堂々といこうか」


「どの口が言ってんだ」


 一度、決闘前の宣誓の為に実技場の中央に二人並び、その後ある程度離れた位置につく。


 そして、観客が待ち望んだ時間が訪れた。


「始め!!」


 決闘委員の男子生徒の覇気のある声が聞こえると同時にアルガストが口を開く。


「——さあ、沸き立てイナンダートの血潮。我らの敵がすぐ目の前まで迫っているぞ」


 リアムが聞いたことのない詠唱。不味いと思うと同時にアルガストへと駆け出した。


「——護れ、穿て、砕け、切り裂け」


 リアムが間合いに入るのに数秒も掛からなかった。拳を握り放つ。


 が、すんでの所で拳を止めた。

 アルガストがニヤリと嫌な笑みを浮かべたかと思った瞬間、黒に近い青い何かが彼を覆い隠したからだ。

 その何かは、正体を考察する暇を与えず、表面がグツグツと蠢いたかと思えば、そこから多数の槍のように鋭利な触手が飛び出した。


 リアムの人間離れした反射神経と身体能力でギリギリ直撃は避けたものの、僅かに掠った頬からは鮮血が垂れている。


 リアムが袖で血を拭っていると、アルガストを覆っていた何かが空中で集まり、直径五十センチメートル程の球体になった。

 まるで、液状の生物だ。


「どうかな、我がイナンダート家の血統術『深紺霊球』は?」


「……気色悪ぃ」


(……物理でいくのは無理か?)


 悪態をつきつつ、リアムは冷静に考える。

 物理で攻めるのは難しいと判断したリアムは、右手を前に突き出し術を発動した。

 それはエネルギーの色に関係なく使える術、基本術の一つ『弾術』だ。


 エネルギーを圧縮し、射出する単純な術。

 それなりの速度で射出された弾だったが、薄く拡がった『深紺霊球』に阻まれてしまう。


「ッ?!」


 かと思えば、一瞬で球体に戻り、そこからが飛んでくる。

 リアムは、それをまた素早く飛び退き回避した。


 触手が引っ込み再び綺麗な球体が形成されると、アルガストのしっとりとした声が実技場に響く。


「術の扱いが不得手というのは本当らしい。色々調べさせてもらったよ、リアム・ベスフェラ」


 かなり力を込めた『弾術』を容易く防がれ動揺しているリアムの心をアルガストの心が揺さぶる。

 ——そして、判断を鈍らせた。


 正面から飛んできた触手をリアムは基本術『防御障壁』で真っ向から受けてしまう。


 しかし、障壁は薄い硝子のように簡単に割られ、触手が腹部に突き刺さった。


「オエッ!!ゲホッゲホッ」


 激痛と吐き気が一気に押し寄せ、咳には血が混じる。


「既に卒業した兄や現在生徒会役員を務める姉、〈万能〉ソフィア・ベスフェラは優秀だと言うのに……」


「勝手に……言ってろ」


 リアムが何とか立ち上がると、それを待っていたかのように次の槍が飛んでくる。

 今度は横に飛び退くことで回避したが——、


「甘い!!」


 ピタリと止まった触手は薄く鋭く形態を変化させ、となった。

 着地したばかりで隙だらけなリアムに鋭利な刃が襲い掛かる。


「——地面よ」


 リアムが得意とする黄の術『土石壁』の詠唱が紙一重の所で間に合い、地面が人の背丈程まで盛り上がり、壁となった。

 だが、壁は粘土のように簡単に切られてしまい、綺麗な断面が露になる。


(これもダメなのか……)


 得意とする色の術さえも通じない。圧倒的な実力差を前に何の言葉も浮かんでこない。

 リアムの奥歯から鈍い音が鳴る。


 なんとか、後ろに仰け反るように無理な体勢で攻撃を躱したリアムの横腹に強い衝撃と痛みが走った。


 吹き飛ばされた先で起き上がりながら横目で見ると、アルガストの隣に浮かぶ『深紺霊球』から伸びた二本の触手が本体に吸い込まれていた。


「誰も攻撃が一度に一回までとは言ってないだろう?」


(これは勝てないなぁ……)


 リアムは、術士として平凡以下の自身の力量と才能を突きつけられていた。

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