第1話③

「受けるということだね?」 


 アルガストが楽しげに尋ねるとリアムはゆっくり深く頷いた。


「よし、なら今すぐやろう」


 祭りを待つことができない子供のようにはしゃぐアルガストが場所を移そうとした時だった。


 リアムやアルガスト達の周囲を取り囲んでいた中の一部生徒達が左右に別れる。そして、そこから現れたのはアーロンとギルベルトだ。


 学園内でも高い人気と知名度を持つ二人が、彼らに無関係なこの場に現れ、野次馬をしている生徒達がザワつく。


「……フルメグル、アケイシャ」


 それまで歓声を浴び気持ちよくなっていたアルガストが憎々しげな声を出した。

 一方、アーロンはわざとらしい爽やかな笑みを浮かべており、ギルベルトはそんな彼に困ったようにこめかみを押さえる。


「お久しぶりです。イナンダート殿、いいえ先輩。何やら面白そうな話が聞こえてきましたが」


 ここまで言った所でアーロンは、わざとらしくリアムを見て目を見開いた。


「驚いた。イナンダート先輩の相手がまさか私の友、リアムだったとは」


「……ここは一つ、俺達に免じて決闘の日取りは後日にして頂けませんか?」


 演技じみた台詞を繰り返すアーロンに呆れ、ため息をついたギルベルトが彼の隣に並ぶと、アルガストへ提案した。


 少し間を置き、アルガストは元の調子を取り戻し鼻で笑う。


「いいだろう。ならば、明日の放課後。逃げないでくれよ」


 アルガストは、提案をのむと愉快な仲間達を連れて、周囲の生徒を押し退けながらその場を立ち去った。


 周囲の生徒達も徐々に解散していき、静かになると、ごく自然な様子でアーロンは、リアムの前の席に座る。

 その後、ギルベルトは「前座っても?」と少女に尋ね、彼女がコクコクと頷いたのを見て彼も着席した。


「大変なことになったねリアム」


「なんでお前が楽しそうなんだよ」


 機嫌が悪いからか違和感しかない敬語が外れたリアムにアーロンとギルベルトは、「おや」と思ったがあえて指摘することはなかった。


「それはそうさ。なんたって相手はあのロンレイン伯爵家長男アルガスト・イナンダートだからね」


「ん?やけに詳しいな」


「あの人の父親と俺達の父親が知り合いで昔から知っているんだ」


 「まあ仲良くはないが」とギルベルトは付け加えた。


 レサス王国の兵士は得意不得意に応じて術士兵団、戦士兵団、隠密兵団に分類される。


 表向きには対等な各団であるが、大規模な術で敵軍を殲滅する術士兵団や術を組み込んだ派手な近接戦を繰り広げる戦士兵団に比べ、地味とも言える隠密兵団はあまり人気がない、という風に見えない形で力関係ができていた。


 アルガストの父ロンレイン伯爵は、隠密兵団の副団長を務めているが、その地位を不満に思っており、トニトゥレノ侯爵やフララーム伯爵にあまり良くない感情を持っている。


 そして、そんな関係が子供達にも引き継がれているのだ。


「ふーん、大変そうだな」


「本当に君は貴族らしくないね。勿論良い意味で」


「お前らしいな」


 アーロンとギルベルトに笑われリアムは、よく分からず眉をひそめた。


 汚れた髪や衣服をどうするべきか、決闘を受けてしまったこと、いつの間にか外れてしまった敬語などなど、色々と面倒臭くなったリアムが思考を放棄してやっと着席した時だ。


「あの、これ使ってください。まだ使ってないので」


 少女の声と共に隣から綺麗な薄桃色のハンカチが差し出された。


「あっ」


(やべ、忘れてた)


((絶対忘れてたな))


 リアムが短く声を発すると、アーロンとギルベルトは、彼が少女の存在を忘れていたのだと察した。


 そんな三人の以心伝心など露知らず、少女は停止したリアムを見つめる。


「……ありがとう。洗って返すよ」


 とりあえず受け取れと目で語るギルベルトに従い、リアムは少女からハンカチを受け取る。

 リアムが顔の汚れを拭いていると少女が恐る恐る口を開いた。


「ごめんなさい。わたしのせいで大変なことになってしまって……」


「いや、そんなことないから」


 突然の謝罪に焦り、リアムは思ったことを口にする。ただ——、


(全くもって君のことは脳内にありませんでした)


 などとは口が裂けても言えない。


 しかし、どうにかして話題を変えなければ、とリアムは頭を回転させあることを思い出した。


「名前、聞いてなかったよな」


 そう、アルガストの乱入で友達作り自己紹介が中断されていたのだ。


 唐突に名前を聞かれた少女は、クスリと笑うと、胸に手を当てて口を開く。


「そうでしたね——わたしはエレノア。ただのエレノアです」


 家名がない。ということは——、


「平民か……」


 確か、アルガストもそんなことを言っていたな、とリアムは遅れて思い出した。


「おれはノースベリー子爵家次男、リアム・ベスフェラだ。よろしくエレノア」


「リアムって一応は貴族だったのか」


「失礼だよギル。言いたいことは分からなくもないけど」


「お前の方が失礼だよ」


 リアムに冷たい視線を送られながらも一通り笑った後、アーロンが自己紹介し、ギルベルトが続いた。

 そこまで終わるとエレノアの顔が再び青くなる。


「そんな貴族様に私はなんてご迷惑を……」


「いや、本当にエレノアのせいじゃないから」


 リアムは何度説明するが、エレノアは「でも」や「だって」を繰り返す。

 どうしたものかとリアムが困り果てていると、意外にもそれまで愉快そうに見ていたアーロンが助け舟を出した。


「まあまあ、エレノア嬢。リアムはから安心したまえよ」


(……負けることができない?)


 アーロンの含みのある言い方に困ったリアムとエレノアがギルベルトを見ると、彼は後頭部を掻きながら説明し出す。


「まず、リアムも理解していると思うが、貴族同士の決闘の持つ意味は思いの外大きい」


 ギルベルトが一つ目に述べたことは、リアムも何となく理解している。


「次に、術師兵団司令と戦士兵団団長をそれぞれ父に持つ俺達が隠密兵団副団長の子息を相手に


「ん?ちょっと待ってくれ」


 森で長い時間を過ごしたからかリアムの勘はとてもよく当たる。

 そんなリアムは、嫌な予感で全身から冷や汗が吹き出していた。


「つまり、この決闘の勝敗はお前だけでなく、エレノア嬢や俺とアーロンの面子がかかっている」


「まあ、そういう訳だからよろしく。あ、教師には上手く言っておくから一度寮に戻るといい」


 リアムは真っ白になった。


「リアムさん?!」


 昼休憩の終わりに近づき生徒が少なくなった食堂にエレノアの声が響いた。

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