第1話②

 ◇◇◇


 リアムは、アーロン、ギルベルトと別れて直ぐに空席を見つけた。

 四人掛けなのに一人だけしか使っていないその卓は、中庭が一望できることからそこそこの人気があったはず。


 他の生徒が好むその景色に興味が湧き、リアムはその席へ向かう。


「隣失礼」


 リアムは、一言だけ詫びを入れ、後の使用者のことを考え、先に食事をしていた生徒の隣にどかりと座った。


 普段なら隣に座る人物から「礼儀知らず」やら「無礼な」やらと小言や嫌味を言われるのだが、今回はそれが聞こえてこない。


 不思議に思いリアムは、右隣を見て、そこでようやく隣に座っているのが女生徒であることに気づく。


 少女は、貴族にしては背中を丸め小動物を思わせる仕草で必死にパンを頬張っている。

 一度飲み込んだ所で、彼女はリアムの視線に気づき彼へ顔を向けた。

 その動きに連動し緩く波打ったホワイトブランドの髪がふわりと揺れる。

 幼さが残る可憐な顔。自然と澄んだ大きな瞳と長いまつ毛に目が吸い込まれた。


 どれくらい見ていたか、しばらくして顔を青白くし小刻みに震え出した少女の小さな口が動く。


「え、えと、何か?」


 少女は声まで震えており、目の端に僅かに涙が浮かんでいる気さえする。


 あまり良いとは言えない目つきに露出した肌の至る所に傷跡を付けた異性にまじまじと見られれば、こうなって当然だろう。


「え、あ、すみません。何もないです」


 少女に問われてやっと自分が彼女を見つめていたことに気が付き、リアムは顔を正面に戻した。


(そんなに怖がることもないと思うんだが……)


 同年代の異性に見て分かる形で怯えられた事実は、想像以上にリアムを落ち込ませる。


 しかし、生徒に人気の景色とやらを退屈そうに眺めながら食事を始めて数分、少女はずっとリアムを見ていた。


「えと、何か?」


 今度はリアムが少女に問いかけた。

 それに答えるよう彼女は恐る恐る彼の腹部ら辺を指さす。


「そのぬいぐるみのようなものは……?」


「ぬいぐるみ?」


 リアムが不思議そうに首を傾げ、自分の膝上へ視線を落とすと、確かに何かいる。

 紫黒色のふわふわとした毛並みと金色の瞳をしたずんぐりむっくりな生物がこちらを見ている。


「うお、たぬさん?!」


 リアムの膝上の生物は、「よっ」と言わんばかりに彼へ向けて前足を挙げた。


 ベスフェラ家に代々伝わる血統術は、霊獣を召喚するというものだが、リアムの術の操作が粗雑な為、霊獣の方から好きにやって来ることがある。


「こちらはたぬさん。かなり賢いので危なくない、です」


 リアムは、たぬさんを両手で持ち上げ少女へ向けて紹介した。

 まだ名も知らない異性にどんな羞恥プレイか、とリアムは顔を赤くする。

 それとは対称的にたぬさんは表情を一切動かさずまた「よっ」と少女へ前足を挙げる。


「……こんにちは」


 妙に態度が大きいたぬさんがツボに入ったのか、少女の口角が上がり、体と声が小刻みに震えていた。


 思いの外少女に受けたことにリアムは、ほっとする。心做しかたぬさんの無表情がドヤ顔にも見えてきた。


 その時、リアムは思う。

 今こそ友人作りの好機なのでは(勘違い)、と。


「ええと、おれはリアム・ベスフェラ。あんたの名前は?」


「あ、はい、わたしは——」


「また貴様か?!」


 少女の自己紹介を遮るように正面から怒声が聞こえた。

 苛立ちを覚えながらリアムが視線を正面に向けると、瑠璃色の髪を神経質そうに整える男子生徒が、卓を挟んで少女を睨みつけていた。


 撫で付けられた瑠璃色の髪、シワのない制服、丸眼鏡と几帳面を絵に描いたような男子生徒、アルガスト・イナンダートは呆れ混じりに続ける。


「全く身分を弁えず神聖な学び舎に踏み入った上に僕の席まで横取りするとは……」


「そんな決まりはないはずじゃ……」


「平民風情が口答えするな!!」


 少女が弱々しく反論すると、アルガストは再び声を荒らげた。


 苛立たしげに丸眼鏡をくいっと上げるアルガストの後ろには、連れらしい男子生徒一人と女生徒が二人おり、揃って少女に冷たい視線を送っている。


 今にも泣き出しそうな顔で少女が小刻みに震え始めた所でやっとアルガストは、リアムの存在に気づいたらしい。


「君もだ。早くそこから退きたまえ」


 それまで場を静観していたリアムは、まじまじとまじまじとアルガストや後ろの生徒を見る。


「……何かね?」


 何とも居心地悪そうにする彼らを代表してアルガストが冷静を取り繕うように尋ねると、リアムの眠そうな垂れ目が嘲るように細められた。


「まるで、物語の悪役貴族みたいすね」


 リアムが小馬鹿にした様子で思ったことを口にした瞬間、アルガストよりも早く連れの生徒達が「何?!」「貴様!!」と各々罵声を口にする。


 そんな中、少し遅れてアルガストは、わざわざ卓を回ってリアムの横まで移動し、そして——、


「貴様!!この僕がロンレイン伯爵家の者と知っての無礼か?!」


 今までとは比べ物にならない声量の怒声を上げた。

 見ればこめかみにうっすらと青筋が浮かんでいる。


 リアムは、昔から相手の神経を逆撫でする方法をよく知っていた。


「ロン……レイン?」


 リアムは、あえてゆっくりと間を空けながら復唱し、更に野菜スープを口にした。

 隣の席の少女は、先程までとは違う意味で顔を青くしふるふると震えている。


「本当に美味い。ほら、あんた方も温かいうちに食べた方がいいすよ。別のせk——」


 リアムが最後まで言い切る前にアルガストの我慢の限界を超えたらしい。彼は盆をひっくり返し、料理をリアムへ掛けた。

 リアムの膝に大人しく乗っていたたぬさんも巻き添えを食らい、紫黒色のふわふわの毛が汚れている。


「そんなに飢えていたのか可哀想に。僕の昼食を恵んでやろう」


「さすがイナンダート様」


「アルは優しいなあ」


 怒りで顔を歪ませていた生徒達は、それまでとは打って変わってリアムを嘲笑した。


「よく見たら畜生など膝に乗せ、なんと汚らわしい」


 たぬさんが汚れを取り除く為、ぶるぶると体を振り終わると、リアムは膝から卓上へ移動させる。そして、立ち上がると、汚れた手をアルガストの肩に乗せた。


「貴様……」


 アルガストの奥歯がギシリと鳴る。


 リアムの手を振り払おうと手を挙げようとした瞬間、アルガストの肩に鈍い痛みが走った。


「……食べ物を粗末にしやがって。その喧嘩買ってやるよ」


 リアムの怒りは、自分に料理を掛けられたことではない。

 ノースベリー領で暮らし、食べ物の有難みを人一倍知っているリアムは、食べ物を粗末にされたことが我慢できなかった。

 そして、幼い頃からの友人であるたぬさんを馬鹿にされたことに怒っていた。


「離せこの馬鹿力が!!」


 どうにかリアムの手を振り払うことができたアルガストは、気を取り直して不敵な笑みを浮かべる。


「喧嘩と言ったか?いいだろう、拾いたまえ」


 アルガストは、右手の手袋を脱ぎ、リアムに投げつける。

 一度、リアムにぶつかった手袋は、パサリと音を立てて地面に落ちた。


 学園では、生徒間の問題が言葉で決着がつかない時、実力行使、即ち決闘が許されている。

 つまり、アルガストの行為は決闘の申し込みを意味していた。


 いつの間にか野次馬として周囲に集まっていた食堂内の生徒が一斉にザワつく。


「獣ように野蛮な君に合わせてあげようと言っているんだ。良い提案だろう?」


 ロンレイン伯爵家長男アルガスト・イナンダートは、入学して二年間実戦で無敗記録を更新している。

 対するは、無名の新入生。の反応は当然と言えよう。


 そして、リアムがアルガストの手袋を拾った時、食堂内がドッと湧き上がった。

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