それは御伽噺の英雄のよう ~主人公の友人ポジションの少年は持てる全てで運命に挑む~

薊野きい

それは波乱の学園生活の幕開けのよう

第1話

「貴様!!この僕がロンレイン伯爵家の者と知っての無礼か?!」


 学園の食堂に怒声が響いた。

 声の主は、撫で付けられた瑠璃色の髪、シワのない制服、丸眼鏡、と几帳面を絵に描いたような男子生徒だ。


「ロン……レイン?」


 それに対するは、焦げ茶色で強いくせ毛と眠そうな瞳が特徴のどこか気の抜けた男子生徒。

 怒声をぶつけられているにも関わらず、焦げ茶髪の男子生徒は、野菜のスープを口に含んだ。


 その行動が更に相手の青年の怒りを加速させた。


 何故、瑠璃色の撫で付け髪が声を荒げ、対して焦げ茶色のくせ毛が火に油を注ぐような態度を取っているのか。


 話は数時間前にどころか、焦げ茶色のくせ毛、リアム・ベスフェラの生まれた頃まで遡る。



 ◇◇◇


 大陸の歴史を語る上で、生命エネルギーを使い奇跡を起こす『術』とそれを操る『術士』の存在は欠かせない。


 そんな大陸の北西に位置するレサス王国。更にその最北端にノースベリー領はある。

 ノースベリー領は、寒冷な気候や災厄の眷属たる魔物の生息域と大きく重なる普通なら人が生きていけない土地だった。

 しかし、ベスフェラ家が術により、霊獣達の力を借り受け開拓し、人々が協力し暮らせるようにした地だ。


 リアムはその一族の次男として生まれ、厳格な父と優しい母、歳の離れた優秀な兄と二歳上のしっかり者の姉に可愛がられながら育った。


 跡取りの兄や嫁入り修行をさせられる姉と違い、かなりの自由が与えられていた。

 その為、貴族としての常識や作法は身に付けていない。


 また、周囲の静止を無視し、魔物や力ある霊獣達が数多く生息する危険な森を遊び場にしていた。


 そんな森に出入りしていた名残りとして右眉や左口元、右耳を主として全身には無数の傷跡がある。


 そしてある日、リアムの自由は終わりを告げる。

 十五歳にもなって野生児の如く森を駆け抜け、常識のないリアムの将来を心配し、父が王都にある貴族の子息子女や国内外問わず才ある者が通う学園への入学を命じたのだ。既に彼の姉も通っており、心配ないと判断した。


 しかし、父の考えとは裏腹にリアムは期待で胸を高鳴らせていた。


 地方とは言え貴族の子であるリアムは、必然的に術が使える。

 だが、ノースベリー領程の田舎ともなれば術を使える者は稀で、彼は才ある者ともてはやされた。

 そんな自分が学園に通えば、憧れの御伽噺の英雄『剣の巫女』のようになれると大それた夢を抱いた。


 数ヶ月後、リアムは無事学園へ入学し、学園の寮へ入寮した。

 そして、待っていたのは何とも味気ない日々。


 言ってしまえばリアムは、術に関して落ちこぼれよりの平凡。

 また、誰もが振り返る眉目秀麗という訳でもない。顔の傷に反応する者は、少なからずいるが。

 つまり、物語の主人公のようなキラキラとした学園生活など送れるはずもなかった。


 入学して数日だと言うのに人間関係は既に出来上がっている。

 聞き耳を立てていた所、貴族である親の派閥や上下関係がそのまま子に受け継がれているらしい。

 要するにリアムはぼっちだった。


 この日もなんとか小難しい授業を乗り切り、一人黙々と机の上に広げていた物を片付けていた。

 リアムの楽しみは、今ではこの後食堂で摂る昼食だけだ。


 最後に言葉を発したのはいつだったか。偶然廊下で出会った姉と話した時か。いや、確か——、


「やあ、リアム。今日も食堂までご一緒しても?」


 聞き覚えのある澄んだ声に反応し、リアムが顔を上げると机を挟んだ先に二人の男子生徒が立っていた。

 声の主は、薄紫が混じった白髪を三つ編みに束ね左肩に掛けた男子生徒。

 声を聞かなければ女性と勘違いしてしまい、道行く誰もが振り返る、そんな幻想的な美人。名をアーロン・フルメグルという。

 そして、アーロン後ろからリアムを力強さ感じる大きな瞳で見据える、ハッキリとした顔立ちをした橙色の短髪の美男子がギルベルト・アケイシャだ。


 どちらも成績優秀、容姿端麗で入学して間もない現在でもかなり人気がある。


「……フルメグル様、と、アケイシャ様」


「ふふ、そろそろ家名じゃなく名前で呼んでくれないものかね」


「俺は呼びやすいように呼んでくれ」


「……はは、善処しやす」


 リアムは下手くそな作り笑いを顔に貼り付けた。


 リアムは困惑していた。何故か度々話し掛けてくるアーロンとギルベルトの意図が一切理解できない。


 リアムは入学前、父ノースベリー子爵から他の生徒を呼ぶ時は、家名に様を付けるよう命じられている。

 また、他の生徒のアーロンやギルベルトに対する態度から二人の位が高いと推測し、精一杯丁寧に接している、つもりだ。


「……ええと、じゃあ行きましょうか?」


 その後、リアムを先頭に三人で食堂に移動したが、その間一つも会話はない。


 食堂に着くと、リアムは速やかに注文済ませ、食事が乗った盆を手に「じゃあ、これで」とぺこりと一礼しさっさと一人どこかへ行ってしまう。


 アーロンは、リアムの後ろ姿を見送りながら上品にだが、その実大笑いする。


「笑いすぎだぞ」


 ギルベルトが軽く肘で小突くとアーロンは、笑いを噛み殺しながら目尻の涙を拭う。


「いやだって言葉通り食堂に来るまでだけ共に行動するなんて……ふふッ」


「ぐふッ……まあ、俺達二人を前にしてあそこまでふてぶてしい奴も珍しいが……」


 アーロンに釣られギルベルトも思い出し破顔した。


 アーロンの父トニトゥレノ侯爵は、レサス王国兵団の中の術士兵団の司令官。ギルベルト父フララーム伯爵は戦士兵団団長を務めている。

 要するに二人共、誰もが腹に一物抱えて近寄ってくる有力貴族の子息だ。

 そんな彼らからすれば、食事に誘っても全く乗ってこないリアムの行動は、珍しく面白い。


 ただ、リアムの行動に深い意味はなく、単純に彼の非常識からくるものだ。


 さて、自分達もそろそろ席に着こうとアーロン達が盆を手に移動を始めた所で男の怒気を孕んだ声が食堂に響き渡った。

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