エピソード8

プロローグ: ショーン・マクドネルの視点 (1/2)

### プロローグ:ショーン・マクドネルの視点


冷たい風が吹く夜、ショーン・マクドネルは何度も擦り切れたジャケットの襟を立てながら、小さなパブへと足を向けた。サウィンの時期が近づくにつれ、町の空気はいつもと違う重さを帯びてくる。夜が長くなり、暗闇が支配するこの季節は、彼にとって決して快適なものではなかった。古い友人や家族との繋がりが希薄になると、彼の心の中で何かが失われていくような感覚が強まるのだった。


「フィオナ……」彼は歩きながら、その名前を思い出していた。昔、彼女はこの町の希望の象徴だった。学校では常に優秀で、夢に向かって努力を惜しまないその姿勢は、ショーンにとっても憧れの的だった。彼は彼女に対してかすかな想いを抱いていたが、結局は告白することなく、大人になってしまった。


今やフィオナは、金融街で成功を収めていた。地元で名が知られるほどの実力者となり、都会のビジネスの世界で活躍している。だが、彼女が成功を収める一方で、ショーンは失業し、かつて働いていた工場が外資系企業に買収されて閉鎖されたという現実に苦しんでいた。彼女との再会は、嬉しさよりも苛立ちを呼び起こす。彼女の成功と、彼の苦しみが交錯するのだ。


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パブのドアを開けると、暖かい空気とともに賑やかな音楽が彼を迎えた。ショーンは慣れた手つきでビールを注文し、静かにカウンターに腰掛けた。その瞬間、視界の隅にフィオナの姿が映った。彼女は周りの人々と楽しげに話をしている。


彼女がこの小さなパブにいること自体が、ショーンには少し驚きだった。彼女はきっと大都市での生活に忙しいだろうと思っていた。しかし、その光景がショーンに不安感を与えるのは何故だろうか。彼女が持っている輝かしい成功と、ショーンが味わっている挫折のギャップが、ますます広がっているように感じた。


「彼女は何もわかっていない……」彼は心の中でそう呟いた。


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フィオナが目をこちらに向け、驚いたような表情を見せた。「ショーン?」


ショーンは軽く微笑みながら頷いた。「久しぶりだな、フィオナ」


フィオナは嬉しそうに近づいてきて、ショーンの隣に座った。彼女の笑顔は変わっていないが、その背後にあるものはまるで別人のように感じた。彼女の成功が、彼女をどれほど遠い存在にしたかがショーンの胸に突き刺さる。


「元気にしてる?」フィオナが聞く。


「まあ、なんとかやってるさ」とショーンは短く答えた。


その一言には、彼が失ったものすべてが込められていた。彼が働いていた工場は、外資に買収されてから閉鎖され、彼はその後仕事を失った。彼の手から奪い去られたのは、ただの仕事ではなく、彼の誇りや人生そのものだった。


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「ショーン、私はこの街の未来を変えたいの。外資や大企業に頼らずに、私たち自身の手で街を救いたいんだ」とフィオナが情熱を込めて語った。


その言葉を聞いて、ショーンは一瞬、苛立ちを抑えられなかった。「外資に飲み込まれるって……俺たちはもうとっくに飲み込まれてるんだよ。俺の工場は閉鎖されて、仕事も無くなった。お前がそんなことを言う前に、俺たちはもう手遅れだったんだ」


フィオナは驚いたようにショーンを見つめた。その瞬間、彼女は自分が今までどれだけ地元の人々の苦しみに無自覚であったかに気づいた。彼女の成功は、地元の人々の痛みと対照的なものだった。


「ごめん、ショーン……私はあなたの苦しみが見えていなかった」とフィオナは小さく呟いた。


ショーンは無言でビールを飲み干し、やがて静かに言った。「まあ、頑張れよ。お前なら、きっと上手くやるだろうさ」


フィオナは悲しげに頷いた。彼女の努力は真摯なものであり、彼女自身も地元を救おうと本気で思っている。しかし、ショーンにとって、それはもう遅すぎるものだった。


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ショーンはカウンターに残されたまま、フィオナが再び周囲の人々との会話に戻っていくのを見送った。彼はもう彼女の世界に入ることはできないと感じていた。彼女は遠い存在になってしまった。フィオナが何も分かっていないのではなく、時代が二人を別々の道に引き裂いてしまったのだ。


彼は最後の一口を飲み干し、静かに立ち上がった。夜の冷たい風が彼の体に刺さったが、その冷たさが今の彼には心地よかった。

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