エピソード11: 「再生の兆し」 (3/4)



リアンの表情には葛藤が浮かんでいた。彼は生まれ育った土地の伝統工芸に強い誇りを持っていた。それは世代を超えて受け継がれ、時代の波に何度も耐えてきた技術だ。機械による効率化は、その伝統を損なう恐れがある。彼の工房で作られる製品は、手作業の繊細さと職人の魂が込められている。それを軽々しく「効率化」と称して改良することは、彼にとって簡単なことではなかった。


「伝統を守りながら効率化か……それがどれほど難しいことか、わかっているのか?」とリアンは静かに口を開いた。


フィオナはそのリアンの心情を理解していた。彼の工房がアイルランドの文化や歴史を守る象徴であることも知っている。それでも、彼女には彼の技術をより多くの人々に届けるための妥協点が必要だと感じていた。伝統と現代の技術、そのバランスを見つけることが、彼らのプロジェクトの成否を左右する重要な要素となることは間違いなかった。


「リアン、私はあなたの仕事の価値を誰よりも尊敬しているわ。でも、私たちが目指す未来を実現するためには、少しの妥協も必要だと思うの。伝統を損なわずに、もっと多くの人にその素晴らしさを伝えるための手段を考えていきたいの。」


フィオナの言葉に、リアンは少し黙り込んだ。彼の心の中では、伝統を守ることへの強いこだわりと、フィオナの夢を実現するために何かを変える必要性の間で揺れていた。


「……わかったよ、フィオナ。あなたの言う通り、伝統と現代を両立させる道を模索しよう。私も、この土地の未来のためにできることは全力でやってみるよ。」


リアンの妥協の決意に、フィオナは微笑んだ。彼女は彼の理解と協力に心から感謝していた。この瞬間、彼らのプロジェクトは新しいステージへと進み始めた。


---


フィオナは次の数週間、リアンとカイラ、そして他のチームメンバーと共にプロジェクトの細部を詰めていった。リアンの工房では、伝統的な製法を維持しつつも、一部の工程を効率化するためのアイデアが次々と出された。また、カイラの指導のもと、オンラインでのマーケティング戦略も大きく進展していった。


「SNSを使ったプロモーションは成功しているわ。特に海外の顧客からの反応が非常に良い。彼らはアイルランドの手工芸に対して強い関心を持っているし、それが持続可能な形で作られていることに共感してくれている。」


カイラは最新のデータを示しながら、次の展開に向けた意気込みを語った。フィオナもその結果に満足していた。彼女たちが手がけたオンラインプラットフォームは、アイルランドの地元製品を世界に広めるための強力なツールとなっていた。


「このまま進めば、エドへのプレゼンテーションも成功するはずね。」


フィオナはそう言いながら、次のステップに向けた準備を進めていた。しかし、彼女にはまだ不安が残っていた。それは、エドの求める「具体的な数字」を示すことであった。プロジェクトの理念や情熱だけでは、エドの期待に応えることはできない。フィオナは再び資料を見直し、収益モデルの再確認を行っていた。


その時、フィオナのスマートフォンが鳴った。画面を見ると、エドからのメッセージが届いていた。


「次の会議の日程が決まりました。準備を進めてください。」


フィオナはそのメッセージを見て、緊張感が走るのを感じた。次の会議でのプレゼンテーションが、プロジェクトの将来を決定づける重要な瞬間となることは間違いなかった。彼女は深呼吸をして、自分を落ち着かせた。


「もう一度、すべての準備を完璧にして臨まなければならないわね。」


---


数日後、エドとの再会が行われることになった。その日、フィオナは自分の事務所でチームメンバーたちと最終打ち合わせを行っていた。カイラは、プレゼンテーション用のスライドをチェックし、数字やデータの正確さを確認していた。


「フィオナ、このスライドでエドに収益の見通しを示すつもりなのよね? 短期的な利益ではなく、持続的な成長が重要だってことを強調する必要があるわ。」


カイラは鋭い指摘を続けた。彼女のテクニカルな視点はプロジェクトに欠かせないものであり、フィオナはそのアドバイスに耳を傾けながら、自分のプレゼンテーションの最終調整を行っていた。


「そうね、カイラ。私たちが目指すのは短期的な利益ではなく、長期的に地域社会を支えるモデルだってことを強く伝えるつもりよ。」


リアンもその会話に加わった。彼は、伝統工芸の未来についての資料をまとめながら、静かに口を開いた。


「フィオナ、私たちの製品が市場でどれほど価値を持つか、最初は不安だったけど、ここまで来たんだ。エドにもそれが伝わるはずだよ。」


フィオナはリアンの言葉に微笑み、少しだけ不安が和らいだ気がした。


「ありがとう、リアン。みんなのおかげでここまで来れたわ。この会議が成功すれば、次のステージに進めるはずよ。」


---


そしてついに、エドとの再会の日がやってきた。


フィオナは、緊張と期待が入り混じる心境で会場に向かっていた。彼女が持ち歩く資料は、何度も見直し、修正を加えたものだった。エドとの会議は、彼女にとってプロジェクトの未来を決定づける最重要の局面だった。


会場に到着すると、エドはすでに待っていた。彼は相変わらず冷静な表情を浮かべ、フィオナに軽く会釈をした。彼らは静かに席につき、フィオナが用意したプレゼンテーションが始まる。


「エド、前回の会談を基に、具体的な数字と今後の計画をまとめました。」


フィオナは、プロジェクターで資料を映し出しながら、チームメンバーと共に説明を進めた。エドは資料に目を通しながら、時折メモを取り、フィオナの話に集中していた。


「まず、私たちのプロジェクトが生み出す収益の見通しですが……」


フィオナが数字を示すと、エドの表情が少し変わった。彼の目がわずかに鋭さを増し、資料に集中しているのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る