エピソード11: 「再生の兆し」 (2/4)



フィオナは一瞬考え込んだが、すぐに冷静さを取り戻し、エドに具体的な計画を示すために手元の資料を取り出した。彼女は、地域再生プロジェクトの初期段階で得られたデータや成功事例を一つ一つ丁寧に説明し始めた。


「例えば、この村では、伝統的な手工芸品を活用した観光産業が徐々に拡大しています。リアンをはじめとする地元の職人たちが、手工芸品を観光客向けに販売し、収益を上げ始めました。さらに、近年のエコツーリズムのトレンドに乗り、自然資源と地域文化を融合させた体験型ツアーも展開しています。これにより、村全体の収益が前年同期比で約15%増加しています。」


フィオナの言葉に、エドは資料に目を落としながら静かに頷いていた。彼の表情は依然として冷静だったが、彼の眼差しにはわずかな興味が見て取れた。


「確かに、観光産業には可能性があるかもしれない。だが、長期的な持続可能性を考えると、手工芸品や観光業だけでは限界があるのではないか?」


エドの質問は核心を突いていた。彼は短期的な成功に囚われず、長期的な成長を見据えていた。フィオナはその質問に対して、次のステップを示す必要があると感じていた。


「もちろんです、エド。私たちが目指しているのは、単なる観光業に依存するモデルではありません。私たちは、地域経済の多様化を図り、持続可能な農業や地元の産業を強化することも視野に入れています。また、テクノロジーを活用して、地元の製品をオンラインで広く販売するためのプラットフォームも構築中です。これにより、地域の製品が国際的に認知され、持続可能な収益源となることを目指しています。」


フィオナの説明を聞きながら、エドはさらに資料に目を通し、手元のペンでメモを取り始めた。彼の目は依然として冷静で、すべての要素を慎重に分析しているようだった。


「なるほど、オンラインのプラットフォームか。それは現代に即したアプローチだ。だが、競争は厳しい。それに、地元の製品が国際的に受け入れられるかどうかは未知数だろう。」


エドの指摘はもっともだった。フィオナもその点をよく理解していたが、彼女には自信があった。彼女が手掛けているプロジェクトは、単なるビジネスではなく、アイルランドの伝統文化と未来を繋ぐものだった。そこに確かな価値があることを、彼女は信じて疑わなかった。


「確かに、リスクはあります。しかし、アイルランドの文化や伝統には、世界中の人々が共感し、魅力を感じる要素があります。それをしっかりとマーケティングし、現代の消費者のニーズに応える形で提供すれば、必ず成功するはずです。私たちのプロジェクトは、地域の持続可能な発展だけでなく、アイルランド全体の価値を高めることを目指しています。」


フィオナの熱意は、冷静なエドにも徐々に伝わり始めていた。彼の目が少し柔らかくなり、興味が増していく様子が見て取れた。彼はしばらく黙った後、静かに口を開いた。


「フィオナさん、あなたの情熱には心から敬意を表します。私はこれまで多くのプロジェクトを見てきましたが、あなたのような信念を持った人間にはそう簡単には出会えません。私も、これまでのやり方に疑問を抱いているところでした。だからこそ、このプロジェクトに興味を持ったのです。」


その言葉にフィオナの胸は熱くなった。彼女のビジョンがエドに伝わりつつあることを実感した瞬間だった。エドはさらに話を続けた。


「ただし、私が投資を決定する前に、もう少し具体的な数字が必要です。あなたのプロジェクトがどれだけの収益を生み出し、どのくらいの期間でそれを達成できるのか。その見通しを明確に示してほしい。」


フィオナは深く頷き、冷静な声で答えた。


「わかりました、エド。具体的な収益モデルとスケジュールを詳細にまとめ、再度ご提示いたします。それが必要な条件であるなら、しっかりと準備を整えます。」


エドはその答えに満足そうに微笑んだ。彼の目には、フィオナに対する信頼が少しずつ積み重なっていることが感じられた。


「では、それを楽しみにしています。期待していますよ、フィオナさん。」


会談は成功裏に終わり、フィオナはホテルを後にした。冷たい夜風が彼女の髪をかすめたが、その胸の内には確かな温かさが広がっていた。エドとの会談は大きな一歩となった。しかし、これで全てが解決したわけではない。今度は具体的な計画を形にして、エドの信頼を得なければならなかった。


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その夜、フィオナは自宅に戻るとすぐに、プロジェクトチームとの打ち合わせを始めた。彼女のチームにはリアンをはじめ、技術やマーケティングに強い若手の起業家カイラも加わっていた。カイラは、プロジェクトのオンラインプラットフォーム構築において重要な役割を果たしていた。


「エドとの会談は順調に進んだわ。彼は私たちのビジョンを理解してくれた。次は、具体的な収益モデルを提示する必要がある。」


フィオナの言葉に、チームのメンバーたちは緊張感を漂わせながらも、次のステップに向けて準備を整える姿勢を見せた。カイラはデジタルマーケティングの資料を手にしながら、冷静な口調で語った。


「リアルタイムでのマーケティングキャンペーンを強化するために、今後はSNSを活用したプロモーションをさらに拡大します。地元製品を国際市場に売り込むためのプラットフォームも順調に開発が進んでいます。ですが、製品自体のクオリティ管理も重要です。そこでリアン、あなたの工房での生産体制をもう少し効率的にする必要があります。」


カイラの指摘に、リアンは少し眉をひそめた。彼は伝統的な手法を重んじるが故に、近代的な効率化には抵抗を感じていた。しかし、フィオナのプロジェクトが成功するためには、効率的な生産と現代技術の融合が避けられないことも理解していた。


「わかっているさ、カイラ。でも、伝統を守りながら効率化するのは簡単じゃない。手工芸は機械化できない部分が多いんだ。だが、フィオナのためにやれることはやってみるよ。」

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