第十一話 辺境ダンジョン 不明階層

紫色の閃光が走ると同時に俺はどこかの空間に飛ばされた様で、体の制御が効かない

熱線映像装置を上げて周りを見るが、まるで多種の絵の具で無秩序に遊んだ後の様な色彩をしている。落下しているのか、一応は一定方向に向かって移動している様だ

そして再び、今度はトンネルの出口の様に輝くポイントに突っ込んだ


突き抜ける様な浮遊感と共に、とてつもない風切り音と目を突き刺す様な光が現れる

勝手に降りてきた熱線映像装置を外して辺りを見回してみるが、目が慣れないせいで細かく見れない。ただわかるのは……


「だあぁッ!クッソ!落下してんなこれェッ!」


自分が今、とてつもない高度から落下している事だけは直感的に理解できている

高度10000mから重力のみで自由落下した際、地表0mまでは約3分

今の高度はわからんがとりあえずやばい事だけはわかる

必死に姿勢を整えようともがくが、酷い空気抵抗にさらされて身体を安定させることもままならない


「クッソ!死ぬなこれッ!」


「だろうから、俺が助けてやる」


溺れたように藻掻いていたその時、あの悪魔の声が直接耳に響いてきた

蛾の羽化の様に俺の背中から上半身だけが生えてくると、その細長い腕を折り曲げる

そして掌の倍はある長さの指で俺の両肩を鷲掴みにすると、一瞬布を引きちぎる様な音を立ててから急減速する


「ああ…お前出れたのか。助かった」


「こんな所で死なれちゃ堪らん。それよりお前、下を見てみろ」


言われた通りに視線を下げると、そこには壮大とも言える景色が広がっていた

地平線の彼方まで伸びる草原の中に、円形の超大規模なクレーターが広がっている

そしてそれを綺麗に四等分する様な白色の橋と、その交点から正方形に広がり、四隅に大きな塔がそびえ、ケルン大聖堂を優に超える大規模なゴシック様式の建造物

そして何よりも驚くのは、そのすべてがしている点だ


「ゼーレ・ゾルダード大聖堂……消失したはずだったが」


「大聖堂つっても限度があんだろ。目算で高さ200の幅800はあるぞ」


「いまだにこの世界最大の聖堂だからな」


少しずつ降下していく中で、その大きさに実感が湧いてくると同時にその惨状が見えてきた

所々が崩れかけ、至る所に血や破損した武器防具、挙句の果てに五臓六腑飛び散っている

中でも4本の橋は死屍累々と言った有様で、聖堂と橋の境は正に屍山血河しざんけつがの様相を呈していた


「なんだあれ……どう言う状況だ?」


「わからん。そもゾルダード大聖堂は150年余も前に戦禍に呑まれした」


「まあ宗教施設は焼き討ちされるのが基本だしな」


「いや、あれは戦場に死した戦士の魂を、何一つの区別なく鎮める為の施設だ。それを焼き討ちなどいかなるほどの愚者でも……」


「よくわからん。つまり本来もうこの世にないはずの建造物って訳だな」


「ああ。それにここ……現実空間ではないな。亜空間とでも言うべきか」


よくわからん事を説明されているが、とりあえず交戦に備えてM107CQを準備しておく

コッキングの重厚かつ滑らかな金属音を響くと同時に、遠方で何かが光った


「亜空間じゃ物理法則が狂ったり、魔導が強化されたり……」


喋りかけた悪魔が身を翻し、急加速で元いた場所から距離をとったと思ったら次の瞬間

聖堂の一角にある塔から閃光と爆音が迫り、青白い光が一直線に伸びてくる

それは俺たちがいた場所を呑み込んだ上で遥か彼方へと消え、通り道には雷が閃きながら巻きつき、プラズマが煌めいている


「急降下で懐に飛び込むぞ。しがみつけ」


「は?」


素っ頓狂な声が溢れた瞬間、直角急降下で超加速しながら橋まで接近していく

そのまま橋から高さ30cm程度の距離で匍匐飛行をしながら聖堂に突っ込んでいく


「バカバカバカバカッ!テメェ止まれんだろうなッ!」


「当たり前だ」


数千mを一気に駆け抜けて行くが、体感速度1000km/hはある

生き物が出していい速度ではない

そして一気に引き起こしたかと思うと、悪魔の足先が地面に突き刺さり土埃を巻き上げ減速して行く

ついに止まれるか、と言った所で悪魔が手を離しやがったので、俺の体は白く塗られた大聖堂の地面へと慣性に従って投げ出された


「痛ってェ…くっそ、最後までちゃんと掴んどけよ」


「すまんな。あの程度で放り出されるとは思わなかった」


「人外価値観だな…まあいいわ。で、どうする?」


「ここは亜空間。脱出にはこの世界の核を破壊するか、ここの創造主に出入り口を作ってもらうしかない」


「じゃあ敵を倒さないといけないって事だな?」


俺はM107を構え、大聖堂の正面扉に触れる

すると扉の表面に何か青い文字が浮かんできた


『これより先、聖堂騎士が領分なり。汝は幾振りのつるぎのみを許されり』

『汝が一切を斬り伏せちぎりを果たさば、我らが魂と忠誠を捧げたり』

『汝の剣が如何なる物も断ち切る事を望めり。此れ我ら二世紀に渡る望みなりや』


最後まで読み上げた時、手元にあったM107が消え去り、グレネードも消えて行く


(あね。つまりは制限ステージってワケ。兵器召喚がなんでも召喚できてよかった〜)


とりあえず召喚メニューから剣に絞って探して行く

騎士相手といえばまあ打撃力に優れ、また刺突や斬撃にも使える必要がある


「あ、刀身の形とか柄の長さ変えられるんだ」


メニューには銃を選んだ時にはなかった項目が諸々とあり、好みの物にできる様だ


「全長160、刀身120。重量2.5kgの両手剣を一振」


そして七支刀の様に鍔から2つの枝が伸びたダガーをそれぞれ腰の左右に召喚し、ヘルメットやプレートキャリアを外して行く

どうせ大剣や魔導相手には御守り程度だ。なら少しでも軽くしておきたい


「ふう…よし、行こう」


「む?俺はいかんぞ」


「…は?」


「俺はゾンダー=フェアニヒテンあの長距離魔導の射点を調査してくる」


そう言って少し浮いたかと思えば、あっという間にどこかへ行ってしまった


「…1対1タイマンだったら、いいんだがな」



━━━━━━━━━━━━━━━┫



両手で扉を押し開けて中に入ると、聖堂の中は真っ暗闇であった

無数の窓から入るはずの自然光はその一片も差し込まず、遥か奥まで続く絨毯は暗闇に吸い込まれている。俺は何歩か踏み込み、限りなく警戒して進んでいく

聖堂を支える無数の柱は大木の様で長く大きい上に、絨毯のある方に向かって十数メートルの幕が垂れている


「家紋か何か知らんが、嫌に格好がいいな」


軍靴が石造りの床を踏み締める音が反響し、えもいわれぬ神秘を感じさせる

そして俺が暗闇の一歩手前に立ち止まった時、背後に開いたままの扉が軋んで、バタンと閉じる

至って冷静を保ちながらも、無意識のうちに右手へ大剣を引き抜いて備える


光が狭まり、やがて聖堂内から一切の光が消え失せた

静寂と暗闇。魂の淋しさだけが満ちている

その中を一歩一歩進む時、まるで操られる様に口が動く


「力無き愛は無力であり」


「愛無き力は破壊である」


「汝らが此処を護らんとするならば」


「その愛、その力。しかと見せ付けよ」



言い切ってもなお、静寂は続く……様に思えた

微かに聞こえた、透き通った声

左右からの……歌声が、その声量を上げていく


「賛美歌……言っちゃ悪いが気持ち悪いな」


安らかな声色が、不気味さを際立たせる

その滑らかな声色が段々と静まり、やがてまた静寂に帰った時

石畳を穿つ音が全方位から三度聞こえたかと思えば、天井に架かるシャンデリアに火が灯る


「到底、炎だけの明かりじゃねぇな」


壁に架かったロウソクも揺れ輝き、やがて聖堂内の全てが照らし出された

荘厳かつ神聖な内装で造られた3階構造、左右の壁にはうずたかく壁に刺しこまれた大小様々な剣


そして壁に沿うように並んだ無数の甲冑

白に染められた全身の装甲の隙間から楔帷子くさびかたびらが覗き、頭から足先へ金色の質素な装飾が数本走っている


ざっと数えて、1面に100体程度

手に持つ武器は大剣、ハルバード、パルチザンに戦斧や戦鎚と様々


そして大聖堂の中心

数メートルはありそうなシャンデリアの直下に仁王立ちで佇むのは、他の甲冑より一回りは大きく見える聖堂騎士パラディン

金属の兜バシネットの頭頂部にはナイフの様な角が前傾に伸び、十字架のスリットの奥は暗く見えない


「お前が……まぁ俗に言うボスって奴か」


右半身を突き出し、右手を胸の前で頭の高さまで持ち上げ、切先を聖堂騎士に向ける

あちらも組んだ両手をそのまま下ろし、両腕を交差させて2振りの大剣を引き抜く

片方は切先から柄まで雪のような純白に染まり、もう片方は対照的に、まるで海底の様に黒い


俺の身長に迫りそうなほど長く大きいのに、軽くそれを振り下ろした瞬間に深く突き刺さり砂埃が舞う


《我戦士の御魂を護る聖堂騎士なりや。君主が命に従いて、汝が御魂も葬らん》


「できるもんなら、やってみな」


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