第121話 大評定と巡年祭 始まる
シャルトリューズ侯爵の面会から帰った後の夕食でのこと。
勇とセルファースが侯爵に盗聴の魔法具を仕掛けられた事を楽しそうに話し、周りからドン引きされていた。
「セルファース様、侯爵閣下から分かりやすく釘を刺されたというのに、なぜそんなに楽しそうなのでしょうか?」
ドン引き初号機こと騎士団長のディルークが顔を引きつらせながら領主に問いかける。
「ん~? イサムともあの後話したんだがね、どのみちイサムの
上機嫌で話すセルファースだが、盗聴の魔法具まで持ち出されると警備を担当する騎士団としては気が気でない。
「イサムさん、お父様はああ言っていますが本当に大丈夫なのでしょうか?」
ドン引き弐号機ことアンネマリーは、引きながらも勇の事を心配する。
「ここまで来たら後には引けないし、まぁなるようにしかならないからね。自分たちを守るために最善を尽くすだけだよ。それにお義父さんの言う通り敵だけじゃなくて味方もハッキリするから、悪い事ばかりじゃないと思う」
「それはそうかもしれませんが……」
安心させようと柔らかな笑顔で勇が言うが、アンネマリーの心配は晴れないようだ。
「一先ずあの盗聴の魔法具をバラしてみようと思うんですが、大丈夫ですよね? それとも、忘れ物ですよ~って返します?」
「あ~~、ごめん言い忘れてた! アレは多分バラそうとすると自壊すると思うよ。良かった、バラす前で……」
勇の問いかけに、しまったという顔でセルファースが答える。
「え? 壊れるんですか? ……証拠隠滅、いや複製防止目的でしょうか?」
「おそらくその両方だろうね。アレはいわゆる裏魔法具でね。魔法陣登録はされていないから、表向きは売られていない事になっているんだ。まぁ存在自体は公然の秘密で、それこそ王家も使ってたりするって噂だよ」
裏魔法具とは、魔法陣登録されていないにもかかわらず密かに市場で売買されている類の魔法具の総称だ。盗聴の魔法具は、その中で最も有名なものの一つだろう。
後ろめたい事に使われる可能性が高いものがほとんどで、魔法陣を公開するとその多くが禁制品となり製造販売できなくなるだろう。その分需要があるものでもあるため、密かに作られ販売されているのだ。
違法なので本来それを取り締まるべき立場の王家や領主たる貴族だが、厳しく取り締まってしまうと自分たちも使えなくなってしまう。
たとえ自分たちが使っていないものであっても、使っている他貴族からの恨みを買って報復を受ける可能性もある。
そのため、やり過ぎて悪影響が看過できないもの以外は、黙認されているような状況だ。
ちなみに勇達が自分たちで使っているフェリスシリーズなどは、秘匿魔法具と呼ばれており合法だ。
要は私的利用に留めるかどうかが判断基準で、知人等への”融通”までは今のところグレーゾーンとして合法となっている。
「なるほど、裏魔法具ですか……。爆発したりするんですかね??」
「そういう話は聞いた事は無いけどね。仕事柄、イノチェンティ辺境伯はその辺に詳しいんじゃないかな?」
敵国に接している辺境伯家は、望むと望まざるとにかかわらず嫌でも詳しくなっていくしかないだろう。
「そうですね。念のため停止させるだけにして、魔石は抜かずに保管しておきます。上手くバラせて読める魔法陣だったら儲けものですから」
セルファースの話を聞いて、急いでバラす事はやめることになった。
「この後、イサムが魔法陣を読める事を侯爵閣下が知った時、どんな顔をするのか楽しみだね。安易に盗聴の魔法具を仕掛けたことを後悔するだろうねぇ」
そう言ってセルファースは、黒い笑みを浮かべるのだった。
翌朝。地球だったら新年の挨拶をしておせち料理を食べつつお笑い番組を見て、正月を実感している頃だろうか。
そのため、巡年祭とやらは午後から幕を開けるものらしい。
かくして、これと言って日常とあまり変わらぬ元日の朝食を終えた後、勇たちはセルファースを見送っていた。
大評定は、当主本人と護衛の騎士以外が参加する事は出来ないため、勇達は留守番なのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
「よろしくお願いします。何のお手伝いも出来ずすみません」
「はっはっは、こればかりは仕方が無いさ。それに、基本的には話を聞いているだけだからね。寝ないようにするのが仕事みたいなものさ」
「違いねぇな」
エントランスで恐縮する勇にセルファースはカラカラと笑って応えると、同じ宿に泊まっているダフィド・ヤンセン子爵と連れだって王城へと出かけていった。
盗聴の魔法具をバラして遊ぼうと思っていた勇だったが、それが出来なくなり時間が空いてしまった。
リビングで織姫を撫で繰り回していると、見かねたアンネマリーがそれなら巡年祭を回ってみないかと誘ってくれたので、これ幸いと午後から街へと繰り出すことにした。
「うわぁ、これは凄いですね……」
専属護衛の4人と共に、祭りのメイン会場となる中央広場へ連なる大通りの1つに辿り着いたところで思わず感嘆の声を漏らす勇。
今朝までの状態とは全く異なり、人でごった返す“お祭り騒ぎ”だった。
大通り両側にはびっしりと屋台が並び、食事や飲み物はもちろん、普段あまり食べられない甘味から各領地の土産物、子供向けの玩具や生活雑貨に至るまであらゆるものが売られていた。
「この国では、新しい食器など毎日使うものは、新しい始まりとなるこの時期に新調するのが良いとされているんです」
「へぇ、だから生活雑貨のお店が多いのか」
食器屋を始めとした生活雑貨のお店が意外に多いなと不思議に思って眺めていた勇に、アンネマリーが説明してくれる。
日本でも、新しい財布は正月に使い始めると縁起が良いとかそんな話を聞いた気がするので、似たようなものだろうか。
そしてもう一つ、よく見かける屋台がある事に気が付く。
丸い蒸しパンのようなものを売っている屋台の数が多く、店先から立ち昇る湯気に誘われるように老若男女様々な人が買っていた。
ちなみに調理には、簡易な薪窯や薪ストーブのような物が使われているようだ。
「あれは、太陽の女神パンっす。新しい年を最初に告げる太陽にあやかって、あの形をしてるっす。蒸したパンの中に色んな具が入っているんですが、何十個かに一個の割合で小さな女神様の像が入ってるっす。それを引き当てた人は今年一年良いことがあると言われているっす」
勇の首で丸くなっている織姫をつつきながら、護衛でもないのに付いてきたティラミスが説明してくれた。
なるほど、おまけ付きのお菓子とおみくじが一緒になったようなものだろうか。
どの世界でも、微妙に射幸心をくすぐる商品というのは、こうしたお祭りとの相性が良いらしい。
「へぇ、面白そうですね。皆で色々買ってみて運試ししてみますか?」
「いいっすね! じゃあそこの甘くないヤツと、そっちの甘いヤツを買ってくるっす!」
楽しそうに小走りで太陽の女神パンを買いに行くティラミス。
勇たちは、所々に設けられている簡易休憩所のような所に運よく空席を見つけて、早速蒸し上がった熱々の蒸パンを食べる事にした。
最初に勇が食べたのは、ティラミス曰くの“甘くないヤツ”だ。
中には、挽肉とみじん切りにした野菜を炒めたものが入っており、少し利かせた香辛料の風味も相まってカレーまんのようだ。
「おお、これは美味しいですね! ちょうど小腹が減ってきてたところだったので、おやつにはもってこいですね」
あっという間に甘くないヤツを胃袋に収めた一行は、続けて“甘いヤツ”に手を出す。こちらもまだアツアツだ。
一口齧ると、最初にさわやかな酸味とほのかなシナモンの香りが口から鼻へと抜ける。その一瞬後に、リンゴのような甘みが口いっぱいに広がった。
「これは|ポメの実(リンゴもどき)をはちみつでジャムっぽく煮てありますね。隠し味のシナモンの風味が良いですな」
中々の食レポをしているのは、専属護衛の一人ミゼロイだ。先程から織姫が肩に乗ってきたことで表情が蕩けている。
王国では、砂糖は貴重品だ。地球と同じくサトウキビのような植物から作られているらしいが、暖かい地域でしか育たないため、どうしても輸入に頼ることになる。
香辛料は王国の気候でも栽培できるものが多いので揃っているのだが、甘味は貴重品だ。
現にこの甘いヤツは、甘くないヤツの3倍以上の値段で売っていた。
子供たちは、新年で財布の紐が緩むこの時期を毎年楽しみにしているのだとか。
「ん? おお、女神様だ!」
皆で甘いヤツを頬張っていると、護衛隊長のフェリクスがガッツポーズと共に立ち上がり、中から出てきた小さな女神像を掲げた。
「??」
確かに縁起物だが喜び過ぎではないのか?と勇が不思議に思っていると、すぐにその理由が分かった。
「おお、騎士様おめでとうございます!」
「おめでとう!」
「おめでとうございます!!」
「女神様の良いご加護がありますように!」
「そしてその幸運の御裾分けがありますように!!」
小さな女神像を掲げるフェリクスに対して、周りの人たちが皆祝福し始めたのだ。
「こうやって幸運に恵まれた人を祝福する事で、その御裾分けがいただけるという言伝えがあるんです。なので、女神像を当てた人は、ああやって分かりやすく掲げることで皆と幸せを分かち合うんですよ」
ポカンと見ている勇に、アンネマリーが説明してくれた。
「へぇ、幸せの御裾分けかぁ。それは良い風習だね」
「私もそう思います」
目を細めてその光景を見守る勇の横で、アンネマリーも優しく微笑んだ。
「なんでいつも腹黒い隊長の運が良いんっすか? 納得いかないっす!!」
ティラミスが、納得のいかない表情で憤慨した時だった。
「火事だーーーーっ!! 屋台から火が出たぞーーーっ!!!」
大きな叫び声が聞こえてきた。
慌てて目をやると、大通りの先で火柱が上がっているのが小さく見えた。
「っ!! アンネ、こういう時って普段はどうする?」
「え、衛兵の方に伝えて、水の魔法を使える消火部隊が消すことになるかと」
「屋台だしこの人混みだと、消火部隊が来る前に被害がどれだけ広がるか分からないな……。俺たちが消火を手伝って、咎められたり文句を言われる事はあるかい? 例えば水魔法で商品を台無しにされたから弁償しろ、とか?」
矢継ぎ早にイサムが質問を重ねる。
「い、いえ。そういう話は聞いた事はありませんが……」
「分かった! 皆、今から消火に向かうよ? 俺とアンネ、リディルさんでまず消火にあたるから、マルセラさんは別の場所から火が出た時のために待機しながら負傷者の確認を! フェリクスさんとミゼロイさんは、野次馬の整理をしつつ燃え移りそうなものの移動・撤去を。ティラミスさんは急ぎ衛兵を呼びに行ってください!! 解散!!」
「「「「「はっ!!!」」」」」
勇の号令で、皆が一斉に行動を開始した。
一行は体の大きなミゼロイを先頭に、人混みをかき分け現場へと進んでいく。
「どいてくれ! 我々はクラウフェルト子爵家の騎士団だ。魔法騎士もいる! 消火にあたるので、道を空けてくれっ!!」
大声で叫びながらミゼロイが道を切り開いていく。近付くにつれ、火事の全容が見えてきた。
すでに火元と思われる一台の屋台が全て炎に包まれ、大きく火の手が上がっている。
その両脇にある屋台にも飛び火し、いよいよ火勢が強くなってきたところか。さらにその隣の屋台に今にも延焼しそうな勢いだ。
現場に到着して状況を確認した勇が早速指示を出す。
「アンネとリディルさんは両サイドの屋台を
「「「「了解!」」」」
指示を出した勇は、即座に自分も呪文の詠唱に入る。
『水よ、細かき粒となりて虚ろを満たせ。
勇の魔法が発動すると、辺り一面が真っ白な霧に覆われた。火が着いていない屋台や霧に包まれた人の髪や服の表面が一気に水気を帯びる。
火が点きかけていた屋台からは、しゅーーという音がして白煙が上がった。
この世界の魔法の常識では、当然
「うおぉ!? なんだ?」
「すげぇ、霧か??」
野次馬や屋台の店主らが驚きの声を上げる。
そこへ、アンネとリディルの魔法が飛んでくる。
『水よ、無より出でて我が手に集わん。
火を消すだけなら大きな水球をぶつければ良いのだが、それだと屋台が潰れるし周りへの影響も大きすぎる。
アンネとリディルはそのあたりを勘案し、バレーボール程度の大きさの水球を10個ほど生み出して、両サイドの屋台へ万遍無くぶつけていった。
最初の3,4発までは、当たってもじゅうじゅうと音がする程度だったが、続けていくうちに目に見えて火の勢いが弱まっていく。
そこへ、
「よし、火の勢いが弱くなった。2人はもう一度両側の屋台へ
「「はいっ!」」
『水よ、無より出でて我が手に集わん……』
三人の詠唱が重なり、頭上にたくさんの水球が浮かび上がった。
「おおっ! もう一発いくのか!」
「よっしゃ、これで消えてくれ!!」
「頼んだぞ、兄ちゃんと姉ちゃん!!」
固唾を飲んで様子を見守っていた群衆から、期待の掛け声が飛んできた。
『『『
同時に発動した魔法が、それぞれの目標へ向かって一斉に飛来する。
こうしてようやく火災は鎮火、勇の放った
「おーーー! やった!! 消えたぞっ!」
「すげぇっ! 三人で消しちまった!!」
「新年早々いいもん見たぜ!」
「確かクラウフェルト子爵家の騎士様だって言ってたよな?」
「ああ、魔法騎士様がいるとも言ってたぞ!? さすがだぜ!!」
火が消えたことで大歓声が上がり、今度はそれを実行した勇達に注目が集まり始めた。
と、そこへ
「連れてきたっすーーっ!!」
衛兵を連れて、息を切らしたティラミスが戻って来た。
「ゼーゼー……あれ? ひょっとしてもう消しちゃったっすか??」
粗く息をつきながら、白い煙を上げている屋台を見たティラミスが聞く。
「ああ、ティラミスさん、ありがとうございます。たった今鎮火したところです」
「早いっすねぇ……。さすがイサム様とお嬢様とリディルさんっす」
「イサム様、何名か逃げる時に転んだりぶつけてケガをした方はいましたが、大きなケガをした方はいませんでした」
ティラミスが驚いていると、怪我人の介助を優先していたマルセラから報告が入った。
「マルセラさん、ありがとうございます。良かったですね、大きなケガをした人がいなくて」
その報告を聞いてほっと一息つく勇だった。
「えーっと、あなたが責任者の方でしょうか?」
そんな会話をしていた勇に、衛兵が恐る恐る声を掛ける。
「ああはい。クラウフェルト子爵家騎士団で魔法顧問を務めているイサム・マツモトです。こちらは子爵の長女、アンネマリー・クラウフェルト様、他は皆子爵家の騎士達です」
勇がサラリと紹介をする。御前試合で優勝すると決めて以降、積極的に騎士団へ魔法の指導をしていた勇は、いまや騎士団の魔法顧問を兼任していた。
「こ、これは騎士団の顧問と子爵閣下のご令嬢でしたか! 失礼いたしました。私は王都衛兵隊、第2小隊長を務めているモーリスと申します! そちらのティラミス様から、屋台で火事が発生したと聞いて飛んできたのですが……」
「ご足労いただきありがとうございます。なんとか我々で消し止める事が出来ましたので、後はお任せしてよろしいですか?」
「は、はい! 被害が広がる前に消火活動にご協力いただきありがとうございました! おかげさまで、新年早々惨事になる事を防げました。本当にありがとうございます!」
「いえいえ、なんとかなって良かったですよ。折角の巡年祭ですからね。それでは我々は、これで失礼します」
「はっ!! ご協力に感謝いたします。お気を付けてお楽しみくださいっ!!」
モーリス以下第2小隊の面々が、一斉に敬礼をする。勇達もそれに敬礼で答えて、現場を後にした。
「隊長、これ本当に
「どういう事だ?」
現場に残ったモーリス達は、現場検証のため屋台を確認していた。
「いや、地面に溜まってる水と屋台の燃え方から、結構な水量を使って消火してるはずなんです。なのに、燃えた屋台以外にはほとんど水がかかっていないですし、燃えた屋台も水圧で折れたりしてないんですよね……」
「確かに。この量の水球をぶつけたら、屋台も潰れるし周りにももっと水が飛ぶな」
「そうなんですよ。かと言って小さい水球をぶつけていたんでは、消す速度より燃え広がる速度の方が速くて消火出来ないと思いますよ?」
隊員とモーリスが首を傾げていると、冒険者風の野次馬の一人が声を掛けた。
「隊長さんよ、それだったらあの人らは一人で一気に十個くらい水球を浮かべてから、バンバンぶつけてたぞ?」
「は? 一人で十個? いくらなんでもそれは……」
「いや、ソイツの言う通りだぜ? 三人でいっぺんに魔法を使ったときはキレイだったなぁ。すげぇ数の水球がゆらゆら浮かんでよ!」
「そうそう、その後それがどんどん飛んでって、見事に消しきったからな」
最初の冒険者風の男だけでなく見ていた野次馬が皆口々にそう言うのだから、嘘や見間違いではないのだろう。
「火事を消せるレベルの水球を十個同時に……。そんな事、それこそ宮廷魔導師でも出来るかどうかじゃないのか??」
報告書用にメモを取りながら、ぼそりとモーリスが呟いた。
この日以来、王都の住民や冒険者の間で、火事を華麗に消火したというクラウフェルト家騎士団の噂が、じわじわと広がっていくのだった。
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