第118話 面会のお誘い

 年の瀬の王都は、思いの外静かであった。

 国中から貴族が続々到着しているし、年始に向けた準備で住民も忙しなく動いているので、当然街自体に活気はある。

 しかしクリスマスから正月まで、宗教観無視でお祭りのようになる日本の年末年始に慣れている勇には、今一つ物足りない。


「お祭り騒ぎになるのは年が明けてからだな。新しい年が来たのを祝う巡年祭が一日から始まるだろ? で大評定の会議が三日まであって、四日には叙爵、陞爵なんかの褒賞発表とお前も当事者の婚約、結婚承認と発表がある。こっからが祭りの本番だな。

その翌日からがいよいよ御前試合だ。三日かけて優勝者を決める。で、一日休息日を入れて王都近辺での合同討伐演習が一泊二日で行われる。この演習の帰還ついでに騎士団全員で凱旋パレードをやるのがフィナーレだ。この十日間が、王都が一年で一番盛り上がる巡年祭期間ってわけだ」

 宿泊する宿へと足を進めながら勇が疑問をぶつけると、隣領の当主ダフィド・ヤンセンが教えてくれた。


「なるほど。年明けからお祭りが始まるんですね。私のいた所では、年を越しながら夜通し騒いで、そのまま神社、こちらで言う教会なのかな? そこへ新年のお祈りに行くのが定番でしたよ」

「へぇ、年を越しながら騒ぐって習慣は、こっちにゃあねぇな」

 そんな取り留めもない事を話していると、商業街と貴族街の境あたりにある貴族向けの宿へと到着した。


 マレイン・ビッセリンク伯爵は、流石に上級貴族だけあって王都に別邸を構えている。

 しかしクラウフェルト家やヤンセン家は、羽振りが良い訳ではないので、王都へ来た時は宿に泊まるのが当たり前だった。

 この辺りは、そうした貴族向けの宿が集まっている場所で、数日前からひっきりなしに馬車が到着して賑やかだ。


「お帰りなさいませ。クラウフェルト様、ヤンセン様。馬車旅お疲れ様でございました」

 クラウフェルト家もヤンセン家も毎年同じ宿に泊まっているため、いらっしゃいませではなくお帰りなさいませだ。


「やあ主人、今年も世話になる。それとつい先日娘がついに婚約してね。大評定で報告するため婚約者と共に同伴してるんだ。今後は王都に来る事もあると思うから、よろしく頼むよ」

「それはそれは! ご婚約、誠におめでとうございます!」

「イサム・マツモトです。以後お見知りおきください」

「これはご丁寧にありがとうございます。“銀龍の鱗”で主人を務めております、グレンデルと申します。マツモト様、王都へいらっしゃった折には是非お立ち寄りくださいませ」

 互いに自己紹介をすると、主人のグレンデルが深々と頭を下げた。


「ああ、クラウフェルト様。ご伝言を承っております。こちら、ご確認の上間違いなければ受け取りにサインを頂戴したく」

 チェックインをすますと、セルファースはグレンデルから二通の封書を受け取った。

 紋章を模った蝋封がされているところ見ると、どちらもどこかの貴族家からのものだろう。


「ありがとう。この紋章は……イノチェンティ辺境伯閣下のもので、こちらは……。む!? シャルトリューズ侯爵閣下から!?」

 紋章を確認したセルファースが驚きに声を上げたが、すぐに内容の確認に移る。

 宛名が確かに自分宛である事を確認して、まずはイノチェンティ辺境伯からの封書を開封する。


「ふむ……。確かに辺境伯閣下から我々に宛てられた書状に間違いない」

 内容を確認したセルファースがひとつ頷いて封書を懐へしまう。


「……これも自分宛ではあるが、正直まったく理由が思い浮かばないね」

 もうひとつも確かに宛名は自分宛であるのだが、これまでほとんど接点のない高位貴族であるため心当たりが全くないので、困惑しながら書状に目を通す。


「……なるほど。これもシャルトリューズ閣下から我々宛に間違いない。受け取りにサインをしよう」

「ありがとうございます。夕食はどちらでお摂りになりますか?」

 書状を確認したセルファースが受け取りにサインをすると、グレンデルが確認をしてくる。

「そうだね。今日は部屋で取るから、部屋まで持ってきてくれ」

「かしこまりました。後ほどお部屋でご準備いたします」


 受付を後にして、今日からしばらく宿泊するフロアへと移動する。クラウフェルト家が三階、ヤンセン家が四階だ。

 事実上に貴族か大店の商会専用のこの宿は、部屋単位ではなくフロア単位貸し切りでの宿泊となる。


 リビングとダイニング、応接室を備えたメインルームを中心に、複数のベッドルームとコネクティングルームが備えられている。

 護衛の騎士達全員が泊まる事は出来ないので、カレンベルク伯爵領へ行った時のように、警護当番以外の騎士達は近隣の宿に泊まる予定だ。


 三階でヤンセン家一行と別れたクラウフェルト家一行は、リビングに集合した。先程の書状の件も含めて、大評定までの予定を話し合わねばならない。


「ふぅ。ようやく到着したと思ったら、まさかの人物からお手紙が来ているし……。まったく、息つく暇もないねぇ」

 ソファにどかりと腰掛けたセルファースがため息交じりに零す。ダイニングでは、アンネマリー付の侍女頭カリナがお茶の準備を始めた。


「イノチェンティ閣下からの書状はなんとなく察しがつきますけど、シャルトリューズ侯爵閣下でしたっけ? どのような方なんですか?」

 カリナがお茶を淹れてくれたのを見てから、勇が早速話を切り出す。


「シャルトリューズ侯爵家は、王都の南東にある半島を領地に持つ侯爵家だね。氷の侯爵家として有名だ」

「氷の侯爵家ですか?」

「そうだよ。シャルトリューズ領には氷の魔石を産出する鉱山があってね。それを中心に栄えているんだ」

「氷の魔石……。という事は、新型冷蔵箱絡みのお話ですか?」

「はっきりとは書いていないが、ウチの作った新型冷蔵箱のおかげで、氷の魔石の販売量が増えたから感謝したい、というような事が回りくどく書いてあったよ。ああ、そうだ。ルドルフ、今のうちにイノチェンティ閣下とシャルトリューズ閣下に書状を届けてくれ。イノチェンティ閣下には明日の午後に、シャルトリューズ閣下には明後日の午後に伺いたいとな」

「かしこまりました。早急に手配いたします」

「頼んだ」

 セルファースの指示をうけてルドルフが部屋を後にする。


「もう夕方近いですけど、大丈夫なんですか?」

 いくら向こうから会いたいという書状があるとは言え、辺境伯に侯爵だ。すぐに会えるとは思えず勇が問いかける。

「ああ、おそらく大丈夫だろう。辺境伯閣下の書状には、当日の依頼であっても時間を取ると書いてあったし、シャルトリューズ閣下からも新年まで午後は時間がとれるよう調整しておく、とあったからね」

 勇の問いに肩をすくめながらセルファースが答える。


「それって……」

「うん、普通はあり得ない。要はいつ来ても良いという話だから、格下の貴族家に対する対応じゃあないよ」

「やっぱりそうですよね……。じゃあなんで??」

「うーーーーん、なんとも言えないなぁ。辺境伯閣下はまぁ特に裏は無いと思うけど、シャルトリューズ閣下はほとんど話したことも無いからねぇ」

 お手上げとばかりにセルファースが万歳しながら、仰向けにソファへ倒れ込んだ。


「まぁ、お会いしてみない事には分からないって事だね。考えても仕方が無いから、今日は食事を摂ってゆっくり休もう」

 結局考えても始まらないので、この日は部屋で食事を摂って、長旅の疲れを癒すべく早めに就寝する一行だった。


 翌朝、遅めの朝食を部屋で摂っていると、立て続けに来客を告げる呼び出しがあった。

 辺境伯、侯爵から、今日明日の訪問を了承するという返答の使者だった。


「ね。大丈夫だったでしょ?」

 驚く勇に、乾いた笑いを浮かべたセルファースが言う。

「もっとも、逆に大丈夫だったからこそ、内容が怖いんだけどねぇ……」

 乾いた笑いを浮かべたまま、セルファースはそう言って天井を仰いだ。

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