第8章:臥龍 飛び立つ

第116話 王都へ向けて

 メンバー発表後から出発までの期間は、チームメンバー間の連携を上げるための訓練に費やされることになった。

 残念ながら選出に漏れてしまった騎士達も、腐ることなく仮想敵役として一泡吹かせてやろうと意気込んでいる。


 勇も、セルファース、ニコレット、アンネマリー、ディルーク、そして織姫と共に、御前試合の仮想敵役パーティーを組んで訓練に参加していた。

 魔力量は少ないながら世界最高威力の旧魔法を操る勇、その薫陶を受け旧魔法の習得著しいアンネマリー、さらには森の魔女ニコレットという強力な後衛メンバーは脅威でしかない。

 しかもそれを守る前衛が、領主ながら最前線で今も戦い続けるセルファース、未だ騎士団一の腕前を誇るディルーク、そして強さも可愛さも一騎当千の織姫という理不尽極まりない陣容だ。


「いやいやいや、ぶっちゃけ僕らより強いじゃないですかーーっ!?」

 勇が放った岩拳ロックフィストを、前衛の前に風壁ウィンドウォールを作って防ぎながらハーフエルフの騎士ユリシーズが叫ぶ。


「お嬢様が容赦無さすぎるっ?!」

 勇の岩拳ロックフィストが防がれたと見るや、氷弾アイスブリットで再び弾幕を張るアンネマリーに、マルセラが炎防壁フレイムシールドで対抗する。


「くっ、さすが奥様……、数が多い!」

 その上を飛び越して降り注ぐニコレットの焔矢ブレイズアローを、リディルが水球ウォーターボールをバラ撒いて迎撃する。


「ぬぅ、団長と言えどそう易々と行かせませんぞっ!!」

「ぎゃー、オリヒメ先生がガチっす!? でも可愛いっす!!」

 その隙を突き側面に回り込んできたディルークと織姫を、対物理盾“シャオマオタイプ1”で抑え込みにかかるミゼロイとティラミス。


「くっ、団長は分かってましたが、領主様ご一家の戦力がここまで底上げされているとは……」

 前衛後衛の間に位置取り戦況を見ていたフェリクスが、思わずそう零す。


 元々領主家の母娘は魔法が得意であったが、勇から旧魔法を教えてもらい大化けしている。

 その勇本人も、土魔法を中心にこれまで誰も見向きもしなかったマニアックな魔法を本来の力で使ってくるので、相当に質が悪い。最近そのレパートリーも増える一方だ。

 今も岩拳ロックフィストが防がれたと見るや、煉瓦生成クリエイトブリックという魔法で、ミゼロイとティラミスの足元に数個の煉瓦を生み出すことでバランスを崩す事に成功していた。


 この一戦は、結局その煉瓦生成クリエイトブリックによって前線に綻びが出たフェリクスチームが押し込まれて敗戦となった。


「イサム様の魔法はいつもズルいっす!! まさか煉瓦踏んで転んで負けるとは思わなかったっすよ!?」

 織姫の猛攻を必死に防いでいる状況で、急に足元に煉瓦を置かれたら避けようがない。

「はっはっは、足元がお留守になってたからね」

 ティラミスの悔しそうな言葉に、勇は楽しそうにそう返す。

 実はこの、“いつか言ってみたかった台詞”を言うためにこの魔法を覚えた勇だった。


「うん、イサムは実に魔法の使い方が上手いよね。煉瓦生成クリエイトブリックなんて、知ってても戦闘に使う人なんてまずいない。皆も、固定観念にとらわれず、どう使うのが一番効果的なのか色々試してみよう。工夫すれば、今みたいに数個の煉瓦でだって戦況を変えられるんだからね」

「「「「「はいっ!」」」」」

 セルファースの総評に全員が真剣な表情で頷く。


 こうして、出発までの期間でより内容の濃い鍛錬を積んでいくのだった。



 王都への出発を翌々日に控えた12の月の20日。

 クラウフェルト子爵邸に、一目で貴族家の物と分かる紋章入りの馬車が二台停まっていた。

 寄親であるビッセリンク伯爵家のものと、その伯爵家を同じ寄親にしているヤンセン子爵家のものだ。


 同じ道を使って王都へ移動するため、領都どうしが近いこの三家は毎年キャラバンを組んで移動するのが通例だった。

 もっとも今年は、少し違う理由もあっていつもより一日早い到着となっているのだが……。


「なに? オリヒメの爪痕を刻んだ鎧だと?」

「おいおいおい、なんだよその楽しそうな鎧は?」

 マレイン・ビッセリンク伯爵とダフィド・ヤンセン子爵、両当主が食いついているのは、御前試合で着る例の“にゃふ痕鎧”だった。


 そう、当主二人の目的は織姫だった。いかに領都が近いとは言え、領主が軽々に領地を離れるわけにはいかない。

 大評定という免罪符を手に入れた両当主は、“アンネマリーと勇の婚約を祝う”事を理由にこれ幸いといつもより早く領地を発っていた。

 いいおじさん領主二人が、猫に会うために理由を付けて前乗りしていると聞いたら、国王陛下も開いた口が塞がらないに違いない。


 もちろん、到着早々アンネマリーと勇の婚約についても大いに祝福してくれた。

 しかし事実上決まったようなものとは言え当主の長子の婚約なので、国王陛下の承認前に何か物を贈ったりする事も出来ず、早々に話題は織姫に移って先程の台詞だ。


「今回の大評定ですが、我々は大きく二つの目的があります。一つは言うまでも無くアンネとイサムの婚約の承認を得る事。そしてもう一つが、御前試合と討伐演習で、我が領の騎士団の圧倒的な強さを誇示する事です……」

 セルファースが両当主の目を見ながらそう告げる。

「ほぅ……」

「なに?」

 マレインが目を細め、ダフィドの片眉が吊り上がる。


「その上で……。イサムの能力スキルについて公表しようと考えています」

「む。ついに公表するか……」

「公表? どういう事だ? 魔法を効率よく使える能力スキルじゃないのか?」

 数少ない勇の能力スキルの全容を知っている人間であるマレインが唸り、まだすべてを知らされていないダフィドが首を捻る。


「ダフィには、いやマレイン閣下以外には、まだ誰にも話していなかったんだがね……。イサムは一部の魔法陣を読めるし、それを基に新しい魔法陣を描く事が出来る」

「なんだと!?」

「さらに、魔法語の意味も分かるから、旧魔法が使える」

「……旧魔法!?…………マジかよ」

 ダフィドの声が裏返り、その後沈黙した。


「ああ、本当だとも。この前の魔物騒動の時に我々が使っていた剣は、全てイサムの手による魔剣だよ」

「そうか……そういう事か。ディルークとミゼロイでオーガを仕留めたっつうのも……」

「魔剣の恩恵は大きいだろうね。もちろんあの2人の腕があってこそ、だけどね」

 セルファースの返答に、ダフィドは黙って頷き続きを促す。

 

「それ以降もいくつか魔法の武具を作っていてね。それらの一部を活用して、御前試合は圧勝を目指すつもりなんだ。で、どうせだったら一目でウチの騎士だってことが分かるようなマークを入れようと言う話になったのさ」

「なるほどな……。手を出される前にクギを刺しにいく、か……」

 マレインが腕組みをしたまま呟く。


「確かにお前んとこの騎士達は強かったが……。御前試合で圧勝するってのはよっぽどだぞ?」

 ダフィドも自ら先陣を切っていく現場好きなタイプで、若かりし頃は御前試合にも出ていただけに、そのレベルは良く知っている故の心配だろう。


「だろうね。でも、今の彼らなら大丈夫だと思っているよ。なんだったら試してみるかい?」

 同じくそのレベルを知っているはずのセルファースが、問題無いと踏んでニヤリと笑う。


「……いいだろう。6対6でいいんだな?」

「ああ、かまわない」

 こうして、クラウフェルト家騎士団とヤンセン家騎士団による模擬戦が、急遽執り行われる事になった。



「おい……、なんなんだこの強さは…?」

 明後日からの移動に差し支えないように寸止めによる模擬戦を三戦行なったのだが、結果はクラウフェルト騎士団の圧勝だった。

 ほとんど良いところ無く敗れたことに、ダフィドが驚愕する。

「ふふ、どうだい? これなら心配はいらないだろ?」

 セルファースがダフィドの肩をポンポンと叩く。


「ああ。しかもこれでまだ使ってない魔法具もあるんだろ? やれやれ、お前んとこの婿養子は人畜無害そうな顔しておきながらえげつないなぁ、おい」

 これ以上無く渋い顔で、ダフィドが勇を評する。

「はっはっは、凄いだろ、ウチの婿殿は」

 セルファースが嬉しそうに答える。

「この上で旧魔法を使いこなすっつうんだから反則だぜ。迷い人がすげぇって話は嫌って程聞いてきたが、やっと実感したぜ」


「まぁイサムは、多分その迷い人の中でも最強クラスだよ。個人としての戦闘力で言ったらそうでもないだろうけど、魔法具然り旧魔法然り、周りに与える影響が計り知れないね」

「違いねぇな……」

 降参だとばかりに、小さく両手を広げてダフィドが首をすくめた。


「それにしても、オリヒメのあの強さはどういうことだ? 可愛い上に強いなど反則ではないか」

 模擬戦を観戦していたマレインは、その結果にも驚いていたが、メンバー入替で一度参戦した織姫の戦いっぷりに舌を巻いていた。

「あのイサムの使い魔、いやイサムの言葉を借りれば家族ですからねぇ。しかも女神様の覚えもめでたいらしいですよ?」

「女神様の? どういうことだ?」

 唐突に出てきた女神様と言う単語に眉を顰めるマレイン。


「先日教会で、婚約の儀を行なったんですよ。で、ここの教会は閣下もご存じの通りオリヒメ殿を祀っていますよね?」

「ああ。あのご神体はとんでもない出来の良さだ」

「お祀りしたせいかどうかは分からないのですが、婚約の儀の際に女神様のものと思われるお声が頭に直接響いたんです。その結果、なんとオリヒメ殿の紋章まで婚約証明に記されたのです。だったよね、イサム」

「ええ。あれには驚きましたね……。ああ、こちらがその婚約証明と姫の紋章です」

 勇がそう言って懐から取り出した婚約証明をマレインに手渡す。


「こ、これは……っ!?」

 受け取った婚約証明を持つマレインの手がぷるぷると震えている。

「結婚証明の再発行の条件はなんだったか……。いや、この際一度妻と別れて又すぐ結婚するか? だがしかし……うぅぅむ」

 何事か真剣に悩んでいると思ったら、ロクでもない事を口走っているのが勇の耳に入ってきた。


「……マレインさん、後で姫に前足のスタンプがもらえないか聞いてみましょうか?」

 居たたまれなくなった勇が、マレインに尋ねる。

「なに? それは真か??」

 婚約証明から顔を上げ、ギロリとイサムを見やるマレイン。

「え、ええ。押してもらえるかどうかは姫次第なので、確約は出来ませんけど……」


「フフ、かまわぬよ。オリヒメが拒否するならそれはいたしかたあるまいて。そうか、前足のスタンプか……フフ」

 確約が無いにもかかわらず上機嫌になるマレイン。

 これは拝み倒してでもスタンプを貰うしか無いなと勇が苦笑していると、もうひとりのおじさんが口を開く。


「ちょっと待て。マレイン閣下だけなのか? 俺には無いのか??」

 いい年してお菓子で揉める幼い兄弟のような事はやめてもらいたいのですが、と喉まで出かかった言葉を飲み込む勇。

「……分かりました。姫に聞いてみます」

 勇が答えると、満足そうにダフィドが大きく頷いた。


 その後勇が拝み倒したところ、

「にゃっふぅ……」

 と盛大な溜息をつきながらも翌日織姫は、二人のおじさんのためハンカチにスタンプを押してあげるのだった。


 そんなこんながありながら迎えた12の月の22日早朝。

 領都に残るニコレットに見送られ、勇たちは3貴族家計20台近い馬車による大キャラバンを組んで王都へ向けて出立した。

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