第115話 準備完了!

 馬車に対しての改修は、まず衝撃緩和の魔法陣を組み込むことから始めた。

 最初に試したのは、シンプルに板バネへの魔法陣の組み込みだった。

 しかし、板バネに加えられる衝撃を緩和してしまった事で、バネの伸縮自体阻害されてしまい失敗に終わった。


 そもそも板バネのサスペンションには大きく二つの役割がある。一つは衝撃の吸収で、もう一つは路面の凹凸による傾きの緩和だ。

 前者にフォーカスしたことで後者がないがしろになってしまった形である。


 そこで、板バネへ直接魔法陣を組み込むことはやめて、車体との接合部分へと組み込んだ。

 これまでは、バネが吸収しきれない強い衝撃が加えられると、車体との接合部分に板バネの下側が衝突してしまい、かなりの突き上げがあった。

 その突き上げを防ぐ狙いである。


 替わりに、魔物素材を巻いた車輪のホイール部分に魔法陣を組み込んだ。地面から伝わる衝撃を、発生源に一番近い所で抑えようというのだ。


 果たしてこの組み合わせは、劇的な効果をもたらした。


 ・まず魔物素材が、ある程度の衝撃を抑えつつ細かな段差を吸収

 ・そこで抑えきれなかった衝撃を、ホイールの魔法陣で分散吸収

 ・車体の傾きは、これまで通り板バネである程度吸収

 ・ホイール、板バネで抑えきれない突き上げは、車体下に組み込んだ魔法陣で吸収


 という各パーツの連携がバランスよく発揮された結果である。


 その後試走を繰り返したところ、ホイールの魔法陣の魔石消費が相当早い事が分かった。

 常に発生する衝撃を吸収し続けているのだから、考えてみれば当たり前である。


 そこで、軽微な衝撃には反応しないように閾値を設ける事にした。

 ある程度までの衝撃であれば、魔物素材タイヤと板バネで軽減できているので、何も全ての衝撃を吸収する必要はない。

 この修正のおかげで、1日程度であれば魔石交換無しで走れる程度まで魔力消費を抑える事に成功した。

 また、消費が激しかったのは無属性の魔石の方だけで、光の魔石の方はそもそも減りが小さかったので、子爵領的にはさほどランニングコストを気にすることなく使えるのがありがたかった。


 最終チェックをした日は、陽が落ちる頃まで馬車を走らせていたので、衝撃を受けて光るホイールは非常に目立っていた。

「しかしコイツは夜に走ると目立つじゃろうなぁ……」

 それを見たエトが思わず呟く。

 これまでは明るい時間に走らせていたのであまり気にしていなかったのだが、周りが暗くなると弱い光と言えど目立つ。


 何かで覆うなりして隠すことを勇は提案したのだが、エト以外のチームオリヒメメンバーから

「カッコイイのになぜ隠すのか。そもそも夜に走る事などほとんど無いのだから、このままで良いのではないか?」

 と反対をくらったため、光ったまま実働する事が決まる。


 この決定により、クラウフェルト家の馬車は“光る馬車”と呼ばれることになるのだが、それはまだ先の話である。



 馬車の足回りの改修を終えた頃には12月に入り、随分と冬らしい気候になっていた。

 寒い北の地域では、もう少しすると雪が降り始めるため、大評定に向けて今頃から移動を始めるのが通例らしい。

 幸いクラウフェルト領はほとんど雪は降らないため、まだ移動しなくても大丈夫との事だ。


「う~~ん、雪が降らないとは言え寒いことには変わりないですね……」

 野外演習場で行われている騎士団の演習を見学に行った帰りの馬車で、勇が呟いた。

「随分寒くなってきましたからね。馬車の中だと動けないので、風は除けられても冷えますね」

 隣に座っているアンネマリーが頷きながら答える。ブランケットを膝にかけてはいるが、寒そうだ。

 そっと手を取ってみると、指先まで冷たくなってしまっている。


「大評定に向かう時は、馬車に乗りっぱなしになりますよねぇ……。よし、何かしらの暖房器具を取り付けましょう!」

 アンネマリーの手を自分の手で温めながら、勇が笑顔で言った。

 こうして、馬車への暖房器具導入計画がスタートするのであった。


 車両における暖房器具と言うと、真っ先に思い浮かぶのがエアコンだろう。

 繰風球を手に入れたことで、ファンヒーターのような物が作れるはずなのだが、気密性の低いこの世界エーテルシアの箱馬車では効率が悪そうだ。

 それに何より勇は、あの暖房を入れた時のなんとも言えない暑苦しさが苦手なのだ。広い部屋だったり全館空調のような物なら良いのだが、狭い車内だと気分が悪くなる可能性が高い。

 なので、早々にエアコンタイプのものは見送る事にする。


 次点はシートヒーターあたりだろうが、どうせなら、という事で思い切って遊んでみる事にする。


「……これはイカン、イカンぞ、イサム。とんでもないもんを作りおって」

「はー、ここが馬車の中とは思えないね……。快適過ぎてずっとここにいたいよ」

「動きたくなくなりますね、ここに入ってしまうと……。オリヒメちゃんが出てこない理由がよく分かります」

「なぁふぅ」

 エト、ヴィレム、アンネマリーそして織姫を骨抜きにしているのは、馬車の座席に座ったまま入れるコタツだった。


 伝統的な座卓タイプのものも考えたのだが、馬車の中で床に座るのも危険そうだし、靴を脱ぎ履きするのも手間だ。

 せっかくボックス席タイプの座席になっているので、足の長い座って入るタイプのコタツを作って持ち込んだのだった。

 織姫用にすでに1台作った後だったので勝手はわかっている。

 半日程度で作り上げつつ、織姫用のこたつ布団を作ってくれたアンネマリーに大きなサイズのものを依頼、それが完成したので試しに入っているという訳だ。


 ちなみに足が長く空間が広いので、天板の裏と床面の両方に熱源を配置した贅沢仕様である。


「こいつは悪魔の魔法具じゃな……。イサムの言う床に座って使うタイプだったら、間違いなく横になって出られなくなっていたとこじゃ」

 そう言いながらも、背の低いエトは徐々に座席の上で横になりつつあった。


「う~~ん、ちょっとトイレに行きたくなってきたけど出たくない……。誰か代わりに行ってきてくれないかな?」

 ヴィレムは、代わりに行ったところで何も解決しない事に気付いたほうが良いだろう。


「イサムさん、これ身動きが取れなくなる呪いをこっそり仕込んでたりしませんよね?」

 アンネマリーは中々に恐ろしい事を言う。そもそもそんな呪いは初耳だし、魔法具で呪う事が出来るのかも甚だ疑問だ。


「すぴぃ……」

 座席に寝ころんだままこたつ布団をかけてもらっている織姫は、完全に夢の中だ。しかもヘソ天である。


「あーー、気に入っていただけて何よりですが……。そろそろ出てくださいね? あくまで試験なので」

「「「えーー」」」

 生まれた時からコタツがある日本人でさえ抜け出すのには相当な精神力が必要なのだから、コタツ初心者が抜け出すのは至難の業なのだろう。

 勇は、どれだけ頼まれても、家庭用のコタツは作るまいと心に誓った。


 人をダメにする馬車の話は、瞬く間に関係者の耳に入り、王都へ向かう全ての馬車にコタツの導入が決まった。

 騎士団の馬車などは座席タイプでは無いため、床暖房のような形で導入されている。

 この馬車で移動できる事が大評定随行メンバーの特典に加わった事で、また一段と騎士団のレギュラー争いに拍車がかかるのであった。


 そして王都へ向けて出発する予定日の五日前、ついに王都行きのメンバー及び御前試合に出るメンバー6名の選考が終わった。

 今日はその発表日となっており、騎士団全員が館に併設されている練兵場に整列していた。


 ちなみにおよそひと月に渡って鬼気迫る勢いで鍛錬に励んだことで、新兵装に対する練度が格段に上がっただけでなく、素の戦闘力までもかなり上昇しているとは領主セルファースの談だ。


「それではまず、御前試合のメンバーを発表する!」

 セルファースの声が練兵場に響く。

 普段であれば、ここは騎士団長であるディルークの仕事なのだが、今回は彼も選ばれる側という事でセルファースの登場と相成った。


「チームリーダーは……フェリクス、お前だ」

「ははっ! 謹んで拝命いたします!」

 フェリクスが一歩前へ出て敬礼をする。

「なお、成績順ではディルークが首席であったが、当人の希望でこれを辞退、サブメンバーに回るとの事だ」

 セルファースから付け加えられた一言で、一同にざわめきが広がった。


 御前試合のメンバーは、負傷者が出た時などのために2名までサブメンバーを登録する事が出来る。

 ディルークはあえてそこに回るという事らしい。


「何、私は討伐演習の指揮やらもあるからな。御前試合だけに集中する訳にはいかんのだ。普段であればそれでも良かったのだが、今回は絶対に優勝せねばならぬからな……。フェリクス、頼んだぞ」

「はいっ! お任せくださいっ!!」

 理由を説明したディルークが、フェリクスの肩を叩いた。


「では、残るメンバーは私の方から発表しよう」

 自分の処遇を発表したことで、ディルークがセルファースの後を引き継いで発表する。


「ミゼロイ」

「はっ」

「リディル」

「はいっ」

「マルセラ」

「よっしゃ」

「ティラミス」

「っす!?」

 ティラミスの名前が呼ばれた事で、再び一同にざわめきが走る。本人も少々驚きの表情だ。


 彼女は、良くも悪くも実力は中位といったところだったので、それも当然だろう。

 今回、御前試合メンバーに選ばれると“にゃふ痕付鎧”を着ることが出来ると聞いて、死ぬ気で頑張ったのだという。

 同じくにゃふ痕獲得に燃えるミゼロイに教えを請い、騎士団の練習後は勇たちの研究所の裏庭で自主練に励んでいたのを、勇は毎日のように見かけていた。

 その甲斐あって、見事メンバーの座を射止めたのだった。


「次、ユリシーズ」

「はいはい」

 次に呼ばれた名前に、またしても一同がざわめく。

 勇も最近までは、名前と顔が一致しなかった騎士の一人だったのだが、演習に向けて旧魔法を教えていくうちに顔を合わせる機会が増え、今ではすっかり見知った騎士の一人になっていた。


 ユリシーズは、人間の父親とエルフの母の間に生まれた、いわゆるハーフエルフだ。

 この世界のエルフも、人間より寿命が長く魔力が多い傾向にある。

 子供が出来にくい体質なので、あまり多くはないのだが、エルフは別に森の奥に引き籠って生活している訳ではないので、大きな街ならチラホラ見かける事があった。


 ユリシーズも母親の血を引き継いだのか、生まれつき魔力量が多かった。

 それに加えて弓が得意だったため、騎士団に入れたのだと本人は言っていた。

 入団当時で既に森の魔女の異名をもつニコレットと変わらないくらいの魔力量だったとの事なので、今では超えているだろう。


 そんなユリシーズだったが、入団してから伸び悩んだ。

 魔力量は多いのだが、どうにも上手く魔法が使えなかったのだ。

 その分弓の腕を磨きカバーしてはいたが、弓に関しては彼より上手なものが何人かいるため、次第に埋没していったのだ。


 それが、勇に教えてもらった旧魔法のおかげで、魔法の才能が一気に開花した。

 意味の分からない言葉を並べて発動する魔法にどうしても違和感を拭いきれずに、魔法が上達しなかったユリシーズにとって、意味を教えてもらえたのはまさに水を得た魚のような物だ。

 現実化させる事象に対するイメージ力もかなりのもので、見る見るうちに旧魔法を習得、持ち前の魔力量を活かし、一気に魔法騎士の仲間入りを果たした。


 勇が加わった事で生まれ変わりつつある新生騎士団の、象徴のような騎士がユリシーズだったのだ。


 飄々とした性格の彼は、仲間から祝福される中

「まぁ僕もやる時はやらないとねぇ」

 と言って平静を装ってはいたが、その表情はとても嬉しそうだった。


「もう一人のサブメンバーは、今後何が起きるか分からないので、御前試合の登録前日まで空白としておく。では、続いて随伴メンバーの発表を行う」

 こうして随伴するメンバーも発表され、いよいよ王都へ向かうための準備が整うのだった。

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