第114話 新兵装と騎士団

 勇とアンネマリーの婚約の儀が行われた翌日、騎士団に対して両者の婚約が発表された。

 大いに沸いた騎士団であったが、それは両者の婚約だけが理由ではない。


「聞いたぞ、フェリクス。ついにイサム様が能力スキルについて公表するとか?」

 騎士団の訓練所で訓練に混ざっていたフェリクスに、騎士団長のディルークが声を掛ける。

「ああ、団長。その通りです。もっとも公表できるかどうかは、我々騎士団の肩にかかっていますがね……」

「フフフ、そうだな。次期領主様は、ホント人をのせるのがお上手だよ。あんな話を聞いて、やる気にならない騎士などいるはずが無い……」

 ディルークもフェリクスも、そう言いながらニヤリと笑みを浮かべる。楽しみでしかたが無い、そんな表情だ。


 ディルークの言う“あんな話”とは、先日勇が能力スキルを公表する条件として挙げていた、御前試合、合同演習において子爵家騎士団の強さを証明する事に他ならない。

 婚約の発表と同時に、それらの話が一緒に騎士団に伝えられたのだった。しかも、それに向けていくつもの新しい魔法具を準備すると言うではないか。

 ここまで期待とお膳立てをされて燃えない騎士などいないだろう。これで無様を晒そうものなら、二度と騎士を名乗る資格など無い。


 大評定は年が明けてすぐ。移動も考えると残された期間はおよそ一ヶ月といったところか。

 騎士達は、来るべき晴れの舞台に向けてこれまで以上に厳しい鍛錬を開始するのだった。


 そして婚約が発表されて1週間後、騎士達の士気をさらに高める発表が行われた。


 大評定に付き従う騎士の上限は、全体の半数である25名だ。領主が出張するとは言え、全員を連れて行ったのでは自領の警備が手薄になり本末転倒だ。

 今回は勇とアンネマリーも同行するため、チームオリヒメの専属護衛である4名の騎士の参加は自動的に決定している。団長のディルークも全体の指揮を執るため参加決定しているため、残る枠は最大で20名だ。

 王都行きでさえ二人に一人の狭き門なのだが、6名によるチーム戦で行われる御前試合のメンバーに選ばれるとなるとさらに門が狭まる。

 そんなプラチナチケットを巡って熾烈な争いが繰り広げられる中、勇の思い付きによってそれは突如発表された。


「御前試合って6名対6名のチーム戦じゃないですか? 折角なので、一目でチームだと分かるマークを鎧に入れたら面白いんじゃないかと思って、こんなものを試作してみたんですけどどうですかね?」

 そんな事を言いながら、勇が偶々居合わせたディルークやミゼロイに見せたのは、斜めに走る金色の四本線が胸当てに刻まれた鎧だった。

「こ、これはひょっとして先生の……!!!」

 一目見てミゼロイが絶句する。


「あはは、流石ミゼロイさんですね。ええ、姫にお願いして薄く爪痕を付けてもらい、そこに金色の魔法インクを流して固めてみました。肩には子爵家の紋章がもう入ってますから、胸に入れてみたんですよ。ほら、姫の爪ってなんでも斬っちゃうじゃないですか? あらゆる困難を切り裂くとか、未来を切り開く、とかそんな意味を込めてるんですよ」

 嬉しそうに説明する勇。

「先生の爪痕を鎧に刻んでいただけるとは……」

 ディルークが説明を聞いて唸る。


「そうそう、小さく右下に姫の紋章も刻んでいます。私達の婚約証明に押してあるのと同じデザインなんですよ?」

「な、なんと先生の紋章まで!? 素晴らしい……。この鎧を着たら負ける気がしません。いや、負ける事は許されないでしょう……」

 ミゼロイなど涙を流して喜ぶ始末だ。


「これを御前試合に出る人の鎧に刻んだらどうかと思ったんですけど、どうですかね?」

「「やりましょう!!!」」

 食い気味に騎士2人が返答を返す。

 こうして文化祭のチームTシャツを作る気軽なノリで勇が提案した、織姫の爪痕(通称“にゃふ痕”。織姫が敵を斬った後に“にゃふぅ”と鳴く事から命名)入り鎧を着る案は即時採用される。

 いつの間にかその鎧を着るのが子爵家騎士団最高の誉れだという話になり、騎士団の訓練の厳しさに拍車がかかるのだった。


 後日その話を聞いたセルファースは

「当主の僕のサインを入れたって絶対そんな事にはならないよ……」

 と少々ショックを受けていたとの事だった。


 熱のこもった訓練を開始して十日ほどたった頃、ついに量産化した新魔法武具がロールアウトした。

 対物理攻撃用盾のシャオマオタイプ1と、対魔法用マントのシャオマオタイプ2だ。


 御前試合や合同演習では当然これらをフル活用する事になる。

 早く慣れる必要があるため、早速シャオマオシリーズを装備しているチームとそうではないチームに分かれて紅白戦が行われた。

 数戦戦ったらブリーフィングを行い、装備を入れ替えて再び数戦戦う、というのを繰り返して練度を上げていく。


「タイプ1と言えど全ての攻撃を防げる訳ではない! 特に突きに対してはほとんど今の盾と変わらん。正面から受けるなよ!! 道具に使われるな! 使いこなせ!!」

「タイプ2で確実に防げるのは炎と雷だけだ。風も中級くらいまではいけるが確実じゃあない。マントを使うのか躱すのか、即座に判断しろ! 折角の魔法具も、使う奴次第だという事を肝に銘じろ!!」

 実戦さながらの紅白戦では、様々な指示や叱咤がディルークやフェリクスら指揮官から飛び交う。

 タイプ1も2も非常に強力な魔法具ではあるが、万能ではない。

 迂闊な使い方をしては逆に怪我をするし、使うのを戸惑っても宝の持ち腐れだ。訓練を積み重ねて使いこなしていくしかない。


 さらに五日後、今度は散魔玉と爆裂玉、そして雷魔法が付与された剣であるフェリス21型と槍タイプの22型がロールアウトする。

 爆裂玉は、範囲だけ実物と同じにした訓練用の物を用意できたが、21型と22型は魔法陣が読めないためデチューンできず、紅白戦では使わない事にした。


 まず紅白戦に散魔玉が投入されたのだが、それによってまた戦術が色々と変わってくる。

 こちらが使う事を想定した場合はもちろん、使われることも想定して訓練は行われた。

 御前試合では相手が散魔玉を使ってくることは無いのだが、万一相手に奪われてしまったときに慌てないよう、ある程度その対処法も考えておく必要がある。

 それに仕組み自体は単純なので、それほど時を待たず類似の魔法具が生まれるはずだ。先々の事も考えて手を打っておいて損は無いだろう。


「魔力に余裕があるんだったら、いっそのこと調整するのは諦めて広範囲で魔法を展開したほうが良さそうですね」

「そうだなぁ。どうせこの粉に引っ張られて範囲が安定しなくなるなら、多少誤差があっても良いように範囲を広げたほうが発動は速そうだな」

「地味に魔法具の稼働時間と威力が弱まるのも嫌らしいな。長期戦が想定されるとき、先に相手陣営に散布できればかなり有利になりそうだ」

「これは遠投用の投石器と組み合わせるか、風魔法に乗せて遠投しましょう。相手の魔法攻撃をかなり抑え込めそうですよ」

 魔法が得意な騎士達が、その効果や運用方法について意見交換をしては、運用方法を改善していく。

 魔法具を自領で生産している事と、何より細かい調整がすぐできる勇がいるからこその対応速度と言えよう。


 爆裂玉や21型、22型は、魔物の討伐演習で使用訓練が行われた。

 戦争ならまだしも、御前試合でこの威力の魔法具を使うわけにもいかないので、こちらのお披露目は合同討伐演習の時になるだろう。


「雷剣は、多数を一度に相手する時に便利ですね。触れるだけである程度無力化できるので、かなり楽に立ち回れます」

「雷槍はもっとえげつないかもしれません。なんせ振り回してるだけでも当たれば効果があるんで、間合いの長さがかなり活かせます。そして集団運用するともはや手に負えないレベルですね。接近戦では負ける要素がありません」

 

 とは兵士たちの声だ。魔物の討伐演習には騎士だけでなく兵士も参加している。

 勇とアンネマリーの婚約については伏せられているが、新たな魔法具を使った演習という事でこちらも士気が高かった。

 ちなみに雷剣は21型、雷槍は22型の事だ。フェリスシリーズも種類が増えてきたので、通称で呼ばれるようになってきている。


「爆裂玉はもう反則みたいなもんっすよ……。投げるだけで標準威力の複合魔法になるんすから」

「森ン中で使う時は音で寄ってくる魔物には要注意ですね。ああ、それと間違っても味方の近くに投げないよう、なるべく前列で投擲したほうが良い気がします」

「これは絶対敵には使われたくないですね……。だって全員が爆裂魔法が使えるのと一緒ですもん……」


 爆裂玉もかなりの効果が見込めそうだった。

 さらに早速工兵部隊によって、散魔玉と共に遠投するための投石器の改造が始められている。

 あまりに分かりやすく強力なので、合同演習時にどこまで使って良いものか、再検討と相成ったくらいである。


 こうして一通りの新兵装を実戦配備しながら訓練は続けられた。



 その一方で勇は、馬車に対物理魔法陣による乗り心地改善を行いつつ、母娘から言われるであろう魔法具改良を先回りして行っていた。

 そう、風呂の改良である。


「……お前さんは、定期的に風呂に手を入れておるの」

 裏庭に風呂馬車を持ち込んで弄っているのを見たエトが呆れる。

「あはは、まぁ私も風呂が好きですし、お義母さんもアンネも好きですからねぇ」

 そう言いながら改修箇所を勘案していく。


「で、今回はどうするつもりなんじゃ?」

「今回の改良は大きく2つですね。一つはシャワー用のタンクを無くすこと。もう一つはお湯の温度調節機能です」

 前回の改良でシャワーが使える給湯器もどきを作ったのだが、重力式なので上に貯水タンクを設ける必要があった。

 これが非常に大きく重いため、風呂馬車への導入は見送っていたのだ。


 以前ヴィレムのコレクションの中から読める魔法陣を発見した際に、水を生み出す単純な魔法陣は見つかっていた。

 ただ、肝心の水量を調整するパラメーター部分が欠損しており、いまいち使い勝手が悪かった。

 しかし、その後発見した魔力調整が出来る魔法陣を組み込むことで水量調整する目処が立ったため、今回の改良に使う事にしたのだ。


 タンクの替わりに水を生み出す魔法陣を組み込みつつ、無属性魔石を使った魔力調整で生み出す水量を可変式にする。

 さらに、温度を感知する魔法陣を組み合わせることで、湯温も可変式かつ一定に保てるよう改良を施した。

 ここまで来ると、ほぼ混合水栓の給湯器と変わらないレベルと言って差し支えないだろう。


 これで風呂馬車でもシャワーが使えるようになる。

 また重くてかさばるタンクから軽くて小さい魔石+魔法陣にしたことで、より高い位置に設置する事が容易になったため、重力式のシャワー水圧を一段上げられたのは嬉しい副次効果だった。


 馬車に対しても、二つの改良を行っている。

 一つは対物理魔法陣による衝撃対策だが、もう一つ。

 それは、冬の移動を快適にする装備の追加であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る