第110話 残っていた魔法具

 対魔法盾の試作品を使った模擬戦、と言う名の危険なごっこ遊びが終わり、反省会が行われていた。


「効果は非常に高いですが、かなり魔石の魔力消費が大きいですね」

「あー、それは私も思いました。開始早々2発連続でもらったら魔力切れを起こして大慌てしましたから……」

 リディル、マルセラの両名から同じ感想が出てくる。


「確かに。標準威力の魔法で、だいたい5発くらいが限界という感じですかね?」

 模擬戦を見ていた勇も同感だ。

 固定実験に使った後の残魔力を確認せず、そのまま模擬戦に使い始めたマルセラの盾が早々の魔力切れを起こしたため、急いで魔石を交換していた。


「それくらいですね。多分ですが、雷魔法の方が消費が激しい気がしますね」

「確かに……。同じくらい盾に当たってましたけど、私の盾の方が魔力が減るのが早かったです」

 模擬戦でもマルセラは火炎球ファイアボールを、リディルは雷力弾エナジーボルトだけを引き続き使用していた。


「ふむ。込めている魔力量は同じくらいなんですよね?」

「あくまで威力が基準なので魔力量は何とも言えません。私一人で両方試してみましょうか? それならだいぶ魔力量の誤差は無くなると思いますので」

 というリディルの提案を受けて、あらためて使われた魔法の種類による消費魔力の違いを調査してみる。


「ここまで違うと、割と明確に差がある事になるねぇ」

 結果を見てヴィレムが唸る。

「……判定基準に魔力の強さはありますけど、それ以外の基準が炎属性より雷属性の方が高いんですかね?」

 しばし考えて勇が仮説を口にする。


「そうなるだろうね。火炎球ファイアボール雷力弾エナジーボルトの違い、か。温度は火炎球ファイアボールの方が高いし……」

「展開速度の違い、でしょうか?」

 首を傾げるヴィレムと勇に、リディルが見解を述べる。


「展開速度とは?」

「魔法の種類にもよりますが、炎属性とか雷属性の魔法は、着弾地点を中心にして周りに効果が広がる魔法が多いのが特徴なんです。我々はそれを展開すると呼んでいるんですが、雷属性の魔法は、その展開速度と範囲が、光属性と並んで一番速く広いんです」

「なるほどねぇ……。それは十分に可能性がありそうだ」

 理論派らしいリディルの分析に、ヴィレムがうんうんと頷いている。勇も同様だ。

 話が理論的な方向へ向き始めたと悟った瞬間、マルセラは織姫と遊び始めており、どこから調達してきたのか猫じゃらしのような玩具を巧みに操っていた。


「見てた感じ、攻撃魔法が展開したのをほぼタイムラグ無く後追いしてたので、効果面積が広い程消費が多いのかもしれませんね」

「うん。その可能性が高そうだ。で、速度が速い場合、魔法の展開速度に追い付くのに時間がかかるから、対応しなくちゃいけない範囲が広くなるんだろうね」

「あーー、あの制御はそのためだったのか!?」

「あの制御?」

 ヴィレムと仮説を組み立てながら勇が何かに気付く。


「ええ。魔力量が一定以上だったり効果範囲が一定以上だったり、色んな条件が基準を超えると最大効果範囲で展開する制御が入っていたのを思い出しました。細かい威力調整を省くためのものかと思ってましたが、展開の速い魔法用のための制御だったのかもしれません」

「うん、そう考えても良さそうだね。そうか! アレもそういう事なのかっ!?」

「え、アレってなんですか?」

 今度はヴィレムが何かに気が付く。


「いや、例の雷の魔剣だよ。あれは確かに面白い効果だし魔物相手でも使えるけど、どうにも威力が中途半端だと思ってたんだよね。しかも効果をわざと体表面に集中させている。相手の殺傷、無力化が目的なら内部に叩き込んだほうが効率が良いのに。だから、暴動鎮圧とか殺しちゃいけない時に使うものなのかと思ってたんだけど……。こういう防具の対策用だったのかもしれないね」

「確かに! そもそもあの遺跡が軍事施設だとしたら、中途半端な暴動鎮圧用の武器が置いてあるよりよほど自然ですもんね」

 ヴィレムの仮説に勇も納得する。


「うん。相手側が先に魔法やら攻撃やらを無力化させるような防具を生み出した。こちら側も同様の防具開発を進めつつ、対抗するための武器も作っていた。ってところかなぁ」

「……。それを聞くと、かなり高度な魔法具が戦争に投入されていたことになりますね。それも少なくとも2つの国が同じようなレベルで……」

「いやはや恐ろしい話だねぇ、全く。イサムさんが味方かつ平和主義者で本当に良かったと、今あらためて痛感したよ……」

 小さくかぶりを振ってヴィレムがしみじみと言う。


「あはは、ありがとうございます。こういうパワーバランスが一気に壊れるような兵器は、使わないにこしたことは無いんですよね……。まぁ自分と自分の大切な人を守るためだったら、私はもう躊躇はしませんけどね」

 いつの間に勇の膝の上に戻ってきていた織姫を撫でながら、勇がそう呟いた。


「あ、そう言えば大物の前にもう一つ残ってなかったかい?」

 少ししみじみとしてしまった空気を振り払うようにヴィレムがポンと膝を叩いた。

 大物とは例の大きな腕の形をした魔法具だろう。

「ああ、あの金属の粉の入った丸い爆裂玉ですか!?」

 金属粉の正体が不明だったため、遺跡からの帰還途中で行った実験でも確認しないまま今日まで来ていたのだ。


「爆裂玉みたいに、中に入ってるのが硬いもんだったら分かりやすいんじゃがな。なんせ粉じゃからの」

 エトが腕組みをして眉間に皺を寄せる。

「そう言えばコイツの魔法陣は、まだ細かい所まで見ていないんですよ。爆裂系だというところで止まってるので、ちょっと調べてみますね」

 勇がそう言って、バラした丸い爆裂玉の魔法陣を解読していく。


 単純な魔法陣なのと、すでに一度解読経験のある爆裂系のものなので、ものの10分ほどで解読を終えた。


「う~~ん? これも直接の殺傷が目的ではないものかもしれませんね」

 解読を終えた勇の第一声はそれだった。

「どういうことじゃ?」

「爆発の範囲はそこそこ広めですけど、爆発の威力と熱量が相当低いんですよ。主目的はこの粉を広範囲にばら撒く事と見て良さそうです」

「なるほどの……」

「どんな感じで広がるのか、試してみますか。少なくとも爆発で怪我はしなさそうですから。この粉が毒だったりした時だけ大変なので、念のためコレだけは街の外でやりましょう。まぁ、もう蓋は開けちゃってるので、半分は気休めかもしれませんが」

「……確かに街中で毒をバラ撒くわけにはいかんの」

 勇の言葉にエトを始め皆が顔を顰めた。


 念のため領主夫妻に了承を得ると、一行は街から少し離れた所にある兵士の野外演習場へ来ていた。

 森を切り開いて作られた学校の運動場ほどの広さのそれは、週に何度か兵士の訓練で使われる場所だ。今日明日はもう使うことは無いとの事で利用の許可を得ている。

 諸々の調整事が終わったのか、アンネマリーも同行している。


「さて、それじゃあ今回もミゼロイさんお願いします!」

「はい、お任せください」

 すっかり投擲役が板についてきたミゼロイが、丸型の爆裂玉を手に取って確認をしていく。

「重さは先日試した爆裂玉より軽いですね。それと丸いので投げやすそうです。結構飛距離が出ると思います」

 ぐるぐると肩を回してやる気十分だ。どんな中身か分からないので、距離が稼げるのはありがたい話である。


「これも五つ数えた後に爆発する設定なので、二つくらい数えてから投げてもらうのが良さそうです」

「承知しました!」

 良い返事をしたミゼロイが、皆から数歩前へ出て一度小さく深呼吸すると、慎重に風向きの最終確認をする。


「では、いきます!」

 風上である事を確認すると、高らかに宣言して起動用の魔法石に触れ、ゆっくりと振りかぶっていく。

「せいっ!」

 そして思い切り風下方向へと放り投げた。

 放物線を描いて飛んでいった丸型は、40メートルほど先で地面に落ちるとコーンと一度大きく跳ねてからころころと転がる。

 そして、ボンッという音と共に白煙が半球状に広がった。おおよそ直径20メートルほどの広い範囲が、陽の光を受けてキラキラと輝く白煙に包まれている。


「煙幕、にしては密度が薄いの」

 それ以上何も起こらないと見て、エトが感想を口にする。

「同じことを考えてましたよ。目くらましが目的じゃないんですかね?」

 隣の勇も、エトの言葉に頷く。


「その分かなり範囲が広いね。今はほとんど風が無いけど、風があったらもっと広がるんじゃないかな?」

 ヴィレムの言う通り爆発の威力だけで20メートル、そこから風に乗れば結構な範囲に広がる事になるだろう。


「う~~ん、しかしこれだけでは結局何が目的か分かりませんね……」

 勇が首を捻る。

「そうですね。投擲して使うが直接ダメージを与えるようなものではないとすると、なんらかの妨害に使うと見るのがセオリーですが…。煙幕ではなさそうでしたしね……」

 投擲した場所から戻ってきたミゼロイも首を捻りながら言う。


「妨害……、確かにその方向な気がしますね。あれがコショウとかだったら、目つぶしになるんでしょうけどねぇ」

「あはは、そうですな。それにあの量を吸い込んだらくしゃみと咳も止まらないでしょうから、まともに魔法も使えなくなるでしょうね」

「あー、確かに。それだと呪文の詠唱どころじゃなく……、まてよ? 呪文……、魔法の妨害?? ひょっとして……。リディルさん、ちょっと一緒に来てください!」

 何かに思い至った勇が、まだ薄っすら金属粉漂う着弾地点へ向けて駆けだす。

「え? あ? はいっ!」

 呼ばれたリディルも慌てて着いていく。


「この辺りでいいか……」

 勇は、金属粉が直接降り積もりキラキラと輝いている地面の端辺りで足を止めた。

 すぐにリディルも追い付いてくる。

「どうされましたか?」

「ああ、すみません。ちょっと試してみたい事があって。一人だとサンプルが少ないので、協力をお願いします」

「ええ、それは別にかまいませんが……?」

「じゃあ早速やってみます」


 そう言うと勇は、早速呪文の詠唱を始める。


『天を睨む乱杭は、大地より生じるもの也……』

 唱えたのは、以前メイジオーガを屠った天地杭グランドスパイクだ。

 詠唱しながら棘の大きさをイメージした後、発動させたい位置に魔力を飛ばすような感覚で発動させる。


「む?」

 発動位置を指定しようとした勇が眉をひそめる。そしてしばらく難しい顔で集中を続け、魔法を発動させた。


天地杭グランドスパイク!』


 ドカン、と勇の5メートルほど前方から小さな土の杭が生える。それを見届けた勇がふーっと大きく息を吐いた。

「はー、なるほど。こうなるのか……」

 そして何やらしきりに納得している。


「すみません、お待たせしましたリディルさん。今からちょっとこの粉を巻き上げるので、その中に水球ウォーターボールを発動させてもらって良いですか? ああ、小威力で大丈夫です!」

「はぁ、水球ウォーターボールですね。了解です」

 要領を得ない依頼に首を傾げながらも、その時を待つリディル。


『風よ。我が指し示す方へと逆巻け。弱竜巻テンダートルネード!』

 勇は、自分の目の前に小さな竜巻を発生させると、それを前方へと動かし金属粉を巻き上げた。

「リディルさん、お願いします!」

「了解です!」


『水よ、無より出でて我が手に集わん……』

 リディルがリクエスト通り水球ウォーターボールの呪文を唱えるが、その直後。

「え?」

 困惑した声が聞こえたかと思うと、勇と同じように眉間に皺を寄せている。

「くっ……」

 その後数秒ほど何やら苦悶の声を上げていたが、ようやく呪文を発動させた。


水球ウォーターボール!!』

 呪文が発動するが、どう見ても小威力とは思えない直径1メートルはある水球が生み出された。


「ふんっ」

 そしてそれを前方へと飛ばした。バシャリと派手な音を立てて水玉がはじけ飛んだのを確認したリディルが、大きく息を吐いた。

「ふーーーーーーっ、イサム様、これはどういう事でしょうか???」

 その顔に浮かぶのは、困惑、の一文字だ。


「あー、やっぱりそうなりますよねぇ?」

「やっぱり??」

「ええ。種明かしは、皆の所へ戻ってからにしましょうか」

 そう言って勇が残してきた皆の方に目をやる。リディル以上に皆何が起きていたのか分からず、困惑の表情を浮かべていた。


「はぁぁ? 魔法の発動を妨害する兵器じゃと?!」

 戻ってきた勇からされた説明に、エトが大声を上げる。

 他のメンバーも、声こそ出さないが同じように驚愕の表情をしていた。

「ええ。状況から間違いないと思いますよ。リディルさん、どんな感触でしたか?」

 頷いた勇が、リディルに水を向ける。


「イサム様の仰る通りかと。水球ウォーターボールをあの金属粉の中に発現させようと魔力を集中させようとしたんですが、全然上手く行かなかったのです。あんな感覚は初めてでしたね。何というのか、全然魔力が集められないというか……」

 未だ困惑した表情のリディルが感想を語る。

 

「ええ、その感覚は正しいと思います。あの金属粉ですが、多分白魔銀かそれに近い魔力を通しやすい金属だと思います。空中にそれを散布する事で、魔力がもの凄く拡散しやすい場を作り出しているんです。水の中にインクを落とした時みたいに、一か所に留めようと思っても、どんどん魔力が広がっちゃって上手く集められないんです」

 現代で言えばジャミング兵器のような物だろうか。

 魔法を使うためには魔力を一定以上の濃度にする必要がある点を突いた、中々に賢い兵器と言える。


「それはまた、変わった兵器じゃの……」

「そうですね。おそらく作られた当時は、今以上に戦闘で魔法が使われていたのかもしれませんね。だからその魔法を使いにくくするための兵器や、無力化する兵器が作られた、と。今回は自前の魔法で試してますが、ひょっとしたら魔法具にも影響があるかもしれませんよ、これ。多分魔石の粉を混ぜれば、密閉されていない魔法陣だと暴走する可能性もあります」

「使うには、風向きをよくよく考えないと駄目ですね……」

 話を聞いたリディルが苦笑する。


「まぁ、さっきの弱竜巻テンダートルネードみたいに、効果範囲外で発動させてから移動させる分には、あまり問題ありません。魔力が拡散する分、ちょっと威力は減衰しますけどね」

「イサムさん、どうしますか? これも正式採用を打診しますか?」

 アンネマリーが勇の意向を確認する。

「そうですね……。使いどころが難しくはあるので、少量生産してチームオリヒメでは正式採用、騎士団にはいざと言う時用に少数配備でどうでしょうか?」

 少し考えて勇が答えた。


 その後、“魔石の粉を混ぜれば魔法具の挙動も阻害できるのでは”という勇の仮説も検証された。

 結果、停止や暴走まではさせられないものの、威力を弱めたり魔力消費を増加させる効果アリ、という事が分かり、魔石の粉も混ぜたモノが生産されることが決定、散魔玉と名付けられて実戦配備されるのだった。

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