第109話 対魔法用装備の試験
非常に有用であることが分かった対打撃用の魔法陣だが、勇の中には一つ大きな謎があった。
解読の途中段階から気になってはいたものの、変な先入観が入るのは避けたいので、試験の時にはあえて黙っていた。
しかし試験後の試作品の様子やフェリクスの感想から、やはり懸念が当たっていたことが判明する。
「う~~ん、やっぱり斬撃に対しての効果が薄いですね……」
盾の表面に刻まれた斜めの傷を指で撫でながら勇が言う。
「はい。何度か打ち合う中で、切るように表面を滑らせた場合と叩きつけた場合で、音の変化量が違う事に気付いたのでちょっと試してみました」
あの短い時間でそんな違いに気づくとは、やはりウチの護衛隊長は優秀だなと感心しつつ、勇は腕を組みながらあらためて考える。
(なんで最初に攻撃を切るとか突くとか色々な“種類”に分けて対策してるんだ? って言うか、どうやってその種類を見極めてるんだ?
基本的に叩くのも斬るのも突くのも、乱暴に言うと物理的な攻撃って全部力が加えられた作用のはずだよな……。
人間は経験や知識で、これは斬る攻撃でこれは突く攻撃って判断してるけど、魔法陣でどうやってそれを判断してるんだろう?
まぁ力の方向とか速さだとか、色んなパラメータがあるからそれを使ってるのかもしれないけど、何のパラメータをどんな閾値で使えば、ここまで人間の感覚に近い自動判断が出来るんだ?)
「…い、……サム」
(そもそも単純に“与えられた力を分散し、変換させる”効果なのだとしたら、力の総量が同じ場合は切られても突かれても同じ効果が発揮されるんじゃないのか??)
「にゃっふ!」
専用コタツの中から様子を見ていた織姫が、コタツから出てぴょんと勇の肩に乗りバリバリっと耳を引っ搔いた。
「うわぁぁっ!!!」
思考の沼にはまり込んでいた勇を、その一撃が現実に呼び戻す。
「まったく、いつまで経ってもそのクセは治らんのぅ……」
「先生! さすがです!!」
この状況にも慣れきったエトは諦め顔だ。ミゼロイは織姫の活躍が見られてご満悦である。
「いやー、すみませんね」
(まぁ言ったところでどうにか出来る問題じゃないし、そういうもんだとしておくしかないなぁ)
ポリポリと頭を掻きながら、ひとまず懸案は先送りにする勇であった。
気がかりはありつつも、対打撃用の魔法陣の実用化には目途が立ったため、翌日からは対魔法用の魔法陣の試作に入る。
「こっちも盾にしてみるかい? やっぱり使い勝手が良さそうだし、作るのも楽そうだけど?」
描き写された魔法陣を眺めながらヴィレムが勇に問いかける。
「そうですねぇ……。まず効果を見るのに盾を作ってみるのは決定で良いと思います。ただ実戦配備する場合、盾だと少々都合が悪い気がしませんか?」
「都合?」
「ひょっとして、持ち替えと運搬でしょうか?」
いまいちピンと来ていないヴィレムの代わりに、フェリクスが答える。
「はい、その通りですフェリクスさん。盾は既に対打撃用のシャオマオタイプ1があるじゃないですか? さらに魔法用に盾を増やすと、まずそれを運ぶのに苦労します。輜重部隊がいる場合はまだ良いですが、騎馬で先行するケースも多い気がするので……。
次に持ち替えですが、相手がどんな順番で攻撃してくるか分かっていることは稀です。集団戦における初撃くらいですかね? それ以外は臨機応変に都度対応するしかありません。特に魔法は遠距離から飛んでくることが多いので、より咄嗟に対応する必要があるんです。盾を片手に一枚ずつ持っていれば対応できますけど、それだと武器が持てなくなるんですよねぇ……」
「あーー、なるほどね……。盾は基本一人一枚だから、確かに何でもかんでも盾にしちゃうとどんどん増えるだけなのか。そう考えると、無理やりにでも鎧にしたくなったのも分からないでもないなぁ」
狂気の賜物と言える鎧タイプに、一定の理解を示すヴィレムだった。
「あはは、確かにそう考えると鎧タイプに走るのもおかしくはないかもしれませんね。とは言えやりたくはないので、今回はマントを作れないかなと思ってます」
「マントか……。確かにそれが出来れば、盾との併用も可能だね」
「ええ。今回持ち帰った鎧は布の部分にも魔法陣が描かれていたので、マントの裏に描いてもいけるんじゃないかなぁと思いまして」
そう言いながら、青い猫型ロボットの道具に似たようなマントがあったなぁ、と今更のように思い出し勇は一人笑いをかみ殺した。
対魔法用の鎧の方も、基本コンセプトは対物理用と同じではあるが、無効化する部分のアプローチが異なる。
こちらは、別の物に変換させるのではなく、優位となる魔法を文字通りぶつける事で魔法の効果を打ち消すことを狙っていた。
「さて、まずはどんな感じで発動するか見たいので、サクッと盾に魔法陣を描いてみますか」
勇が、シャオマオタイプ1の試作時に多めに用意してもらったヒーターシールドに魔法陣を描いていく。
ひとまず炎属性と雷属性の2属性に対応可能なタイプだ。
分岐のパターンが少ないので、そこまで魔法陣の建蔽率は高くなく、2時間ほどで試作品が出来上がった。
出来上がった盾を持って勇たちが裏庭へ出ていくと、リディルとマルセラが織姫と追いかけっこをしていた。
専属護衛の中でも魔法の得意な二人に今回のテストはお願いしていたのだが、裏庭で織姫と一緒にウォーミングアップをしていたのが発展したのだろう。
「にゃっ」
「くっ、さすが先生っ! やるわね」
コーナーまで追い詰めたマルセラの股の下をスルリと抜け、あっけなく脱出する織姫。
「くっ、じゃねぇよ! せっかく追い詰めたのに台無しじゃねぇか!」
主に追い詰める役回りはリディルだったのだろう。肩で息をしながらマルセラの不甲斐なさに憤りをぶつける。
「だって素早いし身体が凄く柔らかいんだもの! まてーーっ!!」
踵を返して織姫を追いかけながらマルセラが叫ぶ。
そんな様子を見ながら、猫は液体説があるくらい体が柔らかいからなぁ、などと益体も無い事を勇が考えていると、
「にゃにゃっ!」
逃げながら勇が出てきたのに気付いた織姫が、勇の方へ走ってきてぴょんぴょんと膝、肩をステップにして頭の上に乗った。
「あー、イサム様、お疲れ様です! ついに試作品が出来たんですか?」
「織姫と遊んでくれてありがとうございます、マルセラさん、リディルさん。ひとまず、どんな反応をするか見るための試作品が出来たので、試してもらおうかと思いまして」
出来上がったばかりの盾を見せながら勇が答える。
「最初から手に持つのは流石に危険なので、まずは案山子に固定しますね」
勇は盾を持ったまま裏庭に備えてある的用の案山子の所まで歩いていくと、そこに盾を固定した。
「じゃあまずは炎の魔法からいってみましょうか? あまり威力が強くても怖いので、無難に標準威力の
「わっかりましたー!」
勇のオーダーにノリノリで応えるのは、炎魔法担当のマルセラだ。あまりのノリの軽さに、その横でリディルが眉に皺を寄せている。
そんな事は一切気にせず、マルセラが呪文を詠唱する。
『無より生まれし火炎は、一塊となって敵を焼き尽くす。
マルセラの頭上にバスケットボール大の火球が現れ、盾を固定した案山子へと勢いよく飛んでいく。
そんな破壊の象徴たる火球が試作した盾に直撃したその刹那。盾から水色の魔力が立ち上ったのを勇の
盾に命中した勢いで一瞬だけ炎が盾を包み込もうと広がるが、次の瞬間には盾表面の中央から外側に向かってそれが霧散する。
その衝撃的な光景に、見ていた全員が言葉を失った。
「すごい……」
ぼそりと勇が呟く。
「おいおいおいおいおい、とんでもないなこりゃあ」
エトも目を丸くして呟く。
「わ、わたしの
マルセラがガックリ膝を突くが、一人だけ衝撃のベクトルが違っていた。
「結構強めの水色の光が見えたので、やはり優位属性である水属性の魔法が発動してましたね!」
衝撃から回復した勇が、今度はやや興奮気味にそう話す。
「もう少し詳しい挙動を確認したいので、ちょっと近くで見てみます。マルセラさ~~ん、もう一度
「わ、分かりました~~」
若干ショックが残る表情ではあったが、マルセラが返事をして立ち上がる。
「準備が出来たのでお願いします!」
盾の近くまで移動した勇が、マルセラへ声を掛ける。リディルも勇の隣で興味深そうに盾を見ていた。
『無より生まれし火炎は、一塊となって敵を焼き尽くす。
再びの詠唱と共に、火球が飛んでくる。
そして着弾。
先程と同じように水色の魔力が立ち上る。目を凝らしてみると、着弾地点を中心に一瞬だけ白い光が盾の表面を駆け抜けた。
そしてそれを追従するように、ゆらゆら煌めく水の膜のような物が広がり、炎を飲み込んでいくのが見えた。
「最初のが魔法のスキャニングで、それを受けて優位属性の水魔法が追いかけたのか……。理論としてはオーソドックスだけど、それをこの速さでやってるのが凄いなぁ」
「……イサム様、今の一瞬で何をやっていたか分かったのですか!?」
隣で聞いていたリディルが驚く。
「ああ、魔法陣の内容は分かっているので、そこから立てた予想ですよ。犯人を知ってる事件みたいなもんですからね。ズルですよ、ズル」
勇はそう言って笑った。
次は、魔法の属性を変えて雷属性の魔法を試すため、撃ち手をリディルに交代する。
雷の魔法はマニアックな魔法だそうで、まともに使える魔法使いはあまり多くはなく、リディルはクラウフェルト家騎士団において貴重なその一人なのだとか。
雷と言いつつおそらくは電気の魔法だろうから、イメージがしにくいのかもしれないなと勇は納得していた。
今度は最初から盾の近くでスタンバイして見守る。マルセラも勇の隣で興味津々の様子だ。
『我は願う。天翔ける雷がこの手に集い、弾丸となり迸ることを。
リディルの詠唱が終わるや否や、バヂッという音と共に白紫の閃光の塊が、高速で盾へと向かった。
盾に当たった光球は一気に拡散するが、盾の表面に鱗のように展開された茶色い物体がそれをかき消していく。
そして全ての電光をかき消した時には、すっかり盾は元通りになっていた。
「みみみ、見ましたか!?
しっかり見えていたのか、興奮したマルセラが早口でまくし立てる。相変わらず感覚的な表現が多い。
「ええ。先程と同じように、優位属性であるなんらかの土魔法が発動してましたね……。相変わらず凄い反応速度です」
炎の魔法より展開が速くなる雷の魔法でも、ほとんどタイムラグ無く相殺してしまった事に、勇が感嘆する。
「かなり実用的なのが分かったところで、次は実際に装着して試してみるわけですが……。お二人とも本当にいいんですか?」
勇が心配になって二人に再確認する。確かに見た感じ大丈夫そうではあるが、絶対はない。うっかり大怪我でもしたら一大事だ。
「ええ、全然大丈夫ですよ! 訓練でも時々このレベルの魔法を使って模擬戦をやったりしますしね」
「ですです。万一の時はポーションを使う許可ももらってますから!」
勇の心配をよそに、2人は全く気負いなど無いようだ。
それはそれで如何なものかと思いつつ、臨床試験は必須なので二人を信じてお願いをしたのだが……。
「おりゃっ! くらえっ!!」
「ふん、当たるものかよっ!!」
蓋を開けてみたら、子供のごっこ遊びのように楽しそうに走り回って魔法を撃ち合う二人がそこにいた。
ただし、その魔法は当たれば大怪我をしかねない代物なので、物騒な事この上ないが。
しかしこの実戦さながらの大人のごっこ遊びのおかげで、手に持った状態でも人には魔法の攻撃はほとんど届かない事が判明。
どんな形状にするかという課題はあるが最悪盾の形でも実用充分と判断され、装備品として作成する事が決まるのだった。
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