第108話 新シリーズ

 鎧の魔法陣解読を終えた勇は、エト達と翌日からそれを応用した兵器の試作に取り掛かっていた。


「まずは分かりやすい打撃分散の方からじゃな」

「そうだね。これは応用範囲も広そうだし、早めに手を付けるべきだろうね」

「同感です。すぐに作れそうな盾で試してみましょうか」

 三者の意見が合致し、まずは打撃を分散する魔法陣を組み込んだ盾を試作する事になった。


 この魔法陣だが、二段階で効果を発揮するように設計されている。

 一段階目で与えられた打撃力を周囲の表面上に広く伝播させ、二段階目でその衝撃を魔力を使って光に変換することでダメージを減らす設計だ。

 地球で使われている衝撃吸収製品は、主に熱エネルギーに変換させて吸収させるものが多い。先日馬車に組み込んだダンパーも、地球の物はエネルギーを熱に変換して減衰させている。


 考え方としてはよく似ていると言えるが、間に魔法が介在しているのできっと純粋な物理法則には則っておらず、たまたま似た結論に辿り着いたとみるべきだろう。

 熱にしなかったのは、鎧でそれをやってしまうと火傷するからと思われる。

 また、一度分散させている理由は現時点では分からないので、盾にする際に分散させないパターンも作って比較してみる事にした。


 盾という単純な構造である事に加えて、機能を物理による打撃のみに絞った事で随分と魔法陣は簡略化され、数時間で二つの試作品が完成した。

 元の盾は、騎士団が普段から使っているヒーターシールドだ。


「魔石は光と無属性、両方使っとるんじゃな」

 裏側に組み込まれた魔石を見ながらエトが言う。

「そうですね。打撃の分散と魔力への変換までは無属性の魔石でやって、それを光らせる所は光の魔石でやっているみたいですね」

 何気にまた無属性の魔石の使い道が積み上がる。

 ここまで来ると、その有用性はもはや疑う余地のないモノになっているが、まだまだ今後も用途が増える事は間違いなさそうだ。


「フェリクスさん、ミゼロイさん、お待たせしました!」

 二つの盾を持って裏庭へ出た勇は、ゆったりとした動きで模擬戦のような事をやっていた専属護衛騎士2人に声を掛ける。


「おぉ、ついに完成しましたか!」

「いやぁ、魔法の武器に続いて今度は魔法の盾……。本当に小さい頃読んだ英雄譚の登場人物になったような気分ですな」

 フェリクスもミゼロイも、ワクワクが抑えきれないといった表情だ。

 車好きに次々と新型スポーツカーの試乗をお願いするようなモノなのだから、仕方がないだろう。


「まずはいつも通り、起動させずに試してみましょうか」

「了解です。ミゼロイ、いくぞ?」

「いつでもどうぞ」

 勇の声掛けにフェリクスが剣を構え、ミゼロイが盾を構える。

 いつものようにどちらが試すのかで揉めるかと思ったのだが、流石に学習したのか事前に決めていたようだ。


「せいっ」

 フェリクスがまずは片手で剣を振るっていく。

 カァン、カァン、カァンと、甲高い音を響かせてミゼロイがそれを盾で防いでいく。

 そのまま十合ほど斬り結ぶと、フェリクスが今度は剣を両手持ちにして振るい始める。

 ガァン、ガァンと、先程より重めの音が十回ほど辺りに鳴り響いたところで、フェリクスが攻撃の手を止めた。


「ふむ。まぁここまではいつもの訓練通りですね。特に違いはありません」

 邪魔にならなさそうな位置に魔石を数個埋めたくらいなので、未起動時でも特段違和感は無いようだ。


「では、起動させた状態でお願いします。最初のは、元の仕組みと同じく分散させたのち変換させるタイプの方です」

「了解です」

「了解しました。起動します!」

 そう言ってミゼロイが盾の左上の方に付いている起動用の魔石に触れた。


 フォン、といういつもの起動音とともに盾の裏側に描かれた魔法陣に光が走ると、それを見たミゼロイの顔が思わず綻ぶ。

「やはり何度見ても良いモノですな!」

 満足げに数回頷いてから、盾を構えた。


「いくぞ?」

「どうぞ!」

 先程と同じように、まずは片手で剣を振るうフェリクス。

 違いは、最初の一撃が盾に当たった瞬間からハッキリと分かった。

「む?」

「ぬ?」

 まずこれまで甲高く響くような音だったのが、カッと低く短い音に変わっていた。そして盾の表面全体と裏にはまった光の魔石が、極淡く光を放つ。


 違いに驚きながら、さらに手数を増やしていくフェリクス。その度にカッ、カッと短い音がしては盾が光を放った。

 今回も十合ほど剣を振るうと、両手に持ち替えて斬りかかる。

 ガッ、ガッ、と片手で切った時と同じように低く短い音が響く。片手の時よりやや音が大きく、放たれる光も少し明るい気がした。


 両手持ちでも十合ほど斬り、これで終了かと勇が思っていたら、まだ構えを解かないフェリクスがミゼロイの顔をじっと見やる。

 それを受けてミゼロイが小さく頷き返す。

 そして……。


「ハァッ!」

 先程までより明らかに気合を込めた掛け声とともに、フェリクスが強く、速く斬りかかった。

 ゴインッ!と先ほどまでより大きな音がし、盾がまた一段明るい光を放った。

 五合ほど打ち合わせたところでフェリクスが剣を引き、ふーーっとどちらともなく大きく息を吐いた。


 しばらく無言で盾を見ていたミゼロイが口を開く。

「スゴイですね、コイツは!! 手に来る衝撃が今までの盾とはまるで違いました。むしろ、片手と軽めの両手の攻撃では、手にほとんど衝撃がありませんでした。最後の全力攻撃では流石に衝撃がありましたが、あのレベルの攻撃を受けてこの程度の衝撃で済むというのは驚異的です」

 盾で防いでいたミゼロイは、かなりの効果を実感できたらしい。


「フェリクスさんはどうでしたか?」

 今度は攻撃した側のフェリクスに感触を聞いてみる。

「かなり妙な手応えでしたね。金属の盾を切った場合、普通は派手な音と共に跳ね返りがあります。ところが、この盾の場合跳ね返りはあるのに、音は跳ね返らないものを切った時のような感じなんです。経験則から外れた状態になるので、なんとも言えない気持ち悪さがありますね……」

 フェリクスは眉間に皺を寄せながら感想を話す。戦い慣れているほど違和感がありそうだ。


「なるほど……。跳ね返りがあるという事は、接点の衝撃を全部吸収するような感じじゃなくて、盾に伝わった衝撃だけを取り扱ってるのか?」

「防具としてはその方が都合は良いの。いらんもんまで吸収せんで済むんじゃからの」

「確かにその方が効率が良いですね。そうなると、これは中々に高性能ですね……」


 使い物になりそうな手ごたえを感じつつ、次は分散させないパターンの方を試してもらう。

 引き続きミゼロイが防御役を引き受けるようだ。盾を持ち換え起動させる。


「いくぞ!」

 フェリクスが、これまでと同じようにまずは片手で斬りかかる。

 カン、カンと高い音が響いた。盾の表面は、剣が接触した周辺だけが光を放っている。光の強さは分散させたタイプよりは明るいようだ。

 休むことなく両手に持ち替えたフェリクスがさらに攻撃を加えていく。


 こちらも、ガン、ガンと高い音が響く。光の強さは、片手で打ち込んだ時とそれほど変わらないようだ。

 片手と両手でそれぞれ十合ほど打ちこんで、フェリクスが手を止めた。今度は全力での打ち込みはしないようだ。


「こちらは、通常の盾よりマシという程度ですね……。片手の打ち込みに対してはそれなりに効果がありましたが、両手の打ち込みだとあまり衝撃が減りませんね」

「打ちこんだ時の音も、同じような感じですね。両手で打ち込んだ時の音は、普通の盾の音にだいぶ近かったです」

 騎士2人の感想が揃っているので、分散させないと威力を減衰させる効果が十分には発揮されないとみて間違いないだろう。


 その後、攻撃側と防御側を入れ替えて同じことを行なったが、結果は同じであった。


「どうやら、面積あたりで一度に変換できる衝撃の大きさに限界がありそうですね」

 実験の結果から勇がそう結論付けた。


 分散させなかった時に、片手と両手で光り方にあまり違いが出なかったのはそのせいだろう。

 両手で与えられた打撃だと変換の限度を超えたため変換しきれず、光の強さがそこで打ち止めになったのだ。

 分散させるのは、変換面積を増やす事によって、トータルで変換できる衝撃量を増やすのが目的だと思われる。


 そうなると気になるのが、面積を大きくすればするほど変換できる衝撃量が増えるのか、という疑問だ。

 という事でもっと大きなタワーシールドと呼ばれる盾にも魔法陣を描いて、試作品を作ってみる。


 結果としては、一定の広さを超えると変換効率が落ちる、という事が分かった。

 衝撃を受けた所から直径50センチくらいまでは、広げただけ変換量が増えていくのだが、そこを超えると変換量が減っていく。その割に消費される魔力にはあまり差が無いのだ。


 なので、盾を大きくすると防御可能な範囲は広がり、緩和できる衝撃の上限も変わるが効率は悪くなる。さらに盾を大きくするという事は、維持をするための消費魔力も大きくなるという事なので、稼働時間が落ちるのは避けられない、と結論付けた。


 これらの条件を踏まえて、騎士団で採用されている3サイズの盾の内、中間の大きさであるカイトシールドをベースに量産する事が決まった。

 また、街や村を守る防壁や門にも、既存の硬化の魔法具との比較試験をした上で採用を検討する事が合わせて決定する。

 ちなみに、勇の個人的な研究テーマとして馬車の改良、主に乗り心地の改善に使えないかも試してみることとなった。


 かくしてこれまでフェリスシリーズとして武器に限定されていた魔法武具が、防具にも展開されることと相成る。

 この防具シリーズは、中国語で“子猫”を意味するシャオマオシリーズと名付けられると同時に、魔法の盾シャオマオタイプ1が、第一弾として正式採用されるのだった。

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