第107話 二着の鎧
通常の装甲が、硬さや厚みなどで外部からの攻撃を遮断するのに対して、攻撃に何かしらの動的な反応を起こすことでこれを防ごうとするのがリアクティブアーマー(反応装甲)だ。
もっとも有名なのは、戦車などに搭載されている爆発反応装甲だろう。戦車の装甲の表面に追加装甲として装着される装甲で、その名の通り装甲内に爆薬が搭載されており、砲撃などに反応して爆発、その力を使って弾頭の威力を逸らしたり相殺して貫通を阻害する。
理論としては分かるが、自らの装甲の上に爆弾を貼り付けるようなものなのだから、とんでもないシロモノである。
その感覚はどうやら正しいらしく、実用化はやはり難航したようだ。実用化した後も、随伴する味方歩兵に破片が飛び散り殺傷するなど課題も多く、近年はあまり使用されなくなっているという。
そんなトンデモ兵器と同じような考え方を実現しようとしている鎧が、今勇の手元にあった。
「えーっと、まず最初に物理的な攻撃なのか魔法による攻撃なのか判別してるのか?? で、魔法攻撃だったら次に属性判別か……。うわぁ、魔法属性だけで8種類か……。と言うか、
ざっくりと解読してコンセプトが分かった事で、魔法陣の解読速度は上がっていった。
プログラムでもなんでもそうだが、目的、狙いが分かって事に当たるのとそうでないのとでは、仕事の効率や精度に大きな違いが出る。
果てしない迷宮のようだった無数の条件判定式も、やりたい事が分かれば個々の意味も見えてくるのだ。
そこからは、どういう攻撃や魔法を想定した判定があり、それに対してどういう防ぎ方をしようとしているのかをメモしながら解読を進めていく。
目的が分かったことで解読速度が上がったとはいえ、一つずつ潰していかなければならない事には違いが無い。
コタツで寛ぐ織姫で英気を養いつつ黙々と作業を続ける事三日、ようやく一着目の魔法陣解読が終了した。
「あ゛~~~~っ、終わったぁぁ! 眠い、ひもじい、疲れた……。これ作った人、絶対どっか頭のネジが飛んでるよ……」
ぼさぼさの頭をガシガシと掻きながら勇が独り言ちる。午前中だが、すでにだいぶ日が高くなってきている。
別に納期があるわけでもないし、食事の時間に子爵家の本館へ行けば温かい料理も出てくるのだから、眠いのとひもじいのは無理をした勇の自業自得以外の何物でもない。
初日は心配してアンネマリーが呼びに来てくれたのだが、集中している勇に声を掛けても無駄な事を知っている彼女は、簡単な食事をテーブルに置いていくにとどめていた。
その甲斐あって、一着目の魔法鎧はほぼその全容を把握するに至った。
しかし、取得出来た情報がその努力に見合っているかどうかは、少々微妙なところだろう……。
「お、その様子だとようやく解読が終わったようじゃな?」
アンネマリーがいつの間にか置いていってくれていたトーストを勇が齧っていると、エトが研究室へと入ってきた。
勇が完全に解読専用機と化していたので、ここ三日はヴィレムと共に改良型の馬車の車輪を作ったり、領兵向けにフェリスシリーズの在庫を作ったりして過ごしていた。
「ああ、エトさん、おはようございます。なんとか一通り解読は出来ましたよ」
「今回は長丁場じゃったのぅ」
「いやー、手強い相手でしたよ、今回は。おかげで色々勉強にはなりましたけどね」
はははーと空笑いしながら勇が言う。
「なんじゃ、解読できた割には反応がイマイチじゃの?」
「あ~~、うん、そうですね。使えるものはもちろん沢山ありましたけど、どうやらこの鎧、未完成なんですよ。いや、もっと正確に言うなら、試作途中のものです、多分」
「む、試作品じゃと?」
勇から出てきた思わぬ言葉にエトがオウム返しで応える。
「ええ。そもそも雷玉みたいな使い捨てじゃなさそうなのに読めた時点で、その線を疑うべきでした。そりゃあ完成品じゃないものもあるに決まってますからね」
脇机に置かれた鎧をポンポンと叩きながら勇が言葉を続ける。
「これ、相手の攻撃を相殺することを目指して開発している鎧の試作品だと思います。多分研究自体はそこそこ進んでいたんでしょうね、今の状態でも炎の魔法と雷の魔法は、かなり相殺出来そうです。風の魔法も一部は出来てるようですね。試していないので、どこまで防げるかは分かりませんけどね」
「魔法を相殺じゃと?」
エトが驚きで目を丸くする。
「はい。最初に魔法を教えてもらった時に少し聞いたんですけど、魔法には優位属性と不利属性っていうのがあるそうなんです。その名の通り、魔法の属性同士の相性みたいなもんですね」
勇が言う通り、魔法には属性があり、その属性同士に優位・不利となる相性が存在する。例えば、火の魔法は氷の魔法に対しては強い優位属性だが、水の魔法には弱い不利属性だ。
単に優位属性の魔法をぶつけるだけで完全に防げるというわけではないのだが、他の属性より効率よく威力を軽減できる可能性は高いだろう。
「この魔法具は、その優位属性で、かつ防御効果の高い魔法を鎧の表面に展開して、魔法の威力を相殺するというとんでもない仕組みになってます。しかもそれを自動で、最終的には全ての魔法に対してこの鎧一着で対応してしまおう、という無謀な挑戦の道半ばの物なんです」
勇が遠い目で鎧のコンセプトをエトに説明する。
「なんとまぁ……。とんでもない事を考える奴がおったもんじゃのぅ」
説明を聞いたエトの目が更に丸くなる。
「ほんと、天才と馬鹿は紙一重って奴ですよ。まぁ構想が壮大過ぎて、魔法陣がとんでもない事になってますけどね」
「確かにあの細かさは狂気を感じるの」
「同感です。対応が出来そうな所から詰めていたようで、対応できない所にはメモ書きみたいなのがサラッと書いてあるだけですね。メモ書きなので、私の
想定できるパターンの洗い出しだけは先にやってあるので、パターン自体は無数にあって、それが一番解読の妨げになりましたよ」
そこまで説明した勇は、ふぅと短くため息をついて椅子に深くもたれ掛かった。
「でも収穫も大きいですよ。まず、どんな属性の、どんな威力の魔法なのかを判別してパラメータとして利用する事が出来るようになりました。防具とか防壁に使えるのはもちろんですが、威力は魔力の量で判別しているので、色んな魔法具の魔力の自動制御に応用できるかもしれません。
それと、温度や電撃の強さも取得できるようになってます。魔法の威力を見極めるのに、魔力だけでは多分足りなかったんでしょうね。補助的なパラメータとして使われてました。私達にとっては、どちらも使い道がありそうです」
「どっちもとんでもない発見じゃな……。先に見つかった魔力の調整用魔法陣と組み合わせて、色々と出来るじゃろ。ほれ、いつか言っておった冷蔵箱の温度調整とか、すぐにでも出来そうじゃわい」
保温石で冷蔵箱を改良する際、サイズは同じで稼働時間の長いものを作ろうとして断念していた経緯がある。温度を取得できるようになった今、作ることが出来そうだ。
「それと、このあたりの外部の状況を取り込む魔法陣ですが、どうやら全部無属性の魔石じゃないと駄目なようなんですよ」
「なんじゃとっ!?」
今日一の爆弾発言が勇から飛び出す。
「それが本当なら、また無属性魔石の価値が上がるぞい……。まだ魔力調整が出来る事も発表しておらんというのに、もう次の発見とはのぅ」
半年前まで、いや、まだ発表していないのでほとんどの人間にとって未だクズ魔石だという認識の無属性魔石が、事情を知っている者からしたら今や宝石のようだ。感慨深さにエトがため息を漏らした。
「で、何か作るつもりなのか?」
「ええ。そもそもこれ、鎧でやろうとしてるから無茶があるんですよ。表面積の大きさに対して魔法陣を描く場所が狭すぎるんです。なので、盾を作ろうと思います。盾だったら形状も簡単で面積も広いですから、だいぶ作りやすいと思いますよ。それにすぐ持ち替えも出来ますから、最悪一つで全属性に対応しなくてもなんとかなると思うんですよね」
「なるほど盾か。確かにそれは良さそうじゃの。案外、昔も盾は既にあるから、それに対抗するために鎧タイプのを作ろうとしていたのかもしれんの」
「あー、確かにそうですね。どう見てもこれ、軍用って感じですから、相手が盾だったからこっちは鎧にしたとか、そんな話かもしれないですね」
この魔法陣から何か意地のような執念のようなものを感じた勇は、笑いながらそう言うのだった。
領主夫妻には鎧の魔法陣の解読結果のサマリと共に、それを応用していくつかの攻撃魔法を相殺できる盾を開発する事が報告される。
そして例のごとく他言無用のお達しが出るところまでが様式美だ。
その後、勇はもう一つの鎧の魔法陣解読に取り掛かる。
複写時には内容が違う事は分かっていたが、どう違うのかまでは分かっていなかった。
しかし、一つ目の鎧のコンセプトと完成度を踏まえると、ある程度どんなものであるか予想が出来る。
果たしてそれは、勇の予想通り物理攻撃に対するリアクティブアーマーの試作品だった。
「やっぱり……。前のヤツが最初の判定式であっさり物理系を切り捨ててたから、そうじゃないかとは思ってたけど。まぁ、まずは分けて作ってから、後で一緒にする方法を考えたほうが建設的だよなぁ」
などと呟きながら、解読を進めていった。
最初からコンセプトが分かっていた事と、おそらく同一の作者が作った魔法陣のためかクセが似ていたため、一着目の鎧と比べると解読のペースは速かった。
また、思った以上に対物理攻撃に対しては試作が進んでいなかったらしく、一日で解読を終えてしまった。
夕飯の席にふらりと現れた勇を見て、領主一家が驚く。
「あらイサムさん、解読はもういいのかしら? 今日から二着目の鎧の解読を始めたって聞いたけど」
食前酒のエールで乾杯をしながら、領主夫人のニコレットが尋ねる。
「ええ、今朝から解読を始めたんですが、慣れてきたのと思いのほか内容が薄かったので、一日で解読出来ちゃったんですよ。あ、このポワロン(ピーマンもどき)とボア肉の炒め物、美味しいですね」
「イサム様、内容が薄かったということは、参考になる魔法陣は無かったのでしょうか?」
子爵家の長男で、先月の誕生日で11歳になったユリウスが興味津々で聞いてきた。
「ん~~、無くは無かったかな? 打撃系の威力を分散させる魔法陣だけは、実用レベルになってたみたいだったよ? 完全に相殺するのは難しいから、軽減と分散の両面でいく方向にしたんだと思う」
サラリとそう言った勇に、勇以外の全員が固まる。
「え!? イサム様、それって凄い事ではないのですか? 今の普通の鎧に、その打撃系の威力を分散させる魔法陣を組み込めれば、凄い鎧になるのでは……?」
ユリウス少年が、目を白黒させながら勇に聞く。
「ん~~、確かに鎧や防壁に組み込めば、純粋な強化にはなるのか……。あ、マントみたいなものにも組み込めたら、かなり便利そうなのかな?」
ユリウスに言われてその有用性に気付いたのか、勇が食べる手を止めて何やら考え始める。
「……。イサムさん、その打撃系の威力を分散させる魔法陣も、試作するまでは好きにしていいけど、他言は無用ね」
すかさずニコレットが釘を刺しにいく。
「ええ、それは分かっています。あーー、でもこれで懸案だった防御面についても、幾分かマシになってきたか。となると……」
(そろそろ、かなぁ……?)
「え? 何か言いましたかイサムさん?」
後半は独り言のようになった勇の言葉に、アンネマリーが反応する。
「ああ、いえ、なんでもないです。子爵領の騎士や兵士の皆さんのためにも、ちゃんと使えるものに仕上げたいな、と。魔剣の次は、魔法の鎧作りですね」
「魔法の鎧ですかっ!? 魔剣だけでも凄いのに、さらに魔法の鎧まで……。イサム様、私にも作っていただけないでしょうか??」
数か月前から、自分専用の魔剣を手に入れるべく日夜剣術に励んでいるユリウスが、目を輝かせて勇に尋ねる。
「あはは。ユリウス君は魔法の鎧にも興味があるんですね。いいですよ、セルファースさんが問題無いと判断したら、ユリウス君用の魔法の鎧を作ってあげます」
「ホントですか!? ありがとうございます!! 父上も聞きましたよねっ!?」
セルファースに嬉々として話をするユリウスを眺めながら、勇が目を細めた。
「にゃぁふん」
勇の膝の上で丸くなった織姫が、少し面白くなさそうに片目だけ開いて短く鳴いた。
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