第106話 鎧型魔法具のコンセプト

 三日間かけて三タイプの試作タイヤを作った勇たちは、荷車による比較試験の準備を行っていた。

 被験者は最初と同様、専属護衛のベテラン騎士ミゼロイが荷車を引き、サポート要員として女性騎士のティラミスが控えている。荷車に乗り込むのは勇とエト、ときどき織姫だ。


 ちなみにこの三日間は、勇達が結局また研究室に籠りきりになったので、織姫は有志の騎士達と近隣の森で狩りを楽しんでいたと、有志筆頭のミゼロイが嬉しそうに語っていた。


「さて、まずは軟らかめにしたほうから試してみましょうか」

 前回取り付けた中間タイプの試走を行った後、それより軟らかめに仕上げた魔物タイヤを装着してみる事にする。

 ローパーの触手に詰めるファンガスの量を少し減らす代わりに、外側にもう一重ローパーの触手を取り付けた構造になっている。


「では、いきます!」

 勇たちが荷台に乗った事を確認して、ミゼロイが荷車を引き始める。

「ふむ。引き始めの重さが、もう一段上がった感じですね」

 ミゼロイの言葉に、勇がタイヤの様子を確認する。


 反発力のあるファンガスを減らし、粘度が高めで軟らかさのある触手を増やしたため、タイヤ部分の潰れが大きくなっている。

 潰れるという事はそこに力が加わっている事になるし、潰れて地面との接地面積が増えたのと、粘度のある触手で地面との抵抗も増えたのだろうか。

 いずれにせよ結果として、引くための抵抗はもう一段上がっているようだ。


「では速度を上げていきます」

 ミゼロイが徐々に速度を上げていく。それと同時に荷台に伝わる振動も大きくなっていく。

「走り出した後の引き味も、やはり少々重い感じですね」

「振動はさらに小さくなりましたね。なんだろ? 細かいガタつきが減ったんですかね?」

「そうじゃな。跳ねるは跳ねるが、ビリビリした感じが減ったの」


 軟らかくなった結果、路面の小さな凹凸を吸収する事に繋がったのだろうか。

 吸収できる凹凸のサイズがあまり大きくないので、大きめの石畳に効果が見込めるかは怪しいところだろう。

 先日と同じく、子爵邸の馬車止めでUターンして裏庭まで戻ってくると、タイヤの状態をチェックする。


「軟らかいとは言え、この程度の移動では特に傷んだりはしてないですね」

「うむ。尖った石が多少刺さっとるから、この状態で長い距離を走ったらどうなるか次第じゃな」

「ですねぇ。どんどん入り込んでいって、楔を打ち込んだみたいに一気に裂けたりしたら怖いですね」

「…………。お前さんはそうやって時々嫌な事を言うのぅ。まぁ最悪裂けた所で、ほとんど今の木の車輪に戻るだけじゃろ? すぐ止めて、直すか左右の高さを合わせるためもう片側も外すかじゃろうな」

 勇の口にした最悪のケースに、エトが渋い顔で応える。


「さて、次は硬めの方を試してみますか」

「そうじゃな。どんな違いが出るものやら……。ミゼロイは大丈夫か?」

「ええ、全然問題ありません。お気遣い、ありがとうございます」


 ミゼロイの体力も十分のようなので、早速車輪を履き替えて試走してみる。

 次に履いたのは、触手の仕様は中間タイプと同じで、その外側を一段硬いロックワームの皮で覆ったタイプだ。

 加工していて気付いたのだが、ロックワームの皮は二重構造になっており、外側は硬めでその下に伸縮性の高い柔らかめの層がある。

 おそらく軟らかい方が移動に使う筋肉のような物で、硬い方が皮膚の役割を果たしているのだろう。


 どちらもそのままだとタイヤにするには分厚過ぎるので、境目の部分を中心に外側も内側も削って厚みを調整している。

 この部材をチョイスした時には硬めの外側にしか気付かなかったので、内側も踏まえた現状だと“硬めの方”というのは矛盾しているかもしれない。


「では、まいります!」

 ミゼロイがぐっと力を入れて、荷車を引き始める。

「お? これは今まで一番軽いですね。さほど木だけのものと違わないかもしれません」

 硬めの層は、これまでの素材に比べて弾性が高そうだったので、その影響だろうか。


「速度を上げても重くなったりはしないですね。先程までのと比べると少し跳ねる感じはしますが、木のままの硬い感じではないです」

 そう言いながら徐々にミゼロイが速度を上げた。


「おお!? 一番軟らかいのよりは跳ねる感じはしますけど、中間のよりは良い感じじゃないですか?」

「ああ、跳ねはするがガツンとくる感じではないの。不思議なもんじゃ」

 二重構造になっているのが功を奏したのか、想定したよりも硬くない乗り心地に2人が驚く。


 こうして元の木だけの車輪と合わせて4種類の車輪の試走&試乗会が終了した。


「エトさん、どうでしたか?」

「そうじゃな……。最後のロックワームのが一番じゃろうな」

 少しだけ考えたが、エトがキッパリと言い切る。

「やっぱりエトさんもそう思いますか?」

「ああ。バランスがいいのはもちろんじゃが、欠点らしい欠点が無いのが良いの。これが最終形という訳でもないし、コイツを基準にして改善していくのがええじゃろ」

「そうですね。ひとまず全体的に底上げが出来た感じなので、これで様子を見てみましょうか。幸いロックワームの皮も他の素材も、あまり特別な加工をしなくても腐ったりしませんしね」

「消耗品になりそうなロックワームが、1匹分でも大量に確保できるのもいいの」

 集まった素材だけで作ったわりに、中々の成果が出たことに満足する二人。


 現実逃避から始まった馬車の車輪改良は、ひとまずの決着を見る。

 まずは子爵家の馬車と、オリヒメ商会の馬車の車輪が全て、順番に換装されることになった。

 そしてこの日から、クラウフェンダムの冒険者ギルドには定期的にロックワームの素材依頼が出る事になるのだった。



 馬車の車輪祭りが終わった翌日からは、再び鎧型魔法具その2の魔法陣複写作業が行われた。

 その1と同じく丸二日かけて作業が終わった頃には11月に入り、季節はいよいよ冬に向かって日一日と寒さが増しつつあった。


「もぁ~~ん」

 複写し終わった魔法陣の解読を進める勇の足元から、織姫の鳴き声が聞こえてくる。珍しく鼻にかかったような気だるげな鳴き声だ。

「なふぅ…」

 さらに気だるげな、ため息交じりの鳴き声が聞こえてくる。


「……。姫、心地よいのは分かるけどさ、ちょっとだらけ過ぎじゃないか??」

 解読の手を止めた勇が、足元の織姫を見やり苦笑した。

「にゃっふ」

 片目だけ開けてチラリと勇を見た織姫だが、再び目を瞑ってしまった。

「やれやれ……。ちょっと作るのが早すぎたかなぁ、コタツは……」

 そんな織姫の様子を見て、勇が小さくため息をついた。


 織姫が勇の足元で何をしているかと言うと、来るべき冬に備えて織姫の為に作った小型のこたつの試作品に、首まで入って蕩けているのだった。

 魔法コンロに使っている熱の付与エンチャント・ヒートの魔法陣をごく弱い魔力で発動させることで、程よい温かさになる事が分かったため、勇が試作したものだ。

 50センチ四方の正方形で高さも25センチ程と、完全にオリヒメ専用設計である。


 もう一段寒くなってからお披露目するつもりだったのだが、織姫が魔法具を起動させる方法をいつの間にか覚えており、前足の肉球で器用に起動用の魔石を触って起動、そそくさと潜り込んで今に至っていた。

 ちなみにこたつ布団は、こたつの存在を知ったアンネマリーが、その数時間後に布と綿を縫い合わせて作り上げてきた一点ものだ。


 引っ張り出す事は不可能だと悟った勇は、あらためて複写した魔法陣の解読を再開した。


 プロテクターのような見た目の魔法陣は、これまで見てきた魔法陣とは明らかに一線を画すものだった。

 まず、外部から取り込むパラメータの種類が多い。いまいちどんなパラメーターなのか分からないものも多いが、魔法に関するものが多いように思える。

 そして、その取り込まれたパラメータに対する対応パターンの分岐が、これまた多いのだ。


「switch文みたいなのが無いのか、とんでもない数のif文だなぁこれは……。しかもインデントしてあるわけじゃないから、どの階層の条件なのかカオスすぎる……」

 魔法陣を順に解読しながら勇がぼやく。

 

 switchもifも、様々なプログラム言語にある条件分岐の命令だ。Aだったら〇の処理を行う、という感じで、主に一つの条件を判断する時に使われるのがif命令だ。

 対してswitchは、複数の条件を一度の処理で纏めて判断する事が出来る命令である。

 ifだと条件が多岐にわたる場合、Aだったら〇、そうでなくてBなら△、さらにそうではなくてCなら□で……とどんどん複雑になってしまうのだが、それがswitchだと、Aなら〇、Bなら△、Cなら□で、Dなら×とまとめて書けるので、見た目がスッキリして分かりやすくなるため便利なのだ。


 翻ってこの世界エーテルシアの魔法陣は、if命令はあるがどうやらswitch命令が無いらしい。

 前述の通り、さまざまな外部パラメーターを細かく条件分岐させているのだが、それが全てif命令で描かれているのでややこしい事この上ない。


 これがプログラムなら、命令を一つずつ実行させては止める機能があることがほとんどなのでまだマシだ。

 しかし魔法陣にそんな機能は無いので、メモをしながら全て頭の中でシミュレートしなくてはならない。もはや修行のレベルだろう。


 そんな地道な解読のストレスを、こたつで蕩ける姫の顔を見ながら紛らわせつつ作業する事丸二日。

 ついに勇は、この鎧型魔法具のコンセプトらしきものを把握するに至った。


「これ、いわゆるリアクティブアーマーみたいなヤツじゃないか?? しかも色んな魔法の効果にこれだけで対応させようとしてる気がする……。そりゃあ外部パラメーターも増えるし条件も複雑になる訳だよ……。やれやれ、どの世界にもとんでもない事を考える人ってのはいるもんだなぁ」


 そのコンセプトと呼ぶにはあまりに無謀で壮大な考え方を知って、盛大にため息を漏らす勇であった。

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