第7章:魔法理論研究所の本気

第103話 謎の箱

 およそ五ヶ月ぶりの米を堪能したことで心の平穏を取り戻した勇は、翌日からエトらと共にようやく戦利品の解読に着手し始めた。

 久しぶりの魔法理論アルゴリズム研究所での本格的な作業だ。


「ふむ、見た目は作りのしっかりした金属の箱じゃの」

 エトが箱型の魔法具を色々な角度から眺めながら呟く。


 勇たちがまず手を付けたのは、現地ではバラす事が難しかった箱型の魔法具だった。

 おおよそ30センチ角の濃いグレーの立方体で、外装には厚めの金属が使われているためかズシリと重い。

 手前と思われる面に起動用の魔石が嵌っていなかったら、魔法具とは思わなかったかもしれない。


 天面には、何かを置くためなのか浅い窪みがあり、その部分は別の金属で作られているらしく薄緑色に輝いている。

 また、両側面にもそれぞれ15センチ四方ほどが同じく薄緑色の金属になっている部分があった。


「エトさんここって……?」

「ああ、この部分だけ魔銀ミスリルじゃな。それも真魔銀トゥルーミスリルじゃ」

 エトが薄緑に輝いている部分を撫でながら言う。


「おお、やっぱり魔銀ミスリルですか……。これも魔力を通しやすい金属ですよね?」

「そうじゃな。魔力をよく通すうえ鉄より軽くて硬いから、高級な武器や防具に使われとるな。まぁその分相当値が張るがの」

「それを割と惜しみなく使ってるという事は、それだけ役に立つ魔法具って事なんですかね?」

「まぁ、どうでもよい魔法具には使わんじゃろうなぁ」

 そんなこと言いながら、エトが箱を分解するため詳しく調べていく。


 筐体の作りに関しては勇は素人同然なので、プロフェッショナルであるエトにお任せだ。


「やっぱりこの底面を接合してる部分を剥がすか削るしかなさそうじゃの……」

 調べ終えたエトが、渋い表情で言う。

「やっぱりそうなりますか……」

 答える勇の顔も渋い。


 そこそこ厚みのある金属で出来た箱なのだが、ネジやリベットのようなものは見当たらない。

 それどころか、プレス成型したかのように底面を除いて継ぎ目すら見当たらないのだ。

 どういう技術なのか不明だが、蓋の無い箱状に成形された金属の箱があり、底面部分だけを後から接合して仕上げたもの、と予想された。


 強引に金属を切断する手も無くは無いが、中にどういう形で魔法陣が描かれているか分からないので、最終手段だろう。


「これ、何でくっつけてあるんですかね? 隙間が薄っすら色の違う金属で埋められてる??」

「うむ。溶かした金属を付けてくっつけてあるようにみえるの」

「溶接とかはんだ付けみたいなものかなぁ? まぁ熱で溶かしているとは限らないけど……」


 この世界エーテルシアで金属の接合に使われているのは、鍛接とろう付けだ。いずれも、地球においても古くから使われている技術である。

 旧文明時代の技術は魔法ありきなので、この箱がそういった物理的な方法で接合されているかは分からないが、取っ掛かりはそこしかないのでひとまず熱してみる事にした。


 熱するのに使うのは、魔法コンロの元となった熱の付与エンチャント・ヒートの魔法陣だ。

 熱に強い金属である真魔銀トゥルーミスリルを極薄いナイフのように加工し、それを熱の付与エンチャント・ヒートで加熱。接合面の隙間にある金属を集中的に熱する。

 箱も金属だし、ろう付けされているならろう材の方が融点が低いはずなので、箱自体を加熱してやっても良いのだが、中の魔法陣、特に基板に影響がある可能性があるためやめておいた。


 (まさかミスリルを加工する事があるとは思ってもみなかったけど、その最初がはんだごてになるとはなぁ……)

 某有名RPGをプレイしていた勇にとって、ある意味ミスリルは夢の金属だが、それを使って工具を作った事に内心苦笑しつつ、作業をするエトの手元を見守る。


 慎重に加熱していると、エトの手が感触の変化を捉えた。

「む?」

 するとミスリル製のブレードが、スッと隙間へと滑り込んでいく。

「「おおおっ!」」

 思わず勇とエトの声がハモる。


 箱の内側へ垂れていかないよう、急いで箱の向きを変え足をかませて持ち上げ、下側から覗き込むようにしながら作業を続ける。

 4辺を同時に加熱するのは無理なので、1辺ずつ加熱しながら接合に使われている金属をなるべく掻きだしていく。

 最後の1辺を加熱していると、底板が緩んでいくのが目に見えて分かった。

 そしてついに……。


「よし、これで外せるはずじゃ」

 本体も熱を持っていそうなので、エトがミトンを嵌めて上側をゆっくりと真上に持ち上げていく。

 接合に使っていたろう材が綺麗に除去できていたのか、ほとんど抵抗なくパイ箱の蓋のようにゆっくり持ち上がった。


「なんじゃ? 無属性の魔石か??」

 まず目に飛び込んて来たのは、直径15センチほどの大きな無属性の魔石だった。

 底面に置かれた魔法陣の中央に、キッチリと固定されているようだ。くもりがあるので魔力はあまり残っていないようだ。


「カレンベルクの遺跡から持ち帰ったモノよりは小さいですけど、これも相当ですね」

「ああ、大魔石よりデカいじゃろな」

「それと、こっちのはカットされてませんね」

「そうじゃな。大きさはさておき、形は散々目にしてきた無属性魔石じゃ」

 エトが苦笑しながら答える。


「蓋、と言ってもそっちの方が大きいですけど、そっちの内側はどうです?」

 ひとまず全体像を把握すべく、勇が取り外した上部について確認する。

「ああ、すまんの。どれ?」

 エトが、手に持ったままだった外した上部を、くるりとひっくり返して机の上に置いた。


「ふむ。まぁそうじゃろうな」

 箱の内側は、両サイド、前後面、そして天面に至るまで、魔法陣が描かれていた。

「おわ~、割とびっしりですねぇ……。これは読めたとしても解読に手間がかかりそうだなぁ。やれやれ、大変だなぁ」

 口ではそう言いながら、すでに顔が綻んでいる勇だった。


「お? これ、読めますよ!?」

「おおっ! 本当かっ??」

「ええ。ちょっと細かいんで時間がかかるかもしれませんが。うん、手前は普通の起動陣ですね」

 そう言いながら、早速勇が解読に取り掛かる。


 こうなると、基本何を言っても右から左になる事を知っているので、エトは持ち帰った大きな腕を調べ始めた。


「ちょっと……。コレは、大発見かもしれません……」

 昼食を挟んで午後の遅い時間になって、ようやく一通りの解読を終えた勇が呟く。

「え? また?」

「えっ!? 大発見ですかっ!!?」

「あん? またか」

 午後から合流したヴィレムとアンネマリー、それにエトの言葉が重なる。


「はい。どうやらこれ、魔石に魔力を充填する魔法具です」

 目頭を揉みながら、さらっと勇が言う。

「えっ? どういうことですか??」

「魔力を充填?? え、それってもしかして……?」

「ええ。魔力の無くなった魔石に、再び魔力を補充する事が出来る魔法具だと思います」


「なんじゃとーーーっ!!!!」

「えええーーーーっ!!?」

「なんだってーーーっ!!!?」

 再び三人の言葉が重なる。

 驚くのも無理はない。何せ、魔石というのは使い終わったら廃棄するしかないというのが、この世界エーテルシアの常識なのだ。


「しかもどうやら、人の魔力を使って補充する仕組みですね。この両サイドのミスリル部分から人の魔力を入れると、まず中にある大きな魔石に魔力が溜まります。その後その魔力を圧縮して、一気に天面に置いた魔石に流し込むようです。人の魔力そのままだと魔石に入らないようで、大きな魔石に溜める前に何やら変換をかけていますが、なにをどう変換しているかまでは不明です」

「「「……」」」

 勇の説明に三人は無言だ。説明の内容云々より、魔石が再利用できることに驚き、そこで思考が停止している。


「ただ、なんでわざわざこの大きい魔石を一回通してるのか分からないですし、大きい魔石から小さい魔石に入れる時に何故圧縮してるかも分かりません。大きい魔石に直接魔力を入れられるなら、最初から小さい魔石に直接入れれば良いはずなのに……。あと、これは無属性の魔石専用みたいですね」


「はぁぁ、もうちょっとやそっとでは勇に驚かされることは無いと思っとったんじゃが、甘かったのぅ」

「ええ、認識をあらためねばなりませんね」

「これは死ぬまで驚かされ続けそうだねぇ……」

 現実に戻ってきた三人がしみじみと言う。


「あっ!!!」

 そして、唐突にエトが叫んだ。

「そうか、それで残してあったのか!!」

 一人で何やら納得しているエト。訳が分からず勇が問いかける。

「何が残してあったんですか?」

「あの倉庫の箱ん中にあった無属性の魔石じゃよ。えーっと……あったあった。これじゃ」

 そう言うとエトは、持ち帰ったモノの中から箱を見つけ出すと蓋を開ける。中にはくすんだ小さな無属性魔石が大量に入っていた。


「あーーっ! あの棚にあったヤツですか!?」

「ああそうじゃ。大きさ的にも、この窪みにピッタリじゃないか?」

 エトはそう言って魔石を一つ取り出すと、天面の窪みに魔石を乗せた。

「おおっ! ピッタリですね!! そうか、これに魔力補充するための魔法具だったのか」

 得心したのか、勇が大きく頷く。


「あれ? この小さいほうの魔石はカットされてるみたいだね。うわ、むしろこの中のもの全部カットされてるのか!?」

 補充用と思われる魔石を手に取ったヴィレムが驚く。

「凄いな、わざわざ全部カットするなんて。この数は相当大変だろうに……」

 いくつか魔石を取り出して、ヴィレムが感心している。


「ちょっと試しに補充してみましょうか?? どんな感じか見てみたくないですか??」

 勇が切り出すが、どう見ても一番見たがっているのは勇だろう。

「そりゃいいが、試して大丈夫なのか? どの程度魔力を使うか分からんじゃろ?」

 エトが心配そうに言う。


「ああ、そこは大丈夫だと思います。規定量を吸い取るんじゃなくて、こちらが込めた魔力分だけ吸収する仕様みたいですから」

「なるほど。それなら確かに大丈夫じゃな。くれぐれもやり過ぎんようにな?」

 エトからクギを刺される勇。

「あははー、さすがに無茶はしないので大丈夫ですよ」

 苦笑しながら勇が答えた。


 しかしそこで問題が一つ発生する。

 密閉状態を解いてしまったため、魔法陣の接続が切れてしまったのか、動かなくなってしまったのだ。


「すみません、この接合に使ってた金属が何か分からないので、そのまま使うのは無理ですね……。接続部分を作って繋げるので、ちょっと待ってくださいね」

 そう言って勇は、上側と底面部分を繋げる魔法陣を作っていく。


「……もはや好き勝手に魔法陣を作れるようになってきとるの」

「そうですね……。きっと旧時代の魔法陣職人に混ざっても、遜色ないのでは?」

「いやいや大したもんだねぇ。僕ももっと勉強しないとなぁ」

 呆れて見守る三人を尻目に、「えーっと、ここがこうで……」「ああ、こうか」などと呟きながら、勇は30分ほどで魔法陣を書き上げる。

 上側部分に再び足をかませてリフトアップすると、いくつか作ったL字型の魔法陣で底面と接続していく。


 単に基板どうしの接続箇所をバイパスするだけなので、作った魔法陣自体は極単純だ。

 ただし、どことどこが繋がらないと、処理が流れていかないのかを見極める必要がある作業なので、難易度は高い。


「よし。これで接続完了、っと。エトさん、その魔石をひとつ下さい」

「おうよ」

 遺跡から持ち帰った魔石をエトから受け取ると、魔法具の天面の窪みにセットする。

 起動用の魔石も魔力切れになっていたので、こちらも取り換えた。


「それじゃあいきますね~」

 そう言ってまずは魔法具を起動させる。


 フォンというお馴染みの起動音と共に魔法具が起動すると、薄っすらと両サイドのミスリルが光を放った。


「さて、倒れないように半分くらいの魔力をゆっくり流してみます」

 勇はそう言うと、箱の両側面にあるミスリル部分に手を触れる。

 そして集中すると、ゆっくりと魔力を流し始めた。やり方自体は、魔法陣を描いた後に定着させる作業とほとんど変わらない。


 勇が魔力を流し始めると、今度は底面に設置されている大きな魔石が光を放った。

 魔石の中にゆらゆらと揺れるような光が、ゆっくり渦巻いているのが見える。

 初めて見る光景に全員が息を飲んで凝視する中、勇は10秒ほどかけて半分の魔力を注ぎ込んだ。


「ふぅ」

 勇が軽くため息をつき魔力の供給を止めると、大きな魔石の輝きが一段強くなる。

 同時に天面のミスリルが光り始めた。そして大きな魔石の光が、どんどんと輝きを増していく。

 目を細めても眩しい程にまで輝きを増した後、唐突に大きな魔石が光を失う。

 一拍おいて、今度は天面に乗せた魔石が一瞬強く輝いた。


「「「「……」」」」

 呆然と成り行きを見守る一同。

 10秒ほど待っても何も変化が訪れなかったため、勇が魔法具を止める。


「ふーーー、挙動から見て多分魔力の補充が出来たはずですが、どれどれ、っと」

 そう言いながら天面の小魔石を手に取って眺める。


「おお、すごい! ちゃんと透明度が回復してますね! エトさん、これってどのくらいの魔力が残ってるか分かります?」

 魔力が充填されたと思しき魔石を、嬉しそうにエトに手渡す勇。

「どれ……。むぅ、確かに魔力が増えとるの。ん~~、正確には分からんが、1/4ちゅう感じじゃの」

 経験豊富なエトの見立てでは、25%ほど魔力が入っているようだ。


「ん~~、確か前に小魔石の魔力総量を調べた時って、5,000ちょいくらいでしたよね?」

「そうじゃな。個体差はあったが5,000から5,500くらいじゃったの」

「ですよね。私の魔力値ですが、こっちに来てすぐ調べた時105って言われたんですよ。多少増えてるかもしれないですけど、まぁそんなに変わらないはずです。で、今半分くらいの魔力を入れました。多少多めに見積もってもいいとこ60ってとこです。これ、おかしくないですか??」


「確かに……。5,000の1/4でしたら、1,250ですからね。普通に考えると全く足りませんね」

「ですよねぇ……。まぁ、魔法陣で使われている単位と、こっちに来た時に計った単位が同じとは限らないのでアレですけど、人間の魔力の方が濃いのかもしれないですね」

「なるほどのぅ……」

「もう一回、今度はアンネマリーさんにも試してもらってもいいですかね? 確か前に魔力量を比べた時は、だいたい私の1.5倍くらいだったので、多分色が違ってくると思うんですよね」

「分かりました。ちょっとやってみます」

「あ、そうだ。折角なんで、今補充した魔石で起動してみましょうか。補充出来ているようで出来ていないかもしれないですし」

 そう言いながら勇は、魔法具の正面につけられている起動用の魔石を取り換える。


「さて、これで動けば無事魔力が回復しているって事ですが、果たして……」

「……おお、ちゃんと起動したの!!」

「これでちゃんと魔力が補充されたことが証明されましたね。じゃあ、アンネマリーさん、お願いします!」

「わ、分かりました!」


 少々緊張気味な面持ちで、今度はアンネマリーが魔力を流していく。

 しばらくかけて魔力を流し込み手を離すと、先程と同じ挙動で小さな魔石に魔力が補充された。


「どうです? エトさん」

「ふむ…さっきより透明度が上がっとるの。1/3っちゅうとこじゃな」

「5,000の1/3だと1,700くらいなので、やっぱり私の1.5倍くらいの魔力量が補充されましたね」

「凄いですね、本当に魔力を補充できるなんて……」

「ええ。このデカい魔石をどうにか出来れば、便利そうです」


 こうして、魔石への魔力再充填という(新文明)初の偉業を成し遂げた勇であったが、口には出さない違和感を覚えていた。


(なんでわざわざ無属性の魔石だけ再充填してるんだ?価値で言ったら他の属性魔石のほうが優先度が高いはずなのに……。しかもあんなデカい魔石やミスリルを使ってまで…。旧文明と今とで、魔石や魔法に対する考え方が違ってるんだろうか……?)


 もっともそんな違和感も、すぐに確認する術があるはずもなく、一旦心の片隅に追いやっておくのだった。

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