第104話 冒険者ギルドからのお客様
魔石へ魔力を補充する魔法具は“充魔箱”というストレートな名前をつけられ、継続調査はひとまず保留となった。
現時点で無属性の魔石が足元にゴロゴロしていることもあり、未解読の魔法具解読を優先させた格好だ。
報告を受けたセルファース子爵は、
「もう驚かないと言ってまた驚く事を、世界で一番経験しているのは私達だろうねぇ……」
と苦笑しきりだった。当然、門外不出の品となったのは言うまでもない。
その翌日からは、プロテクターのような鎧の解読に着手していた。
あまりに複雑かつ大容量の魔法陣に、現場での解読を早々に諦めた逸品である。
「いやぁ、ほんとにすごいねぇコレは……。コレを考えた人間の頭の中はどうなっていたんだか」
勇と共に作業にあたっているヴィレムが、今日何度目かのため息をついた。
防護パーツは部位ごとに分割されており、裏側には魔石を嵌めるスロットとともに魔法陣がびっしり描かれている。
そして、それらを繋いでいる厚手の生地にもびっしりと魔法陣が描かれていた。
最初の課題はそれについてだった。
伸びたり縮んだりする生地部分に魔法陣が描いてあるため、下手に扱ったら魔法陣が剥がれるのではないか?という素朴な疑問だ。
すでにモノとして複数個出来上がっている事を考えると大丈夫なのだろうが、そうではなかったら致命的だ。
なので、面倒だがまずは魔法陣を丸写しすることから今回はスタートしていた。
エトとヴィレムは基本的には図として写しているのだが、流石に経験が長いだけあってかなり忠実に模写している。
写し終わったものを確認した際、制作者のクセ字のようなものまで再現されていたことに勇が驚いたくらいだ。
対する勇は意味を把握しながら文字として写していくので、見た目や大きさが原本から変わることが多い。
今回の魔法陣のように密度が濃いと、ヴィレム達が写したものとスケールが合わなくなる事が分かったため、今は2人が写し終えたものを勇が解読するという流れが出来ていた。
丸二日かけてようやく一着目のプロテクターの模写を終え、二着目を確認し始めた勇が気付く。
「……これ、最初のと内容が違いますね」
プロテクターとしての外見は全く同じなのだが、裏に描いてある魔法陣の内容が違うのだ。
剣が全て同じだったので、当然こちらも同じだと思っていただけに驚く三人。
「まさか別物だったとはねぇ。気合を入れて写すしかないね」
「コイツは思ったより大仕事じゃの」
写経のような作業がようやく終わったと思っていたエトとヴィレムが苦笑する。
あきらめて二着目の書き写し作業に入ろうとしたところで、アンネマリーが顔を出した。
イノチェンティ辺境伯領から戻ってきてからは、織姫のご神体に家庭用神殿、ケット・シーのご神体、そしてイノチェンティ辺境伯領での魔法コンロ生産についての調整に奔走しており、研究所に顔を出したのは久し振りだ。
「イサムさん、冒険者ギルドからお客様がいらしてます」
「冒険者ギルドですか?」
これまでほとんど接点が無かったため、何の用だろうと疑問に思う勇。
「あれじゃないか? 馬車の車輪の改造に使えそうな素材が無いか、イノチェンティ辺境伯領へ行く前に依頼しとったじゃろ?」
話を聞いていたエトが言う。
「ああ!! そうでした! 弾力のありそうな素材を試しに集めてもらうよう依頼をしてたんだ!」
それを聞いてようやく思い出す勇。
「分かりました! エトさんもヴィレムさんも気分転換しに来ませんか?」
「もちろんじゃ」
「僕も行くよ。いい加減細かい魔法陣は見飽きたしね」
二つ返事で了承される。よほど気分転換したかったのだろう。
「ふふ、ずっと籠りっきりでしたもんね。物が魔物の素材なので、裏庭に来ていただいています」
「了解です。すぐ行きます!」
複写していた道具をざっくり片付けると、勇たちは本館の裏庭へと向かった。
「すみません、おまたせしました」
「いや、こっちこそ忙しいところすまなかった。クラウフェンダムの冒険者ギルドでサブマスターをしているロッペンだ」
そう言って、体格の良いスキンヘッドの男が右手を差し出してくる。
「初めましてロッペンさん。オリヒメ商会のイサム・マツモトです。イサムと呼んでください」
勇も挨拶を返し、ロッペンと握手を交わす。
ゴツゴツとした剣ダコのあるその手は、彼が歴戦の猛者である事を雄弁に物語っていた。
「なんじゃ、ロッペンじゃないか」
「あ? なんでエトのおっさんが領主様んとこにいるんだよ?」
「やぁロッペン、元気そうだね」
「は? ヴィレムまでなんで……?」
どうやら知り合いのような三者だが、ロッペンだけが状況についていけていない。
「あれ? 二人ともお知り合いだったんですか?」
「うむ。コイツがぺーぺーの冒険者だった頃から知っとるぞい」
「僕は遺跡に潜る時に冒険者を雇うからね。冒険者ギルドにはよく顔を出してたんだよ」
「いやいや、そんな事よりなんで二人が揃ってここにいんだよ? 接点なんかあったか?」
エトとヴィレムが一緒にいる事で、さらに状況が把握できなくなり首を傾げるロッペン。
「なんじゃ、お前さん知らんかったのか? ワシは四ヶ月くらい前から領主様んとこで魔法具を研究しとるんじゃ」
「僕も同じ頃から厄介になってるよ」
「なんだよ、揃いも揃って領主様んとこに転職してたのかよ!? くっそー、羨ましい奴らだぜ」
二人が子爵家で働いている事を知って悔しがるロッペン。
「そんな事はどうでもええわい。魔物の素材は集まったのか?」
「おう、ある程度集まったから持ってきたに決まってんだろ?」
ニヤリと笑って、ロッペンが馬車の荷台をクイッと指差した。大小様々な袋がいくつか荷台に載っている。
「今日は6種類の素材を持って来てるぜ。ギルドに持ち込まれたものは倍くらいあったんだが、今回の依頼に合わなさそうなもんは省いてる。捨てちゃあいねぇから、気になるなら言ってくれや」
厳つい見た目に反して、中々に気が利く男のようだ。
勇たちは、早速素材を見せてもらう事にする。
「まずは弾力のある魔物の筆頭のリーチからだな。今回はフォレストリーチとロックリーチだ」
最初に出てきたのは、勇もよく知っている魔物であるリーチだった。
ゴムボールのように飛んだり跳ねたりして襲ってくるので、ロッペンの言う通りまず思い浮かんだ魔物だ。
「違う種類ですけど、色以外はほとんど同じ感じなんですね」
ぶにぶにと二種類のリーチを摘まみながら勇が言う。
「そうだな。こいつらは棲んでる所によって色とか食ってるもんは違うんだが、それ以外んとこはどういう訳かほとんど変わらんのだ」
面白ぇだろ? と言いながらロッペンが説明してくれる。
「うーーん、悪くはない感触ですが、単体だとちょっと柔らかすぎるかなぁ……?」
「そうじゃの。これだと相当厚みを持たさないと、重さに耐えられんじゃろな」
勇の見立てにエトが賛同する。
「なるほど。そうなるとこっちもちぃとばかし軟らかいか?」
そう言ってロッペンが次に出してきたのは、濃緑色でやや透明感のある魔物だった。
「ああ、ツリースライムか。確かにコイツはスライムの中では硬い方だね」
出てきたものを見てヴィレムが頷く。
「スライムですか。確かに弾力がありそうですね」
そう言いながらグイグイと指で押し込んでみる。
「あーー、たしかに軟らかいですね……。別の使い道はありそうですけど、今回の目的には合わないかなぁ」
「やっぱりそうか。じゃあコイツはどうだ?ヘクトアイズっつって、硬めのスライムに目玉が沢山ついてるような魔物だ」
次に出てきたのは濃い茶色をした魔物だった。
沢山あるという目玉は、予め取り除いてあるようで見当たらない。
「おお!? これは丁度良さそうな弾力ですね!!」
ヘクトアイズは、硬めのゴムのような感触だった。割と理想の感触である。
「あーーー!! そうか、目玉がたくさんあるからこうなるかぁ……」
勇が残念がる。
ヘクトの名の通り目玉が沢山付いているという事は、それを取り除くとどうなるかと言うと……
「なるほど、穴だらけじゃの……」
持ち上げてみたエトが苦笑しながら言う。
当たり前と言えば当たり前だが、目玉を取り除くとそこには何もなくなるので、そこかしこに穴が空いた状態になるのだ。
「これだとちょっと都合が悪いですね」
勇も穴だらけの素材を見て苦笑する。
「……なるほどな。それくらいの硬さが良いなら、次のもいいかもしれねぇな」
次にロッペンが取り出したのは、触手の長い大きなイソギンチャクのような魔物だった。
「こいつはスワンプローパー。沼んなかを移動しながら、その長ぇ触手で獲物を捕らえる魔物だ。胴体も弾力があるがこれまでの話からするとちょっと軟らかいだろうな。良さそうなのはその触手だ。硬さもそうだが、とにかくよく伸びる」
そう言ってロッペンが触手をグイグイと引っ張ってみせる。
「おお?! これは良いですね!! 今回使えなかったとしても、いくらでも使い道がありそうな気がします!!」
触手を伸ばしながら、勇が笑顔で言う。
「お? コイツは合格点か? ひとつでも合格が出て良かったぜ」
四つ目の素材にして初めて好感触のものが出たことで、ほっと胸を撫でおろすロッペン。
「そいじゃあ、次はコイツだ。これもタイプとしてはローパーの触手に近ぇな。伸びる系だ」
続いて取り出したのは、黄土色をした何かの皮のようなものだった。
「こいつはロックワームっつう魔物の皮だ。岩の多い所の地面の中にいる大型の魔物で、分厚くてよく伸びる皮が特徴だ」
ロッペンの言う通り、皮には結構な厚みと大きさがあった。
「なるほど……。確かにこれは弾力がありますね。厚みがあるので、薄くしたときにどうなるかですね。悪くはなさそうなので、候補として保留します」
「了解だ。お、次が最後だな。コイツはこれまでのとはちょっと方向性が違うんだが、ひょっとしたらと思って持ってきたヤツだ」
最後にロッペンが取り出したのは、紫と黄色のブチ模様が毒々しい巨大な茸だった。
「これは……。随分大きな茸ですね」
一目見て勇が苦笑する。
「だろ? こいつはファームファンガス。まぁ見ての通りでけぇ茸だな。茸のクセに足があって走り回るがよ」
がっはっはと笑いながら説明するロッペン。
「こいつは今までのヤツの弾力とはちょっと違ってな。ホレ、ここを見てくれ」
そう言って切断面を指差すロッペン。
「こんな感じで、なんつうかちょっとフワフワした感じで弾力があんだよな」
「おおお、これも良いですね。この密度感のある弾力、硬めのスポンジみたいだ」
勇の言う通り、その感触はしっとりとした手触りながら弾力のあるスポンジのようだった。
考えてみれば、茸はそもそも多孔質だ。それが動くともなれば、弾力が加わってもおかしくはない。
「これは使えますね! ありがとうございます、ロッペンさん」
「おう。気に入ったもんがいくつかあって良かったぜ」
勇から差し出された右手をガッチリ握り返しながら、ロッペンがニカリと笑った。
「じゃあ持ってきていただいたものについては、全て費用をお支払いしますね。で、ローパーの触手とファームファンガス、あとロックワームについては引き取ります。他の素材については不要なので、そちらで好きに使ってください」
「おいおい、いいのかよ、使わねぇもんまで金を払って……?」
勇の物言いに驚くロッペン。
「ええ、構いませんよ。だってオーダー通りの“弾力のある魔物の素材”には違いないですからね。それを持ってきてくれたのに、こっちの好みじゃないからと買取を拒否したら、次から二度と依頼を受けてもらえなくなりますよ。まぁ、なんでも良いから持ってきてもらう依頼はこれでおしまいですけどね」
勇が苦笑しながら言う。
「なんだよ、イサムさんすげぇ話が分かるじゃねぇか! 迷い人っつうから、てっきり冒険者の事なんざ何も知らねぇかと思ってたが……。はっはっは、こいつはありがてぇ!」
「仕事としてお願いしてますからね。それに対しての対価は支払うのが最低限のマナーですよ。ちょっと頂いた素材で色々試してみて、使えそうであれば今度は素材を指名してまた依頼を出しますね。その時はよろしくお願いします」
「おうよ! イサムさんのお願いなら最優先で一番良い所に貼り出してやるぜ!」
「あはは、ありがとうございます」
三度握手を交わす勇とロッペン。
馬車の改良に使えそうな素材を入手すると共に、意図せずして冒険者ギルドとの友好関係が築かれるのであった。
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