第100話 デモンストレーション

 遺跡から領都イノーティアまでの道すがら、勇は馬車内で爆裂玉のデチューンを行なっていた。


「よし、これで大体6割くらいの威力になってるはずだ。単純な仕組みで良かったよ。ティラミスさーん、次の休憩の時にちょっと試したいので、街道から外れた場所に停めてもらっても良いですか?」

「了解っす!」

 30分程度で作業を終えた勇が、御者をしている女性騎士ティラミスに声を掛けた。

 勇の言う通り爆裂玉の仕組みは相当に単純だった。

 

 雷玉と同じく、起動陣側で起爆までの時間をカウントし、後は爆発の魔法陣を発動させるだけだ。

 少し違ったのは、爆発の命令にパラメータがある事だった。

 熱量、爆発力、範囲の3種類が個別に設定できるようになっていたのだ。


 今回は、熱量と範囲を弱める形でデチューンを図っている。

 爆発力と範囲が別扱いな事に少々違和感を覚えるが、魔法なのでそういうものなのだろうと納得する。


「爆発の加減を調整できるのは、色々と応用が利きそうじゃな」

 勇からパラメータの話を聞いたエトが言う。

「そうですね。爆発させず熱量だけ強くしたら、建物への被害を少なくして生き物だけにダメージを与える、とかも出来ますし、逆に熱量を抑えれば、森の中でも火事にならないので便利ですね。まぁ、出来れば武器ではない方向に使いたいところですけどね……」

 苦笑しながら勇が答える。自分たちを守るための武器、武力を整備する事は当然必要だが、それは人を殺すための力を強化する事と同義だ。

 無抵抗主義などと聖人のような事を言うつもりは毛頭ないが、エスカレートする一方だった地球の兵器開発競争を知っている身としては、うんざりもしよう。


「道具なんてもんは、結局使うもんの心ひとつじゃわい。包丁だって簡単に人を殺せるし、馬車だって人を撥ねて殺せる。それと一緒じゃよ」

「まぁ、そうなんですけどね。魔物もいますし、自分の身は守りたいですから。安易に広まらないようにだけ気を付けますよ」

「ああ、それが良いじゃろ。それに、圧倒的な力を持ったら、誰も喧嘩なんぞ吹っ掛けてこなくなるわい」

 エトが笑い飛ばす。

「あはは、それもそうですね」

 勇もそれに応えるように笑った。


「しかしコレ、雷玉と一緒で魔力の無駄遣いが激しすぎますね。戻ったら、廃棄する規格外魔石で動くように作り変えますよ」

 少々重くなった空気を振り払うように、勇が話題を変える。

「そうだね。雷玉の時と同じく、時間のカウントを機能陣側に持っていって、魔力の蓄積とカウントを併用するんだよね?」

 魔法陣におけるアルゴリズム、という概念を理解し始めたヴィレムが勇に確認する。

「ええ。それが一番効率が良いですからね。シビアな時間管理も不要ですし。使い捨ての魔法具はコストが嵩みますから、魔石の費用を抑えられるのは大きいと思います」

「非常に助かりますね。領の運営費は、防衛や警備に関連したものが多くを占めますから。それを抑えたり、同じ額で強化できるなら、とても有難いです」

 話を聞いていたアンネマリーがうんうんと小さく頷きながら言う。


 この世界エーテルシアの軍は、基本的に常備兵によって運用されている。

 魔物の脅威は年中無休なので、常に戦いに備える必要がある。戦う者とそうではない者を分けたほうが効率が良いのだ。

 徴兵制度を取っている国もあると聞くが、少なくともここシュターレン王国では志願制の職業軍人である。

 国を挙げての戦争ともなれば徴兵されることもあるだろうが、最終手段だろう。


 ちなみに冒険者も魔物と戦う職業と言えるが、年齢が上がるにつれて兵士に転職するものが増えるらしい。

 中堅クラスまでの冒険者からしたら、同じように戦って給料が安定する軍人になったほうが良いのだ。

 結婚相手としても、頼りがいがあって景気に左右されない兵士は人気だというからさもありなんだ。


 そんな訳で、どの領主も常備軍の維持費用をどう捻出するかは、頭の痛い問題なのだった。


「そうですね。同数で底上げできれば犠牲者も減らせるでしょうし、領内の開拓にも乗り出せますしね」

 そう返した勇に、アンネマリーは大きく頷いた。


 クラウフェルト領は、領都の周りこそ魔物が少なめだが、それ以外の場所は森だけあって魔物が多い。

 開拓を進めるには魔物の対策が必須であり、この開拓こそがクラウフェルト家の悲願の一つなのだ。

 その一助になるのだから、やり甲斐もあるなと思う勇だった。


 その後、勇のお願い通り街道からは見えない場所で休憩を取り、爆裂玉が想定通りデチューンされたことを確認した一行は、夕方頃イノーティアの街へ戻ってきた。

 この時間から辺境伯を訪ねる訳にはいかないので、遺跡探索の報告のため後日伺いたい旨を門にいた騎士に言伝して、宿へと戻ってきた。


 街に残って、工房誘致に関する調整を進めていたシルヴィオからも、問題無く調整が出来たと聞かされる。

 これで今回の出張の必達事項は達成された事になったので、遺跡からの帰還祝いも兼ねた打ち上げが、その日の夜に行われた。


 明けて翌朝。朝食を終えて、さて本日は何をしようかとラウンジで話をしていた一行の下を、辺境伯家の遣いが訪ねてきた。

 明日の午後に時間が取れるので、報告に来てもらいたい旨の伝言だった。

 「お土産がある」とほのめかしたのが功を奏したのだろう、通常では考えられない早さでのアポイントメント成立だ。


 この日の午前は、昨日までの疲れをとるため宿でのんびりし、午後からは街をぶらぶらして過ごしたのだが、勇にとって嬉しい発見があった。


 “米”と思われる穀物を発見したのだ。


 イノーティアの脇を通るメーアトル河から少し離れると岩砂漠が広がるこの辺りだが、河を下っていくとその周りは広大な平原へと姿を変える。

 この平原部では河川敷も広大で、その一部で作られているのがオリザと呼ばれているこの穀物らしい。

 春の終わりから夏にかけての雨季になると水嵩が増して水に浸かり、秋以降の乾季になると水が引く河川敷で育つ穀物なので、コメの可能性が高いと勇は踏んだのだ。


 栽培している付近では昔から食べられているそうだが、それ以外の地域にはほとんど広まっていないローカルフードだという。

 ここイノーティアは、メーアトル川を使った水運のハブになっている街のため、少量ながら取り扱いがあるのだと、オリザを売っていた店の店主が教えてくれた。

 まだ籾の状態で売っていたため、数粒割って中身を確認させてもらったところ、少々色は赤っぽいが見慣れた米に近かったため、店に置いてあるだけ買い占めた勇だった。


 籾摺りと精米には時間がかかるため、ひとまず子爵領に持ち帰ってから色々と試してみるつもりだ。

 得体の知れない作物を買い占めて頬が緩んでいる勇を見て、ヌーバーやティラミスは驚いていたが、勇の作る食べ物には間違いがない事を知っているメンバーは、また一つ美味いものが見つかったのかと喜ぶのだった。


 そして翌日の午後、勇たちは遺跡探索の報告のため、再び辺境伯の館を訪れていた。


「ほお、まだあの遺跡に隠し部屋なんぞ残っていたのか。完全に探索し尽くされたかと思っていたんだがな……」

「はい。場所まではお伝え出来ませんが、小さな倉庫のような部屋で、雷玉ともう一つアーティファクトを発見、持ち帰っています」

 用意していたカバーストーリー通りの説明をして、勇がオリジナルの雷玉と新規発見した爆裂玉(デチューン済み)をテーブルへと置いていく。


「確かにコイツは雷玉の原型だな。ずいぶん昔にあの遺跡で発見されたって話だが、まだ残ってるもんがあったか。で、もう一つの方が新しいアーティファクトか……」

 ナザリオ・イノチェンティ辺境伯が、爆裂玉を手に取ってしげしげと眺める。


「はい。帰りの道すがらどんな魔法具なのか試してみたのですが、どうやら爆裂魔法が仕込んである魔法具のようでした。なので我々は“爆裂玉”と呼んでいます」

「おう、爆裂魔法かよ。どの程度の威力があるんだ? 威力次第では、相当ヤバい代物になるぞ?」

 爆裂魔法と聞いて、ナザリオの目が鋭くなる。


「我が領の魔法騎士の見立てでは、標準威力よりやや劣る程度であると思われます。ただし、筒の中に仕込まれた金属片が爆発と共に飛び散るので、爆炎弾ファイアブラスト石霰ストーンヘイルを同時使用したのと同じような現象であると言えますね」

 デチューン後の威力をリディルに確認してもらった結果を伝える勇。


「合成魔法と同じかよ……。標準威力より劣るとはいえ、結構なもんだな」

 勇の説明に眉間の皺が深くなるナザリオ。

「よろしければ、一つ二つ御覧に入れましょうか? まだ多少数には余裕がありますし、実際に見ていただいたほうが早いかと思いますので」

「なにっ!? 数に余裕があるとは言え、新しく発見したばかりのアーティファクトだぞ……!? いいのか、アンネマリー嬢?」

 勇からの提案に驚いたナザリオが、アンネマリーにも確認を取る。


「ええ、もちろんです。その代わり、気付いた事や注意点があったら教えていただけますでしょうか?」

「ああ分かった。その程度お安い御用だ。裏庭の練兵場でいいか? メルクリオ! すまんが裏庭を空けてくれ。人払いもな!」

「了解しました!」

「ご配慮、ありがとうございます」


 暫く後、人払いされた練兵場の端に勇たちが出てきた。

 館の裏庭側にはほとんど窓のある部屋は無く、その一部の部屋も人払いをして入り口に警備の騎士が歩哨に立っていた。

 イノチェンティ家からは、当主のナザリオ、その夫人フルーリエ、二女のユリア、先ほどナザリオからの指示を受けていた騎士団長のメルクリオ、そして家令の5名だ。

 なお、ユリアは末っ子で、上に二人の兄と一人の姉がいるのだが、長男は領主代行として王都に、次男は前線部隊を率いて隣国との国境を警備している。姉も他家に嫁いで家を出ているとの事だった。


「それでは行きますね。ミゼロイさん、二つ数えてから投げてください。あ、くれぐれも建物には気を付けてくださいね……」

「了解です!」

 投擲役は、一番慣れているミゼロイが行うことにしたようで、一人だけ練兵場の壁際へと移動していく。

 勇は指示を出した後、辺境伯の隣へ移動して簡単な説明を行う。


「あれは、起動させると5つ数えたくらいで爆発するようです。雷玉と似た感じなので、おそらく使い方も同じ、投げて使う武器だと思います」

「なるほど」

 そうこうしているうちにミゼロイの準備が整い、こちらに向かい大きく手を振っている。

 勇も手を振り返しGOサインを出すと、ミゼロイが魔法具を起動させた。そして、1、2と数えてから投擲する。


 20メートルほど飛んで地面をコロコロと転がったあと、一瞬の間をおいて“ボンッ”と言う爆発音が響いた。

 壁に囲まれている場所のため、音が四方に反響する。

 デチューンを施した爆裂玉は、勇の狙い通り直径3メートルほどの窪みを練兵場の地面に刻んでいた。


「では、続いてメルクリオさんも投げてみてください」

「はっ!」

 勇が爆裂玉を手渡すと、メルクリオがミゼロイの下へと歩いていく。

 一言二言ミゼロイと言葉を交わすと、準備OKの合図がメルクリオから送られてきた。


「よし! 投げてみろ!」

 ナザリオは手を上げなら、メルクリオへと大きく声を掛けた。


 魔法具を起動させ、ミゼロイと同じように2つ数えてから投擲する。そして爆発。

 先程と同じような大きさの窪みが、もう一つ練兵場の地面に刻まれた。


「と、まぁこんな感じですね」

 そう言って勇は、窪みの方へと歩いていく。


「ただ投げるだけでこの威力か……。どう思う、メルクリオ?」

 魔法具の爆発で出来た窪みを見ながら、ナザリオが問いかける。

 

「そうですね……。費用を無視するなら、非常に効果的な武器だと思います。なんせ投げるだけですからね……。確かに標準威力よりは少し弱いかもしれませんが、合成魔法ですから、これ一発でそこそこの魔法使い二人分の打撃を与えられるので十分です。ただ、射程距離が短いので、投石器などでそれをカバーして、味方に当たらないようにしたい所ですね」

 メルクリオの見立ては、勇たちの見立てとほぼ同じであった。

 それを聞いたナザリオも大きく頷いている。


「こちらは今お渡しする事は出来ませんが、貴家が有事の際には、ご提供しようと考えております」

 勇の隣で話を聞いていたアンネマリーがそう宣言する。

「なに?」

 それを聞いたナザリオが片眉を吊り上げる。


「いいのか? そりゃあ提供してもらえれば助かるのは間違いないが、子爵家の強力な切り札になるだろうに……」

「構いません。貴家の有事という事は、敵国が攻め入ってきたという事。ならばそれをお助けできれば、我が国にとっての利となりますから」

「……そうか。一番はそんな事態にならん事だが……。万一そうなった時は遠慮せずに頼むとするかな」

「ええ。我々も、使わずに済むのであればそれが一番良いと思います」


 こうして辺境伯の館で爆裂玉のデモンストレーションを終えた勇達は、近日中に帰還する事を告げて、宿へと戻っていった。



 勇たちが去った後、ナザリオの執務室に先程のデモンストレーションに参加したメンバーが集まっていた。

「どう思う?」

「あれが量産配備されると、簡単に戦局をひっくり返せるでしょうね……。50個もあれば、一個中隊を潰せます」

「そうだな。特に密集している相手には効果的だろう。魔物の群れにも効くはずだ」

「ええ。何より恐ろしいのが、誰にでも使えるという点です。外壁さえあれば、兵の少ない村や町でもかなり防衛能力が上がるのではないかと……」

 ナザリオとメルクリオが、その有用性について的確に分析をしていく。


「ねぇアナタ。なぜ、彼らは私達にわざわざ教えたんでしょうね? 別に黙っていれば分からなかったでしょうに……」

 フルーリエが首を捻りながらナザリオに問いかける。


「それが一番の謎だな。まぁ恩を売った、という話なのは間違いないんだが、何の為なのかが分からん。ユリアとアンネマリー嬢の仲が良いから友好関係にある家とは言えるが、距離も離れているし直接的な利害はほとんど無いからな」

「そうよね……。今回の魔法コンロの件も、ビジネスの話だからあまり政治的な利害は関係無いし……」


「これから発生する、という事ではないのでしょうか?」

 黙って話を聞いていたユリアが口を開く。

「これから、とは?」

 ナザリオが聞き返す。


「具体的に何かあるわけではないのですが……。アンネは昔から、予測をしてあらかじめ準備をしておくのが得意だったんです。学園の試験なんかも、それでいつもトップクラスでしたから」

「なるほどな。今後何かが起きた時に、味方になれ、と言う訳か……。ふふ、ありそうな話だ。まぁこちらにとって不利益は無いからな、その“何か”が起きるまで、楽しみに待つとするか」

 そう言って、嬉しそうに笑うナザリオだった。

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