第99話 戦利品の確認

 地上に出た時には、既に夜の帳が下りていた。

 遺跡の入り口も暗いため、勇とアンネマリーが夜警の兵士と話している隙に、光の届いていない所を大回りして大物をこっそり運び出せたのはラッキーだった。

 最悪、野営用の道具を破棄して入れ替えることも考えていただけに、ほっと胸を撫でおろす勇だった。


 戦利品を無事運び出した一行だったが、流石に夜の岩砂漠を走る事はせずもう一泊し、翌朝から移動を開始する。

 まずは、遺跡内で試すことが出来なかった魔法具の効果を確認すべく、街道から外れた丁度良さそうな場所を探していた。


「この先に良さそうな場所がありますね。街道より少し下っていますし、目隠しになる大きな岩もあるので、まず大丈夫だと思います」

 先行してロケハンしていたリディルが戻り、一行を先導していった。


「さて、まずはこの爆裂系の魔法具からですね。コイツは仕組み自体はシンプルです。起動させると、5つ数えたくらいで爆裂の魔法が発動します。その爆発力を使って、硬めの金属の外装や内側に詰められている金属片が勢いよく散らばることで、爆発そのものの衝撃に加えてダメージを与える作りになっています。雷玉と同じく、投げて使う事を想定した武器でしょうね。把握したいのは、どの程度の範囲に広がるのかという点と、その威力がどの程度なのか、です」

 いわゆる手榴弾のようなものなのだろう。爆発するというのは、攻撃方法として非常に分かりやすい現象なので、武器にするのは異世界でも同じらしい。


「では、安全に考慮してまずは思い切り遠くへ投げてみますね」

 一行の中で最も力のあるミゼロイが、投擲役を買って出る。

「それでは行きますっ!」

「お願いします!!」

 やや緊張した面持ちで、ミゼロイが魔法具を起動させる。微かな起動光と共にフォンと小さく起動音が聞こえる。

 それを確認すると、ミゼロイが大きく振りかぶってから放り投げた。


 綺麗な弧を描いて魔法具が飛んでいき、30メートルほど先に落ちてコロコロと転がる。

 しばしの沈黙。そして……


 ボンッ、という音と共に魔法具が爆発し、ここまで微かな爆風が届く。

 爆発の瞬間少しだけ炎が見えたが、その後はもうもうと立ち込める土煙しか見えない。

「爆発の規模的には、爆炎弾ファイアブラストと同じくらいでしょうか?」

 投擲後の状況を見守っていたミゼロイが勇に問いかける。

「そうですね。直径5メートルくらいの範囲だったように見えました」

 物陰から出て、爆発跡へと歩きながら勇が答える。


 そして全員興味津々で爆発の痕跡を検分する。

 爆発の中心から直径5メートルほどの地面が軽くえぐられ、浅いクレーターを作っていた。円筒状だったためか、やや楕円形をしている。


「ここの硬い地面がえぐれているので、直径5メートル内における爆発の威力は高そうですね……。それに加えてこの金属片が襲い掛かるのですから、かなりのダメージが見込まれます」

 フェリクスが、クレーターに突き刺さっている金属片を抜きながら厳しい表情で語る。


「金属片だと、倍くらいの距離でも軽く地面に刺さってるっす。致命傷にはならないかもですが、ダメージは与えられそうっす」

 少し離れた所で地面を調べていたティラミスが、顔を上げて見解を述べる。


爆炎弾ファイアブラスト石霰ストーンヘイルを同時発動させたのと同等の効果とみて良さそうですね。同魔法の標準威力と高威力の中間程度の威力と思われます」

 魔法戦の得意なリディルが、規模感や金属片の状況から威力分析をする。


 魔法の威力というのは、込める魔力量によって変化する。

 ゲームのように消費する魔力を数字で見ることが出来ないので、人によって威力に対する感覚がかなりバラついている。


 個人で運用する場合はそれでも問題は無いのだが、騎士団などで集団運用する場合は都合が悪い。

 そこで考えられたのが、威力を指標にした基準だった。

 小威力、標準威力、高威力の三段階が基本で、魔法を使える騎士は、入団後この三段階の威力を使い分けられるよう訓練するのだ。

 あくまで見た目を基準にした指標なので誤差はあるが、運用するにはそのレベルでも必要充分だ。


 ちなみに高威力の上に最高威力と無制限威力があり、最高威力を3回使っても気を失わないことが、魔法騎士を名乗る条件の一つとなっている。

 リディルとマルセラは魔法騎士なので、この条件をクリアしているという事になる。


「この威力が投げるだけで誰にでも使えるというのは恐ろしいですね……。手で投げるだけなら、射程面で魔法に分がありますし、味方を巻き込む可能性もあるので万能では無いですが、投石器を使って運用したら相当な脅威になり得ます……」

 リディルの威力分析を聞いたフェリクスが、険しい顔で言う。


「……この魔法具は、威力を抑えた上で念のためメッキで秘匿処理を施した魔法陣と入れ替えた、ダミーを作りますね。それをいくつか作って、辺境伯様の前でお披露目だけして物は渡さない、というのはどうでしょうか? 外装はそのままなので、渡さなければまずバレる事は無いと思います」

 フェリクスの話を聞いた勇が、アンネマリーにそう提案する。


「そうですね……。このアーティファクトの特性から考えると、もし量産に成功した場合は、有事の際にこれを辺境伯家へ融通する、という口約束だけでも十分恩を売れると思います。

ケンプバッハとの戦いを有利に進められる事になるので、辺境伯家としてはありがたいですし、我々としても他国の侵攻を防ぐ手助けが出来るわけですから、どちらにとっても悪い話ではありません」

 しばし思案したアンネマリーも了承する。

 勇が魔法陣を読める事を知らない限りまず気付くことは無いはずなので、落としどころとしては妥当な線だろう。


「さて、じゃあ次はこの雷の魔石を使う剣、いやショートソードかな? こっちの確認ですね。これは誰に「是非!」「私が!」「私に!!」「やりたいっ!」「っす!」「自分がっ!」うわぁぁっ!!」

 皆まで言い終える前に、全騎士が前のめりで立候補してくる。


「……。ミゼロイ、まずお前はさっき爆裂玉を投げただろ? だから無しだ」

「なっ!!……」

 フェリクスにぐぅの音も出ない正論を吐かれて絶句するミゼロイ。

「リディルとマルセラ。お前らは魔法戦闘がメインだから、武器に関する試験には向かん。ゆえに却下だ」

「「えええっ!!!?」」

 多少強引ながら、間違ってはいないので撃沈する二人。


「そしてヌーバー。お前はまだ入隊1年だ。性能を判断できるほどの実戦経験がないので却下する」

「くっ、了解しました……」

 新人であるヌーバーは、こう言われると反論の余地もない。


「ティラミスは……、特に問題無いな……」

「っす!」

(ちっ……)

「あーっ!! 今舌打ちしたっす! 大人げないっす!!」

「……。仕方が無い、後はコインで決めるとしよう。お嬢様、お願いしてもよろしいですか?」

 至極残念そうな表情でアンネマリーにお願いするフェリクス。


「…………わかりました」

 思い切り苦笑したアンネマリーが、カリナからコインを受け取る。

「よっしゃ、ティラミス! 絶対勝てよっ!!」

「そうよそうよ、副団長に勝たせちゃダメよっ!?」

「もちろんっす! おーぼーは許さないっす!」

 散々な言われ様のフェリクスだが、全く意に介さない。


「では、表か裏を選んでください」

「表っす! 腹黒い副団長には裏がお似合いっす!!」

「……いいだろう。ああ、そうだ一つ提案なんだが、負けたほうが魔物を引っ張ってくる、というのはどうだ? 人に試すわけにもいかないからな、この辺りで魔物を探して引っ張ってくる必要がある」

「望むところっす!!」

 鼻息荒く、ティラミスが同意する。


「……では、いきますね」

 もはや何かを言う事をあきらめたアンネマリーが、ピンとコインを弾いた。

 朝日に照らされてキラキラと輝きながら上昇し、一瞬止まってから落ちてくる。


 ちゃりん。


 地面に転がった銀貨が示したのは“裏”だった。


「くっ、神はいないのかっす!!?」

「ふっ、神頼みなど騎士には不要だ」

 崩れ落ちるティラミス、勝ち誇るフェリクス。


「勝者、フェ「にゃ~ん」……?」

 アンネマリーが勝者をコールしようとしたその時だった。

 織姫がミゼロイの腕の中からひょいと飛び降りると、カリカリッとコインを引っ掻いてひっくり返してしまった。


「な~~ん」

 そのまま崩れ落ちているティラミスの下まで歩いてくると、顔を見上げてひと鳴きした。

「っ!? しょ、勝者ティラミスっ!!!」

 アンネマリーが勝者をコールする。


「なっ!? バカなっ!!」

「ふ、ふははは~、見たかっす!! オリヒメちゃんは女神様も認めた神様っすからね! これは神の意志っす! 正義は勝つっす!!」

 完全に勝者と敗者が入れ替わり、ティラミスが織姫を抱き上げて勝ち誇る。

 負けたフェリクスがガックリと膝を突いたところで、勇が突っ込みを入れた。


「あの~、皆さんの仲が良いのは分かったので、そろそろ検証をはじめてもらっていいですかね?」

「はっ!? 申し訳ない、つい熱くなってしまったっす……」

「大変失礼しました……。直ちに魔物を見繕ってきます!」

 我に返った2人が、早速行動を開始する。

 ティラミスは魔石を嵌めない状態で素振りをして、重心やリーチを確認していく。一方のフェリクスは、馬に乗って魔物を釣りに出かけた。


 10分ほどでフェリクスが馬を走らせ戻ってきた。

「丁度ゴブリンがいたから釣って来たぞ! 数は3だ。いけるな?」

「もちろんっす!」

 ティラミスが盾を構えて臨戦態勢に入る。まずは魔法具を起動しない状態で試してみるようだ。


 1分もしないうちに、3匹のゴブリンがやってきた。

「ぎゃぎゃぎゃっ!」

 見える範囲にティラミスしかいないため気を良くしたのか、ゴブリンがぎゃあぎゃあと騒いでいる。

 ティラミス以外は、先程爆裂玉を投げた時に隠れた岩陰に潜んで様子を見守っていた。


「相変わらずうるさい奴らっす」

 嫌そうに呟いたティラミスが、盾を構えたまま3匹の中央へ向かって走っていく。

「ぎゃぎゃあ!」

 何が嬉しいのか中央のゴブリンが歓声を上げて手にした棍棒を振り回す。


 しかしティラミスは、ゴブリンまであと5歩というところ急に方向を変え、右端のゴブリンへと一気に加速した。

「ぎゃ?」

 不意を突かれた右側のゴブリンが、反応できず棍棒を振り上げたまま間抜けな声をあげた。


「おりゃっ!」

 無防備になったゴブリンの脇腹めがけて、ティラミスがショートソードを横薙ぎに振るう。

「げぎゃーーっ!」

 脇腹を切り裂かれ激痛にのたうつゴブリンの眉間にショートソード突き入れ止めを刺したティラミスが、足を止めて中央のゴブリンを見据えた。


「ショートソードとしてはちょっと鈍らっすね! 切れなくはないけど、切れ味が良い訳ではないっす!」

 二、三度剣を振って血糊を飛ばしながらティラミスが大きな声で報告してくれる。

 そしていよいよ柄頭に魔石を嵌めて、魔法具を起動させる。

 フォンといういつもの起動音と共に、刀身の付け根の方に直接描かれている魔法陣が光を放った。雷の魔力光である白っぽい薄紫色の光だ。


 油断なく盾を構えたまま、くるくると剣を回して様子を確かめるティラミスだったが、特に変わった様子は無かったのか、中央のゴブリンへと向かっていった。


「ぎゃっ!!」

 突っ込んでくるティラミスに、ゴブリンが棍棒を叩きつける。

 ゴン!

 盾でそれを軽くいなすと、ゴブリンの上体が流れる。その隙を見逃さずティラミスがショートソードをゴブリンの棍棒を持った腕に叩き込んだ。


 バヂィィィィッ!!!

「ぎゃぎゃーーーーっっっっ!!!!!」

 その瞬間、ゴブリンの体表を青白い光が走り絶叫をあげる。

 腕もショートソードで叩き斬られているが、ビクビクと痙攣して泡を吹いているのはそのせいではないだろう。


「ななな、なんすかこれっ!?」

 一方のティラミスは、自分でやっておきながら大慌てだ。

 起動したのに見た目は何も変わらなかったため、発揮された効果の大きさとのギャップに驚くのも無理はない。


「ティラミスさんっ! 次は出来れば、軽く触れるか、剣の腹で殴ってもらって良いですか!?」

 一部始終を見ていた勇から、ティラミスへオーダーが飛ぶ。

「わ、わかったっす!!」

 戸惑いながらも了承の返事を返すティラミス。


「ぎゃっぎゃっぎゃ」

 そんな戸惑いを知ってか知らでか、残ったゴブリンがティラミスへと襲い掛かる。

 多少慌てていようが相手はゴブリンだ。ティラミスは振り回される棍棒を難無く避けると、足を引っかけてゴブリンを転倒させる。

 間髪入れず、剣の腹で倒れたゴブリンの横っ面を叩いた。


 バヂィィィィッ!!!

「ぎゃっぎゃーーーっっっ!!!!!」

 再びゴブリンの体表に青白い光が走る。そして同じく、ビクビクと痙攣して泡を吹いてしまった。

「ひいぃぃ、またっす!!」

 またもや泡を吹いてしまったゴブリンを見て、ティラミスが軽く悲鳴を上げる。


「雷の魔石だからもしやと思ってたけど、やっぱり電撃系かぁ……。少なくともゴブリンを一発で無力化出来るとか、スタンガンどころじゃないな。電圧も電流も強そうだ」

 ゴブリンの様子を見た勇が呟く。

「あれがどんな魔法具か分かったのですか?」

 その呟きを聞いていたアンネマリーが問いかける。


「何となく、ですけどね。雷玉と同じような現象を触れた相手に引き起こしているんだと思います。しかし、どの程度の威力かは分からないです……。少なくともゴブリンは一撃で無力化出来る威力がある事だけは事実ですけど」

「なるほど……」

「こっちは念のため伏せておきましょう。解読できないのでダミーも作れませんし……。ちゃんとした切れ味の剣とかリーチのある槍に付与したら、相当使い勝手の良い武器になると思いますよ。触れるだけでダメージを与えられるんですから」


(これ結構な電圧だから、空中放電したり剣を伝って自分が感電してもおかしくないのに……。電撃に指向性を持たせてるのか?

 それに見た感じ、体表だけに電撃を這わせてる気もするんだよなぁ……。そこまでしてもゴブリンを殺す事も出来ないとか、どうにもちぐはぐな気がする。これ、単純そうに見えて意外に奥が深い魔法具なのかもなぁ)

 内心これを単なるスタンガン的な魔法具とするには違和感があると感じた勇だったが皆までは言わず、戻ったらより詳細に調べようと心に決めていた。


「確かに仰る通りですね……。わかりました。こちらは秘匿する方向でいきましょう」

 そして理由を聞いたアンネマリーは、納得顔で頷いた。


「さて、それじゃあ今度こそ帰りますか。辺境伯へのお土産も、クラウフェンダムへのお土産も出来ましたし、上出来ですね!」

「「「「「おーーーっ!!」」」」」


 早朝から戦利品の検証を行った一行は、勇の掛け声とともに、イノチェンティ辺境伯領の領都イノーティアへと針路を取った。

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