第98話 大きな腕
勇がロボットの腕のようだと評したそれは、至近距離で確認すると、地面から生えているのではなくラックのようなものに立てかけられていた。
人間の腕をベースに考えた場合、肩から先の部分が揃っている状態だ。
「イサム殿、ろぼっと、というのは?」
一言呟いた後、見入ったまま動かなくなってしまった勇にフェリクスが声を掛ける。
「あ、ああ、すみません。前の世界にあった魔法具なんですが、人の動きや動物の動きを真似た魔法具の総称、と言ったところですかね。小さなものだと人の手よりも小さくて、自動で同じ動きをひたすら繰り返し、一日中何かを組み立てたりしていました。大きなものは人間の何倍もの大きさがあって、人が操作して大きな穴を掘ったり建物を壊したりするのに使われますね。あとは……」
ここで一旦逡巡する勇。
先の二つの例は、重機を含めたいわゆる産業ロボットの例で、実用化もされているものだ。
ロボットには違いないのだが、目の前にあるものから勇が連想したものとは異なる。
しかし、勇が連想したアニメやゲームに出てくる人型兵器としてのロボットは、研究・試作は行われているが多くはフィクションだ。
それをどこまで話したものかと考えたのだが、結局そのまま話すことにした。
「まだ実用化には至っていませんでしたが、人の動きを完全に再現できる巨人を作る研究がされていました。平和利用するなら、建設や各種工事、災害時の救助などに使われるんでしょうが、そうでなければ……」
「戦いの道具、という事ですか……」
フェリクスが渋い表情で勇の言葉を継いだ。
「はい。人が操作するタイプと自律して無人で動くタイプ、双方が研究されていましたよ。それと、物語の題材としても人気で、空を飛んだり海に潜ったり形を変えたりするものまで、かなりの数の作品が作られていましたが、多くはそれを使った戦争や戦闘が主題です。そしてこの腕は、どちらかと言うとその物語に出てくるロボットのものに思えたんです」
そう言って勇は腕を詳しく検分し始めた。
形状的に肩口から先が揃っている状態で、長さは2メートル無いくらいだろうか。人間の腕の二倍以上三倍未満の長さだ。
指は5本指ではなく3本で、親指と人差し指とそれ以外をまとめたもの、というやや簡略化された構造のようだった。
前腕から上腕にかけては軽い金属のような装甲で全面が覆われており、中身は少し厚みのある繊維状のカバーに包まれて確認出来ない。
そして特筆すべきは、前腕部に装着された大きな装置だ。
腕側が赤っぽい色なのに対して、この装置は黒い色をしていた。
手の甲辺りから肘の少し先くらいまである箱状のそれは、明らかに後付けされたものに見える。
また、上腕に付いているスライドできるレールのようなものとベルトで取り付けられていることからも、後付け・換装出来るように設計されていることが窺える。
「仮にこれが、人型の魔法具の腕だとすると、交換用の予備部品か修理・改修中の部品の可能性が高そうだな……。廃棄予定ならわざわざこんな綺麗にしないし、ラックに置いたりもしないだろうし……」
腕組みしながら考えている勇の下に、全員がやって来る。
「やっぱり鎧を着けた腕のようじゃのぅ」
勇と並んであれこれ確認しながらエトが呟く。
「ですよね。思ったほど重くはないので、これも持ち帰ってバラしてみますか。ここでバラすわけにもいきませんし」
「そうじゃな。道具も足りんし、誰かさんが集中し始めると動かなくなるからの。魔物が出そうなここではやらん方がええじゃろ」
くくく、と喉の奥で笑いながらエトが言う。アンネマリーや騎士達もうんうんと頷いている。
そんな中、第一発見者のヴィレムが顎に手を当て何やら考え込んでいた。
「どうしたんですか、ヴィレムさん?」
「……エトさん、
「
「ひょっとして、昔の紛争で一度だけケンプバッハが使ったと言われる巨人の事でしょうか?」
そう答えたのはカリナだった。意外なところから出てきた答えに驚く一同。
「良く知っているね、カリナ嬢。そう、そのケンプバッハが使ったと言われる巨人の事だよ」
「いえ、以前読んだ書物に、そのような記述がありましたので……」
少し照れながらカリナが答える。流石は子爵家随一の読書家だけあって知識の幅が広い。
「結構な被害がこちらにも出たらしいんだけど、何故かその一回しか使われなかったんだ。倒したという記録も無いから、今では見間違いだったという説が優勢なんだけどね……。その巨人の色が、確か赤色だったはずなんだ……」
「ケンプバッハが使った赤い巨人……」
勇がヴィレムの言葉を反芻する。
この遺跡はケンプバッハからも近い。似たような遺跡は、イノチェンティ辺境伯領からケンプバッハ東部にかけて点在しているという事なので、あちら側の遺跡で完動品が発掘されていてもおかしくはないだろう。
一度しか実戦投入されなかったというのが気になるところだが、この腕が
「いずれにせよ、持ち帰って調べてみる他ありませんね。発見したのが我々で良かったと思いましょう」
しばしの沈黙の後、フェリクスが口を開く。流石個性派が揃っている騎士団の副団長だ。冷静である。
「そうですね。有用なのであれば活用したらいいだけですしね!」
と、一旦巨人の腕の事は棚上げして、さらに詳しく武器庫を調べる事にした。
「……まさか更に奥に扉があったとはのぅ」
扉の前でエトが呟く。
入り口の扉程の大きさはないが、武器庫の最深部の角でもう一つ扉が見つかったのだ。
部屋の角が個室のように飛び出しており、そこに扉が付いている。
「このボタンしか無いっぽいですね」
扉の隣には、5センチ角ほどのボタンの様なものが付いているが、それ以外にコンソール類は見当たらない。
押してはみるが、起動していないので当然ウンともスンとも言わない。
そして勇は、この形状に心当たりがあった。
「う~~ん、多分これエレベーターだと思うんだよなぁ」
「えれべーたー、ですか?」
またしても飛び出した聞きなれない言葉に首を捻るアンネマリー。
「ああ、建物の上下を移動するための魔法具ですね。小さな部屋がそのまま真上や真下へ動くので、階段を使わなくても移動できるんです」
「動く小部屋……。それは便利なんでしょうか? 階段を使ったほうが早いような……?」
「そうですね、2,3階程度だったら確かに階段を使ったほうが早いと思います。ただ前の世界だと、10階以上ある建物が当たり前で、50階建ての建物なんかも結構ありましたからね……。その規模だと、階段を使うわけにもいかなかったんです。あと、体の不自由な人やお年寄りにも優しいですし、重量のある物や大きな物を運ぶのにも便利でしたよ」
「50階ですか!!? そんな建物どうやって建てるのでしょうか??」
あまりに途方もない大きさに、アンネマリーが目を白黒させる。
「とんでもないですよねぇ。私もどうやって建てているか、見当もつきませんよ。多分、構造、建築資材、建て方の全てに秘密があるんでしょうけど……」
建築は専門外の勇にとったら、いや、地球上でも一部の建築関係者を除いて、高層建築がどう作られているかなど知りようもないだろう。
当たり前のように建っているので当たり前のように使っているが、よく考えればとんでもない代物だ。
「そうなんですね……。するとこれも、長い距離を上り下りするために作られたのでしょうか?」
「どうでしょうね……。ここより上の階には出入り口が無いと思うので、地下に続いているんだとは思いますが……。深さの程は分かりませんね。それとエレベーターは利用者の制限も出来ますから、おいそれと人目に触れさせたくない場所なのかもしれません。そもそも武器庫のさらに奥に作ってあるんですから」
「なるほど……。確かに誰が使っても良いならもっと使いやすい所に作りますもんね」
「ええ、そう思います。なので、コイツは簡単には動かせない気がしますね……」
そう言って勇はエレベーター(仮)の調査を始める。
魔法具である以上は、どこかに魔法陣があり、外からメンテナンスする場所があるはずだ。
そして勇の予想通り、それと思しきハッチが扉の上部にすぐ見つかった。
しかし……。
「う~~ん、起動はしましたがコイツはパスワード式じゃないですね……。何らか鍵のようなものが無いと開かない仕組みなんだと思います」
さしたる魔力も必要とせず、ハッチの開閉を制御する魔法具は起動したのだが、パスワードの入力を促すメッセージも出てこなければ、入力キーのようなものもない。
何かしらの読み取りに使っていそうな黒いパネルが付いているので、やはりセキュリティのレベルが一段高いようだ。
「駄目ですか……。でもまぁこの武器庫だけでも、かなりの数の発見がありましたからね。持って帰ってこれから調べるものもありますし。大収穫だったのでは?」
自らに抱えられてハッチを調べている勇に、ミゼロイが声を掛ける。
「ええ、その通りですね。調べものだけでも結構時間がかかりそうですしね……、よっと」
念のため魔法具を停止させた後、ミゼロイに降ろしてもらいながら勇が答える。
その後さらに箱状の魔法具を発見するが、強固に作られておりバラせなかったため、これも持ち帰って調査する事にして、武器庫の調査を切り上げた。
「いやぁ、凄い量のお土産だねぇ」
持ち帰るために武器庫から持ち出した品々を見て、ヴィレムが苦笑する。
山ほど、という程ではないが、危なそうな爆裂系の魔法具は全て持ってきているし、何よりあの腕が大きい。
「まぁしょうがないですね……。街の入り口での荷物検査が緩くて、ホント良かったですよ」
念のため、武器庫の入り口の魔法具を停止させて、帰り支度をしながら勇が言う。
王都以外であれば、貴族家当主の一親等までは馬車を厳しく検められることは無い。口頭で何を積んでいるのか確認し、軽く目視するだけだ。
箱や樽の中、包みの中などを検める事も無いので、露骨に怪しいものがはみ出しでもしない限り問題が無い。
こちらに来た当初、なんて杜撰なセキュリティなのかと勇は驚いていたのだが、今となっては有難かった。
「あ、そう言えば……。イサムさん、この部屋へ入る時にイサムさんが設定した数字って何か意味があったんですか? 確か、163150、でしたっけ??」
ヴィレムがパスワード設定時のことを思い出したのか、勇に問いかける。
「ああ、あれですか。前にいた世界は、数字の発音に近い文字を対応させることで、数字を普通の文字のように読ませる遊びというか暗号みたいなものがあったんですよ」
数字による語呂合わせは割と昔からあるものではあるが、それが最高潮に達したのは間違いなくポケベル暗号だろう。
ポケベルは、本来電話番号を送る事を想定して作られたガジェットだったため、使えたのは数字のみだった。
それをどうにかして言葉を伝える用途に使えないか試行錯誤した結果生まれたのが、ポケベル暗号だ。
勇は年齢的に全くポケベル世代ではないのだが、たまたまネットで見つけて興味を持った事があり、その記憶を辿って、今回設定したパスワードに語呂合わせを使っていた。
「あれで、ヒメサイコー、と読みます」
あはは、と笑いながら勇が言う。
「んなー」
自分のことをパスワードに使われたのが嬉しかったのか、織姫が勇の足元に額を擦り付けた。
「なるほど。それはイサムさんらしくて良いですね!」
アンネマリーも最初はキョトンとしていたが、笑顔でそう言うのだった。
「ところでアンネマリーさん、辺境伯閣下にはどこまで話しますか?」
「そうですね……。遺跡の中で隠し部屋を見つけた。場所は言えない。そこで雷玉と爆裂系と思しき魔法具、そして雷属性の魔剣を見つけた、という辺りまででしょうね。全て隠しても失礼には当たりませんが、ここである程度恩を売っておけば、今後お味方になっていただけるでしょうし……」
勇の問いに、アンネマリーが思案しながら答える。
「分かりました。その前提で、遺跡からの帰り道のどこかで爆裂系のと雷の魔剣の性能調査をし、伝えて問題無いレベルであればお伝えしましょうか。モノ自体は渡さなくて大丈夫なんですよね?」
「はい。解放領域ですし、イサムさんがあまりに次から次へ発見するから忘れてましたが、れっきとしたアーティファクトですからね……。領主だからと言って、発見者から接収するようなことはできません」
アンネマリーが思い出したように苦笑して答える。
「あははー、言われてみればこれ、全部アーティファクトですもんねぇ」
言われた勇は、空笑いしながら返すしかなかった。
こうして武器庫を後にした一行は帰りの道中でもう一泊し、三泊四日間に渡る遺跡探索を終えて地上へと無事帰還するのだった。
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