第94話 ナシャーラ商会
魔法コンロの納品と織姫信者を増やしに行ったイノチェンティ家で、かつて同家が後見した獣人の迷い人の話を聞いた翌日、勇達はその迷い人ワミ・ナシャーラが興したナシャーラ商会を訪ねていた。
辺境伯の館からほど近い大手の商館が立ち並ぶ一等地に、ナシャーラ商会も建っていた。石造りで5階建ての商館は、高層建築の無い
事前の情報通り獣人の従業員が非常に多く、半数以上が獣人であろうか。
受付と思われる獣人女性に、昨日一筆認めてもらった辺境伯家からの紹介状を見せると、2階にある応接室へと通された。
今日の朝一で辺境伯家から先触れを出してもらってはいたが、ほとんどアポ無しのような訪問にもかかわらず丁寧な対応をしてもらえたことに、勇は内心ほっとする。
ちなみに受付の女性も、ナシャーラ一族であると思われる猫タイプの獣人であった。
出してもらったお茶を飲みながら待つ事しばし、コンコンコンと扉がノックされる。
「どうぞ」
「失礼いたします」
勇が返事をすると、獣人の男性と人間の男性がそれぞれ1名ずつ、合計2名が入室してくる。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。初めまして、ナシャーラ商会で会長を務めております、ギル・ナシャーラです」
最初に挨拶をしてきたのは、猫タイプ獣人の男性だった。獣人の寿命や成長曲線がどうなっているかは分からないが、勇の目には、少し年上、40代くらいにみえる。
「こちらは、ここイノーティア本店の店長を務めているピエトロです」
「初めまして、ピエトロと申します」
もう1名、人間の男性が挨拶をする。こちらはいかにも“老紳士”といった佇まいだ。
「丁寧なご挨拶、ありがとうございます。オリヒメ商会で商会長を務めております、イサム・マツモトです。本日は急なお願いにもかかわらず、面会のお時間をいただきありがとうございます」
「ナシャーラ様、ピエトロ様、初めまして。オリヒメ商会で副会長を務めております、アンネマリー・クラウフェルトでございます。本日はよろしくお願いいたします」
「ナシャーラ商会長、ピエトロ店長、初めまして。ザンブロッタ商会のシュターレン支部長を務めております、シルヴィオ・ザンブロッタと申します。ご縁あって、クラウフェルト子爵家、オリヒメ商会様には良くしていただいております」
勇たちも順に挨拶し、全員がテーブルにつく。しばらく、ギル商会長が初代から数えて7代目の会長である事などの雑談を一通り交わしたところで、ギルがあらためて話題を切り出した。
「辺境伯様より頂戴した書状には、大きく二つのお話がある旨が書かれておりました。一つは、オリヒメ商会様にて開発された魔法コンロの、ここイノーティアでの生産について。そしてもう一つが……、迷い人であった初代ワミ・ナシャーラとケット・シーについて。こちら相違ございませんでしょうか?」
「はい。後者は商談とは少し違うかもしれませんが、いくつかお話しさせていただければと思っています」
「……かしこまりました。では、早速魔法コンロの生産についてからお聞かせ願えますか?」
「分かりました。事の発端は、我々の開発した魔法コンロをイノーティア、ひいては辺境伯領全体に行き渡らせたい、と言う辺境伯様のご要望からでした」
勇が、現地で生産する事になった流れと技術の流出対策、それを踏まえてナシャーラ商会を紹介された事を説明していく。
「なるほど、そういう事であれば喜んで引き受けさせていただきます。我々この街に住む獣人は、辺境伯家には皆恩義を感じているのです。その辺境伯家直々のご紹介、顔に泥を塗るわけにはいきません。万全の態勢で、用地選定から働く者の人選まで、責任をもって取り組ませていただきます」
事情を聴いて、ギル商会長は二つ返事で快諾してくれた。
「ありがとうございます。そう言っていただけると安心してお任せできます」
「いえいえ。しかし、ザンブロッタ商会様の方はそれでよろしいのですか? 専売の契約を結んでいらっしゃるくらいなので、普通は製造委託の第一候補だと思うのですが……?」
「ええ、最初はお声がけいただいたんですが、慣れない土地に部外者の我々が工房を建てても、あまりうまく行くとは思えなかったのです。作った物は全て卸していただけますから、当商会としては十分に利益が出るため問題ありません」
ギルの質問はもっともなものだったが、ザンブロッタ商会としてはリスクはとらない方針だ。
この辺りは事前に勇とシルヴィオで話をしており、これからも色々な魔法具を扱う事になるから、下手に製造に手を出すより販売と流通に集中したい、との申し出を受けていた。
「なるほど。そういう事でしたか。では、遠慮なく我々の方で取り組ませていただきます」
その後、費用の按分や大まかな人事についての詰めを行い、大筋合意したところで次の話題に話が移る。
「さて、次はもう一つのお話の方ですね」
「ええ。こちらも簡単に経緯からお話しします。辺境伯様からの書簡にも書いてあったかと思いますが、私が迷い人なので、同じ迷い人であるワミ・ナシャーラさんの事が気になった、というのが大きいのですが、きっかけは少し違いまして……。まずはこちらを見ていただきたいと思います」
そう言って勇が、キャリーバッグから織姫を取り出す。
「にゃ~~ん」
ウトウトしていたのか、小さく欠伸をした織姫が勇の手に額を擦り付ける。
「なっ!? ケ、ケット・シーさまっっ!!?」
そんな織姫を一目見た瞬間、ギルが勢いよく立ち上がる。黒い尻尾が膨らんでいるところを見ると、やはり猫に近い生物から派生しているのだろうか。
「いや、似ているが違う……。マツモト様、こちらはいったい??」
少し落ち着いたのか、尻尾の膨らみが治まったギルが驚いた表情で問いかける。
「驚かせてしまってすみません。この子は猫という生き物で、私の大切なパートナー、家族です。名前は織姫、女の子です。元の世界でも一緒に暮らしていたのですが、こちらにも偶然一緒に付いてきてしまったんです。その後、こちらには猫がいないと聞いてとても残念に思っていたのですが、先日この街の食堂で、たまたま猫に似た耳と尻尾を持った獣人の方を見つけて驚きました」
「食堂と言うと……、おそらくソリですかね」
少し考えてギルが言う。
「そうです、ソリさんです。凄いですね、誰がどこにいらっしゃるかご存じなんですか?」
「全員ではないですが、この店はナシャーラ一族にとっては総本家のようなものですからね。色々と調べてはそれとなく見守っているのです。まぁ、ソリは娘の友達でもあるので、調べるまでも無く知っていましたが」
少し笑いながらギルが説明してくれた。ちなみに、取次をお願いした受付嬢が娘さんだったようだ。
「なるほど、そうだったんですね。そのソリさんが気になって声を掛けたんですが、織姫を見た途端先程のギルさんと同じように驚かれまして……。話を聞いてみると、彼女はワミ・ナシャーラさんの子孫で、ワミ・ナシャーラさんも同じような耳と尻尾を持っていたというじゃないですか。しかも、ケット・シーという織姫に似た妖精とワミ・ナシャーラさんは暮らしていたとも。
それ以上詳しい事は分からないから、もっと知りたかったらナシャーラ商会を訪ねるのが良いと言われて訪ねることを決めていたんです。辺境伯様とお会いしたのはその後なので、むしろ一つ目の話の方が偶然ですね」
現在に至る経緯を、苦笑しながら勇が説明する。
「そういう事でしたか……。確かにオリヒメさんは、残されているケット・シー様の絵姿にそっくりではありますね。ピエトロ、ワミ様の回顧録を持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」
ギルから頼まれてピエトロがワミの回顧録だという分厚い書籍を持ってくる。
「こちらは、我が家に代々伝わるワミ様にまつわる話を、ご本人の自筆や口述筆記をしてまとめたものです。それの……、ありました。マツモト様、このページをご覧ください。ケット・シー様の絵姿は、特に力を入れて編纂されていまして……。色こそ違いますけど、オリヒメさんに似ていると思いませんか?」
ギルに見せられたページに描いてあったのは、どう見ても“オシャレをした二足歩行のハチワレ猫(白黒)”だった。
かなり色々なポーズや表情が収められており、愛の深さが窺えるが、枚数が多すぎてもはや設定資料のようになっていた。
「確かに、これは猫、それも擬人化したタイプですね……。私のいた世界でも、アニ……お伽噺や物語に時々登場していましたよ」
「擬人化、ですか??」
「はい。織姫もそうですけど、猫はあくまで動物なので、二足歩行では歩きませんし言葉もしゃべりません。でも、人と同じ人格を持った猫という空想上の存在は、かなりの数がいたと思います」
「人と密接な関係の動物なのですね」
「そうですね。色や大きさ、毛の量などかなりの種類がいて、一緒に暮らしている人もかなりの人数がいましたね。私はたまたま、織姫と一緒にこちらへ来れたので良かったのですが、離れ離れになっていたとしたら悲しいどころではなかったと思います」
そう言って、アンネマリーの膝の上で再び丸くなってウトウトし始めた織姫を撫でる。
「多分、ワミ・ナシャーラさんも同じ気持ちだったのではないでしょうか……。そう思うと居ても立っても居られず、ご本人はもういらっしゃいませんが、子孫の方にちょっとしたプレゼントが出来ないかなと思って、訪ねてきた次第です」
「プレゼント、ですか? たしかにワミ様は、もう一度ケット・シー様に会いたいと常々言っておられたと聞いてはおりますが……」
戸惑いの色を隠せないギル。
「アンネマリーさん、例の物を」
「かしこまりました」
アンネマリーが、鞄からご神体(等身大)を取り出しテーブルへ乗せる。
「なっっ、これはオリヒメさんっ!?」
あまりの精巧さに再びギルの尻尾が膨らむ。
「はい。織姫もこちらに来る時に、どうやらなんらかの力を授かったようでして……。先日クラウフェルト子爵領都が魔物に襲われた際に、私達と一緒に戦ってくれたんですよ。それがきっかけで、教会でお祀りすることになりまして。そのためのご神体がこちらです」
「これが……。この愛らしいものがご神体……」
ご神体を目の高さまで持ち上げたまま、予想外の言葉に絶句するギル。
「このご神体を作る技術を活用して、ケット・シーを再現、墓前にお供えするとともに、先祖を偲ぶ品としてご提供させていただければと思いまして。いかがでしょうか?」
「す、す、すす……」
「す?」
「素晴らしい! それは素晴らしいですね!! このクオリティであれば、きっとケット・シー様にそっくりな愛らしい一品が出来るに違いありません! きっと、亡くなられたワミ様にも喜んでいただけるはず!! 是非、是非にともお願いできないでしょうかっっ!?」
目を輝かせて食い気味にお願いをするギル。
「ええ、もちろんですよ。そのためのご提案ですから」
ニコリと笑って返事をする勇。
「おおっ! ありがとうございます!! 我々は、ワミ様が頑張ってくれたおかげで、こうして楽しく平和に暮らせています。これまで何一つ恩返しが出来ませんでしたが、これで、これでやっとワミ様に少しだけご恩を返せます……」
涙ぐんでお礼を言うギル。
「では、先程の回顧録の写しがありましたら、お借り出来ないでしょうか? ケット・シーのかなり詳細な絵姿がありましたから、それを参考にさせていただければと思いまして」
「なるほど! それでしたら回顧録の写しはありませんが、ケットシー様の絵姿だけを集めた別冊がありますので、どうぞそちらをお持ちください」
「……べ、別冊があるんですね」
想像以上のケット・シー愛ぶりに思わずたじろぐ勇だったが、自分も織姫をおいてこちらに来ていたら、人の事を言えなくなりそうだと気付き苦笑する。
「それでは、こちらは確かにお預かりしました。子爵領までは距離もありますし、我々は明日からしばらく遺跡を探索しようと思っているので、少々お時間いただくこと、ご容赦ください」
「ええ、それはもちろん問題ございませんが、マツモト様は、遺跡に潜られるので?」
「はい。魔法コンロがそうだったのですが、うまく行けば魔法陣の組み合わせ次第で、また動く魔法具が作れるかもしれませんので」
読める魔法陣を探しているとはさすがに言えず、無難な返答を返す勇。
「そうでしたか……。それでしたら、良いものがありますよ。ピエトロ、ワミ様の旅行記の21巻と22巻の写しを持ってきてくれないか?」
「かしこまりました」
旅行記とやらを取りに、再びピエトロが席を外す。少なくとも22巻まではあるという事は、かなりの大長編だ。
「どうぞ」
程なくして戻ってきたピエトロから手渡された旅行記をパラパラ捲りながら、ギルが小さく頷く。
「うん、これだ。ワミ様が晩年は世界中を旅されていたのはご存じですか?」
「ええ。どこかにケット・シーがいないかを探しておられたのだとか」
「はい。最初は世界各国の街を回っておられたのですが、おおよそ回った後は遺跡も回られるようになりまして。21巻と22巻は、イノーティア近辺の遺跡を巡った時のものになります。地図なども記されていますので、よろしければ探索のお供にお持ちください」
なんと、遺跡の地図があるという。
「え!? そんな貴重なものを良いのですか??」
「ええ。我々は遺跡に潜ることはありませんし、これも何かの縁でしょう。この程度では、ケット・シー様の御姿のお礼にもなりませんが……」
「いえいえ、とても助かります! ありがとうございます!」
「喜んでいただけたのなら何よりです。探索に入り用なものがあれば、遠慮なく仰ってくださいね。色々手広くやっておりますので」
こうして工房の用地と労働力についての話を付けた上、ケット・シーの等身大ぬいぐるみを作る代わりに、遺跡の地図という思わぬ収穫まで得た勇たちは、いよいよ岩砂漠にあるという遺跡の探索に乗り出すのだった。
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