第95話 岩砂漠の遺跡と快適キャンプ

 ナシャーラ商会を訪ねた翌日は、遺跡までの道のりを確認したり、探索に必要な物を購入したり、ワミ・ナシャーラの手記を確認するなどして準備に専念、その翌朝いよいよ遺跡へと向かった。


 岩砂漠の遺跡は解放領域なので、入り口で所定の手数料を納めれば誰でも入る事が出来る。かつては多くの探索者で賑わっていたそうだ。

 しかし、先日勇たちも潜ったカレンベルク領の遺跡の解放領域が増えるにつれ探索者はそちらに流れ、岩砂漠の遺跡の賑わいはかつてのものとなった。

 暇そうにしている警備兵に手数料を支払い、勇たちは遺跡へと入っていった。


 今回の探索は、初めて宿泊を前提とした計画を立てている。

 そのため、日帰りでメンバーローテーションをした前回とは違い、探索参加メンバーが全員一度に参加している。

 勇、アンネマリー、エト、ヴィレム、カリナ、専属護衛のフェリクス、ミゼロイ、リディル、マルセラに流動枠の騎士から2名が参加し、合計11名の大所帯だ。

 シルヴィオたちは街に残って、工房建設のための具体的な進め方を詰めている。


「カレンベルクの遺跡とは、雰囲気が違いますね」

 遺跡の地上階層を進みながら、勇が呟く。

「そうだね。あっちは天井なんかに丸みがあったし、壁も床も淡いグレーだけど、こっちは全体的に直線的で天井も高く道幅も広いし、色も茶色っぽいね」

 ヴィレムの言う通り、こちらの遺跡は直線的で規則正しい。壁や床の材質は似ているが、少しザラついた感じがする。

 また、解放領域である事を差っ引いても、傷みや損壊が大きい気がする。


「これだけ傷んでいるという事は、こっちの方が古いんですかね?」

「損傷の激しさから発見当初はそう言われていたらしいけど、自然に風化した部分同士で比べた結果、どうやらこちらの方が新しいらしいよ」

「へぇ、分からないものですねぇ……。そうなると、別の理由で壊れたという事になるのか」

 首を捻りながら、所々にある部屋を覗く。がらんとした室内には当然だが何も残っていない。


「何というか、そもそもの目的が違う建物だったのかもしれないですね。相変わらず何の建物だったのか分かりませんが」

 カレンベルクの遺跡は、ほとんどすべての部屋がセキュリティロックを解除しないと開かない仕組みだったが、こちらは今のところ物理的に開く事が出来た扉ばかりだったようだ。

「ふむ、確かにそうじゃの。向こうは部屋に入る事すらままならんかったしの。まぁ向こうのアレが扉だと知っているのはワシらだけじゃから、疑問に思うだけかもしれんが……」

 そんな事を話しながら遺跡を進んでいく一行だったが、のんびり話が出来たのはそこまでだった。


「ヌーバー! 右側のは任せたぞっ!!」

「り、了解っ!」

「ミゼロイとティラミスはあのデカいのを押さえておいてくれ。リディルとマルセラはお嬢様たちを護衛しつつデカいのに魔法をぶち込めっ!」

「「「「了解っ!!」」」」

 フェリクスが矢継ぎ早に指示を出し、自らも2体の敵と相対する。

 戦っている相手は、ティゴニアンと呼ばれる二足歩行するキリギリスのような魔物で、ずんぐりとした体格だが動きはなかなかに俊敏だ。

 硬く分厚い大顎と、これまた硬く鋭い棘が生えた手足で攻撃をしてくる。


 大型の個体を中心に少数で群れを作って行動する習性があり、現在フェリクスたちが相手取っているのも元々6体の群れだったものだ。

 既に2体倒しているが、まだ4体残している。


「ギチギチギチ」

「ギチチッッ」

 大顎を鳴らしながら、2体のティゴニアンがフェリクスに飛び掛かった。

 高く飛ぶのではなく、前方へ飛び出すように襲い掛かってくる。


「ハッ」

 対するフェリクスも、相手に突っ込むように前方へと飛び込む。

 2体のティゴニアンの間を抜けながら、向かって右側の相手の腹部を斬りつける。

「ギギギッッッ!!」

 今回使用しているのは通常のフェリス1型だが、ティゴニアンの腹部は硬い外皮が無く、胴体を半分くらいまで切断され絶命する。


 そのまま背後まですり抜けると、今度は振り向きざまに左側の相手の首の付け根に剣を突き込む。

「ギィィィッ!!」

 頭部は硬い外皮に包まれ、首から背中にかけては退化した翅のようなものが覆っているのだが、翅の付け根である首筋は守るものが何もない。

 そこを狙って深々と剣を突き込むと、胸の所から切っ先が飛び出した。


「フンッ」

 剣を突き刺したまま一度グリっと回転させ、右足で相手を蹴飛ばしながら剣を引き抜く。

 ティゴニアンは2、3回痙攣すると動かなくなった。


「せいっ!」

 キンキンッ

 1体を任されたヌーバーは、振りまわしてくる棘の生えた二本の前足を剣で弾き上げ素早く懐へ飛び込む。

 クルリと半円を描くように剣を右下段へ引き下げると、その勢いのまま左斜め上へ斬り上げた。


「ギギッーーー!!」

 無防備になった腹部を切り裂かれたティゴニアンは、絶叫をあげて仰向けに倒れる。

 ヌーバーは間髪入れず額の真ん中へ剣を突き刺し、止めを刺した。


 フェリクス達が倒した相手の1.5倍はあろうかという大型の個体には、フェリス5試作型であるウォーハンマーを持ったミゼロイと中型のカイトシールドを構えたティラミスが、一定距離を保って相手を釘付けにしていた。

 ティラミスが盾を巧みに操り、小刻みに剣を突きながら挑発し、釣られて手を出すことで出来る隙へミゼロイが強力な一撃を見舞う。

 クリーンヒットには至っていないが、大柄なミゼロイよりもさらに大きく素早い敵を相手に、上手く抑え込んでいた。


 そこへ、後方のリディルから声が掛かった。

「準備出来ました! 射線が開いたら撃ちますっ!」

 リディルの後ろには、魔法を発動直前まで練り上げたアンネマリーの姿が見える。

 当初はリディルとマルセラが撃つ予定だったのだが、魔力を温存させるため魔力に余裕のあるアンネマリーが撃つことにしたのだ。


 目だけでそれを確認し、了解とばかりに軽くハンマーを上げたミゼロイがティラミスへ声を掛ける。

「ティラミス、俺が強めにアイツの前の地面をわざと叩く。その隙に左斜め後ろへ飛べ」

「わかりましたっす!」


「ぬうんっ!!」

 返事を聞いたミゼロイが、一歩踏み込み横薙ぎにハンマーを振るう。

 一歩下がるようにして大型のティゴニアンに躱されるが、かまわず一回転させながら頭上へ掲げ、そのまま振り下ろした。

 

 ゴギン、という鈍い音と共にわずかな震動が床を伝わってくる。

 ティゴニアンがその音に一瞬怯み、ティラミスが左斜め後ろに、ミゼロイが右斜め後ろへと飛び退く。


氷槍アイスランス!』

 そこへ、待ち構えていたアンネマリーの氷の槍が高速で飛来する。

 魔力を抑えるため本数を減らし、その分やや大きくした氷の槍が、ティゴニアンの胸に深々と突き刺さった。


「ギギィィ!!」

 たまらず悲鳴を上げるティゴニアン。そこへ間髪入れずミゼロイが突っ込んでいく。

「せやあぁっ!」

 走り込む勢いそのまま、構えたフェリス5試作型を相手の腰へと振り抜き、インパクトの直前に起動させる。


 ドカン、という音と共に、くの字になったままティゴニアンが吹き飛ばされ、床を転がり壁に激突した。

 それが戦闘終了の合図となり、誰ともなくフーッとため息が漏れた。


「さっきのは良かったぞ、ヌーバー。倒したと思ってもそこで手を休めず、確実に止めを刺せ。魔物はしぶといからな」

「はいっ! ありがとうございます!」

 剣に異常が無いか確認しながら、フェリクスがヌーバーに声を掛ける。

 ヌーバーは、騎士団の中で最も若い団員だ。毎年春に騎士団の入団試験があるのだが、今年の試験に合格し入団したばかりの新人だった。

 まだまだ粗削りながら筋が良いので、若い頃から経験を積ませようと、今回の探索に抜擢されていた。


「なかなか良い動きだった。どうしても俺の攻撃は溜めが必要だからな。ああやって隙を作ってもらえるとありがたい」

「はいっ! ありがとうっす、ミゼロイ先輩!」

 大型を相手取っていたミゼロイも、ティラミスに声を掛けていた。

 ティラミスは、マルセラと共に数少ない女性騎士の一人だ。

 女性にしては大柄な体格を生かして、大きめの盾を使った戦いを得意としている。

 ティラミスもかなりの織姫信者で、騎士団筆頭信者のミゼロイとは最近仲が良いらしかった。


「ふぅ~、魔物の数がカレンベルクの遺跡とは大違いですね……。これで5回目でしたっけ??」

 水を飲み一息つきながら勇がアンネマリーへと尋ねる。

「はい、5回目ですね。地下1階に入った途端、いきなり魔物が増えましたね……」

 アンネマリーも、同じく水を飲みながら答える。


 地上階を進んでいた時は、棲みついたゴブリンと一度遭遇した程度だった。

 ほとんど何も残っていない上、ワミ・ナシャーラの地図があったため、最短で地下1階へと降りた一行だったが、そこで状況が一変した。

 とにかく魔物の数が多いのだ。地下1階に下りてまだ2時間経っていないのだが、すでに5回ティゴニアンの群れと遭遇している。


「あ、やっぱり消えた……。てことはこれも遺跡内で湧いたヤツってことですよねぇ」

「そうなるね。魔力が濃いと魔物も湧きやすいという話だから、ここの地下は魔力が濃いのかもね。あと、探索する人が減ってるから、魔物が減らないんだろうね」

「確かに間引かれていない訳ですからね……。この先どんどん増えたりしなければ良いんですけど……」

 休憩を終えて、勇はヴィレムとそんな話をしながら先へと進んでいく。


 結局その後も、幾度となくティゴニアンの群れに遭遇し、地下2階へと降りる頃には随分時間が経っていた。

 これ以上進むのは止めて、今日は階段を下りた踊り場で野営する事にする。

 ヴィレム曰く、こうした踊り場はあまり魔物も現れず、いざとなれば上の階へと逃げる事も出来るため、遺跡内で野営するのには良い場所らしい。


「いやぁ、さすがに疲れましたね」

 簡易なテントを設営しながら勇が苦笑する。

「ここまで数が多いとは思いませんでした。我々にも良い経験になりましたよ」

 勇の横で、慣れた手つきで設営をするフェリクスも渋い表情だ。結局都合10戦以上しているので無理も無い。

 アンネマリーと勇による旧魔法も組み込みながらの戦闘だったため、火力、魔力共に余裕はあったが、体力面はそうはいかない。

 全員お疲れ気味の表情だ。


 テントの設営を終えると、調理に入る。

 これまでの遺跡探索では、火を起こすと煙も出るし目立つ上、何より薪がかさばるため、火を使わずに済む干し肉と焼きしめたパンを食べる程度だったが、小型化した魔法コンロが状況を一変させた。


 スープ担当になった勇が、鍋をコンロにかけて具材を直接鍋の上で切って投入していた。

 日持ちするツイベル(玉ねぎもどき)やオルテル(人参もどき)を、ペティナイフでざく切りにしながらどんどん投入する。

 野菜嫌いのセルファース子爵が見たら、青い顔をするだろう。

 そこに塩気の強い干し肉をちぎって加えたら、味の決め手となる乾燥させたレムラ(トマトもどき)と冷凍させた濃縮スープストックを投入する。


 レムラは、生で食べる事がほとんどで乾燥させたものが無かったので、勇が個人的にドライトマトを参考に自作したものだ。

 スープストックは、小型・軽量化した強力冷蔵箱を今回試験的に持ち込んでおり、そこに保存してあったものを使っている。


 小型の強力冷蔵箱は、日持ちしない織姫用の肉をどう持ち運ぼうか困っていた勇に、自分が冷蔵箱を背負って持っていくとミゼロイが直訴した事をきっかけに作った物だ。

 大きくすると庫内温度が上がってしまうが、小さくする分には問題が無い。魔法コンロで火が使える強みを最大限に生かした解決法だろう。


 その織姫は、ミゼロイの膝で先に茹でて冷ました鳥の肉を貰いご満悦だ。

 もっとも、肉を食べさせているミゼロイとそれを横で見ているティラミスの方が蕩けた表情をしていたが……。


「これは……! 野営で食べる料理のレベルではないですね…。身体も温まりますし、素晴らしい」

 フェリクスが目を瞑りじっくり味わうようにスープを飲んでいる。

 その横では、こくこくと頷きながら、リディルとマルセラがガツガツと頬張っていた。

「料理長ギードさんに作ってもらったスープストックですからね。一級品ですよ」

 勇も納得する味に仕上がったのか、嬉しそうにスープを飲む。

「干したレムラがこんなに美味いとはのぅ……。わからんもんじゃなぁ」

 エトも気に入ったのか、カリナが焼いてチーズをのせたパンを浸しながら目を細めた。


「水も魔法で出せるし、魔法コンロでお湯も沸かせるし、ここが遺跡の中という事を忘れてしまうね……」

 食後に足湯をしながらヴィレムがしみじみと言う。

 川下りの途中で倒した川鮫の皮が防水性が高いと聞き、それを縫い合わせて作ってもらった防水布に針金を通して枠を作った折り畳み式の桶にお湯を入れて、簡易の足湯を楽しんでいたのだ。

「足をお湯に浸すだけで、ここまで疲れが取れるとは……。これは良いですな」

 膝に織姫を乗せたまま足湯に浸かるミゼロイも嬉しそうだ。


 こうしてこの世界エーテルシアの野営の常識を覆し心身ともに温まった一行は、交代で見張りを立てながら探索一日目を終えるのだった。

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