第92話 猫の獣人

「は~い、白エールね。他に白エールの人はいるかにゃ?」

 再びの淀みない語尾。先程のもどうやら聞き間違いではなかったらしい。

 相変わらず他のメンバーは、特に気にしている様子は窺えない。異世界転移特典である自動翻訳機能が意訳しているのだろうか?

 そんな事を考えているうちに注文を取り終えたようで、ウェイトレスはバックヤードへと消えていく。


「アンネマリーさん、先程の獣人のウェイトレスさんを見て、何か気付かなかったですか?」

 皆のあまりのスルーっぷりが気になり、勇がアンネマリーに問う。

「え? ウェイトレスさんですか? んーー、可愛らしい方でしたけど、特には……」

「そうですか……。ちなみに、獣人の方は同じ種族同士で結婚するのが普通なんでしょうか?」

「えっ!? 結婚!?? あーーーーー、なるほど……。イサムさんはああいうタイプの方が好みなんですね……」

 盛大な勘違いで沈み込むアンネマリー。

 なぜいきなり沈み込んだのか分からなかった勇だったが、自分の発言をあらためて反芻して血の気が引く。


「いやいやいや、そうじゃない、そうじゃないです!! あのウェイトレスさんの耳と尻尾が、織姫にそっくりだったじゃないですか? なのに皆さん全く気にしていない様子だったのでおかしいなぁ、と……」

「え? そうなんですかっ!? 私はてっきりイサムさんが彼女と結婚したいのかと……。ごごご、ごめんなさい!!」

 勘違いに気付き、真っ赤な顔で謝るアンネマリー。

 

「いえいえ、私の方こそ聞き方が悪かったです。すみません」

「でも、結婚の話は、それとどう繋がるんですか?」

「ええと、もし同じ種族同士としか結婚しないのなら、彼女のルーツをたどればこの世界に織姫のお仲間が見つかるんじゃないかなぁ、と思ったんですよ」

「同じ種族というのは、人間やノームやエルフなどと結婚するかどうかという事ですか? であれば、多いとまでは言いませんが、そこそこ聞く話ですね」

「えーっと、それもあるんですが、獣人の方の中にも種族と言うか種類があるじゃないですか? 例えば犬系の獣人と熊系の獣人の方が結婚して子を生す事があるのかなぁ、と」

「?? 犬系に熊系??」

 首を捻るアンネマリー。何故そこで首を捻るのか分からない勇。どうにも会話がかみ合っていない。

 そしてひとつの結論に達する。


「あっ!!! ひょっとして……。獣人の方は獣人という一つの種族なんですか!?」

「ええ、そうですよ? それ以外に……、あああっ!!! なるほど、それで犬系と」

 ようやくアンネマリーも、会話の食い違いに気が付く。


「はい。仰る通り獣人の方は獣人という一つの種族です。耳や尻尾の形などは、人間の髪の色と同じような扱いなんです。人間と同じように、狼に似た耳の人同士からのほうが、狼に似た耳の子供が生まれやすいと言われていますが、絶対ではありません。何代か前の特徴が急に出る事もあるそうです。

ひとつ大きな違いがあるのは、その特徴に応じた身体的特徴を備えていることがほとんど、ということでしょうか」

「身体的特徴ですか?」

「はい。人は金髪だったら力が強いとか、赤い髪だったら魔力が多いとか、そういうことはありませんよね? ですが獣人の方々は、熊に似ていると力が強いとか、狼に似ていると耳が良いなど、外見と一致する事がほとんどなんです。むしろ、“身体的特徴に合わせた外見になる”とする説もあるそうです」

「なんと、そうなんですね……」


 勇からしたら割と衝撃の事実だった。

 例えば狼系の獣人は当然“狼獣人族”という種族であるとばかり思っていたのだが、まさかのガチャだったとは……。

 ただアンネマリーの話だと、人間と同じく近い祖先の特徴が出やすいという事なので、遺伝的特徴と見た目がセットであるだけ、と考えればそれほどおかしくはないのかもしれない。


「なので、普段はあまり種族と言うか種類と言うかを気にする事は無いんです。獣人の方同士であればまた違うのかもしれませんが……。それに、先程の方は耳も尻尾も確か黒色でしたし、オリヒメちゃんとはあまり似ていないと思うのですが……?」


 そこで再びなるほどと勇は思った。

 猫が存在していないので、そもそも猫に共通する特徴を知らない。猫っぽいかどうかで見ること自体が無いのだ。

 織姫に似ているかどうかを判断するなら、確かに耳の形より目立つ毛の色や顔つきから入るのも道理だ。

 そしてこの調子だと、猫だけでなくネコ科の動物がそもそも存在していない可能性も出てきた。


「一部の例外を除くと、猫の耳は彼女のような三角形をしているんです。尻尾も同様で、細長くしなやかな子がほとんどです。私の国の人間が彼女を見たら、ほぼ全員が猫の獣人と答える程度には、特徴的ですね」

「そうだったんですね……」

「はい。そう言うわけで、ちょっと彼女に織姫を見せてみて、どう言う反応をするか見てみたいと思います。彼女が好みだから声を掛けているわけでは無いので、安心してくださいね」

「べべ、別に声を掛けるのが嫌とかそう言う話では無くてですね、あの、その……」

「あはは、冗談ですよ、冗談」

「っ!? もう!! 最近イサムさんはお母様に似てきてます!」

 真っ赤になりながらほっぺたを膨らますアンネマリーを見て、あらためて可愛い子だなぁと思う勇であった。


 しばらくして、そんなやり取りがあった事など当然知らないウェイトレスが、ファーストオーダーのドリンクを持ってくる。

「おまたせ~。まずはワインからにゃ」

 そう言ってワインを置くとすぐに裏へ引っ込み、また出てくる。流石に12人分のドリンクは数が多く、都合3回運ぶことになった。

「最後は白エールにゃ」

 全員分揃ったところで、乾杯する。

「イノーティアへの無事の到着と、明日からの商談と探索の成功を祈って、乾杯!」

「「「「「かんぱ~い!」」」」」


 そこから食事も注文し、一気に賑やかな宴会へと突入していく。

 しばらく飲み食いして注文が落ち着いた所で、勇が件のウェイトレスに声を掛けた。


「おね~さ~ん!」

「はいは~い」

「白エールひとつと、炒り豆をひとつ」

 猫耳ウェイトレスが来たところで、注文をしていく。

 

「白エールに炒り豆ね。他にはいらないかにゃ?」

「ああ、あと……鳥の肉を茹でただけのって出来る? この子に食べさせたくて」

「な~~ん」

 そう言って膝に乗っていた織姫を抱き上げて、ウェイトレスに見せる。


「ああ、使い魔ね。大丈……にゃにゃっ!?」

「んな~?」

「けけ、ケット・シー様っ!? いや、似てるけど違う……? な、なにものにゃ??」

 ウェイトレスが織姫を見て驚くが、その発言に勇も驚く。

 ここで、地球でも聞いたことがあるまさかの有名人(有名猫)の名前が飛び出してきた。


 どこの国の伝承だったか忘れたが、ケット・シーは人の言葉を話し二足歩行をする猫の妖精だったはずだ。

 様々なゲームやアニメに、たびたび登場する人気のキャラクターでもある。

 その名前がここで飛び出してくるとは……。


「この子は私の使い魔で、織姫と言います。そのケット・シーというのはいったい? 実は、この子がまだ小さい頃に森で拾って、私が育てて使い魔にしたんですが、似た魔物や動物を未だ見たことが無いんです……」

 もちろん大嘘だが、カバーストーリーとしてそういう設定にしてあるので、ひとまずそれで様子を見てみることにする勇。


「な、なるほど……。ケット・シー様は、ご先祖様の親友でありパートナーの事にゃ。私は会った事ないけど、パパから言い伝えとして聞いてるし、一族に伝わる絵にもケット・シー様が描いてあったにゃ。オリヒメは、色は違うし立っていないけど、顔とか雰囲気がよく似てるにゃ」

「ご先祖様??」

「そう、ご先祖様。アタシのご先祖は、獣人の迷い人ワミ・ナシャーラにゃ」

 少し胸を張って誇らしげにウェイトレスが言う。

「え? 獣人の迷い人って言うと、この街で商会を興したっていう??」

「うん。アタシはソリ・ナシャーラ。ワミ・ナシャーラの末裔にゃ」


 思わぬ所で思わぬ大物の関係者に遭遇し驚く勇。

 ケット・シーの事を含めて色々と聞いてみるが、初代のワミ・ナシャーラから10代ほど代を重ねている上、嫡流という訳ではないため、言い伝えとして少し聞いているだけなのだそうだ。

 

 分かった事としては、ワミ・ナシャーラもソリと同じく、黒い耳と尻尾を持った猫タイプの獣人だったこと。

 元の世界では、ケット・シーと言う猫に似た存在と共存して生きる種族だったこと。

 そしてこちらに来て授かった能力スキルを活かして、当時は伯爵だったイノチェンティ家を助け、その後ナシャーラ商会を立上げたのだという3点だった。

 残念ながら、どんな能力スキルだったかまでは知らないらしい。


 また、ソリと同じような末裔はそこそこ人数がおり、この街に100人以上はナシャーラ一族がいるとの事だ。

 もっともそのほとんどが、やはりソリと同じく家名とわずかな言い伝えを伝えるのみであるらしいが。

 詳しい事が知りたいなら、ナシャーラ商会を訪ねるのが一番だということだった。


 その後、ソリにナシャーラ商会の場所を教えてもらい、お礼に多めのチップを渡すと、一行は宿へと引き上げた。


 初めて具体的に知った自分以外の迷い人。

 何となく勝手に親近感を覚える勇だったが、まずは納品と委託製造の話をまとめることを優先させるべく、翌日は領主のイノチェンティ辺境伯の屋敷を訪ねるのだった。

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