第90話 雷玉、魔改造

「!! せ、先生っ! どうされましっ、ちいぃっっ!!」

 慌てて駆け寄ろうとしたミゼロイだったが、再び飛び込んできた川鮫に足を止めてハンマーを振るう。

 再び甲板には、大量の水が飛び散り水溜まりが増えていく。


「!!! にゃにゃにゃーーーーーーーっっ」

 それを見た織姫は、一目散に勇たちがいる馬車へと駆け込んでいった。


「にゃーーーんっっ!!!」

「うぶっ!!?」

 開いている馬車のハッチから飛び込んだ織姫は、そのまま一直線に勇の顔へ飛びついた。

 突然のアタックにひっくり返る勇。


「な、なんじゃあっ!?」

「ひいっ!!」

 何が起きたか分からず声を上げるエトとヴィレム。


「っててて……。姫、どうしたんだ? そんなに慌てて?」

 勇が、首元にしがみついて離れない織姫を撫でながらゆっくりと起き上がる。

「はぁ~、なんだオリヒメちゃんか。あービックリした」

 騒動の主が織姫と知って、胸を撫でおろすヴィレム。


「どうしたんじゃ? なんか怯えておらんか?」

 いつもと様子が違う織姫を見て、エトが心配そうに声を掛ける。


「イサムさんっ! オリヒメちゃんがっっ!!」

 するとそこへ、慌ててアンネマリーが駆け込んできた。

「ああ、アンネマリーさん」

「すみません、水溜まりを見たオリヒメちゃんが急に走りだしちゃいまして……」

「あーー、なるほど。そういう事でしたか……。よしよし、姫、怖かったなぁ。もう大丈夫だよ」

 優しくそう言いながら、ゆっくりと織姫を撫でる勇。

「詳しくは後で話しますが、実は織姫は水が苦手なんですよ……。少しだったら大丈夫みたいなんですけどね」

「水が……? なるほど、それで大きな水溜まりにビックリして……」

 原因が分かり、アンネマリーがホッとした表情を見せる。


「よし。姫を怖がらせた悪い奴らを倒しに行こうか? エトさんヴィレムさん、行きましょう!」

「おう。どんだけ威力が上がったか楽しみじゃわい」

「いやぁ、ついに自分が一から作った魔法陣が動くのか……。感慨深いなぁ」

 勇は、長いロープが付いた魔法具を手に持つと、馬車の外へと駆け出していった。


 一方、甲板の上は消耗戦となっていた。

 四方八方から飛び込んでくる川鮫は、大きさが大きさだけに、弾き飛ばせるのは怪力とハンマーを持つミゼロイくらいだ。

 フェリクスやリディルでも、剣でいなすか躱しざまに軽く斬りつけるしかない。


 戦闘訓練を受けているわけではない船員たちは尚の事だ。

 体力や力は一般人よりはるかにあるが、戦闘に関しては素人に毛が生えた程度なので、徐々に傷が増えていく。

 命に係わるような怪我をした者がいないのは、騎士達の奮戦と、当人たちの頑張りによるところが大きいだろう。


 そして、船上だけでなく船体にも徐々にダメージが蓄積していっている。

 雷玉が底をついたことで、近付けるようになった川鮫の一部が船への体当たりを始めたのだ。

 今のところ大事には至っていないが、このままではすぐにマズイ事になるだろう。


「すみません、お待たせしましたっ!!」

「おおっ、イサム殿っ! 首尾の方はっ!?」

 駆け寄ってきた勇の首に、マフラーのようにくっついたままの織姫を見て一瞬言葉が詰まるフェリクス。

「バッチリです! 早速コイツを使いたいんですが……、水中に投げ込む必要があるんですよね……」

「なるほど……。では、ミゼロイと一緒にお願いします。奴なら、鮫が飛んできても弾き飛ばしますので。ミゼロイ! イサム殿の護衛を頼む!」

「任せてくださいっ! イサム殿、こちらへ! おお、オリヒメ先生も一緒でしたかっ! 死んでもお守りするので安心してくだされ!」

 死んでもらっては困るのだが、と内心苦笑しながらミゼロイの下へと行くと、勇は呪文を唱え始める。


『滾る血潮よ、魔力を糧に巡れよ巡れ。奇跡を起こす飛沫となりて、我が身に力を与える新たな血肉とならん。全身強化フルエンハンス


 一瞬、淡い金色の光が勇を包み込み消えた。

 遠投したいだけなので、弱めに全身強化フルエンハンスをかけたのだ。

 強化状態で魔法具の重さを確認した勇が、ミゼロイに問いかける。

「一番数が多そうなのはどっちの方向ですかね?」

「そうですね……。今は左舷後方かと思います」

「了解しました」


 返事をした勇は、左舷後方を睨みつけると、魔法具を起動させた。

 いつも通りの起動音を確認すると、軽く振り回してから魔法具を投擲した。

 1.3倍程度に強化された肉体から放たれた魔法具は、しゅるしゅるとロープを伸ばしながら飛んでいき、30メートルほど先の水面に着水する。

 そしてゆっくりと沈むこと数秒。これまでの雷玉とは比較にならない明るさの雷光が迸った。


 さらに数秒後、再び閃光が迸る。そしてもう一度……。

 合計3回光ったところで、勇がロープを巻き取り始める。水面には、6体の川鮫が浮かんできていた。


「「「「「…………」」」」」

「おお、想定通りの威力じゃの」

「よかった、ちゃんと起動した! 発動回数を3回に減らしたのは正解だったね。5回だとちょっと多すぎると思ったんだよねぇ」

 魔改造に加担したエトとヴィレムは冷静に分析しているが、それ以外のメンバーは、交戦中だという事も忘れて絶句している。


 雷玉・改を回収した勇は、一度停止させてからミゼロイに問いかける。

「どうしましょう? もう一度船尾側へ投げますか? それとも別方向のほうがって、あれ?」

 何の反応も無いので、あらためてミゼロイを見てみると、ぽかんと口を開けて水面を見つめていた。

「え~~っと、ミゼロイさん? 大丈夫ですかっ!?」

 ゆさゆさと揺さぶられたミゼロイが我に返る。


「はっ!? し、失礼しました。あまりの威力に……。 つ、次は船首側をお願いします!!」

 自分の使命を思い出し、勇を船首側へと誘導する。

「……」

 船首には、先程のミゼロイと同じ表情をしたリディルがいた。所々に傷を負って血が滲んではいるが、大きな傷はないようだ。

「リディルさん、お待たせしました! ちょっと改造版を投げますんで、待っててくださいね」

「あ、はい……」

 何の気負いも無く、凶悪な兵器を投げようとしている勇に、なんとかリディルが返事をする。


「よいしょーっ、っと」

 収穫した麦の束でも投げているかのような平和な掛け声と共に、水中を地獄に変える兵器が放物線を描く。

 ぼちゃん……閃光×3。

「よいしょ、よいしょ……」

 そして鼻歌交じりの緊張感の欠片も無い表情で再び回収していく。

 船首に5匹の川鮫が浮かぶと、進む船の水流に乗ってスイっと両舷へ流され船尾へと消えていった。


 その後、一度魔石を交換して左右の両絃にも一投ずつ投げ入れたが、最初の二発で危険を感じ取って逃げたのか、1匹も浮かび上がる事は無かった。

 しばし静かになった水面を全員が見守っていると、見張りから声が飛んできた。


「て、敵影無しっ! 残った川鮫の奴らも尻尾巻いて逃げてきやがったぜ!!!」

「「「「「うおぉぉぉーーーっっ!!!!!」」」」」

 そして大歓声が甲板にこだまする。

「よっしゃー!」

「助かった~~~!」

 死力を尽くし、へたり込む船員たち。

 勇たちチームオリヒメのメンバーも、ようやくホッとした表情になる。


「よし! 姫、もう大丈夫だよっ!? 全部追い払ったから」

 首にしがみついたままだった織姫の背中を、ポンポンと優しく勇が撫でる。

「ん~~な~~~~」

 ようやく首から離れた織姫が、勇の肩に乗ってすりすりと額を擦り付けた。


 その時だった。


『ふふ、心配して見に来てみたが要らぬ節介だったようだの』

 心に直接語りかけるような声が、唐突に響いた。


「えっ!?」

 突然の出来事に周りを見渡す勇。


「なんだ?」

「誰かなんか言ったか?」

「見に来た!?」

 どうやら勇だけではなく、皆に聞こえていたようだ。


「にゃにゃっ。にゃにゃ~~~」

 織姫が何事か鳴きながら、さらにすりすりと頬を勇へ擦りつける。


『ふふふ、妬けてしまうの。この世で一番若い神が溺愛する、か。よいよい、思うがままに進むが良いぞ』

 そして再び声が響く。

「この世で一番若い神? いったい何の……」

 思わず問い掛けようとした勇の声が、見張り役の声でかき消された。

 

「やべぇっ!! 直下から何かとんでもねぇのが浮上してくるぞ!! でけぇ……、ハンパねぇデカさだ……」

 後半はもはや呟きになっていた。

 全員が一斉に船の縁から水面下を覗き込む。

 これまで決して縁へは近づかなかった織姫も、勇の肩からぴょんと飛び降りると、船首から水面を覗き込んだ。


 見張りの言う通り、船の真下からとてつもなく巨大な何かが浮上しようとしていた。

 間違いなくこの船よりも大きい。まだ浮上中だが、全長100メートルはありそうな巨大さだ。

 それがどんどんと速度を上げながら船の真下をすり抜けるようにして前方へと浮上する。


「はっ!! いかん、何かに掴まれっ!! あんなでけぇのが浮かんできたら、下手したらひっくり返るぞ!!!」

 再び見張りが叫ぶ。

 確かにあんなサイズの物体が水面を割ったら、相当大きな波がおきるのは間違いない。

 いかに安定感のある船と言えど、タダでは済まなさそうだ。


 全員が手すりにしがみ付く中、それが遂に姿を現した。


 鮮やかな群青色の体に、無数の光輝く白い斑点が実に美しいそれは、巨大な鯨のように見えた。


 ざぱりと水面を割って顔を出すと、なんとそのまま宙へと飛び上がる。

 巨体が作り出す影に、すっぽりと船が覆われ、辺りが急に暗くなる。

 キラキラと陽光を反射する巨体と水しぶきのあまりの美しさに、全員が言葉を失った。


 大鯨は、そのまま空中で一回転すると、頭から水中へと飛び込む。

 そしてそのまま、何事もなかったかのように水底へと帰っていった。

 不思議な事に、浮上した時も飛び込んだ時も、波はおろか水しぶき一つ船には落ちてこなかった。


 勇の目には、飛び込みながら大鯨がこちらを見て、目を細めて優しく笑ったような気がした。


 あまりの出来事に、しばし呆然と静まり返る船上だったが、

「め、女神様の化身だ……。ルサルサ様だ……!」

 と言う誰かの呟きに一気にボルテージが上がる。


「「「「「うぉぉぉっ!!」」」」」

「すげぇ、女神様に会っちまった!」

「今日はとんでもねぇ日だ!」

 大いに沸き上がる船員たち。自らの信奉する女神に会えたのかもしれないのだから当然だろう。


 しばらくたって女神フィーバーの興奮が治まってくると、今度は勇や、勇が魔改造した雷玉・改、そして獅子奮迅の活躍をみせた騎士達へと話題が移る。


「イサム様、なんだあの雷玉の威力は? 俺たちの使ってたのとは段違いの威力だったが!?」

 船長のレベッキオが興奮しながら聞いてくる。

「雷玉をちょっと改造しただけですよ。5倍は威力があるはずですし、何より使い捨てじゃないので、魔石を交換したら何回も使えますよ?」

「ちょっと改造……。いやいやいや、普通そんなこと絶対出来ない……」

「あはは、まぁ仮にも迷い人なんで……。でも誰にも言わないでくださいね。船員の方にも口止めしておいてください。その代わりあの魔法具は差し上げます。真似して複製できないよう、後でちょっと魔法陣に細工はさせてもらいますけどね……」

 ニコリと笑いながら勇が言う。


「何言ってんだアンタ!? あんなすげぇもん貰うわけにはいかんだろっ!」

 あまりの太っ腹に、それを拒否する船長。

「大丈夫ですよ。あ、と言うか、あれが使えると便利ですか??」

「当たり前だろっ? アレが一つ二つありゃあ、もうほとんどの魔物を追い払う事が出来るんだ。船乗りなら絶対欲しい代物だ」

「なるほど……。じゃあますますアレは差し上げますね」

「はぁっ!? アンタ話聞いてたのか??」

「ええ。イノチェンティ辺境伯領での用事が済んだら、アレも商品として売り出しますから。その代わり二つ目以降は買ってくださいね?」

 再びニコリと笑って勇が言う。


「売りに出すからって、もらうわけには、ってちょっとっ!!? イサム様ーーっ!!」

「シルヴィオさーーんっ!! ちょっとお話がーーーっ!!」

 言うことは言ったとばかりに、勇がシルヴィオのほうへと駆け出していった。


「にゃふぅ」

 走り出す勇の肩に飛び乗った織姫が、愛おしそうにまた頬を擦り付けていた。

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