第89話 大河での戦い
カンカンカンカンカン!!!
非常を告げる短い鐘が見張り台から降り注ぐ。
これは、船上だけではなく、近隣を航行する船にも非常事態を知らせる合図にもなっている。
現時点で500メートルほどとなった広い川幅いっぱいに広がっているわけではなく、中央付近の1/3程が航路となっているため、目視できる範囲に数隻の船が見えた。
「交戦旗と煙玉上げろっ! 魔法の使える奴は右舷っ! 雷玉も全部持ってこいっ! 近付けさせんなっ!!!」
船長のレベッキオから、矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「イサム様、すまねぇ。魔物の群れに出くわしちまった。滅多に出る事はないんだが……」
「いやいや、レベッキオさんのせいではないですから。魔物ですから、出る時は出ますよ。ところで、川鮫? でしたっけ? どんな魔物なんですか?」
謝る船長を励ましつつ、現れた魔物について早口で質問を投げかける。
「川鮫はルサルサ河に昔からいる魔物でな。3~5メートルくらいの大きさの、川にしかいない鮫だ。船に体当たりしてくるか、魚だと思って安心していると甲板の上までジャンプして噛みついてきやがるから注意が必要だ。この船の大きさなら、数匹程度ならどうってこと無いが、20となるとちょっと骨が折れる数だ……」
「逃げることは?」
「駄目だな。あっちの方が速い」
水中がテリトリーの生き物とスピード勝負をしても、やはり勝ち目はないようだ。
「普段はどうやって撃退しているんですか?」
「弓じゃあまともにダメージを与えられないし、近距離戦も無理だから、魔法と雷玉で追い払っている隙に、岸まで逃げる。あいつらは浅いとこや流れが遅いとこだと上手く泳げないみたいで、岸近くまで逃げられればやり過ごせるんだわ」
「雷玉?」
聞きなれない単語に首を傾げる勇。
「使い捨ての魔法具だ。雷の魔石を嵌めて投げると、水中で雷が起きて相手を痺れさせる事が出来る。なかなか使い勝手はいいんだが、魔石も魔法具も一発で終わりだからな。如何せん高ぇんだわ。この船でも5つは積んでねぇ」
電気ショッカーのような物だろうか?
確かに水中の敵相手に打撃を与えるなら、電撃は良いかもしれない。大きい相手程、抵抗が大きくなり効果も高いはずだ。
爆雷のようなものがあれば効果が高そうだが、ほとんど木で出来ている船とは相性が悪いのだろう。
人力で投擲できる距離などしれている上、衝撃波には指向性が無いため自船への影響は避けられない。
「船長っ! 準備出来やしたっ!!」
そうこうしているうちに迎撃準備が整ったのか、右舷から声が上がる。
「フェリクスさん! 我々も魔法の準備を! ただし爆発系は避けてくださいっ。船への影響が怖いですっ!」
勇もそちらへ駆けながら、すでに右舷で待機していた隊長に声を掛ける。
「了解ですっ! マルセラは
「「「はっ!!!」」」
「「わかりました」」
フェリクスから矢継ぎ早に指示が飛び、メンバー達が一斉に臨戦態勢に入る。
勇は自分も魔法攻撃に加わろうと走りかけて、ふと思い立って走るのをやめる。
「レベッキオさん! 雷玉を一つ見せてもらっても良いですか?!」
「かまいません! おい、誰かイサム様に雷玉を!」
船倉から雷玉を出してきていた船員から雷玉を受け取った勇が手早く確認をする。
玉、と名前は付いているが形は円筒状で、500mlのペットボトルを一回り太くしたくらいの大きさだった。
上面には起動陣が描かれた蓋が付いており、起動用の無属性魔石が嵌っている。
蓋を開けると、直径ギリギリサイズの基板が一枚入っていた。レベッキオの話によれば、この基板に雷の魔石をセットするのだろう。
基板を取り出して急いで目を通した勇が、小さくガッツポーズをする。
「よしっ! ビンゴだっ!!」
そう叫ぶと、フェリクスの下へと駆け寄り耳打ちをする。
「雷玉の魔法陣から新しい魔法具が作れそうです。すぐ取り掛かるので、すみませんが少し外します!」
「っ!? わ、分かりました!」
「エトさん! ヴィレムさんっ!!」
踵を返して馬車が係留してある方へ走りながら、勇が声を掛ける。
「ちょっと手伝ってくださいっ!」
「あん?」
「手伝い??」
敵が迫っている中で何をしようと言うのか、声を掛けられた二人は首を傾げつつも後を追う。
「雷玉の魔法陣、読めるヤツでした!」
風呂馬車に入るなり勇から爆弾発言が出る。
「なんじゃとっ!?」
「本当かいっ?」
驚き聞き返す二人。
「ええ。使い捨てだと聞いて思ったんですよ。読めないヤツって、この前の遺跡で見つけたものからの予想だと、二度手間を掛けて作ってますよね? 長く使うものならまだしも、使い捨てで単純な効果のものなら、わざわざそんな手間は掛けないんじゃないかと思ったんです。で、その予想が見事当たったわけです」
「なるほど……。すぐぶっ壊れるもんに手間をかけても無駄じゃな」
「で、これを改造して、もっと強力な雷玉を作ってやろうと思ってます。時間が無いので簡単な改造ですけど、効果はあるかと」
そう言って勇が改造の内容を説明し始める。
元となる雷玉の機能は非常にシンプルだ。
雷の魔石から取り出した魔力で、雷の魔法を発動させる。それだけだ。
投擲して使う事が想定されているためか、起動陣側に時限式で発動するウェイト処理が施されているのが唯一と言える特徴だろう。
しかし、これはあまりにも勿体ない魔石の使い方だった。
一度に取り出せる最大出力で魔力を取り出して、雷の魔法を発動させたら終わりなのだ。
9割以上魔力が残っていると思われる魔石を使い捨てていることになる。
投擲武器という事を勘案して、発動回数は最悪一回で良いとしても、ウェイト処理を機能陣側に回すだけで威力については数倍に上げられるだろう。
何か理由があってわざと無駄遣いしているのか、単なる失敗作なのかは今となっては分からないが……。
そこで勇は、大きく三つの改造を行う事にした。
一つは使い捨ての廃止。二つめは威力の向上。そして三つめが効果時間の延長だ。
使い捨ての廃止については、時間も無いので単純にロープを括りつけて回収できるようにする。
威力の向上については、遺跡の起動陣を動かすために使った魔力変数を使って魔力をブーストさせれば可能だ。
効果時間については、ループ処理によって5回発動して停止するようにする。
時間があれば、手元でスイッチをオンオフ出来るようにしたいところだが、手持ちの素材でそれをやると、雷の魔法が発動するところまで精々5メートルほどしか距離が取れない。
有効射程が短くなると敵の接近を許して危険なので、ひとまずは投擲スタイルを維持することにする。
また、魔力の続く限り魔法を放ち続ける仕様にするのもありなのだが、効果時間の長さが分からず非常に使い勝手が悪い。
うっかり魔力が残っているものを回収しようとすると、至近距離で雷の魔法が発動する可能性があって危険なのだ。
そんな事情を手早く話して、分業して改善に取り掛かった。
勇は機能陣を担当し、エトが筐体を、そしてヴィレムに起動陣を担当してもらう。
ヴィレムには、遺跡用の高出力起動陣を最近作ってもらっているので、簡単な起動陣なら描けるようになっていた。
新文明時代になって、恐らく初めてゼロベースで魔法陣を描いた現地人がヴィレムだろう。
一方船は、左側に舵を切り川鮫から距離を離しにかかっている。川鮫は、水深が浅いところまでは追って来ないので、岸へと逃げるのがセオリーなのだ。
しかし相手の方が速度が速く、ジワジワと距離を詰められていた。
そしてついに、勇たちが魔法具の魔改造を始めたのと時を同じくして、右舷での戦闘が始まった。
先手をとったのは人間側だ。
『壁を打ち砕く岩の拳は、我が眼前より現れるもの也。
70メートルほどまで近づいてきていた川鮫の群れに、マルセラの
当てて直接倒すというよりは、牽制して距離を離そうという試みだ。
とは言え、そこそこの大きさの岩が高速で飛んでいくので、当たれば結構なダメージになる。
「キシャーーッ!!」
「ギャキャッ!?」
前の方を泳いでいた3匹に
「うわっ、でっか!?」
体長4メートル、胴回りもかなり太くずんぐりとした川鮫が浮かんできたのを見て、思わずマルセラが声を上げた。
『『凍てつく空気を撚りたる我が手よ、冷淡なる氷の槍を投げかけん。
そこへ、フェリクスとリディルによる
長さ70センチほどの氷の槍、合計10本ほどが、
先が尖っていてスリムな
一拍おいて、串刺しにされた2匹の川鮫が浮かび上がり、あたりに川鮫のものと思われる赤い血が漂った。
「おおぉっ! 流石は精強と言われるクラウフェルトの騎士様だ!! もう3匹も片付けちまったぞ!!」
「よっしゃ、俺たちも続くぞっ!!」
自分達の魔法では届かない距離にいる魔物を仕留めた騎士団に対して、船員達から歓声が上がる。
旧魔法寄りの威力を誇るクラウフェルト騎士団は、魔法の射程距離も長いのだ。
その後50メートルほどまで近づいた魔物に、魔法を使える二名の船員からも魔法が放たれた。
残念ながら倒すまでは至らなかったが、動きを鈍らせることに成功する。
しかしここで魔物たちの動きが変化する。
これまで固まって行動していたのが、散開して船を取り囲むような動きに切り替えたのだ。
「船首と船尾にも行った! 左舷に回らせるなっ!!」
見張りが声を張り上げた。左舷に行かれると岸へ寄せるのが難しくなる。
「くそっ、これでも食らいやがれっ!」
船首に回った川鮫に向けて、船員が雷玉を投げ入れる。
どぽんどぽん、と小さな水音を残して沈んでいくこと数秒。眩い雷光が水中を白く染め上げた。
ヂヂッ、という音が船上までかすかに聞こえてくる。
先頭を泳いでいた2匹が、電撃を受けて浮かび上がりそのまま下流へと流されていく。
その後も残りの雷玉と魔法により、半数ほどを倒すか失神させることに成功、どうにか左舷に回り込まれるのを阻止しつつ、船を岸へと近づけていった。
「やべぇっ!! 舵止めろーーーっ!!」
川岸が近づいているのをようやく実感できたタイミングで、またもや見張りが声を張り上げた。
急激に舵を戻したことでガクンと揺れる船上からざわめきが起きる。
「んだよっ、岸に近づかねぇと……、うわぁぁぁっ!!」
悪態をつきながら左舷を覗き込もうとした船員が慌てて飛び退く。
ばくんっ。一瞬前まで船員の頭があった場所で、飛び上がった川鮫の顎が閉じられた。
ばしゃんと音を立てて、再び水中へと飛び込む。
「くそっ、別の群れか!? 囲まれたっ!!」
見張りが悪態をつく。血の臭いに誘われたのか、さらに10匹ほどの川鮫が左舷側に浮上してきたのだった。
「気を付けろっ! 飛んでくるぞっっ!!」
船長から緊張感のある声が飛んでくる。
「お嬢様たちは甲板の中央へ! ミゼロイは左舷、リディルは船首、マルセラは船尾に回れ! 叩き落とすぞ!!」
「「「了解っ!」」」
「分かりましたっ」
自らもフェリス1型を起動させながらフェリクスが叫ぶ。
ざぱんっ!
まず飛び掛かってきたのは左舷からだった。ミゼロイをめがけて真っすぐ川鮫が飛んでくる。
「っせい!!」
ミゼロイは、ここ一週間で随分と手に馴染んだ重量可変式ハンマーであるフェリス5型を振りぬくと、直撃の瞬間手元の魔法石で重量を増加させた。
横っ面を直撃し、ボゴンッ、という鈍い音をさせて川鮫が左舷船尾側へと吹っ飛んでいき、派手な水しぶきを上げて河へと戻っていった。
「よし、これならいける!」
ハンマーについた水滴を軽く振り払いながら、ミゼロイが口角を上げる。
「にゃ、にゃぁぁ~~~~ん……」
と、唐突に織姫の鳴き声が聞こえた。
いつになく鳴き声が弱々しい気がしてミゼロイが辺りを見回すと、飛び込んできた川鮫が甲板に作った水溜まりを前に、小さく震えている織姫がそこにいた。
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