第88話 せんじょうパーティー

 港を出て5分ほど進むと、船は河のほぼ中央へと到達した。

 船にとって座礁ほど恐ろしいものは無いので、水深のある場所を進むのはセオリーだ。

 穏やかな水面を滑るように進む船の甲板では、チームオリヒメのメンバーが思い思いに過ごしていた。


「ひとまずここまで出れば大丈夫だ。水深もあって急な流れの変化も無いから、次の港までは穏やかなもんだ」

 ひんやりと感じる川風に、秋の訪れを感じていた勇の所へ、船長のレベッキオがやってきた。

「ああ、レベッキオさん。お疲れ様です。ほんと穏やかで気持ち良いですね。そういえば、帆は使わないんですか? 立派なマストが付いているように思うんですが」

 勇が振り返り、甲板の中央付近に立つマストを見上げる。


「この河は、基本一年中川下から川上に向けて風が吹いてるからな。下る時に帆を上げるとかえって遅くなるんだわ。ほとんど戻ってくるとき専用だな。後は、川の流れが速すぎる時にブレーキ替わりに使う事があるが、まぁ滅多に無い」

「なるほど、そういう事ですか。そう考えると、移動に使うにはすごく便利な河ですね、このルサルサ河は」


 地球でも昔から川は流通や移動手段として使われてきたが、遡るのは労力が必要だった。

 この河のように帆を使って遡上できる場合は良いが、そうでないと櫂で漕いだり川岸からロープでけん引する必要があった。

 国によっては、流域住民にこうした作業を賦役として強制する場合もあったと言う。


「ああ、ホントありがたい話だ。ルサルサ様の思し召しに感謝しないとな」

 レベッキオが水面に向かって祈りのポーズをとる。

 多くの神に祈る時は天を仰ぐのだが、水の女神ルサルサは水中にいると考えられているので、下に向けて祈りをささげる。

 よく見ると船首にはルサルサを模した像が祀られていた。


 そのまま順調に航行が続き、日がだいぶ傾いた頃、初日に停泊する川港へ到着した。

 出発地点の川港程の規模は無いが、複数の桟橋、宿泊施設などがあるちゃんとした港だった。


 慌ただしく出発したため、最初の港で店を見られなかった勇は、夕食の時間まで店を冷やかして回った。

 飲食店以外は、すでに店じまいに近い時間だったため、品があまり残っていない所も多かったが、朝早くから店を開けると言っていたので翌朝あらためて店を巡ることにする。


 初日の夜という事もあり、船員たちとの懇親会を兼ねた夕食会は、お酒が入った事もあり大いに盛り上がった。

 そして、織姫の人気がおかしな方向へと発揮されてしまう。

 屈強な船乗りたちも、最初は単純にその可愛さにやられていただけだったのだが、勇が元の世界での話をした辺りから、少々様子がおかしくなった。

 

 猫はネズミを狩るのが得意で、勇のいた世界では“船乗り猫”としてよく船に乗っていたと聞き、「可愛いだけでなく船を守ってくれるとはまさに守護神」「ルサルサ様と共に祀るべきだ」という話になってしまう。

 そこへ放ったアンネマリーの

「オリヒメ様のご神体なら、すでにありますよ(ニッコリ)」

 という一言が、事態にさらに拍車をかけた。


 様々なサイズ、ポーズのご神体を目にした船乗りから、是非譲ってくれとお願いされたものの、手持ちのご神体は数体しかない。

 ブリッジにお祀りするように一体進呈し、後はクラウフェルト子爵領の教会から授かるように言っておく。

 また、ぬいぐるみだと船首に祀る事が出来ないため、船首像タイプも作ってくれとの要望も受けるに至った。


 そしてこの日をきっかけに、船首には水の女神ルサルサと共に船乗りの神オリヒメを合祀するのが船乗り達の間で大流行するのは、少し先の話である。



 新たな信仰がこの世界エーテルシアに誕生した翌朝、勇はアンネマリーと共に港の商店を回っていた。

「イサムさん、何を買うのでしょうか?」

 何のために何を買うのか聞かされていないアンネマリーが、勇に尋ねる。


「ああ、そういえば言ってなかったですね。昨日は午後からの出航でしたけど、今日からは船上で昼食を摂るそうなんです。せっかく小型化した魔法コンロを持ってきているので、船上バーベキューでも楽しもうと思いまして」

「ばーべきゅー、ですか?」

「はい。正確な定義は私も知りませんが、皆で網や鉄板を囲んで、好きなものを焼きながらワイワイ食事をすることを、私の国ではバーベキューと呼んでいました。煙や油の匂いがするので、休日に屋外でやることがほとんどでしたね」

「へぇ~、そうなんですね。皆でワイワイと焼きながら食べるのは楽しそうですね!! こちらでは、屋台を除いて外で食事をすることはほとんどありませんし、冒険者の野営もいつ魔物が襲ってくるか分からないので、シンプルなものが多いんですよね」


 この世界エーテルシアは、一歩町から出るとそこは魔物の縄張りだ。

 なのでアウトドアな文化は、レジャーとしてはほとんど行われない。

 冒険者などは必要に駆られて野営をするが、命の方が大事なので手軽に済ませることが圧倒的だ。

 森の真ん中で、煙と匂いを出しながら呑気に肉を焼くなど、自殺行為でしかない。


 また、船はそのほとんどが木で出来ているため、船上で火を使うのには細心の注意が必要だ。

 海洋を何日も航海する船と違い、ほぼ毎日港へ寄る川下りの船などは、そもそも竈が無いことがほとんどだ。


 そんな事情を知った勇は、直火と比べて比較的安全に調理が出来る、魔法コンロによる船上バーベキューをしようと考えたのだった。

 もちろんバーベキューではなく、鍋でも何でも良いのだが、最も調理が簡単そうなのがバーベキューだったというだけの話だ。


「ん~~、肉はまぁ買うとして、魚介類をどうするかだなぁ。せっかく大きな河なんだから、出来れば魚が欲しいところだけど……」

 そんな事を呟きながら店を回って食材を購入していく。

 改良型の風呂馬車には、冷蔵箱も付いているので保存に関しては気にする必要はない。

 勇は、見た目と店主の話と自分の直感を信じて、何種類かの魚も買い込むと、まとめて冷蔵箱へと突っ込んでおいた。



 出港した船は、今日も順調に河を下っていた。

 下るにつれ、徐々に川幅が広がっていき、山がちだった風景も少々様変わりしてきた。

 そして、陽が頂点に達する少し前、勇のバーベキュー準備が始まった。


 手伝いは四名。安心のハイスペック侍女頭のカリナ、独身貴族でたまに料理を作るというヴィレム、この船の料理番ワゴル、シルヴィオの従者の一人であるユルシラだ。

 ちなみにユルシラは、シルヴィオの専属秘書のようなものなのだが、基本的な料理は出来るとの事だ。

 なお、アンネマリーも手伝いを申し出たのだが、以前に物体Xを作り出したことがあったため、丁重にお断りをした。


「お上手ッスね」

「ええ、お見事です」

 スキンヘッドの大男と、紺のロングワンピースにエプロンをした女性に見られながら勇が魚を三枚におろしていた。

 釣り好きが高じて釣った魚を捌けるようになったのは、地球にいた頃の数少ない特技の一つだった。


 勇の隣では、スキンヘッドの大男でこの船の料理番であるワゴルも魚を捌いていた。

 船上で捌く事はほとんど無いと言うが、流石に船乗りたちの料理番だけあって魚の扱いには慣れている。

「こいつはトリューイっスね。これから脂がのって美味くなるっス」

 そして捌きながら、どんな魚なのかを教えてくれた。

 今捌いていたトリューイという魚は、サケやマスのような魚だった。


「では、半分ほど香草とビネガーに浸けておきます」

 紺のロングワンピースにエプロンという姿で、勇とワゴルが捌いた魚に下味をつけているのが、シルヴィオの従者ユルシラだ。

 魚は半分は塩焼きにして、残りは香草&ビネガーソテーにする。

 日本人としては、大根おろしに醬油を軽く垂らすか、味噌でちゃんちゃん焼きといきたいところだが、あいにくどちらもまだ見つけていないため諦める他無い。


 カリナとヴィレムが切り分けた肉と野菜も皿に盛り、食材の準備が終わる。

 空いている甲板の船首よりの場所では、シルヴィオとベテラン騎士のミゼロイが会場設営をしていた。

 元々船に備え付けられている折り畳み式のテーブルや椅子を設置すると、小型化した魔法コンロを3台、テーブルに並べた。


 大きめの鉄板なので、コンロに跨るように置いて準備完了だ。

 この鉄板も、野営時にまとめて調理するのに便利かと思い、風呂馬車に積んであったものだ。


 船上にジュージューという焼ける音と、食欲をそそる煙が立ち込めている。

 皆、立ったまま取り皿を手に持ち、焼き上がった魚や肉、野菜を思い思いに頬張っていた。

 最初は座った状態でバーベキューが始まったのだが、いちいち立って取り分け座って食べるというスクワット運動が煩わしくなり、あっという間に立食形式と相成った。


「イサムよ、これは実に良いな! 焼きたてをその場で食べるのは最高じゃわい」

 身長の都合でスツールの上に立ったエトが満足そうに肉を頬張っている。

「まさか船の上で焼きたてが食べられるとは思わなんだ。この魔法コンロとかいう魔法具、火が出ないから便利だな!」

 船長のレベッキオも、嬉しそうに魚を突いている。


「よし、肉が焼けたぞ。こら! マルセラ! 肉ばかり食べずに野菜も食わんかっ!!」

「えぇぇ~~っ!」

 ミゼロイは完全に焼き奉行と化していた。肉ばかり食べていたマルセラの皿に、もりもりと野菜を乗せていく。


「ちょっと隊長! それ俺が育ててた肉! いくら隊長でも、それは許せません」

「ふっ、鉄板の上は戦場なのだぞ? 肉一つ守れずして、何が騎士か」

 リディルとフェリクスは、船上を戦場にするつもりらしい。


「ふふふ、みんな楽しそうで良かったな、姫」

「んな~~う」

 織姫に、ナマズのような淡白な白身魚を茹でたものを食べさせながら勇が呟く。

 仕事での出張ではあるが旅行には違いが無いので、どうせなら少しでも楽しくなればと思ってやってみたが、どうやら正解だったようだ。

 ワイワイ言いながら楽しそうにバーベキューを食べるメンバーを見て、勇が目を細めた。


 バーベキューが終わり片付けも済ませた頃、ブリッジの上に作られた見張り台で、見張りの男が何かを発見した。

「ん? なんだ?」

 右舷の100メートルほど先に、黒い影が浮かび上がってきているように見えた。長さは3メートルはありそうだ。

「流木か何かか? それにしちゃあ速度が速いが……」

 尚も注視していると、影の数が2つ3つと増えていき、気付けば20を超え黒い大きな塊のようになっていた。

「おい……、マジかよ…………」

 驚愕に目を見開き思わず絶句する。


 同タイミング。食後の毛づくろいをしていた織姫がスッと立ち上がり右舷を真っすぐ見つめた。

 耳がイカ耳になり、髭をしきりに動かしている。

 隣で寛いでいた勇も、織姫の異常に気が付いた。

「姫、どうした? 何か気になるものでも……」


「フゥゥーーーッ!!!」

「ま、魔物だっ! 右舷100メートルに川鮫と思われる敵影発見っ! 数は……っ、に、20っ!!!」


 見張りが叫ぶのと、織姫が警戒の唸り声を上げたのはほぼ同時だった。

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