第86話 チームオリヒメ、出発

 重量可変式打撃武器である、フェリス5型試作タイプを作成した翌日、今度は馬車の改良に取り掛かっていた。

 馬車の速度上昇に伴う揺れの軽減を目的とした、メタルリーチを使ったダンパーの開発である。


「ほぅ、そのだんぱーとかいうのが付いとらんから、馬車の揺れが酷いというわけか……」

「それだけが原因ではないですけど、原因の一つではありますね。解決策はダンパー以外にも色々あると思いますが、残念ながら私はその辺詳しくないので……」

「確かにお前さんの言う通り、板バネは一度縮むと暫く伸び縮みを繰り返すもんじゃからなぁ」

 目の前にある馬車から取り外した板バネを押しながらエトが言う。


「どこまで改善するかは分かりませんが、やって損は無いはずです」

「そうじゃの。まぁ色々試していけばええじゃろ」


 現状の高額な馬車には、板バネで作られたサスペンションが搭載されている。

 車軸と車体の間を板バネで繋ぐシンプルな構造ではあるが、何も対策されていない荷馬車などと比べたら雲泥の差だ。

 今回は、車軸と車体の間に、メタルリーチダンパーを追加する想定だ。


 狙いは単純で、メタルリーチに水属性の魔力を流すと、ぐにぐにとした粘性と弾性を持つようになるので、これを減衰力に使えないか?という試みだ。

 ちなみに最初は、引きのばしてゴムタイヤの代わりに使えないかと思ったのだが、魔石をホイールに固定する必要があり、外れたり飛んでいったりしそうなので断念している。


 どの程度魔力を通した状態が良いのか全く分からないので、まずはそこのアタリをとっていく。

 車体に起動陣を描き、円柱状にしたメタルリーチをその魔法陣と車軸に固定し、一定量魔力を流して特性が変化したら馬車を走らせて状態を確認する。

 地道だが、こればかりはデータを取りながら試していくしかない。


 幸運だったのは、魔力量を外部から制御できる魔法陣を遺跡で入手していた事だ。

 これが無かったら、試すごとに魔法陣を書き換えなければならないし、特性値を一定の範囲に留めるのも大変なので骨が折れただろう。


 魔力量が少なくてごつごつとした突き上げを食らって舌を嚙みそうになったり、反対に多く注ぎ過ぎて減衰力が発揮されず三半規管をやられそうになったりを繰り返しながら、半日かけてようやく良さげな魔力量にアタリを付ける。


「だいたい200くらい注いだ状態が良さそうじゃな」

「そうですね。これなら抜けていく魔力との調整もしやすそうです」


 事前に行った調査の結果、メタルリーチに注ぎ込める水属性の魔力は、限界値が400で60秒経過後から毎秒2ずつ放出されていく事が分かっている。

 それをふまえた上で今回は魔力を200注いだ状態で維持させたいので、開始から40秒経過するまでは毎秒4ずつ魔力を注ぎ、それ以降毎秒2とすることで、60秒経過時点で200、以降プラマイゼロでキープ出来ることになる。


 他にも組み合わせはあるだろうが、一度魔力量を変化させるだけとシンプルなので、この数値をひとまず採用することにする。


 結果を基にした魔法陣を清書して実装すると、今度は街の外に出て、どれくらいまで速度を上げても大丈夫かのフィールドテストを行う。

 騎士達は馬車を扱う事も多いため、今回はリディルにテストドライバーをお願いした。


「確かに、不快な振動や突き上げ、フワフワした感じが減っていますね!」

 御者席のリディルから声がかかる。

「ええ。これまでと同じ速さの場合だと、結構快適ですね」

 同乗している勇も同感だ。例え速度を上げるのが難しかったとしても、通常移動時の苦痛が軽減される効果が確認できたので御の字と言える。


「では、少し速度を上げてみますね」

 そう言ってリディルがやや速度を上げる。これまでよりは振動が多少強くなった気がするが、まだまだ問題無いレベルだ。

「これでちゃんと常歩ですから、さっきより2割くらい速いと思います。凄いですね、この速さで常時移動して身体に影響が出ないのは相当ありがたいですよ!」


 馬を途中で交換すること無く長距離を移動する場合、常歩と呼ばれる速度で移動するのが最も効率が良いと言われている。

 それ以上速くしても、速度は上がるが走れる時間が短くなるので、結局航続距離は短くなってしまうためだ。

 これまでは、馬車を使って常歩で移動すると揺れが激しくてかなりきつかったので、常歩より少し速度を落として移動する事がほとんどだったのだが、それが改善されることになる。

 その後も徐々に速度を上げて試走した結果、ある程度歩幅を大きくした速歩くらいまでであれば、どうにか乗っていられるレベルである事が判明したところで、馬車の改良は一先ず終了する。

 手探りで始めた割には、まずまずの成果と言えるだろう。

 

 また、並行して街の職人や冒険者に、ゴムタイヤもどきの素材になるようなものが無いか探してもらうよう、領主であるセルファース経由で依頼をしておいてもらっている。

 イノチェンティ辺境伯領から戻る頃には、いくつか候補の素材が見つかっているはずなので、馬車の改良は今後も継続して行われることになるだろう。



 こうして、慌ただしく遠出の準備と課題解決のための開発を行う事五日。イノチェンティ辺境伯領へ向けて出発する当日の朝を迎えた。


 大容量の魔力供給魔法陣は、エトとヴィレムの頑張りで完成。

 ミゼロイも連日の猛練習で、重量可変式のウォーハンマーをある程度使いこなせるようになった。

 改良型の馬車も、魔法陣起動後のアイドリングが必要な点など注意点を騎士達に伝えた上で複数回試験走行を実施、護衛部隊全員が問題無く御者を務めることが出来るようになっている。


 チームオリヒメ一行と、納品に同行するシルヴィオと従者二名、そして今回追加で護衛を務める流動枠の騎士五名で構成された、イノチェンティ辺境伯領訪問部隊一同が、準備万端整えて子爵の館の前庭に集合していた。

 慌ただしく最終チェックをする面々を一緒に眺めながら、勇は領主のセルファースと、その妻ニコレットと話をしていた。


「まずはお隣の、ヤンセン子爵の所へ寄るんだったよね?」

「ええ。アンネマリーさんと一緒に、織姫のご神体用の……えーっと何でしたっけ??」

「家庭用神殿ね。魔法コンロが広まるとお隣の主要産業のひとつである薪の消費が減ると思うから、代わりにどうかと思ってるのよ。あそこは木材加工ならお手の物だから、良いものが作れるはずだし、お互い良い取引になるんじゃないかしら?」

 ど忘れした勇に、ニコレットがあらためて説明をする。


 織姫のご神体を家庭に飾っておくための棚である家庭用神殿の受注生産を、ヤンセン子爵家で請け負ってもらえないか打診する予定だった。

 今後確実に売れ行きが伸びると睨んでいる母娘は、最初から増産しやすい所へ依頼する腹積りなのだ。


「その家庭用神殿の生産依頼交渉をしてから、川を下っていく予定です。川下りは初めてなんですが、危なくないんですかね? 川の上で魔物に襲われたら、逃げ場がなくて大変そうですけど……」

「海と違って、川には大きな魔物は少ないからね。陸からの魔物が襲ってこない分、楽なくらいだよ」

「ああ、そうなんですね。なら良かったです」

 四面楚歌な状況になる事は無さそうだと、勇がほっと胸を撫でおろす。


「イサムさん、点検完了しました。いつでも行けます!」

 そうこうしているうちに出発準備が整ったようで、陣頭指揮を執っていたアンネマリーから声が掛かった。

「ありがとうございます! すぐ行きますねー!」

 一瞬後ろを振り向いて返事をすると、再び領主夫妻に向き直って出発の挨拶をする。


「それでは、イノチェンティ辺境伯家への魔法コンロ納品及び同領内の遺跡探索に出立します。留守にしてすみませんが、よろしくお願いいたします」

「ああ、行ってらっしゃい。前にも言ったけど、我々の事は気にしなくていいから、楽しむつもりで行ってくると良いよ」

「そうね。今回は友好的な領地への訪問だし、旅行気分で行ってきなさいな。ああ、それと、あの子との距離が縮まる事を期待してるわね」

「ちょっとニコ、それはどういう意味だい?」

「さぁ?」

「あはは、前向きに善処する所存です」

 いつも通りのニコレットに苦笑して頭を掻きながら誤魔化し、再び夫妻へと向き直る。


「それでは、行ってまいります!」

「「行ってらっしゃい」」

 それを見ていたチームオリヒメの面々が一斉に動き出す。

 皆それぞれに出発の挨拶を交わすと、先導役の専属護衛隊長フェリクスの乗った馬を先頭に、車列が動き出した。

 そのままゆっくりと街の中を通り抜け門を出ると、最初の目的地である隣領の領都ヤンセイルへ向けて西へと進路を取り、徐々に速度を上げるのだった。


 今回は、馬車3台と馬5頭からなるキャラバンだ。

 馬車の内訳は、勇とアンネマリー、メイドのカリナ、専属護衛二人が乗るオリヒメ商会の馬車、シルヴィオとその従者二人、エト、ヴィレムが乗るザンブロッタ商会の馬車、そして流動枠の騎士二人が乗る風呂馬車(改)だ。

 残る専属護衛二名と流動枠の騎士三名が、騎乗して偵察や周囲の警戒に当たる事となる。


 ヤンセイルまでの道のりは至って平穏なものだった。

 小規模な魔物の群れと数回遭遇したものの、護衛の騎士や馬車に飽きた織姫の気まぐれで瞬殺されていた。

 途中、ヤンセン子爵領に入ってすぐの町バダロナで一泊し、翌夕にヤンセイルへと予定通り到着する。


 そして一泊して翌日。家庭用神殿の製造委託交渉の為、領主のダフィド・ヤンセン子爵の館を訪ねるのだった。

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