第84話 メタルリーチの使いどころ
面白素材であるメタルリーチを使ったアイテム開発に先立って、勇は遺跡探索をふまえて感じた課題の整理をしていく。
その結果、改善が必要だと感じたポイントは以下の五つとなった。
①より高出力の魔力をチャージした魔法陣が必要
②手強く硬い魔物が多いため、武器防具の強化が必要。特に武器
③移動時間が長い。時間を短く、快適にしたい
④まともに探索するならば遺跡での野営が必須。野営を快適・安全にするものが必要
⑤セキュリティエリアだらけ。ロック解除できない事の方が多いため、力技で突破出来る手段も欲しい
①については、基板の大きさこそ大きくなってしまうが、やってやれない事は無い。
起動陣の基礎を学んでもらうため、エトとヴィレムにやり方を教えて、取り組んでもらう予定だ。
②は、
強いて言えば、
しかし、今回発見したメタルリーチ素材の特性のおかげで、何かしら新しいものが作れる可能性が出てきた。
③については、二つ改善したいポイントがある。
一つは遺跡までの移動時間、そしてもう一つは遺跡内部の移動時間だ。
後者については、基本徒歩で移動するしかない場所なため、改善するのは中々難しい。
足を速くするだとか、長時間歩けるようにするだとかの肉体強化をするか、荷物を少なく・軽くするか、空を飛ぶなどして徒歩から脱却するか……。
やれることはやっているし、魔法具で改善するのは一筋縄ではいかなさそうだ。
対して前者はやれることがありそうだ。
この世界における長距離移動の手段と言えば馬車、すなわち乗り物・道具である。
人の性能を魔法具で上げるのは難しいが、道具であればやりようがある。
この世界でも貴族が使うような上級の馬車には、簡易な板バネを使ったサスペンションも搭載されているなど、よく使われる移動手段だけに改良もされている。
しかし、それでも限界はある。
実際、現状でも乗り心地を無視すれば、まだある程度馬車の速度を上げる事は可能なのだ。
著しく乗り心地が悪くなり実用に耐えないため、速度が頭打ちになっているにすぎないので、そこに改善の余地があると勇は考えていた。
④についても、道具や魔法具によって改善できることは多いように思われた。
例えば、小型の魔法コンロが一つあるだけで、燃やすものが無いところでも温かい食事を摂ることが出来る。
勇の地球での知識も役に立てる事が出来そうだ。
⑤については、是非とも突破できる手段が欲しい所だが、爆発の魔法でも破壊できなかったところを見ると、正攻法では難しいかもしれない。
色々な方向性を探り、トライ&エラーしていく事になるだろう。
と、効果と実現性から精査した結果、以下の三つを優先させることにした。
1)遺跡内の魔物に対応できる新しい武器の開発
2)長距離移動を快適・早くするための馬車の改良
3)野営を快適・安全にするためのアイテム開発
なお、魔力を高チャージする魔法陣については、元々決定事項である。
「ふむ。全くもって妥当なとこじゃな」
勇の話を腕組みして聞いていたエトが、頷きながら言う。
「そう思います。ひとまず確実に効果が見込めそうで、開発ハードルが低そうなものからやるのがセオリーですからね」
勇も小さく頷く。
「となると、まずは武器からじゃが……。
先日あった、遺跡内のエントランスホールと思しき場所での戦いを思い浮かべながらエトが言う。
「ええ。あの手の硬い敵には、斬る武器は相性が良くなさそうですよね……。桁違いに切れ味の良い武器なら別でしょうけど。なので、メタルリーチにも有効だという、打撃武器を作りたいと思っています」
「うむ。まぁ正論じゃの。で、どうするんじゃ? 何か案はあるのか??」
「攻撃力って、基本的には速さと重さで威力が決まります。速さが同じならより重い方が、重さが同じならより速い方が攻撃力は高くなります。最終的には移動距離とか硬さとか威力を伝える面積とかも関係しますが、今回の話とは関係無いしややこしいので端折ります。言いたいのは、今までより重い武器を今までと同じ速さで振りまわすか、今までの武器を今まで以上の速さで振りまわせれば、攻撃力が上がるという事です」
「デカいトンカチを、小さいトンカチと同じ速さで振りまわせれば、そりゃあデカい方が威力があるじゃろうが……。振りまわせるだけのパワーが無い事には、どうにもならんじゃろ?」
エトの言う事が道理だろう。より重い物を振り回すには、より筋力が必要になる。
「それを、メタルリーチ素材の“重くなる”特性を使って、どうにか出来ないかと考えてます。例えば、振り回し始めは元の重さで、敵に当たる時に重くしたらどうでしょうか?」
「っ!!!」
勇の言わんとすることを理解したエトが目を見開く。
もし、重くなっても同じ速さで移動し続けるなら、重さ分単純に威力が増えることになるだろう。
「実際には、急に重くなると扱いが難しいでしょうし、そもそも当たる瞬間を見極めて魔法具を起動させないと駄目なので、すぐ実戦投入するのは難しいかもしれませんが……」
武器を使っている途中で重量が変化すること、特に重くなることは中々無いので、相応の練習が必要だろう。
「だったとしても、やってみる価値はあるじゃろ。何より仕組みが単純じゃからな。フェリス1型の時と同じように、込める魔力の量を変えた奴をいくつか作って練習させるのが良かろう」
「それもそうですね。後でフェリクスさんに相談してみます」
こうして、まずは重量可変式打撃武器の開発が決定した。
「次は馬車か……。お前さんの言う通り、速度を上げると乗り心地も悪くなるし、部品にもすぐガタが来てまともに使えんのじゃ」
原始的な板バネを使ったサスペンションには、やはり限界があるのだろう。
地球にはリーフスプリングと呼ばれる板バネを重ねたものがあったはずだが、あいにくと勇にその辺りの知識は無い。
勇が考えたのは、ショックアブソーバーの導入だった。
地球で車などに使われているサスペンションは、スプリングとダンパーの組み合わせが基本だった。
スプリングが衝撃や振動を吸収するのだが、スプリングだけだと吸収した後元に戻ろうとするため、揺れが中々収まらない。
それを減衰させ、揺れの収まりを早くさせるのが、ダンパーに代表されるショックアブソーバーの役割だ。
現状の馬車には、このショックアブソーバーが無いため、速度を上げると揺れがどんどん酷くなる。
しかし、地球のオイルダンパーを真似ようとすると、高度な密閉の技術が必要になるため現実的ではない。
こちらに来てしばらくたった時に、馬車の改善をしようと思った事があったのだが、このハードルが高くて断念していた。
今回は、メタルリーチに水属性の魔力を流した時に低反発素材のようになった事に着目した。
ぐっと潰れた後、元に戻る時はゆっくりと戻るので、衝撃吸収と同時に減衰にも期待が出来そうなのだ。
「このゆっくり戻る性質で引っ張ることで、板バネが勢いよく戻ろうとするのを止めるというわけか。色々と考えるもんじゃなぁ……」
エトは感心しきりだ。
「ただ一つ問題があります。減衰が働く状態になるのは魔力を流している間だけですが、ずっと流し続けるとどんどん軟らかくなるんですよね。上限はあるので途中でそれ以上軟らかくならなくなりますが、それだと軟らかくなりすぎて意味が無いんです……」
「丁度良い軟らかさで止める必要があるわけか……。いや待てよ、それは無理なんじゃないか? 途中で止めるという事は、魔力を止める必要があるが、止めると素の状態に戻るんじゃろ?」
首をひねりながらエトが勇に尋ねる。
「その通りです。でも、もう一つ面白い特性がコイツにはあるんですよ。魔力を流し込み始めてから、ある程度時間が経つと、流し込んだ魔力が一定の勢いで放出されていくようなんです」
土の魔力を流してどこまで重くなるか試す実験をしていた時に、弱めの出力で流し込み続けると、一定時間経過後魔力を流しているにもかかわらず軽くなっていく現象が発生したため気が付いたのだ。
「魔力の放出が、どれくらい時間が経過したら始まって、どれくらいの勢いで放出されるのか分かれば、丁度良い硬さになったタイミングで、流入量と放出量を釣り合わせてやることで、丁度良い硬さを維持できるはずです」
例えば、50秒後から毎秒2ずつ魔力が放出されるとしよう。
この場合、毎秒2ずつ魔力を流し続けると、50秒後までは合計の魔力は増え続ける。
50秒経過して100の魔力が流し込まれた後に流出が始まるが、そこから先は流し込む量と放出される量が釣り合っているため、ずっと100の状態のままになる。
仮に止めたい魔力量が200だった場合は、毎秒4ずつ魔力を流し続けて50秒経過した時点でそれを毎秒2に変えてやれば、その後はずっと200をキープできる計算だ。
流し込める単位と、放出される単位がどうやっても上手く釣り合わない場合は破綻するが、それはもう仕方が無いし、近似値でも問題無いだろう。
「はぁ~~、そこまで細かく計算して作るのか……。何となく言っている事は分かったが、わしには到底無理そうじゃわい……」
エトがため息交じりに首を振る。
「あはは、私もたまたま元の世界で勉強していただけの話ですけどね」
途中で水量を変えたり、水が途中で流れ出るタイプの文章題は、簡単な方程式の定番問題なので、それを応用しただけだ。
「まぁ、上手く釣り合いがとれても、魔力量が安定するまでは馬車を動かせなかったりと制限もありますけどね」
「それは仕方が無かろう。長時間動かせないわけでもないんじゃ、問題あるまい」
「そうですね。贅沢言いだしたらキリが無いですからね」
こうして、馬車の改良についても実施する事が決まった。
しかし、三つ目の野営快適装備については、思いついたところで時間が足りないということで、小型の魔法コンロを作るにとどめる事とした。
この日は実験と何を作るかで時間切れとなり、試作は翌朝から行われることになった。
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