第82話 メタルリーチの素材

 寄親であるビッセリンク伯爵への後援依頼から戻った翌日、勇達チームオリヒメはイノチェンティ辺境伯領への出発準備に取り掛かっていた。


「イノチェンティ辺境伯領って、王国の南西の端なんですよね? ここから遠いんですか?」

 何となくの地理しか頭に入っていない勇が、出発の日取りを決めるために来てもらった副団長兼勇の護衛部隊長であるフェリクスに尋ねる。

「そうですね。距離で言ったら、ここから王都までの倍よりすこし遠いくらいですね」

「倍以上っ!?」

 想像していたよりずっと遠かった距離に驚く勇。


「王都経由で行く場合は、十日以上かかると思います。王都より西は平坦な地形ではあるのですが、距離が距離なので……」

「なるほど……。王都経由じゃないコースもあるんですか?」

「はい。ここクラウフェンダムのような中央地域からですと、王都を経由しない方が主流だと思いますね。特に行きはだいぶ早いですから」

「へぇ、王都を経由しない方が早いんですか?」

「河を下っていきますからね。この近くから、南西に向かって大きな河が流れているんです。それを下っていくと、イノチェンティ辺境伯領の領都イノーティア近くまで行けるんですよ」

 フェリクスが、紙に簡単な地図を描きながら説明してくれる。


 クラウフェンダムは、王国のほぼ中央に位置する街だ。ここからさらに北上した所を水源にした川がいくつかあり、ちょうどヤンセン子爵領あたりでそれら支流が合流、船を使える深さと川幅の本流になるのだという。

 その河は、大きく弧を描きながら南西へ流れており、イノーティア近くで別の大河と合流を果たす。

 そこまでは下っていくだけなので、南西方面へ向かうのによく利用されるルートなのだとか。

 ちなみに合流後は、合流したほうの河を遡る場合でも陸路でもあまり時間は変わらないらしい。


「こちらのルートであれば、河まで半日、河下りに四日ほど、下ってから二日なので七日程度で到着できますね」

「おお、結構短縮できるんですね!」

「はい。冬場は上流で川が凍って水量が減るので使えませんが、この時期なら問題無いですね」

「冬場は使えないんですね。馬車ごと船に乗れるんですか?」

「荷物が少ない場合は、馬車は載せない事が多いですね。自領から船着き場までは自分の馬車で行き、河を下った先では馬車を借ります。身軽ですし、何より費用が随分安くなります。逆に荷物が多い場合は馬車ごと載せることが多いですね。そのほうが積み替えの手間が省けて、さほど費用も変わらないので」

 馬車を載せるかどうかはケースバイケースのようだ。今回は遺跡探索用の荷物もあるので、おそらく馬車を載せるパターンになるだろう。


「今回は荷物も人数も多いので、専用船を仕立てるはずです」

「専用船! そんな事も出来るんですね」

 まさかのチャーター船だった。

 ヤンセン子爵家が出資する船便の商会があるようで、この前の魔物騒ぎのお礼を兼ねて融通を利かせてくれるそうだ。

 情けは人の為ならず、とはよく言ったものだと思う勇であった。


 その後もアンネマリーとザンブロッタ商会のシルヴィオを中心に旅程を立て、五日後に出発する事が正式決定した。

 勇自身は元々工房の下見も兼ねて行けたら行こうとは思っていたが、チーム全員で、しかも遺跡探索付きで行く事になるのは予想外だったため、準備期間には多少の余裕を持たせている。

 そんななか勇は、準備は手慣れた騎士達やヴィレムに任せて、メタルリーチの特性をエトと共に調べようとしていた。



「確か、魔力を流すと加工できるって話でしたよね?」

 四つに分割されているメタルリーチをひとつ手に取って、しげしげと眺める勇。

「そうじゃな。魔力を流しとる間だけ軟らかくなるっちゅう特性があるからな。そのままだと硬くて加工が大変なんじゃ」

「どれくらい魔力を流せば軟らかくなるんですか?」

「基本的に魔力を流すほど軟らかくなるが、軽く流す程度で十分じゃ。あまり軟らかすぎても、逆に加工しづらいからの。そうじゃな、魔法陣の定着に使うくらいでも、だいぶ軟らかくなるぞい」


「へぇぇ、変わった素材ですねぇ」

「うむ。わしも数える程しか触ったことが無い珍しい素材じゃ、まだまだ謎が多い。重さは鉄よりちょっと軽いが、鉄より硬い上、弾力があって折れにくい。何よりこの独特の光沢が見事じゃから、コイツを使った鎧は、王族や上級貴族に人気じゃ。まぁ、目ん玉が飛び出るような値段じゃがの」

 かっかっか、と笑いながらエトが説明をしてくれる。


「ただ、武器、特に刃物にはあまり向いておるとは言えんのじゃ」

「え? 硬くて折れにくいんですよね? 普通に考えると向いてそうですけど……?」

 硬くて脆いなら刃物に向かない場合もありそうだが、脆くないのであれば一見向いていそうだ、と勇は考える。


「硬すぎて砥げんのじゃ。いくら硬くても、刃付けが上手くできなかったらナマクラにしかならん」

「あー、なるほど……。あれ? でも硬いのであれば魔力を流しながら砥げば、軟らかくなるから砥げるんじゃ??」

「そこがコイツの厄介なとこでもあり面白いとこなんじゃ。軟らかくはなるんじゃが、削れずに伸びるんじゃよ。パンの生地みたいにの。だから形を変えて、剣の形にすることは簡単なんじゃが、最後の仕上げが出来ん。見た目は金属っぽくても魔物の素材だからの、謎が多いわい」

 なるほど、かなりクセも強い素材のようだ。


 それから勇は、実際に通す魔力の強さを変えながら、色々な形を作ってみる。

 ある程度魔力を通せば、ちぎったりくっつけたりも出来るのだが、触っている感じは金属でつるつるしているため非常に違和感がある。

 型に入れてその形に成型する事もできそうだ。

 ひとしきり魔力を流しては止めたりを繰り返しながらふと思いつく。


「エトさん、これ、属性のある魔力を流したらどうなるんですかね?」

「あん? どういう事じゃ??」

「今流している魔力って、何の属性にも変化していない、いわば素の魔力じゃないですか? そうじゃなくて、例えば水魔法に使う時に変換される、水の属性を持った魔力を流したらどうなるのかな、と……」

「なるほど……。発動前の状態を維持すれば、属性変換された魔力も維持できるから、それをコントロール出来るのなら可能か……。多分誰もやった事が無いと思うぞ? 魔力を集めてから変換して発動させるのが魔法じゃ。属性変換された状態のままで魔力をコントロールする事は無いからの」

 腕組みをしたままエトが答える。

 そもそも魔法を使える人が職人になる事が少ない上、相手が希少素材のメタルリーチだから余計だろう。


「誰も試したことが無い……。面白そうですね」

 ニヤリと勇が笑う。

「ちょっと試してみますね。そうだな……、とりあえず一番得意な土属性でいってみます!」

「おう。あんまり強い魔力は流すなよ? 何が起きるか分からんからの」

 ウキウキと楽しそうな勇に対して、エトは心配顔だ。

 勇に注意を促しながらも少しずつ後ずさりして、さりげなく距離をとっている。


 そして勇は、石霰ストーンヘイルの魔法をイメージしていく。

 それに呼応するように、薄く手に集めていた魔力が、黄色へと変化していくのが、勇の目に映る。

 ここから先は勇も初の試みだが、魔法発動用に変換された魔力であれば目で追う事が出来るので、すぐにコツを掴み属性魔力の移動が出来るようになった。


 そこまで出来るようになると、一旦集中を解き、手をプラプラさせてリラックスする。

「多分これで、属性魔力を流せるようになったはずなので、試してみますね」

 そう言うと、今度は両手でメタルリーチを持ったまま、魔力を薄く集めて土属性へと変換すると、目に映る黄色の光をゆっくりメタルリーチへと流していく。


 すると、3秒もしないうちに変化が現れた。

「んんん?? なんか重くなってきてるような……?」

 魔力を注いでいく事で、手の中にある塊が、ズシリと重さを増したような気がしたのだ。

 なおも慎重に少しずつ魔力を流し込んでいく。

「くっ……、ヤバい、すごく重くなってる!!」

 どんどんと重さを増していくメタルリーチ。しかし見た目は全く変わらない。


「おいおいイサム、大丈夫か??」

 真っ赤な顔の勇を見て、エトが心配そうに声を掛ける。

「ぐ、限界だっっ!!」

 勇はそう叫ぶと、魔力を注ぎ込むのを止めた。

 その刹那……

 

「うわぁぁっっ!!」

 カラーーン!

 一瞬で急激に軽くなったメタルリーチを勢いよく放り投げてしまった。

「おおぅっ!!」

 自分の方へと転がってきて、思わずエトが飛び跳ねる。


「ああっ! すいません!!」

「おぅ、イサムこそ大丈夫か? どうした急に?」

 転がってきたメタルリーチを拾い上げて、こちらへとエトがやってくる。


「いや、土の魔力を流したら、重くなったんですよ……」

 真面目な顔でそう言う勇。

「そうか、重くな……はぁぁぁぁっっ!!??? 重くなったじゃとーーっ!!?」

 今度はエトが叫ぶ。

「ええ。間違いなく重くなってました。魔力を止めたら一瞬で軽くなりましたけど……。今度はエトさんが持っててください。そうしたらホントかどうか分かるはずです!」

 そう言いながら、エトの手にしっかりとメタルリーチを乗せて再び魔力を操作し始める。


「……いきます」

 短くそう言うと、エトの両手に乗っているメタルリーチに軽く触れ、再び土属性の魔力を流し込んでいく。

 1秒、2秒、3秒……。

「うおっ、確かにこれは重くなっとるぞっ!!」

 慌ててメタルリーチを持つ両腕に力を入れるエト。

 その後さらに数秒魔力を流したところで

「イサムっ! 止めろっ!! 限界じゃっ!!!」

 という叫び声と共に、勇が魔力の供給を止めた。


「ふぅぅぅぅぅーーーーーっ……」

 汗をかきながら、大きくため息をつくエト。

「どうでした??」

「どうもこうもないわ。確実に重くなった。とんでもない発見じゃぞ、これは??」

 大きく目を見開きながらエトが言う。

 

「重さが変わる金属など、聞いたことも無い……。こうなってくると、他の属性の魔力を流すとどうなるのか、俄然興味が湧いてきたぞ!?」

「ですよね? ちょっと色んな属性の魔力を流して実験してみますか??」

 興奮気味に言うエトに、ニヤリと勇が笑いかける。


 こうして、メタルリーチに対して属性魔力を流すという、前代未聞の実験が本格的にスタートした。

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