第81話 動物好きと魔法伝授

 一通りの報告と、それを受けた今後の協力体制の大枠が決まり、応接室から緊張感は無くなっていた。

 メイドがあらためて淹れなおしたお茶を飲みながら、3人は雑談モードに移行している。


「ときにイサムよ、先ほどから足元で眠っているのが、噂の使い魔か? 確か、領都の防衛戦においてもイサムと共に勇敢に戦ったと聞いておったからな、もっと大型の使い魔だと思っていたが……」

 面会当初から勇の足元にいたので、突っ込まれたら外に出そうと思っていたのだが、特に指摘されなかった為そのままにしておいたのだ。


「はい。織姫といいます。小さいですが、とても勇敢で、いつも助けてもらっているんですよ」

「にゃぁぁ」

 自分の話になった事に気が付いたのか、織姫が小さく鳴いて背伸びをする。


「ほぅ、そうなのだな……」

 毛づくろいを始めた寝起きの織姫をじっと見つめるマレイン伯爵。

 相変わらず鋭い視線だが、目じりが僅かに下がっていた。


「……好物は?」

「はぃ?」

 伯爵から飛び出した唐突な質問に、思わず間の抜けた声を出してしまう勇。


「いや、オリヒメの好物は何かと思ってな」

 一方のマレインは、至極当然といった顔でそう答える。

「……鳥の肉ですかね。脂の少ない部分を、そのまま茹でたモノが一番好きだと思います」

「そうか……。クラース」

 それを聞いたマレインが、執事長に向かって声を掛ける。

「ラフィアンピジョンの良いものが入ったと、今朝料理長が申しておりましたので、そちらがよろしいかと」

 打てば響く、とはこういうことを言うのだろうなと、勇は歴戦の執事長に感服する。


「分かった。胸の部分は料理には使わず、すぐに茹でて持ってこさせてくれ。ああ、調味料や香草の類は使わせるなよ?」

「かしこまりました」

「え?」

 何やらすぐに茹でて持ってこいと聞こえた気がするが、気のせいだろうか。しかも指示が妙に具体益なうえ的確だ。

 音も無く執事長のクラースが部屋を出ていく。


「なぁイサム。オリヒメは今空腹だと思うか?」

「えっと……、基本は朝と夜の2食ですが、朝を食べてからはだいぶ時間が経っているので、ある程度お腹は空いていると思います……」

「ふむ。ならば少量の方が良いか……」

「あのぉ……、つかぬ事をお聞きしてもよいでしょうか?」


「なんだ?」

「マレインさんは、動物がお好きだったり、ご自分で飼われたことがあるんでしょうか?」

「……なぜそう思った?」

「いや、先ほどラフィアンピジョン? でしたかの肉を茹でる時に出された指示が、非常に具体的でしたし、今も食事の量を気にされていたので……。ご自身で動物の世話をしていないと、そういう所まで気にする事は無いと思うんです」

「なるほど……。確かに人よりは少々動物に興味があるやもしれんな」

 絶対に嘘だろう。少々なはずが無い。先程からずっとソワソワしているのが何よりの証拠だ。

 俄然楽しくなってきた勇が、次の手を打つ。


「そうそう、本日はある品のサンプルをお持ちしていたんです。こちら出身のミミリアさんと仰る神官の方の力作なんですが……」

 そう言って鞄の中から子猫サイズのご神体を取り出した。

「なん、だと……!?」

 机の上に置かれた、ご神体(顔洗いバージョン)を見て驚愕するマレイン。

 未だ毛づくろい中の本物とご神体を、何度も交互に見比べている。


「クラウフェンダムでは、織姫は街を救った英雄になっているんですが、それを称えて教会でお祀りしようという話になりまして……。これは、頒布するためのご神体だそうです」

「これが、ご神体、だと……? そうか、さっき言っていたここ出身の神官は元裁縫師か! ……セルファース、ご神体の量産はこれからだな?」

「ええ。領内で人を募って鋭意準備中です」

「おそらく、すぐに製造の手が足りなくなるはずだ。ウチにも製造を回せ。裁縫が出来る人間の数は多いからな。そちらで作るより、早く、安く、高品質に出来るはずだ」

「……かしこまりました。本件は妻が主導しておりますので、後日ご連絡差し上げます」

「うむ。ではウチもこの件は妻に任せるとしよう」

 勇の予想通り、いや予想以上にマレインが食いつき、製造ライン追加の話にまで広がってしまったが、恐らくすぐに稼働させることになるだろう。


 コンコンコン。

 そんな話をしていると、応接室の扉がノックされる。

「ラフィアンピジョンをお持ちしました」

「入れ」

「失礼いたします」

 執事長のクラースがワゴンを押して戻ってきた。

「にゃ」

 毛づくろいをしていた織姫が、短く鳴いて反応する。


「ふむ。なかなかの肉だな。……温度も問題無いか」

 ワゴンに乗っていた茹でたラフィアンピジョンを一切れ手に取ると、押したり割いたりして状態を確かめる。

「どれ……。さぁオリヒメ、食べてみるか?」

 そう言って、ソファを降り片膝を突くと、食べやすく小さくちぎったラフィアンピジョンを手にのせて床近くまで手を下げる。


 貴族が人前で片膝を突くのは、王家に対して敬礼を取る時くらいのものだし、手ずから動物に食事を与える事もまず無い。

 そんな事はお構いなしで、嬉しそうに目を細めるマレインは、よほどの動物好きなのだろう。


 そして、さほど警戒することなく織姫が近寄っていく。

 スンスンと軽く匂いを嗅ぐと「にゃあぁ」とひと鳴きしてから、ハグハグと食べ始めた。

 それを見て、マレインの顔が一段と綻ぶ。


「ふふ、口に合ったようだな」

 あっという間に食べきった織姫を見て満足そうに頷き、ソファへと戻るマレイン。

「んなぁ~~」

 お礼とばかりに、オリヒメがその足元へ顔をすりすりと擦り付ける。


「フッ。イサムよ、またいつでも訪ねてくるがよい。特に用事が無くてもかまわん。だがくれぐれも、オリヒメを連れてくるようにな」

「……わかりました」

 足元にまとわりつく織姫を見て微笑みながら、初孫が出来た新米おじいちゃんのような台詞を吐くマレインに、苦笑するしかない勇だった。



 その後、約束通り放牧地の防衛に役立つ魔法をレクチャーするため、勇たちは最寄りの放牧地まで来ていた。

「とても立派な防壁ですね」

「まぁな。これでも全ては防ぎきれんがな……」

 放牧地を囲う防壁は、およそ3メートルほどの高さのある木製のものだった。

 とにかく範囲が広いので、全てが壁ではなく、比較的安全な所は同じくらいの高さの木製の柵になっているという。

 被害に遭う時は、壁を壊されて入り込まれることが多いそうだ。


「では、まずは防衛力を上げる手助けになる魔法からいきましょうか」

 そう言って、勇が壁の際まで歩いていき、地面に軽く右手を触れさせ、呪文を詠唱する。


『天を睨む乱杭は、大地より生じるもの也。天地杭グランドスパイク!』


 勇が呪文を唱えると、底面の直径が5センチ、長さ40センチほどの先が鋭くとがった石の杭が、幅50センチ、奥行3メートルほどの範囲に何十本も生えた。

 以前メイジオーガ戦でも使った天地杭グランドスパイクの魔法だ。


「これはっ……!!」

天地杭グランドスパイクでこんな事が出来るとは……」

 レクチャーを受けることになった、ビッセリンク領の騎士達から驚きの声が上がる。

 後ろ盾になってもらったとは言え、誰彼かまわず旧魔法を教える訳にもいかないので、騎士団の団長、副団長、それに魔法が得意なものを3名選んでもらいレクチャーしている。


「多少慣れはいると思いますが、すぐ出来るようになると思います。コツは、なるべく杭の太さと長さと鋭さ、そして範囲を具体的にイメージする事ですね。そこそこ消費魔力が大きいので、あまり太かったり長かったりすると一気に魔力を持っていかれるので注意してください。広範囲に設置するには時間がかかるので、被害の多い所から順次広げていくと良いと思います」


「マツモト様、少し試してみても良いでしょうか?」

 騎士団長が勇に尋ねる。

「ええもちろんです。まずは範囲を絞って、杭の大きさの勘を掴んでください」


「おおっ!」

「む、コレは細すぎたか……」

「ぐ、魔力を一気に持っていかれた……」


 それから30分ほど、各自が試していく。

「後は慣れだと思うので、がんばってください」

 まだ制御できているとは言えないが、ある程度調整が出来るようになったところで次の魔法へと移る。


「残り二つは、殺傷力はありませんが、追い払ったり見張りのメンバー間の連絡に使えると思います」

 そう言って、二つの魔法を詠唱していく。


『折り重なりし風たちよ、解放と共に爆音となれ。偽破裂フェイクバースト


 パァァーーーーンッ!

 という破裂音が辺り一面に鳴り響く。

 

 偽破裂フェイクバーストはその名の通り、破裂音を鳴らす魔法だ。

 調整次第で、音を発生させる位置と音量を、ある程度コントロールできる。


『集いし光の粒よ、踊れよ回れ。闇夜を引き裂く導き手とならん。閃光弾フラッシュボム


 呪文を唱えた勇の手から、ピンポン玉くらいの光球が上空へ向かって飛び出す。

 そしてしばらく上昇した後、パッと弾けて直径5メートルくらいの範囲が強い光に照らされた。


 閃光弾フラッシュボムもその名の通りの魔法で、つぎ込む魔力量で明るさの調整が出来る。


「この二つは、さっきも言った通り音を鳴らす、強く光らせるだけで殺傷能力はありません。しかし、消費魔力がかなり少ないので、魔力不足で攻撃魔法が使えない人でも使える可能性があります。

また、音や光だけでも、魔物を驚かせて撤退させられますし、魔物の接近に気付いた時に使えば、どこに魔物がいるかすぐ皆に知らせる事が出来ます。それだけ早く現場に駆け付けられるようになるので、被害を減らす事が出来るかと」


 どちらも一見あまり意味の無さそうな魔法だが、陽動や釣り出しにも使える便利な魔法だ。

 これらも、今までは小さな音が鳴るだけ、目の前を一瞬明るくするだけのあまり意味が無い魔法とされ、ほとんど使われていなかったが、勇が正しい魔法の形を再現した事で化けた魔法であろう。


 こうして三つの魔法をレクチャーした勇は、翌日クラウフェンダムへの帰途についたのだった。

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