第78話 迷い人である前に
「まったく、フ〇ーザ様じゃないんだから……。すいません、必要魔力さえあれば動かせそうではありますが、ちょっと途方もない数字なので、今は無理ですね」
ステージ状になった最上段に力なく倒れ込みながら勇がそう零す。
「53万とか叫んでおったな……。上のヤツが12,000だったから、それのさらに10倍以上とはの。イサムの言う通り、きっちり準備せんと無理じゃな」
階段に腰かけながら、エトが乾いた笑いを漏らす。
「ここから先を本格的に探索するとなると、日帰りでは難しくなってきますし、どのみち準備は必要ですから、キリとしては丁度良かったかもしれませんね」
フェリクスの見立てでも、やはりここから先は泊りがけでの探索になるようだ。
「幸い、今までここが開いた形跡は無い訳ですし、イサムさんでさえきちんと準備しないと開かない扉を、今後も他の誰かが開けられるとは思えません。領都クラウフェンダムに戻った上で、今後の方針をまた考えませんか? 魔法具の販売も始まりますし」
アンネマリーの言う事はもっともだった。
ここ五日間は、遺跡探索に集中してきたが、いよいよ新型魔法具の販売開始も控えており、やることは沢山あるはずだ。
「そうですね。この先へ進むために必要な事は分かっていますし。ここから再スタートですね、っと」
皆の話を聞いた勇が、勢いをつけて起き上がる。
「そうと決まれば、ひとまず戻りますか。ちゃんと帰るまでが探索ですし」
「にゃっふ」
晴れやかな表情で言う勇のリュックに、ひょいと織姫が入り込む。
一行は笑顔でそれを見ると、地下3階からの撤収作業に取り掛かった。
「そうか、地下3階はそんな状態だったんだね……。それにしても50万の魔力か。僅か3階層潜っただけで跳ね上がったもんだねぇ」
夕食後、報告を受けたセルファースがため息交じりに呟いた。
「ええ。こちらの工夫をあざ笑うかのような数値ですよ」
勇も渋い顔で答える。
「大量にあった部屋にも、相応の魔力が個々に必要なわけですから、魔力に対する考え方が根本的に違うのかもしれないですね。その強さの魔力があって当たり前というか、魔力がある前提で作られているんじゃないかと思います」
現在の魔法具に必要な魔力量は、王城で使われているような例外を除いて多くても中魔石一つで事足りる。
それが、あの遺跡で見た魔法具、正確には遺跡に組み込まれていた魔法具は全て桁違いの魔力を必要としていた。
しかもそれが無いと部屋にすら入れないという、インフラに近い当たり前のレベルのものに使われている。遺跡全体で見たら、どれだけの魔力がかつては使われていたのか、想像もつかない。
勇のように、魔力や魔法具に対する使い方、考え方が根本的に違うと考えるのも仕方が無いだろう。
「少し潜っただけで、謎がここまで増えるとはね。まぁ、それは今まで誰も知らなかった事を沢山知る事が出来た裏返しでもあるんだけれども……。何にせよ、限定領域への入場許可をもらって正解だったね。イサム殿は、今後も探索を続けるんだろう?」
「ええ、そのつもりです。新しい魔法陣の入手もしたいですが、この遺跡と言うか旧文明の謎に俄然興味が湧いて来てしまったので……」
「了解だ。まぁイサム殿は当然そう言うと思っていたから、この前言っていたように拠点となる建物を今日契約してきたんだよ」
「えっ? もう契約しちゃったんですか!?」
セルファースの思わぬ言葉に驚く勇。確かに物件を見に行くとは言っていたが、まさかもう契約しているとは……。
「それと、コレは戻ってから話そうと思っていたけど、話の流れ的にちょうど良いから言っておこうかな。今後の遺跡探索は、きっとこれまで以上に難易度も頻度も高くなると思う。だから、探索チームには連携と経験がとても大切になってくるはずだ。だからこの際、イサム殿と行動を共にする専属の護衛を付けようと思っているんだ。そうすれば、探索するたびに得た知識と経験が無駄にならないし、連携も深まる。こればっかりは、騎士団の訓練だけでは身に付かないからね」
「確かに、それはそうですが……」
「と言う訳で……、フェリクス!」
「はっ!」
「君を隊長として、リディルとマルセラ、それとミゼロイをイサム殿の専属護衛隊に任命したいんだが、問題無いかい?」
「はい、特に問題ございません。ただ……」
「ただ?」
「いえ、他の騎士達から、なぜ自分じゃないのか、と文句が殺到するなと思いまして……。なんなら団長からも出るかと……」
苦い顔で副団長のフェリクスが言う。
「まったく、仕方が無い連中だね……。まぁ率先して護衛についてくれるんだから、ありがたい話ではあるんだけどねぇ」
同じく苦笑しながらセルファースがため息をつく。
「と言う訳で、四人ですまないがイサム殿とも付き合いが深い連中を護衛に任命したから、遺跡でも森でも好きに連れまわしてくれていいよ。拠点も次に来た時から好きに使ってもらって構わない。遺跡で見つけた戦利品を使った実験は、関係者以外には見せられないし、いつまでもザンブロッタ商会の工房を人払いする訳にもいかないだろう? 貴族向けの物件だから、少なくとも身元が分かってる人しか周りにいないし、警らもしているから、平民向けよりは安全だよ」
セルファースが、物件の場所を示した簡単な地図を見せながら言葉を続ける。
「ああ、拠点を構えると建物の警備にも人が必要だし、イサム殿が使っていない時も維持・管理が必要だね。戻ったら何名か兵と家人を送るつもりだよ。あとは、っと……、最低限の道具類も必要か。エト、どうせ君も一緒に行動するんだろう? 色々と必要な道具を揃えてくれないかい?」
「はっはっは、さすが領主様は分かっておるの。ザンブロッタ商会でも一通り手に入るじゃろうから、明日帰るまでに注文しておくわい」
目の前で次々と決まっていく状況について行けず、勇の目が点になる。
「おや? どうしたんだい??」
ひとしきり話し終えて、ようやくポカンとしている勇に気が付いたセルファースが声を掛ける。
「いや、どうしたも何も……。色々ともの凄くありがたいんですが、大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは、何がだい?」
「騎士の方は領地の警護もあるでしょうし、拠点やら何やらだってお金が必要ですよね? それをこんなあっさり……」
「何を言っているんだい。イサム殿がやりたいという事以上に優先される事なんて、ほとんど無いよ。それにこれまでの短い間に、いったいどれだけの恩が積み上がっていることか……。まだ何一つ返せていないようなモノなんだ。この程度で遠慮する必要なんてないさ」
何事も無かったかのように言い切るセルファースに再び絶句する勇。
「だから、イサム殿は何も気にする事無く、好きなだけ遺跡を探索すればいい。この遺跡に飽きたら、別に他の遺跡に行ったっていいんだ。いや、別に遺跡に限らず、どこへでも好きな所へ行けばいい。我々が安全に守れない場所はちょっと困るけどね……」
さらにとんでもない話が出てきた。それではまるで野放し、やりたい放題では無いのか?
そんな事を勇が考えていることなど、まるでお見通しであるかのようにセルファースが続ける。
「うん、この際だからハッキリさせておいた方が良いね。イサム殿は、確かに我々クラウフェルト家が庇護した大切な客人であり迷い人だ。それは間違いない。しかし、だからといってウチに縛り付けるつもりも無いし、ウチの為に働いてもらう必要も無いんだ。
保護した迷い人である前に、イサム・マツモトと言う一人の人なんだ。もっと自由に、もっと好きな事をやって欲しい。それをサポートする事こそが、我々の役目だと思っているよ」
優しい笑顔でセルファースが言う。
「まぁ、さっきも言ったように、すでに私が生きている間では返せないくらいお世話になってしまっているし……。さらに遺跡探索をすすめたら、どこまで恩が積み重なるか分かったもんじゃ無いから、不安で仕方が無いけれどね」
そして笑顔のまま、肩をすくめてお手上げとばかりに小さく両手を上げた。
涙ぐみながらじっと話を聞いていた勇が、グイっと腕で目をこする。
「分かりました。そっちがその気なら、こちらも本気でいきますからね? とんでもない魔法具をどんどん作って、子爵家を王国一、いや世界一の魔法具の名門にしてやりますよ! 覚悟してくださいね??」
そう高らかに宣言した勇の顔は、泣き笑いでくしゃくしゃではあったが、晴れ晴れとした良い顔だった。
こうして五日間に及んだ勇にとって初めての遺跡探索は、様々な収穫と、様々な謎を残して終了する。初回の探索としては上々の滑り出しだろう。
そして翌日、クラウフェルト子爵家一行は、予定通り自領への帰途につくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます