第77話 巨大な魔石

「なんちゅうデカい魔石じゃ……」

「この大きさは、流石に初めて見ました……」

 特に驚きが大きかったのは、エトとアンネマリーの二人だった。

 魔石の産地に住み、身近に魔石を扱っている彼らが初めて見る大きさということは、これはおそらく世界最大サイズなのだろう。


「しかもコレ、無属性ですよね、色的に…?」

 魔石はその色によって属性が、そして色の鮮やかさや透明度で含有魔力が分かるという。

 鮮やかな発色で透明度が高い程、含有している魔力が多く、くすんだ色で濁っていると含有魔力が少ない。

 色が濁ってきたら魔石の交換時期である、というのは、子供でも知っているこの世界の常識だ。


「ええ。光属性だともっと白っぽいですからね」

 勇の言う通り、嵌っていた魔石はすりガラスのようにくすんではいるが、石自体には色が付いていない。無色透明なのは、無属性の特徴だ。

「ただ随分と曇っとるの。流石に魔力は残っとらんようじゃな……」

 様々な角度から魔石を確認したエトが結論付ける。

「戦利品として持ち帰りますか。幸か不幸か、魔力切れで魔法具は動いていないので、外しても大丈夫でしょうし」

「そうですね。このサイズは例え魔力が残っていなくても、相当貴重です。研究材料としてはもちろんですけど、美術品としての価値も高いです。無属性魔石産地の娘としては、見逃せません」

 フンスと鼻息荒くアンネマリーも同意する。これまでの遺跡探索の中で、最もテンションが上がっているようだ。


「しかし、このサイズの魔石が入っているというのに、この箱には特にセキュリティは無かったですね」

「言われてみればそうじゃの……。開閉の魔法具の魔力が切れていたから開かんかったが、この施設が生きとった頃は誰でも開けられたわけじゃからの……」

「あまり人が来ない所だったのか、盗ったりする人はいない場所だったのか……。まぁコレも考えた所で答えは出ませんね」

 小さく頭を振って思考を切り替えると、あらためて巨大な魔石に手を伸ばす。


「さて、コイツを回収して地下3階を確認したら、今日は撤収ですかね?」

「ええ、そろそろ戻ったほうが良い頃合いですね」

 勇がコンソールから巨大魔石を外しながら聞くと、フェリクスが同意する。


 外した魔石を丁寧に鞄にしまい、そのまま階段を下りて地下3階へと足を踏み入れる。

 そこはまた、これまでと同じ造りの階層だったが、廊下の幅やスリットの間隔が広いように思えた。


「……代り映えはしないですが、少し廊下が広いんですかね?」

「そうですね。後、フロアの広さ自体も広くなっているかもしれません」

 勇の問いかけにカンテラを廊下の奥へ向けるフェリクス。

「先ほどのフロアですと、光の届くギリギリの所に微かに壁が見えたのですが、このフロアはそれが見えません」

 どうやらフロア自体の大きさも、広くなっているようだった。


「明日はこのフロアからですが、広くなってる分、また時間がかかりそうですね」

 苦笑しながら答える勇。感覚的に日帰りで探索できるフロアの限界はこの階層までだろう。

 探索最終日である明日までに、ひとまず日帰りで行ける範囲を一通り確認できそうで良かったと思いながら、引き返していった。


 その日夜の報告会で、巨大な魔石を見たクラウフェルト夫妻は、やはり目を丸くしていた。

「……イサム殿にはまるで、潜る度に何か大発見しないといけない呪いがかかっているようだね?」

 苦笑しながらセルファースが呟く。

「それを言うなら祝福じゃないかしら? 案外、オリヒメちゃんの祝福かもね? ねー、オリヒメちゃん」

 もはや達観したのか、眠そうに丸くなっている織姫を撫でながらニコレットが言う。


「それにしても見事なカットだね、これは……。小さいモノなら綺麗にカットすることもあるけど、大きいものをここまでカットしたのは見た事無いね」

 ヴィレムが巨大魔石を手に取り、光を当てながら感嘆する。

 カットと言うのは、その名の通り魔石を削って加工する事を指す。

 地球の宝石のように、見た目の美しさを良くするためにカットする事はほとんど無く、魔法陣へ組み込みやすい大きさ・形にする事が主眼だ。


 と言うのも、魔石は大きさが魔力量に直結するので、削ってしまうと容量が減ってしまうからだ。

 大きいものは特に貴重なので、少しでも魔力量を多く残すためほとんどカットされないと言う。

 見た目が宝石のようであっても、貴金属ではなく燃料として扱われるのが魔石なのだ。

 もっとも何事にも例外はあり、見た目重視の高額魔法具となると、カットした魔石を贅沢に使う場合もあるらしい。


 そういうこの世界の常識からみると、この大きさの魔石が綺麗にカットされているというのは、かなり異質なのだろう。

 綺麗な正六角柱の底面と上面に、正六角錐を張り付けたような形は、勇の目から見ればまるで某有名RPGに出てくるクリスタルのようだった。



 そして翌日も、朝から限定領域へと向かった。

 探索も五日目ともなれば随分と慣れたもので、半日もかからず地下3階へと降り立つ。


 昨日のフェリクスの予想通り、この階層はこれまでの階層よりも広いようだった。

 正確には、これまでも1階層下がるごとに、少しずつ広くなっていたのだが、その面積が急に増加している。


「やっぱり少し、作りに余裕がありますね」

 相変わらずエラー3回でのロックを繰り返して探索を続けながら、勇が所感を口にする。

「そうですね。間隔が広くなってますから、イサムさんの言う通りこれが居室だったのなら、このフロアの方が広い部屋なんでしょうね」

 勇の横を歩きながらアンネマリーが話を拾う。

 昨日の途中から、パスワードの解除ゲームにアンネマリーも参加しているのだ。

 ちなみに、勇は毎回同じパスワードを入れる派で、アンネマリーは毎回直感で変える派だった。


 そうこうしながら進んでいると、先頭を行くフェリクスから“停止せよ”のハンドサインが送られ、一同に緊張が走る。

 フェリクスが止まった先で左右の壁が無くなっており、十字路のような形になっていた。

 右側には通ってきた廊下より広い廊下が伸びていて、左手側はかなり長い距離壁が無く、正面はその先でまた廊下になっていた。


「左側はどうやら広場のようになっていますね。かなり広いです」

 様子を窺っていたフェリクスが戻って来て状況を説明する。

「ここにきて広場ですか……。これが居住区だと言う予想が正しいなら、いわゆるエントランスやロビーですかね…?」

「調べてみますか?」

「そうですね。それだけ広いと、何か魔物がいるかもしれないので、気を付けていきましょう」

 フェリクスの問いを勇が首肯する。


 これまで遺跡内で遭遇した魔物は、こうした広くなっている所で棲みついているか、近くにある広い所から出てくることがほとんどだった。

 結構な広さがあるという広場に対しては、注意してしかるべきだ。


「リディル一緒に来てくれ。いつでも魔法が放てるようにな。イサム殿たちはミゼロイと一緒に少し後ろからついてきてくださいね」

「「了解」」

「分かりました」

 フェリクスの指示通り、まずはフェリクスとリディルが広場へと進んでいく。


「にゃっ」

 これまでリュックから顔だけ出すか寝ていた織姫が、リュックから飛び降り、ひょいと前を行くフェリクスの肩へ飛び乗る。

「っ!! せ、先生!!! 一緒に来ていただけるのですか!?」

 一瞬目を丸くしたフェリクスだったが、すぐに真顔に戻る。

「にゃ」

「おお、ありがとうございます!」

 しかし織姫の返事に頬が緩みっぱなしで締まりがない。

 織姫をそのまま肩にのせて、広場を20歩ほど進んだところで、エトが何かに気付く。


「ん? 正面に何かあるの。左右に1つずつ……。石像かなんかか?」

 勇たちも足を止めて先を凝視する。エトが指差した方へカンテラを向けようとすると、暗闇に小さな赤い光が灯った。

 左右それぞれ4つ。合計8つの赤い光点がゆっくり何度か明滅する。

「石像の目が光った? いや、動き出したぞっ!!」

 エトが叫ぶのと同時に、ガシャッと音がし、赤い光が空中へと移動した。

 ミゼロイがカンテラの光量と範囲を全開放すると、赤い目を光らせた大きな蜘蛛のような魔物が、フェリクスとリディルに飛び掛かったところだった。


岩拳ロックフィスト!』

 まず、リディルが、準備していた魔法を咄嗟に放つ。

 こぶし大の石が7つ、魔物へと飛んでいき命中する。ゴゴンという鈍い音をさせて魔物が吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた魔物は、空中で体勢を整えて難無く着地する。凹んではいるが、致命的なダメージにはなっていなさそうだ。


「シッ!!」

 反対側では、飛び掛かってきた魔物を躱したフェリクスが、フェリス1・強化型を引き抜き脚を斬りつけていた。

 ギイィィンという硬い音があたりに響き、魔物の脚が半ばまで切り裂かれる。

 危険と感じたのか、こちらの魔物も後方へと飛び跳ね距離を取った。


「硬いぞっ! 強化型でも完全には斬れんっ!」

 フェリクスが大声で叫ぶ。

「「了解っ!」」

 リディルとミゼロイが、強化型を抜きながら返答する。


 各々のカンテラが光量を上げて床に置かれたことで、魔物の全容がようやくハッキリする。

 形はこれまで遭遇したラギッドスパイダーを二回りほど大きくしたような感じだが、脚が4本しか無いのと、外骨格が灰褐色であまりデコボコしていない点が異なる。

 何より強さが段違いだ。

 ラギッドスパイダーは、表面に硬い岩のようなものを纏ってはいるものの、フェリス1・強化型なら斬る事が出来たし、そもそもここまで素早く動かない。


「リディルとミゼロイでそっちの1体を頼む! 俺はこっちを引き付けておくから、終わったら加勢してくれっ!」

「了解!」

「任せろ!」

 戦い慣れた騎士三人は、短く作戦を決めるとすぐに行動へ移す。


岩拳ロックフィスト!』

 まずはリディルが、先ほどと同じ岩拳ロックフィストを放って牽制する。

 扇状に打ち出された事で、逃げ場を求めて魔物が上空へと飛び上がった。

 それを見逃さずミゼロイが飛び込み、魔物を床へ叩きつけるように思い切り上段から斬り下ろした。


 ゴスンッ!!

 まともに床へと叩きつけられた魔物が、外殻をまき散らしながら床を転がる。

 あちこちにヒビが入り、脚もバラバラの角度へ曲がっている。

 それを追いかけて走り込んだリディルが、剣を突き立てた。

 魔物もジタバタともがきながら脚を振りまわして弾き飛ばそうとするが、それを躱して何度か剣を突き込むと、やがて動きを止めた。


 しばらくそのまま警戒していたが、やがて煙になって消えていったのを確認すると、援護に向かうべくフェリクスの方を見やった。

 するとそこには、華麗なステップで魔物を翻弄する織姫と、その隙を突いて効果的な一撃を楽しそうに叩き込む副団長の姿があった。


「にゃっ」ガキン! 「にゃふっ」ギギン! 「にゃおっ」バギッ!

「おおおっ!! 素晴らしいっ! さすが先生、見事なステップですねっ!」

 何度か斬りつけたことで魔物の脚を2本切断することに成功し、ついに魔物が床へと倒れ込む。

 止めとばかりにフェリクスが剣を振りかぶろうとした刹那、魔物の上から大きな影が降ってきた。


 ドスン、という音と共に魔物を両足で踏みつぶしつつ剣を突き立てたのはミゼロイだった。

 そのまま何度か剣を突き立て止めを刺すと、鬼の形相で勢いよく振り返る。

「フェリクス! 何自分だけオリヒメ先生と楽しんでるんだっ!!?」

 広い空間に、ミゼロイの絶叫が響き渡り、戦いは終結した。


 かなりご立腹のミゼロイだったが、お疲れ様とばかりに織姫が肩に乗ってペロリと頬を舐めたことで、直前の戦闘の事などすべて忘却したようだった。


「あれは今まで見たこと無い魔物でしたね。ラギッドスパイダーの亜種でしょうか?」

 剣に刃こぼれが無いか確認しつつ、リディルがフェリクスに話しかける。

「分からん……。分からんが、ここを守っているようにも見えたな……。まぁ限定領域に出没する魔物は、そもそも情報が足りんさ。今後は本格的に遺跡の探索をすることになるから、対応力を上げていくしかあるまい」

「そうですね。初見だからやられました、じゃあカッコつきませんしね」

「そういうことだ」

 これから本格的に始まるであろう遺跡探索に向けて、何とも心強い思いを語る騎士達だった。


 倒した2体以外に魔物がいない事を確認した一行は、あらためて広場の探索を始めたが、すぐに全員が一か所に集まる事になった。

「やっぱりエントランスでしたね……」

 そう言う勇の正面には、両開きの扉と思われるスリットが壁に刻まれていた。

 ご丁寧に、スリットは一段高い所にあり、蒲鉾の断面形のステージのようなものが設えてある。

 正面には三段の階段があり、両サイドはスロープになっていた。バリアフリーの考え方があったのだろうか?


「う~~ん、こんな分かりやすいのに制御盤っぽいのが見つからないですね」

 30分ほど全員でスリットの周りの壁を調べたが、これまでのような制御盤の蓋は見つからない。

 扉にはこれまで通り焦げ跡や細かい傷が付いていたが、開いた形跡は見当たらなかった。

「これだけの仕組みに何も無いって事は無いと思いたいので、最後に床だけ調べてみますか……。槍の石突きや、鞘に入ったままの剣で床を軽くたたいて調べてもらえませんか? 音が違えば、何かある可能性があるので」

 勇の依頼に全員が頷くと、コツコツと皆で床を叩いていく。


 すると、すぐにそれは見つかった。

「……まさか階段自体が魔法具の筐体を兼ねているとは思わんかったな」

 エトが苦笑して言う通り、ステージ状になった階段の最上段が開き、その下から魔法陣が出てきたのだ。

 かなり規模の大きな魔法陣なので、勇の確認にも時間がかかっていたが、10分ほどして、その勇から大きな声が上がった。


「はあぁぁっ?? 必要魔力7ffffぅぅ~~~~~っ??!! 53万の魔力って、インフレにもほどがあるだろっ!!」


 それは、これまで通り唯一読めた起動陣が示した、文字通り桁違いの必要魔力に対する雄叫びだった。

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